第56話 弐の世界
前回で切られる説が浮かんで恐怖した男が二日連続投稿します
「い・・・。」
言い終わったときには俺は既に別の場所にいた。
若干暗い場所に立っていた。
背後に明かりがあるようなので振り返ってみた。
「でっか・・・。」
空を覆いつくすほど大きな月がそこにあった。
比喩じゃない。落ちてこないか心配になるくらいでかい。
・・・いやそんなことどうでもいい。
「マジでどこなんだよここ・・・。」
問題はそこだ。
こんな急に異世界に送られるなんて今まであったか?いやない。
たしか弐の世界。言葉は通じて魔力もある、だっけ?
クソ野・・・じゃなかった男の神様の言っていたことを思い出した。
肝心のどういう世界かってのを全く聞いてないせいでかなり不安だ。
というか強くなれってなんだ。いつからそんな師匠みたいな台詞を吐けるポジションに着いたんだあいつ。
そう考えつつ、行く当てもなく歩いているとなんとなく思ったことがあった。
それを確かめるために周囲を観察した。
この道、右側は白い壁だが、左は川。
川の前には膝下くらいの高さの柵があった。
「これ、竹じゃね?」
その柵を触ってみたがやはり竹だ。
別にその方面に精通してるわけじゃないが、流石に竹なのははっきりわかる。
気づいたのはそれだけではない。
俺は近くに生えている木から垂れ下がる葉を触った。
「名前なんだっけな・・・・あー、ヤナギだっけ。」
多分ヤナギだ。あの幽霊が出るとか言われてるやつ。
俺はそのまま右の壁を見た。
壁の上には瓦が乗っていた。
「なんか日本感強くないか・・・?」
そう、日本っぽさをどことなく感じたのだ。
現代じゃなく昔の。
その言葉を漏らしたちょうどその時、前から人が来ているのが見えた。
夜だが月明かりで十分見える。相手は桃色の着物を着た長い黒髪の女性だった。
「うわめっちゃ日本だここ・・・。」
俺はそう小声で言った。
十分日本だよ。着物を着てたら大抵日本だろ。
これじゃ異世界転生って言うよりタイムスリップでは?
「ん。てかおかしくねぇか・・・。」
俺は顎に手を当てて考えた。
こんな人気のない夜更けに、女が一人で歩いてくる。
どうなんだろうか。
治安が良いにしてもさすがに不用心すぎる。
・・・そして一つの仮説にたどり着いた。
女装した辻斬りという説だ。
そんな説にたどり着いたせいで辻斬りなんているわけないとは頭で思いつつも、一応ここは異世界だからと無意識に体が警戒しだした。
どんどん距離が詰まっていく。
すると女性の桃色の着物の腰に・・・刀が刺さっているのが見えた。
「終わった・・・。」
そう呟いたが、冷静に考えると俺には【浮遊】があるので余裕ではないだろうか。
そうだ、飛んで逃げよう。
だが逆に、相手が何でもないただの女性だった場合どうだろうか。
こんな夜更けに目の前の男が急に空を飛びだしてみろ。きっとトラウマものだ。
だからギリギリまでやらないでおこう・・・。
だがそこでまた気づいた。
女性が完全にこっちを見ていることに。
「・・・。」
完全に狙ってるよなこれ。
やばいやばいやばい。
もうあと5歩くらいですれ違うぞ。
飛ぶか?飛ぶか?
そして遂に彼女が俺の隣に来た瞬間、彼女の腕が大きく動くのが見えた。
刀が刺さってない側の腕が。
「ぇっ?!」
その瞬間、【浮遊】を意識で働かせ飛ぼうとした。
・・・が飛べなかった。
なんで。どうして。最悪の事態に一瞬で鼓動が早くなる。
そんな俺の視界で彼女の右腕が動く。
その先には予想通り刀が握られていて、そのまま俺の首目掛けて振ってきた。
避けられない。斬られる。
そう死を覚悟した瞬間
ギィン
と、金属同士がぶつかる音がした。
目をつぶっていたので開けると俺の顔の横で二本の刀がぶつかっていた。
彼女の刀の刃は俺の方ではなく、俺の後ろから伸びてきた刀の方に向いていた。
つまり、助けられた・・・らしい。
背後を見ると目を見開いき、歯を食いしばって、「いぃいぃ~」と唸っている男がいた。
「誰?!」
涎とか垂らしてて正気に見えない。
マジで誰だよ。まさかずっと後ろに・・・?
そんな彼は両手で刀を持ち、俺に振りかざしているところで静止していた。
やっぱ助けられたのか、この女性に。
「伏せていて下さい。」
女性がそう言った。
俺がその通りにすると、俺の頭の上でさっきの金属音が次々と鳴り始めた。
俺の上で刀をぶつけあっている。
「ちょちょちょちょ?!!?!?」
危なすぎてまともな言葉が出ない。
俺の体のすぐそばを二本の刀が駆け巡る。
いきなりなんで狙われてんだ俺。
怖いすぎる。
刀が当たった時のことを想像してしまい肌がびりびりする。
そんな時、彼女が一回転して男を蹴り飛ばした。
男はその勢いで地面をバウンドして飛んでいく。そして向こうの方で止まると、倒れた状態から動かなくなった。
着物の女は俺の前へ出て刀をしまった。
キンという小気味いい音がした。
終わったのか?と思った。
しかし、俺の視界の先で男が起き上がるのが見えた。
あおむけの状態から、手足の力を使わずに。
胸を引っ張られているのかのような起き上がり方だった。
「化け物かよ・・・。」
人間じゃない感じしかしなかった。
そのままあの男はこちら目掛けてがむしゃらに走ってきた。
手足を変な方向に曲げて走っている。
やはり人間味を感じない。
そんな生物が近づいてきているのに着物の女は動かなかった。
「あ、あの、来てますけど。」
「・・・。」
一向に動かない。男がどんどん近づいてくる。
何してんだこの人。気づいてないのか?!
すると彼女が腰を落とした。
右肩を前に両足を開きぐっと力を籠めるような体勢になった。
深呼吸をしている時の息遣いが聞こえた。
そして刀に右手を添えたのが見えた。
まるで・・・。
「居合・・・?」
もしかして見れるのか居合を。
いやもう絶対居合だ。だってまだ動かないし。絶対そうじゃん。
すこしテンションが上がりつつそう考えた時、男が刀を振り上げて飛び上がり女性に襲い掛かるのが見えた。
「オウカ流・・・」
彼女がそう呟いた。
続けてもう一つ。
「『花札』。」
そう呟いた。
と同時に彼女の刀が抜かれた。
「『三光』!」
刹那、彼女の刀が既に振り終わっていることに気づいた。
今、まるで横一線に振り抜いたようなポーズになっているからだ。
「・・・うわ・・・。」
人生初の生の居合切りをついに見れた俺は、ドン引いていた。
彼女の体でよく見えないが、男の足の横の地面から男の上半身が生えていたからだった。
生えてるって言うか多分・・・。考えないでおこう。
すると次第に男の体が黒く染まり、まるで灰が散っていくかのように消えていった。
やっぱ人じゃなかったのか。
「無事でしたか・・・?」
「あ、はい。」
女性が振り返って声をかけてきた。
彼女は非常に眠そうな目をしていた。
が、めっちゃ顔がいい。美人過ぎる。大和撫子がそこにいた。
「一つお願いが・・・。」
「な・・・んでしょう?」
急になんだ。俺に叶えられる範囲であってくれ。
答えを待つが彼女はふらふらするばかりで何も言わない。
・・・ふらふら?
「ぐぅ。」
「うわっ。」
彼女が俺の方に倒れこんできた。慌てて肩を抱き止めた。
うわ、いい匂い。
はっ?!落ち着け俺!俺にはミストがいるだろうが!秒で浮ついた気分になってんじゃねぇバカ!
俺は全然動かない彼女の肩を揺らした。
「あ、あの!しっかり」
「ここ・・・から先・・・二つ目・・・角・・・曲がって・・・・・・・すぅ・・・すぅ・・・。」
「え、いや。え?寝た?!嘘だろ!?ちょっと?!」
彼女は完全に寝ていた。
再度いくら揺らしても「うーん。」というだけで起きなかった。
「はぁ・・・。」
俺は彼女を背負って夜道を歩いていた。
彼女の最後の言葉から察するに家に届けろと言うことだろう。
助けてもらった恩もあるし別にいいがあんな急に寝られるのは困るんだよなぁ
にしても異世界に行き始めてから、やたらおんぶという行為をしている気がする。
ララに鹿にミストにこの人に・・・。
「鹿をここでラインナップするのは失礼か。」
「すぅ・・・・・。」
「・・・マジで寝てんなぁ。」
そう呟きながら曲がり角に着いた。
二つ目の角だ。
割と距離があって足が既に限界に近い。
急がないと。
そう思い曲がったところで立ち止まった。
「どれだよ・・・。」
最初に結構先まで道が続いているのが見えた。
そしてその道の両サイドに等間隔でどでかい門が並んでいた。
かなりの数が見える。
「場所聞いてなかった・・・。」
これだけあるとどの門が彼女の家なのかがわからない。
とりあえず歩くと木製の看板が門の近くについているのが分かった。
『魚水流』と書かれていた。
反対側の門の木札には『暦流』と書かれていた
「まあ、文字が読めなきゃ無理だよなぁ・・・。どうすっかなぁ。」
数歩歩いた。
そして立ち止まった。
俺は早足で看板の近くへ戻るとこれでもかってくらいに目を見張った。
「うおみず、ぎょすい・・・さかなみず・・・は?!読める!?」
異世界で初の文字解読に成功した。
その事実にガッツポーズをした。
「神様がそこらへんうまくやったのか知らないけど神過ぎる。ありがてえ・・・!!!」
読み書きできるのはかなり大きい。
何の役に立つかって今だ。今超役に立つ。
これなら彼女の家を速攻で見つけられる。
「向こうの家もなんとか『流』って書いてあるってことは・・・」
俺は思い出した。
彼女が攻撃する際に言った言葉を。
「オウカ流を見つければいいってことだろ。余裕だ。」
俺は早歩きで進みだした。
「『色流』『御剣流』・・・『花流』『獄炎流』・・・『氷刀流』『雷迅流』・・・。」
俺は立ち止まった。
「オウカ流はどこだよ!!!」
結構歩いた。1時間くらい。
振り返るとさっき曲がったところがもう見えない。
なのにいまだに『オウカ』と読める看板が出てこない。
「てか『流』ってあれだろ。流派の『流』だろ?どんだけあんだよ流派。」
下手すれば100以上はある『ナントカ流』の看板を見た。
「何の世界だよ。流派が多すぎる世界か?クソッ・・・。」
そう愚痴を言いながら歩きだした。
止まっていても彼女を背負っている分足に負担がかかる。
休んでる意味はない。
「『天剣流』『天馬流』・・・『神仏流』『桜花流』・・・『狼牙流』『御水流』・・・『狂鉱流』『蛇邪流』・・・・・・・。」
俺は振り返った。
狼牙・・・御水・・・桜花・・・。
桜花!おうか!オウカ!
「桜花!!オウカ!!!来た!やったあああ!!!」
完全に集中力が無くなった状態だったから気づくのが遅れていた。
遂に桜花流を見つけた。
嬉しすぎる。
俺はそのテンションで門を叩いた。
「すいませーん!あのー!」
何かが出てくる気配はない。
もう少し待つか。
・・・・。
・・・。
「すいませーん!」
再度叩いたがやはり誰も出てこなかった。
門の端に小さな扉がついているのを見つけ、手をかけてみると鍵がかかっていた。
「ここまで来てそれはないわ。・・・いや鍵ならこの人・・・」
鍵ならこの人持ってるだろ、と思って首を右に回す。
彼女の頭が肩に乗っていて、至近距離の大和撫子の寝顔を食らってしまい、俺の頭は180°反対に向いた。
見れん。顔面偏差値が高すぎる。
「そもそも頭にはついてないだろ。」
そう呟き俺は彼女の腰辺りを見た。
着物がずれてすらりと伸びた生足が見えてしまった。
瞬間、俺の頭は上を向いていた。
「探せん。」
相手は寝ている。
だからと言って、寝込みをまさぐる行為などできるはずもない。
このまま朝まで待つかどうするか・・・。
その時チャリッという音が聞こえた。
俺の顔の左から腕が伸びていてその手には鍵が握られていた。
テレビでしか見ないような古い鍵だった。
寝ながら鍵を出してくれたのか。
いやてか起きてね?
そう思うがまだ寝息が聞こえるので素直に鍵を受け取り、鍵を開けて中に入った。
敷き詰められた砂利のど真ん中に敷かれた石畳を進んでいくと、そこには現代だったら金持ちしか持ってなさそうな和風の家がそこにあった。
すごく横に広い。庭には大きな池があった。マジで金持ちの家だ。
縁側が丸出しだから防犯が若干気になるが、こんだけ塀に囲まれてれば大丈夫か。
玄関っぽい引き戸があったため開き中に入った。
石畳から少し段差を付けて木の床があり、通路がまっすぐ伸びている。
玄関で合ってるっぽい。
「あのすいません。着きましたよ?」
「んぅ・・・。」
「あの~。・・・しょうがない。」
言っても起きないので、俺は床にゆっくり腰掛け彼女を降ろし、頭を打たれても困るので頭を持ちゆっくり玄関前の床に寝転がした。
「さて、と。」
俺はどうしようかと立ち上がろうとした。
すると彼女の腕が伸びてきて俺の服を掴んだ。
「え?うわっ?!」
後ろに引っ張られた。
そのせいで段差で躓き床に頭を打った。
「いつつ・・・。」
「うーん・・・。」
「は?ちょちょとあのお姉さん?!」
寝転がった俺に彼女が転がってきて、上に乗ってきた。
肩をがっしりと捕まれ動けない。
「あの?!何して!え、力つっよ!?嘘だろ!?ああああの!?」
全然引きはがせない。
ヤバイ。
何がって色々ヤバイ。
焦る俺に追い打ちをかけるように、彼女の着物が少しはだけた。
俺の角度からだと、胸が・・・
「見るな俺。見るなよ俺!」
駄目だこれ。素数を数えよう。123456789・・・。
9まで数えた時彼女の膝が動いて、俺の足の間に入り込んできた。
「~~~~~~っ!!!!」
何か別のことを考えないとホントにヤバい。
なんでって俺の沽券にかかわるというか股間に関わっているからに決まってる。
どうすんだよこれ、一応俺のこと待ってくれてる子がいるんだが?
健気にも待ち続けるって言ってくれた子がいるんだが?
「助けてくれ・・・。」
シンプルに涙が出てきた。
なんでこんなことになってんだ俺・・・。
俺は何かすることも寝ることもできず夜明けまでそのままでいた。
着物女に危うく癖を詰めるところだった。自制した。