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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スキルが最弱すぎて飲んだくれてたら、翌朝俺に娘ができていた(読み切り版)

作者: もあい


「う~~~……クソォ……」


 とある酒場の一角で、飲んだくれてやさぐれる、一人の男がいた。顔には無精ひげを生やしている、三十を回ったその男は、冒険者を生業としていた。


 彼の視線の先には、まだ貴重な紙を使った張り紙があり、大陸のさまざまなニュースを伝えている。その中には、彼の見知った名前もあった。


「よぉケースケ! お前、今度はグランドドラゴン狩ったんだって!? そろそろ上に上がる打診、来るんじゃねぇのか?」


 彼――ケースケに、陽気に話しかける男がいた。よくギルドで顔を合わせる顔見知りの冒険者だ。


「うっせ! ホントだったら俺はもっとやれんだよ! あれくらい出来て当たり前だぁ!」


 ケースケはわめき散らし、グイと酒をあおる。それを見た冒険者の男は、首をすくめる。酔っぱらったケースケが荒れるのを、彼の知り合いはほとんど全員知っているからだ。


「ホントだったらあそこでもっと強いスキルを手に入れて……ハーレム築いてたはずなんだよぉ!」


「うっさいよ! あんたはもう飲みなさんな!」


 酒場の女将が、ドンとジョッキをテーブルに叩きつける。その中には水がなみなみとつがれていた。


「……すまんよおばちゃん」


 ケースケは一気に静まり、おとなしく水を飲む。普段の彼は真面目な性格であった。


「全く、そんな子供じみたこと言ってないで、嫁さんの一つでも見つけりゃどうだい」


「うぅうう~~。俺のような出来損ない、誰も好きになっちゃくれないよ……」


「今度は泣き上戸かね。大の男がみっともない。大体、A級冒険者が出来損ないなら、大抵の男は出来損ないさね」


 泣き始めるケースケに、女将はやれやれと首を振る。


「ほら、支払いは月末でいいから、今日はもう帰んな!」


「ううう~……ごめんよ……」


 水を飲みほしたケースケは立ち上がり、そのままフラフラと酒場を出ていくのだった。



・ ・ ・



 ケースケ。本名、杉町(すぎまち)京助(けいすけ)。この世界のA級冒険者であり、日本出身の異世界転移者である。


 彼について一言で表すなら、とにかく運の悪い男であろう。


 ことの始まりは十五年前に遡る。当時、高校二年生だった京助は、学校行事でのバスの移動中に、事故で死んでしまう。その際、バスの乗客、すなわちクラス全員が異世界へと転移することになった。


 お決まりの白い空間に女神さまがたゆたい、スキルを授けられることになる。これが先着順なのが災いした。うっかり転んでしまった京助は、スキルを選ぶことができず、最後の余ったスキル『静電気』を無理やり授けられた。


 これがあまりにもあまりな能力で、当初は本当に、指の先から静電気を出すだけのスキルだった。転移直後、近くにいた数人と一緒に旅を始めようとしたが、このスキルのことを知られ、翌日には置いていかれた。


 結局その後、元クラスメイトに会うこともなく、何とか十五年間、彼は必死に生きてきた。傭兵まがいである冒険者になったのも、後ろ盾のない彼が働ける唯一の場所だったからだ。


 だが、その過程で元クラスメイトの名前は幾度も聞いてきた。やれ英雄だ勇者だ、どこぞの大富豪の娘と結婚しただ、ハーレムを築いただ、話に事欠かない。


 だから彼は悔やんでいた。自分が必死にスキルを活用して、生活のために戦闘技術を向上する間、ほかの連中は華々しく活躍している。そして、もとの世界じゃ手に入れることのできない富と名声を、彼らは得ているのだ。

 もし、あの時コケていなければ、彼らは自分だったかもしれないのだ。


 だが、もはや今となってはどうしようもない。もう京助ではなくケースケなのだ。それを理解しているから、飲んで酔っ払って、愚痴るだけなのだ。



・ ・ ・



「う、うぅん……」


 痛む頭を押さえ、ケースケは目を覚ました。目に入ったのはいつもの天井である。彼がこの三年間利用してきた常宿だ。


「あ~……飲みすぎた……」


 窓から差し込む明かりを見る限り、もうすでに昼間だろう。久々に寝すぎたと思いながら、ケースケは軽く伸びをした。


「はい、水」


「ん、ありがとう」


 差し出された水を受け取り、一口飲む。冷えた水が乾いた体にしみわたり、曇った脳みそをさっぱりとさせてくれる。

 さて、昨日はどうやって帰ったのか。二日酔い時の言動と行動を思い出そうとして、そこで彼は違和感を覚えた。


 今の声は誰だ。


 慌てて声のした方向を見れば、そこには柔らかい春色の髪と、深い海色の眼をした可愛らしい少女が人懐こそうな笑顔をして立っていた。どう見ても十歳程度にしか見えない女の子だ。


「……誰?」


 ケースケは思わず間抜けな声を出す。


「私、アーリエ。あなたの娘よ、パパ」


 可愛らしく小首をかしげて、少女――アーリエは言った。


「パパぁ!?」


 おうむ返しに聞き返した。


「そう、パパ。もしかしてママのこと、覚えてない?」


 目をウルウルさせてアーリエは寂しげにうつむく。だがケースケが覚えているはずがない。なにせ、身に覚えが無いのだ。彼はパチクリと瞬いた。


 そもそも、ケースケは童貞だ。この十年、生きるために必死で女を気にする余裕も、買う金も無かった。ようやく安定したと思ったら、彼自身の性格が奥手すぎて、アプローチもできない。結果、三十歳になっても童貞を守り続ける羽目になっていた。


「いや……あー……」


 しかし、目の前で今にも泣き始めそうな可愛らしい少女に対して、違うと強くも言い辛かった。


「……とりあえず、下に降りて落ち着こうか」


 ケースケはそう提案した。


 部屋から出て階段を下りると、そこには宿屋と併設した食堂がある。うまい、安い、早いを兼ね備えた冒険者のための食堂だ。


「ようケースケ! 優雅な朝だな!」


「あんた女に奥手だからって、まさかそんな小さい子に手を出したのかい!?」


 ケースケが下りてきたことを察して、店主のカーボとその奥さんのヒスタが顔を出す。カーボは豪快に笑っており、ヒスタはなんだか怒っているようだ。


 アーリエはひょこりと隠れるようにケースケの後ろに回る。


「か、勘弁してくださいよヒスタさん……。さすがの俺でも、こんな小さいのに手は出しませんよ……」


「そうかい? まあ、ケースケなら信じられるけど……いいかい、女が欲しくなったら、言ってくれたら世話するからね」


「その時はよろしくお願いします」


 頭を掻きながら、アハハと笑う。ヒスタは良い人なのだが、おせっかいなのだ。


「まあ、そんな度胸がねぇのは知ってるから、俺ぁ疑っちゃいなかったが……。そしたら、その子はなんだい?」


「いやぁそれが俺も分からんのですよ。いつの間にやら――」


「私、アーリエ! パパの娘なの!」


「ちょっ!」


 後ろにいたアーリエが大きな声で言った。とたん、食堂がざわつく。この食堂に食べに来ているのは大体がケースケの顔見知りだ。いつも真面目なケースケを知っている彼らにとっては、想像のできないスクープであった。いつもは豪快なカーボですら呆気に取られている。ヒスタに至っては放心状態だ。


「あの子十歳くらい? ケースケがこの町に来たのは三年くらい前だから……置いてきたってこと……?」


「あのケースケがなぁ……。う~ん、考えにくいもんだが……」


「ああ見えて、昔はひどいやつだったとか……?」


 ひそひそと、彼らはケースケの話を始める。同時に好奇の眼がケースケたちに集中した。


「えっと、その……マジか……?」


 カーボは呟くように、ケースケに聞いた。だが、その答えをケースケは持っていない。だから、困ったように首を振って否定するしかない。


「正直……身に覚えが無くて……」


 そんなことを言えば、アーリエは途端にしくしくと泣き始める。


「そんな……パパ……私のこと、覚えてないの……?」


 どう対応すればいいか分からず、とりあえずケースケはカーボに言った。


「あー、もう。カーボさん、ちょっと端っこの席貸してね。あとお茶と、モーニングを二人前」


「お、おう……」


 アーリエを伴って席に移動すると、向かい合うように座る。この席はほかの席と隔離されていて、視線は当然通らないし、声も漏れにくい。おずおずと、半分呆けたようなヒスタがお茶を持ってきたので、ケースケはずずっとすすった。


 ようやく一心地つく。そうして、初めて、自分の娘だと名乗る少女をじっくりと見た。


 異世界ならではの髪と目の色。顔立ちは、どこか気品を感じさせる。加えるなら、十二分に美少女ということだろう。肌は玉のようで、傷の一つも見られない。それは、今お茶の入ったカップを持っている、その両手も同様だ。きている服は機能性に長けてはいるが、それ以上に仕立ての良さを感じさせる。


 彼が十年間培ってきた洞察眼が彼女の正体をおおよそ掴む。それはつまり、一介の冒険者程度では関わることもできない、貴族のご令嬢であるというものだ。


 そこまで考えて、ケースケはコップを置いた。


「さて、それでなんで君は、俺を頼ってきたんだい?」


 ピタリと、少女は動きを止める。そして、またしくしくと泣き始める。


「そ、そんな……パパは私のこと、ほんとに覚えてないの?」


 だが、今度こそうろたえることなく、努めて冷静にケースケは対応する。


「ウソ泣きってのはもうわかってる。年のわりに、演技のうまいことだ」


「……そう。じゃあ、もういいわね」


 すっと、少女は顔を上げた。その眼もとには、先ほどまで見えていた涙の光さえ欠片も残っていない。年齢不相応の落ち着きように若干ビビりながら、ケースケは彼女に問う。


「で、どこぞの貴族のご令嬢が、俺に何の用だ? わざわざ、俺の娘だって嘘をついてまで」


「……」


 少し、アーリエの顔が曇る。しかしすぐに表情を戻すと、口を開いた。


「……冒険者ケースケ。私を、目的地まで護衛してほしいの」


「護衛の依頼? そういうのはギルド経由で依頼をしてほしいもんだが」


「それが出来ないから、こうやって頼んでるんでしょ。分からないの?」


 随分と高圧的な態度だ。これはよほどのご貴族様なのだろう。


 しかし、とケースケは再びお茶をすすりながら考える。


 こういった依頼は、大抵面倒なのだ。それに対するメリットは釣り合っていない。一度、同じような頼みを受けたことがあるが、その時は重傷を負って死にかけた。ああいうのはもうごめんだ。


「場所は隣国。報酬は五千万ゴールド。それでどう」


「それはすごいな。だが、な……」


 金と命。どちらが大切かといえば、命だ。そこをはき違えなかったからこそ、劣悪なスキルでも生き残れたのだと彼は考える。


 だが同時に。いまだ残っている日本人、杉町京助の感性がそれでいいのかと問いかける。目の前の、自分を頼ってきた――その理由は分からないが――少女に手を差し伸べなくてもいいのか、と。


「……一つ、いいかい。なんで、俺を頼ってきた? 他に優秀な冒険者なんて、いっぱいいるだろうに」


「それは……その……」


 アーリエは動揺したように目を伏せる。それは先ほどのウソ泣きとは違い、本当に動揺しているように見える。


「……」


「……」


 沈黙の時間が流れる。それはしかし、ぐうぅう~、というなんとも間抜けな音で破られた。


 呆気にとられたケースケがアーリエを見ると、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。思わず気が緩み、ケースケはフッと笑う。そして厨房へ向かって叫んだ。


「モーニングはまだか! これじゃイブニングになっちまう!」


「大体モーニングの時間じゃねぇだろ! 遠慮してやってたのによ! つーかイブニングってなんだよ!」


 カーボの怒鳴り声が返ってくる。ニヤリと笑ったケースケは、顔を赤くしたままうつむくアーリエに軽く言った。


「とりあえずは、腹ごしらえをしよう」


 少しすると、慌てたようにモーニングセットをヒスタが持ってきた。固焼きのパンに目玉焼きと燻製肉のセットだ。考案者はケースケである。


 ちなみに、伝統に倣ってマヨネーズも広めようとしたが、生卵は腹を壊すと馬鹿にされ普及しなかった。なので当然、目玉焼きも固焼きだ。


 ケースケもアーリエも、無言でそれを食べる。特にアーリエは腹が減っていたのか、あっという間に平らげてしまった。がっついていたにもかかわらず、食べ方に品があったのは流石である。


「さて、一心地ついたところでだ」


 食後のお茶を飲みながら、ケースケは口火を切った。


「結論から言おう。依頼は断る」


「……お金なら、もっと上乗せできる」


「悪いけどアーリエ。俺もリスクを負いたくはないんだ。どれだけ破格の報酬でもな」


「…………勇敢だって、言ってたのに」


 ぎゅっと目をつぶり、アーリエはポツリとつぶやいた。それはケースケの耳には入らない。


 そして彼女はそっと席を立つと、ケースケの袖を掴んで懇願した。


「ねぇ……本当に、だめ……?」


 まっすぐケースケを見る彼女の眼には、涙が浮かんでいる。罪悪感から、彼女から顔をそらしながらケースケは絞り出すように言った。


「……駄目だ」


「~~~……!!」


 そこまで言うと、アーリエは何も言わず、身を翻して宿から走り去っていった。背もたれに寄りかかり、ケースケはため息をつく。疲労と罪悪感でいっぱいであった。


「どうしろってんだよ……」


 そこへヒスタがお茶のお代わりを持って顔を出す。


「聞いてたよ。ま、あまり気にしなさんな。子供とはいえ、あんたをだまそうとしたんだ、お相子さ」


「慰め、ありがとうございます」


 お茶を受け取ると、口をつける。熱く苦みのある液体が、体を温める。


「しかし、いくらあくどい子供だからって、もうそろそろ日も暮れそうなんだから、一泊くらいしていけばいいのに」


「もうそんな時間ですか?」


「まあ、あんたらが起きてきたのも、だいぶ遅かったからねぇ」


 そんなに時間がたっていたことにケースケは驚く。それだけ、久しく真剣に悩んだと言うことなのだろうか。


「なら探してきますよ」


「そんなお節介だから、あんたの娘だってだまそうとしてくるんだよ」


 お節介なヒスタに、お節介だといわれ、ケースケは思わず苦笑する。そして、肩をすくめて答えた。


「用事があるんでついでですよ。見つからなかったら、それまでです」


 少しでも罪悪感が薄れるのならそれもいいだろう。どうせ、酒場のツケを払いに行くついでだ。


 それに、この世界は夕方になると一気に治安が悪くなる。多少の縁があったのだから、心配だという気持ちも多少あった。


 部屋に戻ると、適当に身なりを整える。気を抜いた冒険者が集団で襲われたという話も聞いたことがあるので、フル装備だ。と言っても、手甲に脚甲、仕込みマントに寸の短い直刀だけであるが。


「じゃ、行ってきます」


「気を付けるんだよ」


「心配いらねぇって。この町でケースケを襲うやつなんざいやしねぇよ。ま、変な女には引っかかるんじゃないぞ」


 カーボとヒスタに挨拶をして、ケースケは夕闇に染まる町に繰り出した。


 アーリエ探しはあくまでついで。主目的はツケを払いに行くことである。月末まででいいと言われた気がするが、金を借りたままという状態を、彼は嫌っていた。


 一応注意を払って道中を進んだが、それらしき姿は見えない。そうしているうちにあっという間に酒場に

つく。もともと十分も離れていない場所である。むしろ走っていったにも関わらず、この近辺にいたらそちらのほうが驚くというものである。


「あらいらっしゃい。今日も飲むのかい?」


 店に入ると酒場の女将が陽気に言った。


「いや、やめとくよ。ツケを払いに来たんだ」


「月末でいいって言ったのに。ま、あんたのそういうとこ、好きだけどさ」


「そりゃどうも。ほら」


 ケースケはいくつかの小銭を女将に渡す。女将はそれを受け取ると、じゃらりと枚数を確認し、にこりと笑った。


「まいど」


 ケースケも愛想笑いを返すと、もののついでとばかりに少女について聞く。


「ところでなんだが、この辺りで少女を見なかったか? 春色の髪をした」 


「少女? 少女ねぇ……昨日あんたがちっさいのに担がれてたってのなら聞いたけど……ほら酔っ払ってたから」


「え、ああそうだったのか。そいつとさっきまで一緒にいたんだが、はぐれちまって……」


「ふぅん……」


 なんだか興味深そうな目を女将は向ける。それから、少し考えて口を開いた。


「ま、あんたとその少女がどんな関係か知らないけど、探すんなら早くしたほうがいいね。ほら、最近人さらいの集団が、近くの山にねぐらを構えたって話だからさ」


「そうなのか?」


「あんたは怪物退治専門だから、知らなくてもしょうがないだろうけどねぇ。なんでも、変な術を使うらしいよ。魔法使いってもっぱらの噂さ」


 女将の言葉にケースケは引っかかる。この世界では魔法使いは希少で保護される存在だ。それが、人さらい? ありえない話ではないが……。


「なるほど……ありがとう女将さん。助かったよ」


「そりゃよかった。また来ておくれよ」


「そうする」


 女将に別れを告げ、ケースケは酒場を出る。すでに月が顔を出し、あたりは真っ暗になっていた。


「まさか、な……」


 嫌な予感がする。十年間で培ってきた勘はそう外れない。その彼の勘が、アーリエの身に何かが起こったことを告げていた。だが……。


「俺がそこまでする義理がどこにある……」


 自分に言い聞かせるように呟く。今朝初めて会っただけの、名前以外素性も知らない生意気なやつだ。そんな相手のために、なぜリスクを冒す必要があるのか。


 その一方で、京助がささやく。何かあれば、絶対後悔することになるぞ、お前はまだ、()()()()()なのか、と。


「……まあ、少しくらいなら、な」


 ケースケはスキル「静電気」を起動する。十年にも及ぶ鍛錬の結果、彼はスキルを十二分に扱えるようになっていた。微弱な電波を発生させ、レーダーの如く周囲を走査するのも、スキル応用の賜物だ。アーリエの波長も、彼はきっちり記憶していた。


 捕まってないのならそれでいい。この町にいるのならそれでいい。それならば、自分は宿に帰るだけだ。それに、まだ一時間も経ってないというのに、まさか捕まっているわけもないだろう、そうに違いない。


 広く、広く探っていく。その範囲は町を出て、周囲の山々まで広がっていく。そして、ある山の中腹で、複数の波長を捉えた。


「……はぁ」


 正直なところ、勘は外れてほしかった。自分自身にため息をつきながら、ケースケは夜道を走り出す。結局、自分の性格上、こうなるだろうとは分かっていた。


 彼の中のケースケがわめく。また死ぬ思いをするぞ、と。だが、彼はそれに苦笑しながら答えた。


「……たまには、京助に戻るのも悪くない」



・ ・ ・



 町より一キロ程度離れた山中ある洞窟に、そいつらの反応があった。闇夜に紛れて、ケースケはそっと様子を窺う。


「あーあ。俺も宴会に行きたかったぜ……」


「お頭はルール違反に厳しいからな……。見張り当番になっちまったのが運の尽きだな……」


「はぁ~あ」


 見張りと思しき二人が、愚痴っている。どうやら、中で宴会をしているらしい。


 レーダーで確認した限り、敵は十人。うち、入り口に見張りが二人。アーリエは洞窟の最奥にいるようだ。


 ケースケはマントから手裏剣を二枚取り出すと、見張りめがけて投げる。それらはきれいな曲線を描いて見張りたちの喉に突き刺さった。


「!?」


 ドサリ、と。うめき声の一つも上げずに、見張りは同時に倒れる。きっちりと喉に剣を突き立てとどめを刺すと、そいつらを跨いで洞窟へと踏み込んでいく。


 奥は部屋に改造されているようで、木製の板で区切られている。その中からにぎやかな声が聞こえてきた。すかさず、ケースケは様子を窺う。


 そこには赤ら顔の男たちと、そして縛られたまま猿ぐつわを噛まされ、地面に転がされているアーリエがいた。意識はあるようで、ムームーと唸っている。


「さすがお頭! 狙った獲物は逃がさねぇ!」


「ハハハ! ま、俺様のスキル『空間跳躍』にかかればこんなものよ!」


 頭領らしき男の言葉に、ケースケは頭の痛くなる思いがした。ヤツの言葉が正しければ……。


「しかしついてましたね! まさか賞金がかかったお嬢様が、こんな田舎町にいらっしゃるとは!」


「これでまた、当面金に困ることはねぇな……!」


 下卑た笑い声がこだまする。


「あとは突き出すだけですねぇ!」


「バァ~カ! 俺が素直に引き渡すわけないだろ?」


 頭領がガハハと笑った。


「なにせ魔法使いの血統、ウルク家のお嬢様だ! 使いでならいくらでもある! 散々金を搾り取ったら、どこぞの変態商人か、他国に流すのよ!」


 ウルク家……。この国の名門貴族であり、魔法使いの血統。前の厄介ごとでも関わったことがある。何か、何かがつながりそうな感覚を覚える。……いや、まずはアーリエを助け出すことを優先するべきだ。


「さっすがお頭! 頭がいい!」


「よせやい! おっと、お嬢様が何か言いたそうにしてるぜ!」


 頭領が顎で指示すると、部下たちがアーリエの猿ぐつわをほどく。同時に、顔を真っ赤にしたアーリエがわめき始める。


「下劣な連中が、こんなことをしてタダで済むと思ってるの!?」


「ほう、どうなるってんだい?」


 だが、頭領は全く意に介さず、ニヤニヤしながら、アーリエの正面でしゃがむ。


「なあ、お嬢ちゃん。いいか、俺のスキルの力で、あんたが捕まったことすら、誰も気がついちゃいない。そんな状況で、一体俺たちがどうなるってんだい?」


「あんたたちなんか、パパが……! パパ……が……」


 そこまで言って、アーリエは勢いを失う。


「パパぁ!? あんたのパパなんざ、来やしねぇよ! なにせお貴族様だもんなぁ! あんたがこうしている間も、よしんば解放される瞬間だって、ふかふかのソファに座って、優雅にグラスを傾けてるさ!」


 馬鹿笑いが響いた。アーリエは目に涙をためて俯いている。


 それを見ながら、ケースケは道具袋から煙球を取り出す。宴会をよそに、ケースケは突入のタイミングを見計らっていた。多勢に無勢のこの状況。不意を突いて一気に決めてしまわなければ、アーリエの、そして自分の命が危ない。


 さしものケースケも、あのパパという言葉が、彼女の父親を指しているとは思わない。一方で、なぜ、これほどまでに彼女に信頼されているのかも分からない。


 だが、ここで動かなければ、あの日と同じ、俺はこけたままのはずだ。起き上がるなら、何か行動を起こさなけらばいけないんだ。ふぅと息をつき、笑う。


 そして、スキルで煙球に火をつけると、小部屋へ放り込んだ。

 

「うお! なんだ! 煙!?」


「げ、ゲホゲホ! か、火事か!?」


 子分たちは突然の煙に混乱をきたす。それに乗じて、ケースケは部屋に突入した。煙のせいで視界はゼロに等しい。おまけに、一分にも満たない短時間で、敵全員を制圧しなけらばならない。


 だからこそ、ケースケはスキルをフルに活用する。


 レーダーで敵の居場所を把握し、最短のルートを決める。生体電流を操作して自分の身体能力を底上げし、最速最小の動きで剣を振るう。十五年間の研鑽の末、彼は自分の戦闘スタイルを確立させていた。


「ぎゃ!」


「ぐえ!」


「あ!」


 煙の中、断末魔だけが響いていく。ものの数十秒で、人さらいたちのうち、七人が喉から血を流して倒れた。恐らく、ケースケを認識することも、死への恐怖も感じる暇はなかっただろう。


 その勢いのまま、動けずにいた頭領の首を掴みあげると、ケースケは部屋から出る。そして、その顔をまじまじと見た。


「やっぱり……か。お前は……大地か」


「ヒュ……そ、その声、京助!?」


 互いが互いの顔を認識する。その瞬間、記憶がフラッシュバックする。人さらいの頭領、その顔は、老けてはいたものの、元京助のクラスメイト、そして彼を一人置き去りにしたうちの一人、小川大地(おがわだいち)のものであった。

 言葉にならない感情ごと、大地を地面に放り投げる。そして、静かに問いかけた。


「大地……おまえ、なんでこんなことを?」


「ゴホ……お……お前こそ……生きていたのか……」


 咳き込みながら、信じられないといった目で、大地はケースケを見上げる。


「おかげさまでな。それで、俺の質問には答えないのか?」


 血に濡れた直刀を手にしたまま、ケースケは再度問いかける。


「なんでと言われたら……そりゃあ簡単な話さ。ゴホ……考えても見ろ、特別な力を持った俺たちがなんで、まっとうに働かなきゃいけない?」


 立ち上がらないまま、大地は笑った。


「そりゃ最初はちゃんと働いたさ。俺のスキル『空間跳躍』でな。でも、もうただの積み荷を運んで小銭を稼ぐには飽き飽きしたのさ」


「……」


 言葉が出ない。自分よりはるかに良いスキルをもらっておいて、その結果がこの有様とは。


「そうだ兄弟! あそこの女、あれを売れば金になる! 京助、お前のスキルは弱そうだったが、ありゃ判断を間違えた、すまない。今のお前は強くなってるからな、俺たちが組めば最強だ!」


 いかにも名案だ、というように、大地は手を伸ばす。ケースケはフッと笑ってそれを掴み――。


「ああ、分け前についても……ヒィ!」


 引き起こすと同時に、首元に剣をはわせる。ツツッと赤い血が大地の首元を流れた。


「すまないが、冒険者家業は信用が命でな。あいつ……アーリエは俺の依頼人なのさ」


 手を放してやると、大地はへなへなと、力なくへたり込んだ。


「だが同じ故郷のよしみだ。今回は見逃してやる。空間跳躍だったか? それで、とっととこの場から消え失せろ」


 冷たく、ケースケの言葉は響いた。


「へ、へへ……すまねぇな……この借りは、いつか返すよ……」


「期待せずに待ってるさ」


「じゃ、じゃあな……あばよ!」


 ボウッと大地の体が光り、かき消える。


「死ねぇ!」


 同時に背後から現れた大地が、ナイフを抜き、振り下ろした。


 ザクリ。


 刃が肉を裂き、血が噴水のように噴き上がる。


「カ……ガハ……な……」


「言っただろう。今回は、てな……」


 ケースケの直刀が、大地の頭部を刺し貫いていた。彼は前を向いたまま、一瞥もしていない。空間のゆがみを検知したこと、そして、大地ならばそうするだろうと思っていたからこそ、反応することができたのだ。


「なん……で……」


 それだけ言って、大地はどしゃりと倒れ伏し、そのまま息絶えた。


「……期待していないとも、言っただろ?」


 死体を見下ろしながら、ひどく平坦な声で、ケースケは言った。



「アーリエ」


 部屋に戻ったケースケは、アーリエを抱きかかえると、外に出る。


「ケホ……ケホ……け、ケースケ……」


 煙で咳き込みながらも、アーリエはヒシと彼にしがみつく。


「大丈夫か?」


「え、ええ……。それにちゃんと聞いたわよ……」


「何をだ?」


「依頼、受けるって……言質、取ったわよ……」


 そこまで言うと、アーリエはニヤリと笑ったまま気を失った。緊張感が切れたからだろう。


「……可愛くないやつ。ん?」


 カチャリと。アーリエの首元のネックレスが目に留まる。それは青く美しい涙型の宝石でできており、中には夜空の星々のような無数の光が瞬いていた。


 それを見た瞬間、ケースケの中で、点と点が線を結んだ。かつての記憶が蘇る。十年近く前の、困難な依頼を。あの時に見た、あの柔らかな微笑みを。


『ねぇ冒険者さん。私、ずっと夜空を見ていたいの。手に届きそうで、でも絶対に届かない、あの空を……』


 そう言って彼女は、微笑んだんだ。俺の、目の前で。


「因果は回る、ってか……。なぁ、ナターシャ……」


 ポツリと、ケースケは呟く。それは誰にも聞かれることはなく、虚空へ消えていった。



・ ・ ・



 あくる日。ケースケは旅支度を整えて、送り馬車に乗っていた。アーリエも同乗している。十二分に金を払い貸し切りにしているため、他に乗客はいない。


「ケースケ、ほんとに行っちまうのかい?」


「引き留めてやるなって。男の旅立ちは唐突なもんだ、なあケースケ!」


 カーボとヒスタが見送りに来ている。


「お世話になりました、カーボさん、ヒスタさん」


「元気でやるんだよ」


「また来たら、必ず顔を出せよ!」


「分かってます。それじゃあ、また……」


 別れを告げ、馬車が走り出す。そうして、ケースケは三年間過ごした町を後にするのだった。


 ゴトゴトと馬車が揺れる中、それまで黙っていたアーリエが、おもむろに口を開く。


「……ねぇ」


「なんだ?」


「次も来れる可能性はないのに、どうしてまたって言ったの? もう、会えないかもしれないのに」


 その問いに、ケースケは少し考えた後、おどけて答えた。


「ロマンってやつだよ」


「ロマン?」


「そうだ。分からないかな?」


「ええ。そうね……理解できないわ」


 呆れたようにアーリエは言う。そんな彼女に対して、高いテンションのまま、ケースケは話しかける。


「ホール・ニュー・ワールドってやつさ。パパとしては、娘には常に新しい世界を見て、自分の世界を開いていってほしいのさ」


「なにを…………今なんて言った? パパ?」


「ああそうだ、パパ。だってあの時、あんなに甘えてくれただろう?」


「それは、その……あ、あなたに依頼を受けてほしくって……と、とにかく、勘違いしないでねっ!」


 プイっとアーリエはそっぽを向いてしまう。


 うーん、からかい過ぎたか。この年の女の子ってどう話せばいいのか分からないんだよな……。でもコミュニケーションくらいは取っていかないとなぁ。


 今後に悩むケースケを見て、アーリエはポツリと呟いた。


「よろしくね………………パパ……」


「……今パパって言った?」


「言ってない!」


 喧騒を抱えて、馬車はゴトゴトと先へ進んでいく。


 高い雲が浮かぶ、快晴の日であった。






 この先、目的地を目指して、この急造親子の旅は続くのですが、当然トラブルも付き物でして。果たして無事、依頼を達成できるのか、それはまたの機会に。

※はい、調子に乗りました。連載版、投稿しようと思ってます。五話までは大きく変わらないのですが、いろいろといじってます。どうぞよろしくお願いします。

 タイトル変更してみました。現在は「やさぐれ異世界転生者は、自称娘と旅をする」となっております。


 キャラクター造形が、物語書く上で一番難しいと感じる今日この頃。てか、娘書けねえ。ま、せっかく考えたので、いろいろと落ち着いたら続きを書くのもいいかもしれない。触手の方も、機会があれば書きたいなぁ。


 関係ないですけど、「うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない」がアニメ化すると聞きました。ラティナ、可愛いよね。楽しみです。 


 一応宣伝をば。「追放されたゴーレムマスターはのんびり旅をしたかった」、一章が終わり二章も鋭意執筆中ですので興味があれば。異世界冒険ゴーレム魔術アクションです。

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