第35話 『影』の洋館 code.526 崩壊の足音
なんかひたすら走ってるテレビを見るのも飽きたので投稿します
馬車は洋館に着いた。
歩きながらつい俺はつぶやいてしまう。
「すげぇ・・・。」
「当然です。我々『影』の本拠地なのですから。これぐらいではないと。」
「異世界情緒あふれてるわ・・・。」
マジですごい。
アニメとか漫画で見るようなサイズだ。3階まであって横幅は視界ギリギリに収まるサイズ。周りには高めの鉄製の柵が立っている。
洋館の正面には大きい噴水。周りは庭園っていうんだっけな、手入れが行き届いておりしっかり整えられている。
こんな建造物、元の世界じゃ見たことないな。
玄関もかなり大きい、端まで掃除するにも脚立必須だろこれ。
玄関が開かれると内部が見えた。
床は多分大理石。正面に現れた大きい階段には真っ赤なじゅうたんが敷かれている。
左右の廊下は向こうが見えないほどの長さでそこにもじゅうたんがきちんと敷かれている。
等間隔に絵や花瓶が置いてあっていかにも金持ちの家って感じだ。手入れ大変だろうな。
ちなみに10数人のメイドの格好をした女性が両サイドに並んでお辞儀をしている。
「おかえりなさいませ!」
一人もずれることなく一斉にメイドたちが出迎えの言葉を言った。
「せーの」とかなしにこの一致か。
「異世界すげぇ。」
俺はその後メイドにめちゃくちゃ広い食堂に案内された。
テーブルには白いクロスが前面に敷かれていて、椅子が・・・何個あんだ?とりあえず10以上は確実にある。すべての椅子の前にナイフとフォークと皿が置いてある。
「お好きな席にどうぞ。」
まずい。この俺にお好きな席とか言わないでくれ。
大学時代は目立たないように学食ではテーブルの端っこに座るようにしてたし、端が開いてなくても必ず隣とは1席開ける男だ。開いてなかったら適当なパンを外で食べる。
そしてこの場合いつも通り端っこに座りたい。
だが、多分上座に井川が座る。
どうせ話をすることになるから近くがいいだろう。
だけどこれって偉い順に座るのが決まりじゃなかったっけ?
やばい、マナーがわからん。
どうする・・・。
結局わからないから入り口近くの端っこの席に座っといた。
全部に食器置いてあるからこれの分全員が来るんだろうし人の席とったら悪いしな。
その後、着替えてきた井川とライダースーツからドレスになったフリスと、その他5人の女性が入ってきた。
そして上座に座っていく。
まだ結構席が空いている。
井川が俺を見ると声をかけてくる。
「もっとこっちに来ていいぞー。」
「ですよね・・・。」
使う席にだけ食器を出しておいてくれ。
全員が席に着いた後、井川がパチンと指を鳴らした。
すると、やたら豪華な料理がメイドたちによって次々に並べられていく。
「めちゃくちゃ豪華ですけど。あれですか?俺の歓迎会的な。」
「それもあるが、本来魔王討伐の・・・いわば祝勝会みたいなもののつもりだった。」
「それにしてもついに・・・ついにかの魔王が倒せたのですね。『影』発足から2年半。この速さで達成なさるとはさすがシャドウ様・・・。」
フリスさんが涙を流している。
他の女性たちも泣いている。あ、フリスさんの隣にいるのは馬車を運転していたフレさん、その隣は治療をしていたミストさんか。
「いや、ここまでこれたのはお前たちのおかげでもある。あとで各々が望むものを与えよう。」
「そんなもったいない!」「恐れ多い!」「当然のことをしたまでです!。」「やったー!」「私どもああなたにお仕えさせていただけているだけで十分でございます!」「王・・・。」
6人の女性はそれぞれ立ち上がって遠慮するようなことを言っている。
いや一人喜んでんな。あの赤髪の子。八重歯がかわいい。
というかめちゃくちゃ慕われてるな。いいなぁ。異世界ハーレムじゃん・・・。
「ところで、自己紹介がまだだったな。改めて、俺はシャドウ。秘密組織『影』のリーダーだ。」
「俺は渡将斗。えー・・・以上です。」
俺ってなんだ。マジで自己紹介の時の肩書きが欲しい。転生者っちゃ転生者だけど一時的にこっちにいだけだしな。
「そうか、よろしく将斗。と言いたいところだが、まだ俺は君を信用してはない。何か君が神の遣いだってことが証明できるものはないか?」
これだけもてなされてたからもう分かり合えてんのかと思ったけど、そんな甘くなかったか。
証明か・・・。
「証明・・・。あんたの名前は井川航。持ってるスキルは【闇魔法】。そのスキルは神様にかっこいいからっていう理由で滅茶苦茶お願いして作ってもらったものって聞いた。」
「ん゛っ?!・・・なるほど、神の遣いってのは間違いではなさそうだな。」
滅茶苦茶むせてるけど、どうしたんだろう。
いやなんとなくわかるけど。
「なるほど神の遣いというのは本当らしいな。」
早いな。さっきから目をそらしているのは何なんだ。恥ずかしいのか?
「となると、世界の崩壊も本当のことらしい。」
「信じていただけて何より。」
「よし。となれば我々『影』が手を貸そう。」
「よろしいのですか?」
フリスさんが口をはさんできた。
結構組織に忠誠誓う人って感じがするから、こんな怪しいやつに協力するってのは心配なとこがあるのかもしれない。多分だけど。
「フリス。ワルキューレ総括のお前なら知らないはずでもない。俺たち『影』の目的を。」
「それは・・・『光に当たることなく暗躍し続け世界を裏から支え続けること。』です。」
「ならば、答えは決まっているな。」
「・・・はい、影の導きのままに・・・。」
「んんっ゛!!!」
「・・・どうした。」
「いや・・・ちょっとむせただけです。」
嘘です。
さっきから、中二濃度の高い会話を繰り広げていて非常に危険すぎる。
しかも何よりも危険なのは、こいつらがまじめな顔して会話していることだ。
人は笑ってはいけない空間にいると、逆に笑いやすくなってしまう生き物なんだよ。
何だよ影の導きって。影追っかけてんのか。それだと光が後ろにあるだろ。逆光じゃねぇか。
助けてくれ。
「我々『影』は世界のために暗躍し続ける。世界の崩壊が待っているのであれば、それの阻止に尽力するのは当然だ。」
「協力してくれるって言うのならありがたいけど。」
「ああ、大船に乗ったつもりでいろ。」
ここまで自信満々に言われると頼もしいな。
「ちなみに具体的にはどんなことをしてくれるんだ?」
「簡単なことだよ。我々の技術なら、勇者の一人、君の狙っている佐藤栞がいる王城の一室に、君を連れて察知されることなく忍び込むことくらい容易い。」
「あ、寝てるところに忍び込んだりするんなら言っておく。俺がスキルを奪うには相手の体をどこでもいいから触れる必要があるんだが。」
「大丈夫だ、逃走ルートの確保もしておく。俺もついていくから勇者と交戦になっても逃げきるくらいはできる。」
「『逃げ切るくらいは』って、もしかして勇者って結構強いってことか?」
「ん?・・・・まぁ、俺と互角くらいかな・・・。」
「んーん。リーダーこの前惨敗してたよ~。」
「こら!ランド!不敬ですよ!」
さっきの赤髪の子はランドって言うのか。
女性陣はみんなしっかりした感じだけどこの子だけ無邪気さみたいなのが見て取れる。
てか食べ方すごいな、口の周りがソースでベタベタだ。
「すまない、見栄を張った。そうだ俺は勇者に勝ったことがない。あの【神光】が俺の闇魔法とすこぶる相性が悪くてな。だが、ある程度は戦えるから逃げ切れるというのは本当だ。それにワルキューレたちも万が一の時のために2名同行する。」
「ワルキューレってのはそこの方々ですよね?」
俺の目の前に横並びに座っている6人の女性たち。
「ああ、君から見て右から、ワルキューレ総括のフリス、そして、フレ、ミスト、レルル、ランド、ウルだ。あと数名任務に出ている者がいる。」
いや分からんが。
一気に言われても覚えられねぇって。
「フレさんとミストさんはさっき会った人ですよね。」
「貴様、私の名はシャドウ様よりいただいた大切なもの。気安く呼ぶな。」
フレさんがそう言って睨んできた。
こわい。前に戦った狼ぐらい睨んでくるんだけど。
「フレ。」
「申し訳ありません。」
「すまないな。・・・さて、作戦は明日立てておく。決行は明日夜と行きたいところだが、明日は勇者が魔王討伐を成したことで盛大な祭りが行われるらしい。ウル、そうだな?」
「はい、既に魔王討伐の知らせは王城に届いており、勇者たちは明日帰還するとのことで、歓迎する準備が始まっております。あらゆる国から人が集まってくることを考えると、明日は目撃者が出る危険性が高く、潜入には向いておりません。」
「ということだ。明日は祭りにでも参加して時間を潰しておいてくれ。万が一のためにワルキューレの一人を同行させるが。いいか?」
「まあ大丈夫です。」
スキルの回収は5日目までにって話だし。問題ないだろ。
その後、適当な雑談をしながら食事会が終了した。
「将斗様。こちらの部屋でお休みください。私どもは常に館内を巡回しておりますので、御用があれば何なりとお声掛けください。」
「ありがとうございます。」
食事会が終了すると、俺はメイドに案内され、個室に案内された。
部屋にはベッドがあるが、かなり広い。多く見積もっても20畳くらいか。
割ったらシャレにならないくらい高そうな花瓶があるのが怖すぎる。
「あ、ちなみにトイレとかお風呂とかはどこにありますか?」
「お手洗いは部屋を出て右へ行き3つ目の扉にあります。表示がございますので気づくかと思います。お風呂は一階東館の一番端にございます。」
「ここは西館の二階でしたよね。」
「はい。」
楽しみだなお風呂。これは相当な広さのものが待ってそうだが。
「ちなみに、男女別ですよね?」
「いいえ、共用です。」
「まじか・・・。この時間なら誰も入ってないって時間ありますか?なんか出くわしたら気まずいし・・・。」
エロハプニングの当事者になんてなりたくない。
あれ普通に犯罪だしな・・・。
「でしたら・・・そちらの『時計』の読み方はお分かりですか?」
ベッドサイドテーブルの上に時計があった。元の世界でさんざん見たことのある短針と長針、そして秒針があるオーソドックスなタイプの時計だ。
よく見ると『made in shadow』と彫ってある。
「多分知ってます。俺の知ってるものと同じなら、今10時42分って読めます。」
「どれどれ・・・。はい、読めていますね。おそらく10時台には、ほぼ全員のワルキューレと使用人が済ませていると思われますので、余裕をもっていくのであれば11時半くらいに行くと誰もいないと思われます。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「それでは。」とメイドさんは礼をして部屋を出て行った。
俺はベッドに寝転んでだだっ広い天井を眺めていた。
にしてもきちんとしたメイドと話すのは初めてだったなぁ。
振舞い、仕草に気品が感じられた。ていうかかわいかった。メイドの顔もいいとかどんだけ異世界ライフ満喫してんだ井川め。
「そうだ、【ランダム】使っとかないと。」
そう言ってベッドから起き上がる。
作戦の直前にスキルがわかっても大変だろうから、今のうちに知っておいた方がいいだろう。
慣れた手つきでスキル画面から【ランダム】を二回使用した。
『スキルを得ました』が二回表示される。
「頼む・・・当たりが来てくれ。」
俺は目をつぶって願った。できれば最初の世界のスキルが欲しい。頼むぞ・・・。
ゆっくり目を開ける。スキル画面に表示された新たなスキルは以下のものだった。
『心眼 暗所、濃霧、幻覚などの影響を受けることなく視界が確保できる 常時発動』
『後払い 5分間身体能力が上がり、疲れることなく動くことができる。5分後、スキル発動中に動いた分の疲労を負う 任意発動』
強い・・・のか?【心眼】は置いといて、後払いはこれ超強化に近いんじゃないのか?でも5分間分の疲労を受けるってことだよな。うーん、戦闘を五分で切り上げられないときつそうだな。
まあ、潜入してスキル奪って逃げるだけだから問題なさそうだけど。
ん?
おかしい。
俺は瞬きをする。何回も。
おかしい、見えなくならない。目を閉じても部屋が見渡せる。
暗所、濃霧、幻覚『など』に目を閉じた場合も入ってんのか?
これ寝れなくないか。てかほぼ透視なんじゃ・・・。
そう思って俺は手の平を目の前で前後させる。
なるほど、ほぼ触れるくらいまで手がある程度近づくと、あるはずの手が消えて向こうが見えるようになる。
しかし、それ以上離すと手のひらが見える。
透視じゃないみたいだ。
・・・透視じゃないのか・・・。俺はガクッとうなだれた。
いやいや、俺は紳士だから別に悪用したいだなんて思ってないんだけどな。
そんなこんなで11時半になったため俺は風呂に向かった。
着替えに関してはメイドさんからバスローブとバスタオルを貰っているから問題ない。
にしてもふわっふわだな。ちゃんと洗濯されている。ほのかにバラの香りがするが、こっちにもそういう洗剤みたいなのがあるのだろうか。
東館端の部屋に着いた。割と距離があった。
扉は開け放たれたままだったから、まだ入浴してもいいんだろう。
奥にはガラス張りの壁があった。曇っているから向こうが風呂なんだろう。
脱衣所には籠がいくつか置いてある。念のため確認したが、誰かが入ってるわけではなさそうだ。
「どれだけの広さなのか、お手並み拝見だな・・・。」
俺は、だいぶ期待しながら服を脱いでいく。
入る準備ができたので、タオルで一応前を隠しながら歩いていき、曇った扉を開けた。
ガラガラと引き戸が開いていく。
「おお~。」
思わず声が出た。
テレビで見た高級ホテルの温泉でもここまでじゃないだろ。
とりあえず、奥に湯舟があった。その湯船の奥でっかい岩があり、お湯が流れ続けていて湯舟に流れ込んでいる。湯舟の縁は大理石・・・で合ってるのかな。まあ、すごく透き通った白色で綺麗だ。
両サイドにシャワーがあった。押すと一定時間だけお湯が出てくるタイプの奴だ。嘘だろ?時計といいガラスといいシャワーといいもしかして井川が作らせたものなのかもしれない。異世界は化学が発展してないイメージがあるし・・・。
俺は一通り体を流し湯船につかった。おお、いい温度だ。
なんかヌルヌルするけど、もしかして温泉か?
何だよこの館。レベル高いなずっと。緊張するんだよな・・・。
しかしそんな考えも、この温泉の心地よさにかき消された。
つい長い吐息も漏れてしまう。
「にしても・・・。こんなゆっくり湯船に浸かるの久々だな・・・。」
大学時代は湯船に水を張るのが面倒だからシャワーで済ませていた男だ。
半年くらい前に実家に帰ったときに浸かった以来だな。
楽だからいいやと思ってたけど、人間はやっぱ湯舟に浸かるべきだ。この快感には誰も勝てん。
寝そう・・・寝たら死ぬけど。
その時、ガラガラと風呂の引き戸が開く音がした。
その音で一気に遠くなりかけていた意識が戻ってきた。
なんで、嘘だろ・・・?いや、使用人は10時台にほぼ全員が済ませると言った。つまり、済ませてない者がいてもおかしくない。だけどこのタイミングかよ!
頼むから井川であってくれ・・・。
ゆっくりと振り向くと。
「はぁ、やはりこの時間に限りますね。誰もいない。」
いるよ!ていうか今の声で分かった女性で確定だ。
しかも聞いたことがある。食堂にいた誰かだ。
ワルキューレとやらの一人だよな。え死ぬ?俺死ぬのでは?
俺はすぐさま顔を戻す。
なんて言えばいい!なんて言えば!
「誰もいないからとはいえ、体はさすがに流しますか・・・。」
彼女はそう言った。そしてシャワーを使いだす。
嘘だろ。見えてないのか。湯気なんか一つも・・・。
あ、そうか。【心眼】だ。俺の視界は鮮明だけど、多分あっちは湯気で俺のことが見えていない。
湯気も濃霧みたいなもんだしな。
にしても俺が見えないくらい湯気が濃いのか。
なら今はチャンスなんじゃ・・・?
シャワーで体を流している今しかないだろ。
俺は振り向いて上がろうとするが、最悪の事態に気が付いた。
引き戸を閉めてある。あの引き戸、どうあがいても音が鳴るとみた。ゆっくり開けていたら見つかるかもしれないし。
・・・この距離で見つからないなら、湯舟の端っこに居続けても見つからないのではないだろうか。
そうと決まれば移動だ。
俺は音を立てないように彼女が直線距離で湯舟に入ってきた時一番遠くなるところで丸くなった。
流れ落ちる湯の近くにいるので、多少音が出てもばれないだろう。
その時シャワーの音が止んだ。
彼女が歩いてくる音がする。見そうになったがダメだ見ないようにしよう。あ、瞼閉じてもダメだわこれ。
顔をそむけると、ちゃぷっと人が湯船に浸かる音がした。
長い吐息が聞こえてくる。
そして沈黙が訪れた。
彼女が出るまで待たないといけないな。俺あんまり長風呂するタイプじゃないけど耐えられるか?
「・・・ねぇ。」
は?!声かけてきた・・・よな。えバレてる?なんで?俺の視界は鮮明だから湯気の度合い分からないけど、さっき入ってきた時見えなかったなら今も見えないんじゃ?
「さっきわざわざ気を使ったんだから、その時出て行けばよかったのに。」
「・・・・。」
「私には見えてるわ。観念しなさい。」
「すっすいませんでした!」
全力で湯船から上がり彼女に向けて土下座をする。
「いいわ。どうせ私のことは見えてないんだから。」
「え?」
「この濃い湯気。実は湯気じゃなくて霧。私の【濃霧】ってスキルで出してる。」
いや、視界かなりはっきりしてるんですけど。
「私はミスト。さっき会ったでしょ。【濃霧】を使うからミスト。」
「ど、どうも。」
ミスト、馬車の中にいた子か。
「すごい霧でしょ?とりあえず私が見えないようになってる今は、あなたの社会的地位は守られてるわ。良かったわね、入ってきたのが私で。」
「あ、ありがとうございます。」
やばい、頭があげられん。
すいません。俺見えてるんです。
とりあえず見えてないことにして上がろう。
「今すぐ出ます。ご迷惑をおかけしました。」
「見られてないからいいわ。上がるときは気を付けてね。」
「はい、ほんとにすいません。」
俺はすぐさま立ち上がって移動しようとするが。
「わっ?!急に立ち上がらないで。」
「え、何?!ごめんなさい!」
「さっき見えてるって言ったでしょ!スキルを使ってる私には霧の影響がないの!あなたの姿が見えてるの!せめて前は隠して!見ないようにするけど。」
「マジですいません・・・。」
二人とも見えてんのかよ。なんだこの空間。誰も得してないじゃん。
さっさと出るか。とりあえずまっすぐ出口に・・・。
「あ、ちょっと気を付けて。間違って湯船に足滑らせちゃいけないから。壁伝っていきなさい。」
「あ、そうですね、ありがとうございます。」
危ねえええええええええ。見えてんのバレるところだった。冷静になれ俺。
とりあえず見えてないふりをしないと。
俺は壁を探るように、中腰なって両手を振りおそるおそるといった感じで壁に近づく。
いや見えてるんですけどね。
「フフッ・・・。」
は?笑われた?なんで?もしかして見られてんじゃ?
「もしかして見てます?」
「バッ?!み、見るわけないじゃない!何考えてんの?」
絶対見てたろ。
とりあえず壁に着いたから、出口方向に・・・。
いやここで一つかましておくか。
「すいません。これって左に行くと出口ですか?」
「あ、ええそうよ。結構距離あるからほんとに気を付けてね。一応霧はまだ出させてもらうけど。」
「ありがとうございます。」
完璧だ、方向がわかってないアピール。これで俺が見えてないことが証明された。
我ながら天才的発想だった。
少しずつ壁を伝って進んでいく。
ある程度進んだところでそれは起きた。
「おっと。」
「は?」
石鹸が落ちていたので俺は無意識に避けた。
そして、その瞬間後ろから「は?」と言われた。
後ろを見ると彼女が上半身を乗り出してこっちを見ていた。
その・・・つつましやかなお身体がお見えになっている。
そのまま上へ、目線が顔に行くところだったが、ここで目を合わせるとまずいから彼女の奥の壁に目線を合わせる。
「なんで避けたの?」
「いや踏んだらヤバかったんで。」
「私の霧って、手を伸ばせば手のひらが見えなくなるくらいに濃いんだけど。」
「そうですよね。」
「だから足元なんか絶対見えないんだけど。」
「」
「なんで避けたの?いや、なんで避けられたの?」
そう言った後、彼女は何かを考えるような顔をして、数秒黙った後、急に何かを投げてきた。
何かが顔面に直撃しそうだったので咄嗟に避ける。
べしゃっと、濡れたタオルが壁に衝突した。
「へぇ・・・。見えてるんだ。」
「あ・・・。」
「覚悟は良いわね!」
「ちょまっ!」
そう言った直後、彼女は湯船から飛び出して、そして固まった。
タオルもつけず、俺の前に出てきてしまった。霧の影響がない俺の前に。
当然だが、見えてはいけないところまで見えている。
わぁ、生のは初めて見た。冥土の土産にするかぁ・・・。
「見た?」
「・・・それは見せてきたと言うのでは?」
「・・・殺す。」
その後、男性の叫びが洋館に響き渡った。
井川が喋るたびにダメージが入るジレンマ