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短編小説集

隣の人は

作者: 大西洋子

 はて、今、何と言ったかね。わしは年のせいで耳が遠い。源蔵の孫だと言ったな、すまぬが、もう一度わしの耳元でゆっくり言ってくれるかね。


 川村祐一とな? 源蔵の屋敷を貸したその男の行方を探しておると。その男がどうしたのか?


 長らく空き家になっておった、源蔵の屋敷を借りる酔狂者じゃ。こんな、爺や婆だけの狸やら狐やらが闊歩する田舎に、好んで住むだ若者じゃ。何かやましいことがあるに違いないと、わしはにらんでいたのだがね。


 ……そんなやましい事をするような者ではないとな? ここ数日、その男の行方が掴めず、近くの駐在さんと共に、隣のわしの所にたずねに来たと。


 で、その男を最後に見たのは、何時かとな。


 わしがその男を最後に見たのは、二週間程前のことじゃ。その男は、大きな荷物をバイクに積んで、しばらく留守にすると言って、朝早う出て行った。その男のバイクなら、一昨日の昼頃、山菜採りから戻って来た時に、屋敷の前にあるのを見たな。


 ……なあ、源蔵の孫よ。その川村とやらは、一体、何者なんじゃね。あの男、月の半分は屋敷におらんし、いたらいたで、朝早くからとか、夜中とか、ずっと庭にいるのが、どうも気味が悪くてな……

 なんと、川村は写真家なのか。で、お前さんはその男の担当者なのか。


 その男が、この辺りの風景が気に入って、よく撮影に訪れていたが、近くに宿がなくて困っていて、ちょうど、お前さんの親御さんらが、源蔵の屋敷を今後どうするか思案しておって、源蔵の屋敷を貸すことになったと。

 なるぼど、なるぼど。


 ああ、わしの家の周りを含め、辺りを探してみるとな? そうするがええ。

 そうじゃ。源蔵の庭の端っこ、注意するがいい。あの庭の辺りは滑りやすいうえ、その下は急な斜面になっておる。源蔵も、あの辺りで足を滑らせてしもうたからなぁ。


 あの辺りは、山菜がようなって、源蔵も爺さんも、それを肴にしてよう呑んでおったのじゃが……

 そこも探してみるとな。ならば、わしの畑の端の大岩の辺りから、大廻りして行くんじゃぞ。


 ああ、便所なら、自由に使ってくれ。なんなら、縁側も自由に使うがいい。

 



 ……やれやれ、大変な事になったの。とりあえず、縁側を開けて掃いておこう。茶も沸かしておこうかね。

 仏様に氏神様、どうか、どうか、あの男、無事でありますように。源蔵、爺さん、あの男を助けてやっておくれ。


 川村とやら。お前さんを怪しいと思っておったこのわしを許しておくれ。


 おお、源蔵の孫か。……そうか、それはよかったの。わざわざこのわしに知らせてくれてありがとうな。

 なに? 処置が終わった途端、喉が渇いただの、旨いもん喰わせろと、雛鳥のように催促されておるとな。ほほ、元気そうじゃの。


 ……よかった、よかった。仏様に氏神様、それに源蔵に爺さん。ありがたや、ありがたや……


 

 街に来るのは久しぶりじゃ。しかもバイクに相乗りとはな。長生きするもんじゃな。あそこか、川村が入院している病院は。


 失礼するぞ。具合はどうじゃね。両足が折れたと聞いてはいたが。いったい、どうしてこんな事になったのじゃ?


 なんと、このわしが山菜採りをしている姿を撮っているうちに足を滑らせ、動けなくなったのだと? あほじゃの。


 わしに渡す土産、救出されるまでに喰っちまったと? 土産などいい。お前さんと、こうして話せるだけで十分じゃ。


 なに? その撮った写真を今度の展覧会に出したいとな? 呆れた奴じゃ。文字通り、転んでもただでは起きぬときたか。


 ……どれどれ、これはわしかの? 言葉にうまくできぬが、これは良い写真じゃな。

 ああ、好きにするがええ。


 ところで、足、どれぐらいで治ると医者は言っておる? そうか、思った早く治るようじゃな。若者の特権じゃな。

 おお、わしが作った山菜入りの握り飯、旨かったとな。ああ、屋敷に帰ってきたら、うんと作って食べさせてやろう。源蔵の孫もどうじゃ? そうか、そうか。ところで、お前さんたち呑める口か?


 それにしても、こんなに心が弾むのは、本当に久しぶりの事じゃ。

 


 

 

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