第47話 最高の結果へ code.539 最善の選択
また一年くらいねかせくらい寝かせるところだったと思いながら投稿してます。
本当に申し訳ございません
振り下ろされた剣はシャドウの眼前で止まっていた。
「なんで私・・・どうして・・・。」
「栞さん・・・?」
栞は剣を持つ右腕をもう片方の腕で押し込もうとするが、その右手は動かなかった。
「魔王を!・・・倒さなきゃ・・・!倒さなきゃダメなのにっ・・・!」
「栞さん・・・まさか?!栞さん!」
そう言ってシャドウが駆け寄る。
シャドウの眼にはまるで栞が北原の見せる夢から覚めたように見えた。
しかし
「っ!こないでっ!」
駆け寄るシャドウの胴体に彼女の蹴りが炸裂した。
常人を超え、もはや化け物と言われるほどの勇者の一撃は、シャドウをいとも簡単に吹き飛ばした。
「ぐっ・・・!」
シャドウは手から黒い霧のようなものを出した。
それは形を変えて巨大な爪の様な形にしたかと思うと、それを地面へ突き刺し、己の体が周囲の一般人に直撃するのを防いだ。
まだ広場には夢を見たままの人々がいるため、シャドウはこれまでこのように周囲に気を遣いながら戦っていたのだった。
「私がやらなきゃ・・・私がやらなきゃダメなの・・・。」
「栞さん!目を覚ませ!」
「ああああああ、うるさい!うるさい!あんたのせいで井川君が!井川君が!!1!!」
シャドウの呼びかけは栞を激昂させるだけだった。
栞には今、シャドウが数日前に倒したはずの魔王に見えていたからだった。
そしてシャドウの言葉は、全く違う別のものへ変換されてしまっていた。
まるで栞をあざ笑うかのような、そんな内容へと。
剣を振り上げシャドウに向かっていく栞。
しかし、その足が止まる。
そして上を見上げた。
シャドウもそれにつられるように上を見ると、空から何かが降ってきていた。
「あああああ!!!食らいやがれええええええええええええええ!!!!!」
将斗が飛び蹴りの体勢で、勢いよく突っ込んできた。
数分前。
「あの・・・それは無理です。」
「残念だがこれが最適解だ。やろう。」
俺はウルさんと作戦会議をし、強制的に決められた案を実行しようと・・・いや、実行させられようとしていた。
絶対やりたくない。
「無理無理無理。無理ですよ?無理無理。・・・ほ、ほらウルさんだけ残るのも良くないじゃないですか。」
「いいんだ、私は気にせず置いていけ。」
「ダメですって。一人でどうにかなる相手じゃないって。」
『女雷帝』イオニスの雷がそこらじゅうの瓦礫に落とされ始めていた。
彼女は我々が出てくるのを待つことに耐えかねたのか手当たり次第に攻撃することにしたらしい。
「じゃ、じゃあ俺が【魔法障壁】教えるんで。理論だけですけど。魔法使いなら使えるかもですし。」
「なんだそれは。」
「魔力を直接操作して、魔法の構成を崩壊させる壁を展開するんですけど。」
「君の空を飛ぶ魔法もそうだが、魔力操作がどうとか言っていたな。」
「はい結構簡単に」
「できん。」
「え?」
「そんなものはできん。お伽話に近い。どれだけ魔法を極めたんだそいつは。魔力を操作なんてできるわけがない。その提案は却下だ。」
「え、じゃあ・・・。」
「作戦通りに準備しろ。」
「い、嫌です・・・。」
「やると言ったらやる!ホラ準備しろ!」
ウルさんはそう言って俺の背中に手の平をつけた。
「ちょちょちょちょっと!待っ」
「【ウィンドバースト】!」
その瞬間突風が俺の背中で爆発し俺は吹き飛んだ。
都の上空へと。猛スピードで。
「そこね!」
イオニスが放った雷が瓦礫を粉砕した。
その瞬間、ウルが飛び出し回避した。
「もう消えて!もう嫌!あなたのことはもう忘れたいの!」
「騎士とあろうものがまだ夢の中か?っと聞こえてないんだったな。」
ウルは、イオニスが激昂しながら次々に繰り出してきた雷を、魔法を使うなどして回避した。
雷はより一層早く厚くウルに襲い掛かる。
誰がどう見てもウルの防戦一方であった。
そんな彼女の視界の端に空を飛ぶ男の姿が映る。
ウルは呟く。
「頼んだぞ将斗。この戦いはどうあがいても・・・一人死ぬ。」
ウルは目を閉じて思い出す。
彼女は六騎士とワルキューレの一騎打ちになった際のシミュレーションをしていた。
彼女が導き出したどの結果もよくて誰か一人が死亡する。
たった一つの場合を除いて
「シャドウ様を頼んだぞ。」
シャドウの登場。それが六騎士対ワルキューレでの誰も死なないで完全に勝利するための方法だった。
そのことを、将人は知らない。
「・・・にしても私が他人を励ますとは。全て受け売りだが、変われているんだな私も。」
ウルは少し微笑んだ後、目の前の強敵を見定める。
「私は私のできることをするよ。」
「あああああああああああああああばかあああだろあいつああああああああああああああ!!!!!!!!」
俺は空を飛んでいた。
浮遊を使ってないのに不思議だなぁ・・・
じゃねぇ!
死ぬ死ぬ死ぬ!
「【浮遊】ォォォァ!!!!!」
言わないとちゃんと発動してくれない気がして詠唱してしまった。
他人の力で飛ぶのマジで怖い。
勢いを殺すと魔力が無駄になりそうだから方向転換だけに意識を向けて、【浮遊】を発動させる。
体が回転し、空ではなく都を見下ろせるようになった。
これで探せる。
「どこだ・・・。」
シャドウを探す。
都のあちこちで人々が走ったり何かを叫んでいたりするのが見える。
壁近くの色んな所で何かが破壊される音が聞こえる。瓦礫が待っていたり武器が飛んで行ったりもしている。
魔方陣を構成している線が見える、さっき見た時よりも気持ち強めに光っているように見える。
「早く見つけろ。早く・・・。」
シャドウの闇魔法は異様に黒い。
あれならこの距離でも見えるはずだろ多分。
「あっ!あれか?!」
ほんの一瞬、黒いものが見えた。
しかし、一瞬で消える。
だけど、見えた場所は町のど真ん中。パレード近くの広場。
あそこは
「さっきまで戦ってたとこかよ!」
俺はまだ空へ飛んでいこうとするこの勢いをうまく利用しつつ落下するのと合わせた最高の速度で広場目掛けて突っ込んだ。
「ぐっ・・・。」
風を切る音で耳が痛い。
速すぎる。
「あれは・・・。」
速い分、さっきは見えづらかった広場の状況がわかってきた。
佐藤栞がシャドウを攻撃している。
シャドウの攻撃はすべていなされ、逆に彼が栞の攻撃で吹き飛ばされている。
防御すらさせてもらえないらしい。
シャドウは動けないのか、近づいてくる佐藤栞から逃げられない。
そして、佐藤栞がシャドウに剣を振り下ろそうとしていた。
「やばいやばいやばい!」
【浮遊】での加速を最大にするが間に合うか・・・?!
そもそも、根本的にあの攻撃を止めさせないと。
でもあの化け物止める方法なんて
「・・・いや、あるな。通じればの話だが。うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺は精いっぱいの大声を出した。
ライダーキックの体勢を取る。
佐藤栞がこちらを見た。
かかった。
「食らいやがれええええええええええええええ!!!!!」
佐藤栞を捉えた一撃が叩き込まれようとしたその時、佐藤栞が身を引いた。
それだ狙いは、俺の攻撃じゃ通じない、だからこの速度で突っ込んだ。
彼女が身を引いたのを見た瞬間、俺は逆方向に【浮遊】を効かせる。
全力で、最大限に!
「あぐっぁぁあがあああああああああああ!!!!!!」
血が全部前に押し出されたような、後ろから押しつぶされているような、そんな吐き気と痛みが俺を襲う。
Gってやつか?
声を出さなきゃやってられない。きつい辛い痛い苦しい無理だ無理無理。
「ぁあっ?!」
痛みで集中できないせいで【浮遊】が切れた。
まだ勢いは弱まってない。
このままでは地面に激突して―
と思ったその瞬間、黒い霧が俺を包んだ。
「無茶するな、将斗。」
「お前マジで助かる・・・。」
「それはこっちのセリフだ。」
俺は霧に頭から突っ込んでいた。
黒い霧は触れられるようで、さらにふわふわしていて落下の勢いを完全に殺してくれていた。
シャドウの手から出てきてるあたり、【闇魔法】ってスキルで出してんだろうな。見た目も闇っぽいし。
「魔王が二人・・・?」
佐藤栞がつぶやいた。
二人って・・・俺が魔王に見えるのか。北原がやってるあの夢の仕組みは未だによくわからんな。
シャドウが考えている俺の肩を叩いた。
「将斗、簡潔に言う。俺が栞さんの隙を作る。一瞬しかない、その瞬間に彼女の【神光】のスキルを奪え。」
「わかった。シャドウ、先に言っとくけどこれが終わったら次はワルキューレたちを助けに行くからな。」
「ああ、当然だ。」
そう言って立ち上がったシャドウ。
その周りに血が飛び散っているのが見えた。
「お前、血が。」
「大丈夫だ。まだ・・・まだ行ける。」
シャドウは腕を抑えながら立っている。
こいつは俺が思っている以上にダメージを受けているんじゃないかと思った。
それでも立ち向かおうとする姿が俺の眼には格好よく映った。
「構えろ。」
「ああ。」
シャドウの視線の先には佐藤栞がいる。
すごい前傾姿勢をとっている。
命いっぱい足を広げて、剣をこちらに向け、もう片方の手は地面に引っ掛けている。
まるでスタートダッシュのよう
ギィン!
俺の目の前で火花が散った。
佐藤栞が目の前にいた。
横から突き出された刃が彼女の剣を止めている。
「気を抜くな!」
返事をする暇もなく、佐藤栞の剣が俺に降り注ぐ。
そのすべてをシャドウがギリギリのところで弾いていた。
隙なんてできるわけない。
「栞さん、俺の声を聴いてくれ!」
「2人だろうが関係ない。ここで倒す!魔王!」
シャドウの訴えが届いてない。
そんな彼が少しずつ後ろに下がってきていた。
降り注ぐ斬撃が多すぎる。
押されている。
「だったら俺も加勢する」
少しでも戦力になればと【後払い】の発動を意識しようとした瞬間。
「やめるんだ!隙を作るのに5分以上かかる可能性もある!その時動けなくなっていたら困るんだよ!」
「だけど!」
「だけどじゃない!隙は絶対俺が作ってみせるから、じっとしていろ!」
そう言ってシャドウは佐藤栞の剣を捌き続けるが、やはり彼女の動きには劣っている。
シャドウはナイフで応戦していた。
それに対して佐藤栞は剣だけでなく、足技拳技を織り交ぜたスタイルで戦ってきているせいで、かなり手数が足りない。
その時、シャドウのナイフが彼女に蹴り上げによって弾き飛ばされた。
瞬間、シャドウが手を下にかざす。
すると彼と彼女の間に黒い壁が出現した。
しかし、それが現れたと同時に佐藤栞が回し蹴りをしているのが見えた。
その姿が壁で見えなくなった直後、壁が崩壊していき回し蹴りがシャドウに炸裂した。
後ろの俺は彼の体を抱き留め共に飛ばされた。
【浮遊】でその勢いを弱める。
視界の端にうつる魔力のゲージの残りは半分を切っていた。
もう少しで建物に直撃するといったところで勢いを殺した。
ハイレベルの戦いだった。
二人とも3年でここまで常人離れした実力を身につけられたのか・・・。
「シャドウ!一人じゃ無理だろ、やっぱり俺も」
そう言いかけた時、佐藤栞が剣を下に向けて腰を落として何かの構えを取っているのが見えた。
「消し飛ばす・・・。」
彼女がそう言ったのが聞こえた。
直後、彼女の剣に何かが集まっていくような感じがした。
そして彼女の剣が光りだした。
「おい・・・シャドウ、あれって。」
「くっ?!マズい!」
シャドウは彼女を見るなり手からまた黒い煙のようなものを出した。
それはシャドウの手から伸びて遠くにあった街路樹にまとわりついた。
シャドウが思いっきり引っ張りつつ俺を抱えて飛び出した。
直後佐藤栞が叫んだ。
「【光剣斬】!!」
彼女の剣が下から上に振り上げられるのが見えた。
その剣先から光の塊が、俺たち二人がさっきまでいた場所へ迫り轟音と共に地面や建物を巻き込んで薙ぎ払っていった。
簡潔に言い表すなら超極太のレーザー。
熱を持っていたのか通り過ぎた地面のいたるところが赤く光っている。
「どこのペンドラゴンだよ・・・。」
「あんなのが飛んでくるんだ。動けなかったらどうなるかわかったか?」
「ああ、じっとしてるよ。だけど、マジでお前ひとりでどうにかなる相手か?」
「そこを何とかするのが俺の・・・。」
「シャドウ・・・?」
シャドウが何かを見て黙っている。
俺もその方向を見た。
そこには数十分前と同じように、夢を見ているせいで奇怪な行動をとっている人々がいた。
その人々が次々に、薄くなって消えて行くのが見えた。
消えていることを自覚してないのか、全く焦らず、恍惚とした表情のまま・・・。
そんな奇妙な光景が繰り広げられている。さすがに自分の目を疑った。
「人が消えてる・・・よな?」
「ああ、どうなって」
「あはははは!最高だ!邪魔されててもちゃんと機能してるじゃないか!」
不快な高笑いと共に北原が歩いてきた。
ふざけてる。
「北原!お前この人たちに何を!?」
「は?知らねぇなぁ。勝手に歓喜して魔王の生贄になってるそいつらが悪いだけだろ。」
「生贄・・・?喜んでる人がいればいいだけじゃねぇのか・・・。」
「逆に感謝してほしいくらいだ、死ぬ瞬間まで最高の風景を見せてやってるんだからよ。」
「共に旅していたが、まさかここまでだとは。」
シャドウが北原を睨みつけていた。
俺も多分、同じ顔をしている。
「さて、そろそろ栞にも本気出してもらうかぁ。」
そう言いながら北原は佐藤栞の顔をなでる。
彼女には北原が見えていないらしい。何の反応もしていない。
「北原!栞さんを操って、人々を生贄に魔王を召喚して、お前は何が目的だ!」
「目的?そんなの全部俺が英雄になるために決まってんだろ。」
「何・・・?」
北原はにやにやと笑いながら続ける。
「俺は勇者だぞ?それがこんな外見だけは俺にふさわしい女が奪っていった。向こうでもそうだ。俺が1位になって皆に称えられる。そのはずだったのに。」
「何の話なんだ『向こう』って。」
「元の世界のことだ。俺たちはもとの世界のことを向こうって呼んでいた。」
北原は語り続ける。
まるで狂ったかのように。
「俺は人の上に立つべき存在なんだよ。こんな最高のルックスと、頭脳!すべてにおいて完璧な俺が誰かに劣っていていいはずがない!なのにこいつは俺を選ぼうとしない。いつまでも死人のことを思い続けている。しかもそんなこいつを、この都の馬鹿どもは勇者万歳だのって褒め散らかす!俺も勇者だぞ!誰も俺のことなんか見ちゃいない!だから魔王を召喚するのさ。俺のこの力で無力と化した勇者シオリのピンチにと駆けつける俺というもう一人の勇者!人々はもう俺を称えることしかできなくなる!皆が俺を見る!頼る!最高の世界だ!」
何一つ分からない。
理解ができない。
シャドウも俺も一言も発することができなかった。
この沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「シャドウ様。」
「は?誰!?」
俺の隣に知らない女性がいた。
真っ黒いライダースーツを着て仮面をつけているあたり、ワルキューレ・・・?
「私の名は・・・何でしたっけシャドウ様。」
「エイルだ。組織で使う名だから覚えておけとあれほど」
「はいはい。で、シャドウ様報告です。」
すごい緊張感のない感じのする子だ。
気を抜いているというか、力強さを感じない。
シャドウに対して態度かなり悪いし。
「現在の状況ですが、都の北側にレルル。北西にミスト。北東に・・・めんどくさ。とりあえず6人が都の端っこにおんなじくらいの距離取って飛ばされました。騎士と一緒に。」
「報告はもう少しきちんとしろ。」
「えぇ~・・・とりあえず皆ピンチです。」
流石にもう少し詳しく話した方がとは思うのは俺だけか?
「皆私に状況を話す余裕なさそうでした。だからほぼ私の主観ですけど。あ、そうそう私の見立てで一番危ないのはミスト。」
「ミストがどうした。」
シャドウがそう言った。
俺もミストの話だからと身を乗り出して聞く体制をとる。
「変なおっさんいたって言ってたじゃないっすか確か。あれと戦っててボコボコにされてます。」
「っ?!」
「将斗、落ち着けよ。」
俺は立ち上がっていた。
今すぐ走り出したい気持ちを必死に抑える。
あいつだ。エクストラだ。
あいつが・・・ミストを?
シャドウが俺の肩を掴んでいなかったら、もう走っている所だった。
「シャドウ、ミストのところに。」
「行きたいのはわかる。だが、栞さんから逃げ切るのは不可能だぞ。まずはこっちだ。」
「・・・わかった、早く終わらせるぞ。速攻で。」
「ああ。」
俺は佐藤栞を見る。
スキルを回収。スキルを回収。
ミストのことは今考えるな。
一瞬しかできないであろう隙を見逃さず一発で成功させてやる。
それが最短だ。
「おしゃべりは終わりか?こっちも仕込みが終わりそうなところだよ。」
きたはらはそう言って佐藤栞の頭に手を乗せた。
その瞬間、彼女がビクビクと震えだした。
「あ、ああっ・・・あっ・・・あ・・・ああああ・・・ぁあっああ・・・。」
声にならない声を上げている。
「やめろ!北原!」
「やめねぇよ!これで出来上がる!お前を殺すための道具がな!」
そう言って手を離す北原。
佐藤栞は直後に腕をぶらんと垂れ下がらせ、頭も力なく下げた。
そしてゆっくりと起き上がってきた。
「それ・・・本当なの・・・?」
そう言った。
北原に。
「聞いてるの?魔王?あなたが言ってきたのよ?」
「んん?何の夢だ?まあいいか、そうだよ。本当だよ。」
何の話をしているのかわからない。
彼女は夢を見させられているのは確実。
ただ、認識が変わっている。
俺たちではなく北原のことを魔王と言っている。
「あいつを倒したら、井川君が生き返るのね?」
彼女は指差して言った。
その指の先にはシャドウがいた。井川本人であるシャドウが。
「お前まだあの野郎のことを。」
「本当なのね。良かった。ありがとう。」
「ちっ、都合のいい言葉に聞こえるようになってんだったか。使いづれぇな。」
「ええ。私の願いはそれだけ。私は井川君に会えればそれでいい。私を何度も救ってくれたあの人ともう一度。もう一度だけ・・・。」
「栞さん・・・。」
彼女の願いは井川に会うことだった。
その願いはかなっているのに、彼女が気付いていない。
そんな残酷な光景に、心が痛んだ。
声をかけずにはいられなかった。
「シャドウ・・・。」
「栞さんの願いは俺に会うこと・・・か。光栄というかなんと言うのか。」
少し笑いながらそう言っていた。
だけどその目には悔しさがにじみ出ている。
シャドウは一旦目を閉じて、再度開くとこちらを見て言った。
「ミストのところへ行け。」
「・・・え?」
「ここは俺が何とかする。」
「待てよ。佐藤栞のスキルを奪わないと。」
「行け。」
シャドウはこれ以上ないくらい、真剣な表情で、俺の反対を許さないといった風に言った。
「やはり自分の力で救い出す方が映えるからな。」
「お前・・・。」
「それにお前もピンチの時に駆けつけることになる。ミストからの評価はかなり良くなるだろうさ。その流れで仲直りでもしてこい。」
シャドウはどうするか迷う俺に続けて言う。
「今お前がしたいことはなんだ?ミストのところへ行くことだろう?」
「でも、俺の力じゃどうにもならないだろ。それなら、こっちでお前が動けるようにスキルを奪うことに専念した方が良い」
「良くない。俺がお前だったら真っ先に飛んでいく。かっこつけて大勢を救う人間になろうとするな。今お前がなるべきは愛する人を救うことだ。」
「でも」
バチン!
迷い続ける俺の背中をシャドウが思いっきりたたいた。
「いっっっった?!はぁ?!お前手加減しろ!どんだけ自分が強いか自覚しろ!」
「そう、俺は強い。だから安心していってこい。」
「え・・・?」
「お前たちが帰ってくるまでは粘ってやるということだ。そのくらいならできる。」
「シャドウ・・・・。」
こんなボロボロの体してよくそんな啖呵が切れるな。
でも、それでも、こいつの言葉には説得力のようなものがあった。
本当に粘ってくれる気がした。
・・・だったらやってやる。こいつがここまで言ってくれているんだ。
ここは任せろと言ってくれている。
行くんだ。ミストのところに。
「行くよ、俺。速攻で終わらせて戻ってきてやるからな。」
「それでこそだ。行くからには最高の結果を出してこい。」
「ああ!行ってくる!」
俺はエイルからミストの居場所を聞き出すと真っ先に【浮遊】でその方向へ飛ぶ。
残り少ない魔力がなくならないように気を遣いながら俺は加速した。
「おいおい一人逃げたぞ。一人で大丈夫かよ?井川君?」
「逃げてはいない。最高の結果を掴みに行ったんだ。」
「ハッ。こっちは最悪の結果が生まれそうだってのにか?」
「何のことだ。」
シャドウは仮面を放り投げると彼の体から黒い煙が噴き出した。
それは炎のように揺れ、彼の体の周りに漂う。
黒い煙の奔流に彼のコートはたなびいた。
「こっちはこっちで最善の手段取っているんだよ!」
そう言ってシャドウは駆けだした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
というと打ち切りの雰囲気ありますね。
まだまだ続けるので応援・・・?よろしくお願いします。