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素材  作者: 味噌煮だったモノ
第4章 
46/63

第46話 1話 学園モノは1話だけ code.2 始まるstory

マジで殴られてもしょうがない投稿ペースで本当に申し訳ない気持ちになりながら投稿しつつ、そんな気持ちでいるということを伝えるついでに言いますが今回過去最高の長さを誇っておりながら(→全部読んでからあとがきへ

「加藤さん。国語の提出課題のプリント、まだあなた達だけが出していないのだけれど。」

「あ~いいじゃんそんなの。あとで出せばいいのよ後で出せば。」

「しかし、先生が」

「そこは、佐藤ちゃんからうまく言っておいてよ。お願~い。」


ある日、佐藤栞は国語教師の頼みでプリントを回収していた。

その日の帰りまでにクラスの全員分のを集めて先生に出さなければならない。

だが、クラス内で唯一素行があまりよろしくない加藤美波とそのお仲間5人グループがまだプリントを出してくれないのだ。

栞の催促にも応じず挙句の果てに上目遣いで先生に弁明しておいてくれと言ってきた彼女に、栞は心の中で怒っていた。

「(わかんないなぁ。少し難しい問題もあるけれど、出すのと出さないのなら絶対出した方が成績良いのに。)」

栞はそう思い、若干呆れてもいた。

加藤グループはいつもこんな感じだった。提出物は遅れて出す。遅刻は頻繁にする。近隣のコンビニにたむろって苦情を入れられる。暴力沙汰などがない分マシだが、十分不良だった。

栞はそんな彼女たちをどうにかしてくれとよくクラスメイトや、先生に言われる。

しかし栞の性格上、他人に踏み込むことはあまりしない。

だから彼女たちが間違っているとは思いつつもそうとは言えなかった。

その上、今彼女たちのプリントがない理由を考えながら職員室に向かっている。

加藤の頼みを果たそうとしているのだった。

「(無理に言って変に壁とか作られて嫌がらせと化されたりしたら面倒だからなぁ・・・。でもなんて言おう。あの子たちもうこれで3回目だし・・・。)」


「失礼します。」

「おっ、佐藤ちゃーん。お疲れ様ー。こっちこっち。」


栞が職員室に入ると、向こうの方で手を振ってくる教師がいた。

国語の教師だ。

教師のくせに校内でサングラスをしていて、変なアロハシャツを着ている。

小太りで、少し日に焼けて黒い。

彼は国語の授業の後毎回プリントを課題として出してくるのだが、その回収をいつも栞に任せている。

栞は彼のことがあまり好きではなかったが、この頼み事は彼が一応教師であることと自分が学級委員であることにより断れなかった。


栞は持っていたプリントの束を手渡した。


「先生、これ今回の課題のプリントです。」

「ありがと~。毎回助かるよ~。ごめんね~。」


プリントを受け取ると教師はそれを数え始めた。

栞は表情には出さないが「マズい」と思った。

ここで数えなければ加藤たちがプリントを出していなかった事実を隠せたからだ。


「36、37、38、ん?1、2、3・・・」


教師は最後まで数え終わると、わざとらしく首を捻った後、再び一枚目から数え出した。


「あ、あの・・・。」

「34、35、36、37・・・あっれ~?おかしいな減ったぞ?」

「あの先生。」

「ん~?どうした佐藤?」


教師は座った状態のまま顔だけを栞に向けた。

顔の向け方が下から持ち上げるかのような動きだったため多少栞は嫌悪感すら覚えた。

「(もう少し普通にしてくれればいいのに。)」


「先生。プリントなんですが、加藤さんたち5人分がまだ・・・。」

「えぇ~っ?!またぁ?!」


教師はわざとなのか大きめな声で驚く。

その声に気づいた教師数人が一瞬栞の方を見るが、すぐに自分の作業に戻っていった。

このオーバーリアクションはいつも通りのことだった。


「佐藤さん?困るよ~。これで4回目だよ4回目。佐藤さんできる子なんだからさ、しっかり集めてきてよ。」

「す、すいませんでした。」


頭を下げる栞。彼女は心の中で「(1回多いよ・・・。)」と文句を言う。

しかし、教師の言い方からまるで自分が悪いように思われているのが、あまり波風を立てない生き方をしたい彼女でも気に入らなかったため、反論することにした。


「先生。今回は、というか毎回ですが私は加藤さんたちから回収するのを忘れているのではなく、加藤さんたちに提出する意思がなくてですね。」

「いやいや~、この学校にそんな生徒いないでしょ。」

「えっ?待ってください、それは」

「佐藤ちゃん、自分の失敗を人のせいにするのは頂けないなぁ。」


教師が顔を少し下に下げ、サングラスの隙間から直接栞を見た。

彼女にはその目が失望したかような目に見えた。


「でも本当に」

「でも前回も前々回もそんなこと言わなかったよね。彼女たちは体調が悪いだとか家に忘れてきただとかって言ってたよね?なんで今になってそんなこと言うのさ。」

「それは・・・。だ、だとしても彼女たちに非が」


そこまで言いかけて彼女は口を閉じた。

『だとしても彼女たちに非がある。出す意思がない。あったとしても現に提出日に間に合ってない時点で彼女たちが悪い。だから自分は悪くない。』

そんなことを言おうとしていた。

しかし、彼女は一瞬考えた。

そんなことを言う自分の姿をだ。

必死に教師に楯突いて自分は悪くないと弁明する姿が彼女の頭をよぎった。

佐藤栞は優等生だと知られている。

教師たちもそんな自分にあれこれ期待して何かを任せることも多い。

そんな優等生が教師に楯突いている姿を見られたら。

楯突く理由は通っている。だが、内容を知らずただ自分の姿を見た他の教師たちはどう思うだろうか。

『こういう理由があって』と目撃者全員に弁明することなどできるわけがない。

そしてその目撃した人が『佐藤栞が教師に楯突いていた』という断片的な情報を裏で流したりして、それが広まったら、明日から皆はどういう目で自分を見てくるのだろうか。

そう思うと彼女は怖くなってしまった。

だから一番穏便に済む方法を選んだ。


「申し訳ありませんでした。次はこんなことのないように気を付けます。」

「お、おいちょっといいんだよ。頭下げさせてるなんて俺が思われちゃうでしょ。」


栞は頭を下げた。

自分が不条理を受け入れ我慢する。一番波風の立たない方法だった。

「(どうせ加藤さんたちが悪いって言っても、それを聞いた加藤さんたちが何かしてくるかもしれないし。5人で一気に問いただしてきたら・・・嫌だからなぁ。)」

そう思いながら頭を下げ続けた。


「も~頭上げて上げて。俺はね佐藤ちゃん。君に期待してるからこうやって頼みごとをするんだよ。しょうがないから今回だけ許してあげるよ。次は気を付けてね。」

「はい、失礼しました。」


そう言って彼女は職員室を出た。



「佐藤さーん、助けて~。」

「何でしょうか?」


次の日、栞は休み時間にクラスメイトの女子に声をかけられた。

栞は何を言われるかだいたいわかっていた。


「さっきの授業で出たここがわかんないの。なんでこうなるの?」

「ここはですね・・・。」


クラスメイトはノートを指さしながら栞に泣きついてくる。

栞は授業を聞きながらだいたいこうなるだろうということを察していた。

毎日こういった具合だったからだった。

少し前に栞は期末テストでオール1位という成績を見せつけた。

彼女のたゆまぬ努力の成果だった。

しかしそのせいか、その前から少しずつ質問してくる生徒はいたのだが、最近では多くなってきていた。

休み時間に最低3人は聞きに来る。

栞は教師がまだ黒板近くでなにやら片づけをしているのが見えていた。

それを、見た彼女は「(教師がいるんだから教師に聞きに行ってくれればいいのに・・・。)」と思った。

やはり口には出さず、皆の佐藤さんを演じた。


「ありがと~佐藤さん。」

「佐藤、佐藤。俺にこっち教えてくんね。」

「は、はい。」


休む暇もなく次の生徒が来た。

そんな栞は教える際緊張している。

それは、聞かれたことに対して間違って答えた場合や、答えられなかった場合のことを考えてしまうからだった。

休み時間は休める時間ではなくなっていた。

いいように使われているようで彼女は不満だった。


4限が終了すると彼女はバレないようにしつつ、すぐに教室を出た。

弁当を持って階段を駆け上る。

屋上のドアを開けそこにいる人物に―


「こんに・・・。あれ?」


屋上には誰もいなかった。

上を見るがそこにもいない。


「な、何っ、早いな栞さん。」

「あっ、井川君。」


井川は後ろから来ていた。


「まさか俺より先に来るほど楽しみしてくれてたのでは・・・?」

「ち、違います。」

「ああ~最高だ。栞さん俺と付」

「お断りしますっ。」


彼女の返事は断ってはいるものの語尾は少し軽やかだった。

彼女自身気づいていないが屋上に来てから少し口角が上がっていた。

井川の言う通りそれほど楽しみだったのだ。

ここでなら多少『佐藤栞』を崩して話すことができるからだった。

井川は彼女が話しかけるだけでうれしそうな表情をするため、彼女は何でも話してあげている。


彼女自身は気づいてないが実はこのお昼の時間で彼女のストレスが解消されていた。

そうして毎日なんとか過ごしていた。

不満な出来事があってもお昼を楽しむことで解消させ、また不満なことを溜め込んだら、お昼に解消し・・・。


そしてまたある日、楽しく喋っている時だった。


「栞さん・・・。元気ないな?」

「え・・・?」


急にそんな発言をされ、そんなはずはないと彼女は思った。

そもそも元気がなくなる理由はないと。


「なんともないですよ。」

「いや、元気ない。最近は特に元気がない。何かあったんですか?」

「・・・。」


元気がなくなる理由はないとは思いつつも、彼女自身は正直なんとなくわかっていた。

無理をしていた。

クラスメイトからの質問攻めを受け止められるように、そして成績をよくするために勉強を毎日死ぬほどしている。

教師やクラスメイトとの関係を一律に保っているために、頼みごとを必ず引き受けていた。

内面に隠した自分は絶対に出さず、凛然としていて才色兼備な『佐藤栞』を演じ続けていた。

自分を抑え込んでの生活は日に日にエスカレートしていき、お昼のこの時間だけではストレスが解消しきれなくなっていたのだった。

彼女は表情には出さないようにしていたが井川にはなぜかそれがバレてしまったことに多少驚いた。


「何か困ってるなら言ってくれ。力になりたいんだ。」


井川はまっすぐに栞を見つめた。

栞は最初こそ話そうとはしなかったが、次第に話し出した。


「なんというか・・・最近私がしたいことができなくて。」

「栞さんがしたいことっていうのは・・・?」

「わかりません。というか・・・したくないことをしている、という方が正しいのでしょうか。」

「したくないことか・・・。」


栞ははっきりと『これだ』とは言えなかった。


「しなければいいんじゃないかな。」

「(だよね・・・。)」


彼女は薄々そういう返しが来ると思っていた。

したくないのならばしなければいい。

一番手っ取り早い方法はそれだということはもうはっきりわかっていた。

彼女はそれをする勇気がなかった。


「やめたくてもやめられないものだとしたら・・・?」

「え・・・そうだな・・・。」


止めればいいという答えしか返ってこないのはわかっているのに彼女は井川が何か解決策をくれるんじゃないかと期待した。

だからつい聞いてしまった。


「質問を質問で返すが、それは必要なことなのか?」

「どちらかといえば・・・必要ないですね」

「だったら本当にやらなくていいんじゃ。」

「周りが、期待しているから・・・。」


彼女は下を向きそう呟く。


「周りがそうして欲しいって、あなたしかできないって風にしているから・・・やらなきゃ駄目なの。」

「わからないな。やらなくていいと思うぞ。」


「(やっぱりそれしかないよね・・・。それができないから困っているのに。)」

彼女は落胆した。

しかし、井川はそれで終わらなかった。


「自分がそういう人間になりたいものがあって、それでそれが必要なことなら、その・・・何か分からないが『それ』をすればいい。」

「でも私は別になりたいものなんて」

「逆だな。なりたいものがないから『それ』をしてしまっているんじゃないか。でも、したくないって思ってるってことはその先にある自分にはなりたくないってことだろうと俺は思う。」

「その先の自分になりたくないと・・・思ってる・・・?」


皆にもてはやされている『佐藤栞』。

ただ漠然と、『佐藤栞』をこなしていた。

彼女はそんな自分を自分で嫌だと思っていた。

「(そう言われるとそう思えてきたかも・・・。でも・・・。)」


「私は・・・。」

「そもそも、したくないことはしなければいいとわかることを俺に聞いてきたということは・・・。」

「え・・・?」

「俺に励ましてほしいってことだな!?」

「・・・は?」


栞は目の前の男が一体何を言っているのかわからなかった。

彼女の頭の中には疑問符しか浮かんでいない。


「えと・・・どういう・・・。」

「したくないことを止める勇気が出ないんだろう!ここで俺に激励を貰い勇気を出してきっぱりやめようという算段だろう?!そういうことなら俺は全力で励ましてやろう!」


演劇をしているかのように身振り手振り付きで井川はそう言った。

栞は開いた口がふさがらなかった。


「栞さん!俺は君があの時俺の趣味について『あなたが面白そうにしているなら止めなくていいよ』と言ってくれただろう?」


「(え、趣味ってこの前のこと?言ったっけ?確かにいいんじゃないでしょうかと言ったけど。)」


「あれから俺は普段から趣味全開で過ごしている。」

「・・・え?」

「最初こそ引かれはしたものの、最近は皆受け入れてくれてな。とても過ごしやすくなったよ。」


「(もしかして、この前言ってた、よくわかんないフランス語の技とかダーク何とかって名前を普段から・・・?え?あれを普段から?話す分にはいいけど普段からあれで過ごすって、ええええ?!わ、私とんでもないことしちゃったんじゃ・・・。)」

彼女は非常に申し訳ない気持ちになった。

ちなみにこの時井川は本当のことを言っていた。

本当に教室でフランス語の技名を叫び、左手がうずいたり、封印された竜が復活するなど教室で言っていた。

彼のクラスの人間が皆寛容だったのが幸いし、そういう面白い子として扱われていた。


「栞さんのおかげだ。俺に自分らしくあれと言ってくれたから。」


井川はまっすぐに栞を見続けている。

「(言ってないん・・・だけど)」

井川の中で捏造され感謝されている言葉に、栞はどう反応したらいいか困っていた。


「したくないことがあるって言ってたな。何回も言うがしたくないならやらなくていい。」

「でも・・・。」

「自分の好きなこと、したいことを優先した方がいい。俺はそれで救われたんだから、君もそうするといい。」


井川の瞳から嘘偽りは感じられなかった。

恥ずかしい言葉ばかり並べているのに、妙な説得力があり、彼女は何も言えなくなった。

こんなまっすぐすぎる人がいるのかと、そう思っていた。

そのまっすぐさに、惹かれた。


「ありがとう、井川君。」

「ん?」

「ありがとうと言ったの。私、ちょっと勇気出せたかもしれない。」

「え?ほ、ほんとに、俺の言葉で?嬉し・・・。」

「茶化さないで。」


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「私頑張るから。応援してて。」

「今までも応援していたんだが、栞さんの頼みならより応援することにするよ。」

「さ、教室に戻りましょう。」


その日から彼女はかなり変わった。

まず、彼女は他人に力を貸しすぎないことにした。

質問に来た生徒はよく考えれば答えを聞きに来ていただけだったのだ。

だから、どう解くかのプロセスを教えるだけにとどめた。

さらに頼みごとを断るようにした。

国語の教師が一番厄介だった。


「じゃあこの課題を来週までにやってくるよ~に。じゃあ佐藤さん回収よろしく」

「先生、なぜ私なのでしょうか?」

「・・・え?」


国語の教師は予想してなかったのか豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「それは学級委員だからで」

「学級委員ですが、そもそも教科ごとに生徒ごとに係が割り振られていますよね?国語の係に頼むべきではないでしょうか?」


彼女は教室の中一人立ち上がって教師にそう言った。

本来なら「私この仕事したくないから他の人にしてください」と言っているわがまま少女のようにしか見えない。

それを彼女は予想していた。


「余裕のある子にやらせるべきなんだこういう仕事は。だから君が」

「あの~私余裕ないなんて言ってないんですけど?」


手を挙げた女子がいた。


「センセ、私国語係だし全然やるけど?」

「か、加藤・・・。」


立っていたのは加藤美波だった。

栞が教師の指示を回避するために彼女は国語の係を探した。

それが加藤だったとき彼女は少し怖気づいた。

彼女の脳裏に「国語係だから国語の仕事をしてください」と言った暁には5人に取り囲まれあんなことやこんなことをされるイメージが浮かんだが現実にはそんなことはなかった。

それは数分前―

「え?いいんですか?」

「いいよ~というか今までごめんね。私あの教師嫌いでさ~。佐藤さん何でも引き受けるから気にしてないと思ってたんだけど、流石にあいつのお遣いとかやりたくないよね。ごめん。」

「い、いえそんな。」

「あ、そうだ。じゃあさこうしようよ・・・。」


加藤が言うには「クラス全員の前なら断らないでしょ作戦」らしい。


「う、でも・・・。」

「いいでしょセンセ?」

「わ、わかった・・・。」


国語の教師は心底嫌そうな顔をしつつ了承した。

彼はかわいい女の子が好きでやたらそういう子を指名して職員室に来させるということがあり栞はそれを加藤から聞いていた。

嫌そうな顔をするという失礼な行為に多少呆れる栞だったが、目的が果たせたことで気分は晴れやかだった。


そんな風にいいように使われていた自分を変えたことで栞はストレスを感じなくなっていた。

さらに自分が勉強が好きだったことを知った。

他人のためにやっていたと思っていたが、勉強をしないと決めた日、体がうずいて仕方なかったからだった。

したくないことから逃げることができ、自分の好きなことがわかり栞は少し満たされていた。

そしてそんな変化は心にも現れていた。

家に帰ると井川のことを毎日思い出すようになっていたのだ。

栞は布団を頭から被るなり、じたばたした。

「(井川君のおかげで、私・・・。ありがとう井川君。もっとお話ししたいなぁ。でも、でも~~~~~~~っ)」

不思議な形だが彼女は井川が好きになっていた。

最初はただの興味があった程度だったはずだが、もうそのラインまで来ていることをなんとなく自覚しだしていた。



そんな風に時間は流れ高校2年生になったがお互いの関係は進展せずお昼の時間だけ集まる間柄のままだった。

夏になり、梅雨シーズンになり、雨天中止が多くなってきた、とあるお昼のことだった。


久々に雨が降っていないため彼女は全力で階段を駆け上がっていた。


「こんにち!・・・わ・・・?」


いつものように屋上のドアを開け目の前にいた人物を見て、栞は驚いた。

井川ではなかった。


「あなたは・・・北原くん?」

「やあ、こんにちは佐藤さん。」


北原良平。

栞はこの男を知っていた。

中間試験、期末試験と1位を取り続ける彼女の真下に毎回いる名前の男。

イケメンで物腰柔らかで誰にでも優しい。まるで『佐藤栞』の男版の様な人間だった。

「(確か井川君と同じクラスの・・・。)」

だからこそ彼がなぜこんなところにいるのかと彼女は不思議でならなかった。


「これ、君に渡したくてね。あとで読んでくれ。」

「え、は、はい。」


彼女はルーズリーフが4つ折りになったものを渡された。

そしてそのまま北原が屋上を出て行こうとした。


「栞さんこんにち・・・。え?北原?」

「やあ井川君。」

「なにしてんだこんなところで。」

「屋上は生徒が使えるように解放されているだろ?だったら僕がいても問題ないだろ?それじゃ。」

「あ、ああ。」


すれ違う瞬間北原は井川を冷たい目で見ていたのを栞は見逃さなかった。

井川はそれに気づいていなかった。


「栞さん、こんにちは!」

「こんにちは。」


挨拶を返した彼女の手元にある紙切れを井川は見つめていた。

しかし彼がそれを問いただすことはせず、お昼を食べようとした時、雨が降ってきた。

お昼は中止になった。



次の日。

朝から井川は昨日の謎の手紙について悶々としていた。

机に突っ伏して、書かれていたであろう内容を考え続けている。


「井川~?元気ねぇな?どした?」


そんな井川に声をかける人物がいた。

鈴木浩太。井川のクラスメイトであり友人の男だ。


「コウタか。俺は何ともないが。」

「嘘つけ。今日必殺技名のキレが悪いだろ。絶対おかしいって。さっき3限でやったのとか適当に翻訳しただけの技名だったろあれ。」

「あ、いや、それは普段からなんだが・・・。べ、別に何でもない。」

「どうせ佐藤栞だろ?」

「なぜそれを?!」


さっきまで突っ伏していた井川が起き上がる。


「それしかないだろ。自覚ないのか。」

「心を読むとは貴様心眼の持ち主・・・?」

「お前風にことわざ使うけど、煙に巻くな。一応友達だろ。」

「コウタ・・・。お前は将来俺が作る組織の幹部にしてやろう・・・。」

「はいはい。ほら話してみろって。」


井川は昨日見たことを話した。

もしかしたらラブレター的なものを渡したんじゃないかと不安になっていたということも素直に話した。


「ラブレターだろそれ。北原も古典的だな。」

「おいバカ!聞こえ」

「いねぇよ。確認してるに決まってるだろ。」

「九死に一生を得るとはこのことか。」

「・・・まあ、大丈夫だろ。お昼も今まで一緒に食ってたんだろ?二人きりで。そんなことにはならねぇと思うよ。」


浩太は二人の関係について知っていたが、どうせどっちも踏み込めずにいるだけの間柄で何か起きれば付き合うだろう程度に思っていた。

だから、今回の事件例えラブレターだったとしても栞は断ってうまくいけば井川と付き合う展開になるとも思っていた。


「大丈夫だろうか。」

「お前が考えてることにはならねぇよ。」


そう言って浩太は井川の肩を叩き励ました。


「でも、もし付き合うってことになったら?引きこもる自信があるぞ。」

「やめろよ。俺の兄貴じゃないんだし。そんなことしそうになったら無理にでも引っ張り出してやるから覚悟しとけ。」

「俺泣いちゃいそうだわ。」

「はいはい。」


少し前、井川が趣味全開にし始めた時からなぜか浩太は井川の味方をしてくれていた。

クラスになじめたのも彼のおかげだった。

井川にとってそれから浩太は最高の友達だった。

その出会いにあらためて感謝している井川のところに女子が走ってきた。

授業で分からないことがあったらしい。


「井川ッち~。ここマジわかんない系なんだけど。」

「ここはこの公式を使って解くんだが、そもそも解があるかないかの判断を。」

「カイって何?」

「それはこの前教えたんだが。」

「え~わかんない。質問するのは良いことだって褒めてくれたじゃん。」


その女子はなぜこの高校に入れたのかいまだに謎のド級のバカだった。

井川はその女子に手を焼いていた。

しかし彼女も彼女でわからないところをなぜか井川に質問してきてくれたから、井川の取り憑きにくさが緩和されて、クラスになじめるようになったというのも事実。

井川は多少恩を感じているので、断ることはしなかった。


「―というわけだ。わかったか?」

「マジ教師目指せる系だわ。マジで。」

「マジか。」

「マジマジ。あ、そうそう井川ッち。思い出したわ。」

「なんだ?」

「北原が栞っちに告ってたよ。」

「「なっ?!」」


井川と浩太は同時に驚いた。

最悪の事態が起こっている。

しかし、井川はさっきの浩太の言葉を思い出し少し安心し立て直した。


「そしたらね、栞ッちOKしちゃってたよ?いいの?井川ッち。栞っちラブじゃなかった?」

「マジ・・・?」


井川は呆然とした。

最悪の事態が起こってしまっていた。


「おい待て、井川そっちは窓だぞ、廊下に行こうとしてるんだよな、よし俺が連れてってやるって・・・ぐぬぬぬああああなんだこいつ力強っ?!おい待て早まるな!まだ本当かどうか。」

「あれ?井川に言っちゃったの?栞さんのこと。」

「いや~やっぱ残酷よね。結局イケメンがこの世を制するのよ。弱肉強食の世界だわ。」

「北原には勝てねぇよ。」


クラスメイトが追い打ちをかけてきた。


「あああああああああ止めてくれるなコウタ!友人なら背中を押してくれ!」

「背中を押したら俺が悪くなるだろうが!ギャルさん手伝って!」

「うぃ~。」


ギャル川の手伝いによって井川は事なきを得た。

井川は号泣していた。


「どうして・・・。」






北原が屋上に現れた日の放課後のこと。

体育館裏に栞はいた。

手紙に指定されたとおりに行くと北原が待っていた。

そしてスマホの画面を見せてきた。


「何・・・それ。」

「これ?これはこの学校的に良くない人間が映っている画像だけど?」


それはバイトをしている井川の写真だった。

この学校はバイトが禁止されている。

井川はバレないよう隣町のこじんまりとしたカフェで働いていることを栞は知っていた。


「そ、それをどうするつもりですか。」

「当然先生に見せる。この人は良くない生徒だからね。」

「そんなことはやめ」

「なんで?ん~?おやこの生徒もしかして井川君?井川君に似てるね?不思議だなぁ。」


わざとらしい振舞いに栞は少し怒っていた。


「白々しい。」

「なんてね、知ってたさ。それでどうする?」

「どうする・・・とは?」

「だいたいわかるでしょ?これは人質。僕の要求をのめばこの画像はばらまかないであげよう。」

「私がそう簡単に」

「簡単に行けるでしょ。だって君お昼の時あんなに楽しそうに過ごしてたもんな?大事な大事な友達なんだろ?」


北原は不敵に笑いながら画像を見せつけ詰め寄ってくる。

画像は鮮明に取れてしまっていて、井川を知っている人物なら確実に井川だと断定できる。

「(どうしよう・・・これじゃこの人の言いなりにされる・・・でも井川君だけは・・・。)」

何をされるかわからない恐怖と、井川と会えなくなる恐怖。

二つの恐怖が合わさり彼女は珍しく表情に出してしまった。


「ククッ。いい顔すんじゃん。でもさ栞ちゃん。別に俺はやましいことをしようだなんて考えてないんだよ?」

「な、なにをさせるつもりなんですか。」

「簡単だよ。少しの間俺の彼女になってくれればいい。それだけだ。」



少しの間。彼女としてふるまうだけ。それ以上のことはしないという条件を突き付けられ、彼女は簡単にそれを了承した。

彼女は自分を犠牲に井川を守ることを優先した。

しかし、誤算があった。

北原が次の日、廊下で告白をした。

学生の噂の広まる速さは尋常ではない。

さらに見た目も学力もトップの二人というお似合いカップルのように見えるためより早く広まった。

北原はそれを利用して少しの間という条件を早速踏み倒す算段だったのだ。

井川の耳にさえ入らなければと思っていた栞は絶望した。

彼を裏切ったような気がしてならなかったから。



その日の昼。

井川は屋上に走った。

彼女がいるような気がして。


「栞さん!」


そう言ってドアを開けた先には、栞と、北原がいた。


「やあ井川君。僕もこれからここに来ようと思ってね。いいだろ?」

「北原・・・。いや、俺は・・・。そうだ、栞さん、俺」

「井川君ごめん。もうそれ、やめて。」

「え・・・。」


栞は今まで以上に表情を変えないように気を付けながら井川にこう言った。


「私は北原君の彼女になったの。だからもう告白してこないで。」


北原の要求は追加されないというのは真っ赤なウソだった。

だけどそれを彼女は断ることができず実行した。

井川との関係を断つこと。それが新たな北原の要求だった。

そんなこととはつゆ知らず。突きつけられた別れの言葉に井川は呆然とした。


「わ、かっ・・・た。もう、来ないよ・・・。」


泣きそうになりながらも井川は現実から逃げるように屋上を後にしようと来た道を引き返した。

そして屋上のドアを閉める時、まさに閉じられると言った瞬間。

井川は彼女の眼から涙が伝っているのを見た。

しかし、再びドアを開ける勇気は彼にはなかった。



放課後、栞は北原と帰っていた。

帰宅を共にするという条件も追加されだんだん要求がエスカレートしていることに栞は恐怖していた。

そして断れない自分の弱さに悔しさを覚えた。


「さて、じゃあ俺の家にでも来てもらおうかな」

「なっ、いい加減にしてください!約束が。」

「あぶねぇ・・・危うく写真を送信するところだった。危ない危ない。気を付けてよ栞ちゃん。」


井川のバイト画像が選択され、送信を押せばすぐアップロードされてしまう状態の画面を見せつける北原。

栞はそれ以上反抗できなかった。

「(だれか・・・助けて。)」

彼の家に行ったあとどうなってしまうのか、北原が自分を見る時の舐め回すような視線からなんとなく栞はわかってしまっていた。

そのため体が強張り、呼吸も震えてしまっていた。


「どうしたの栞ちゃん。緊張してるのかな?」


そういって北原が彼女の肩を掴み引き寄せた。

彼女はもう震えを止められなかった。


歩いていると信号があった。

赤だから歩みを止める。

待っている間、栞は逃げだす方法を考え続けた。

北原の家は栞の家の先にある。

帰り道が違うと言っても通用しない。

何も打開策が浮かばず、栞はいつまでも信号が変わらずにいてほしいと願った。

しかしその向こうに立つ人物を見て驚愕した。

井川が立っていた。


「井川くん・・・?」

「あいつ・・・。おい、絶対にかかわるなよ?どうなるかわかるよな?」

「・・・?!・・・はい。」


北原に脅され栞は井川に反応しないよう覚悟を決めた。

しかし


「栞さん!!!」

「・・・。」


井川が叫んだ。

周りを歩いていた人たちが井川に注目した。

子供が指をさしているが母親がそれを止めさせる。

栞は彼から目が離せなかった。


「俺は!もうそいつと付き合ってるからって、言われたとおりに諦めようとしました!だけど!」

「・・・。」

「無理だった!俺は諦めが悪くて!どうしようもなくアンタが好きだったってことがわかっただけだった!」

「・・・。」

「俺はやっぱりあなたのことが好きだ!!だから!」

「・・・っ!」

「お前っ!」


栞は駆けだしていた。

北原が掴んで来ようとしたが避けた。

栞は走って彼のもとへ一直線に向かう。


周りにいた人々が口々に叫んでいた。

井川が何かを言いながら走ってくる。

北原も追ってきた。

彼女は信号を見た。

信号はまだ赤色だった・・・・・


彼女が目を覚ますと、そこは何もない白い空間だった。

異世界要素をメインで飾るバトル要素が一切ないためマジで許してほしいです。

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