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二年目、四月

 釈然としない思いが、とぐろを巻いて腹で蠢く。

 目の前で食事を貪っているトーマに怪訝な視線を投げかけ、トビィは溜息を吐いた。

 

「うんまぃっ! トビィの旦那、料理の腕も確かだなぁ、尊敬しちゃうっ」


 煽てられても素直に喜べず、苦虫の潰した様な顔で睨み付ける。

 出したのは、チーズとハムに生クリーム、それに卵をパンで挟みハーブソルトを降り掛けて窯で焼いたものだ。クロックマダムだと思ってくれて構わない。パン四枚分だが、トーマはあっという間に平らげた。

 

「マビルがさぁ、料理しないんだよね。だから、食事当番は僕かアイセルだった。今度御馳走するよ、おかげさまで簡単なものなら作ることが出来るからね」


 口の周りに付着したクリームを舌で器用に舐めとりながら、トーマは無邪気に笑った。

 ワインを呑みながらカッティングチーズを摘まんでいたトビィは、いよいよ眉間の皺を濃くする。苛立ちを隠せず、テーブルを指先で幾度も叩いた。

 後方では、デズデモーナ達が不安そうに二人を見守っている。

 

「にわかに信じ難い」


 空になったグラスにワインを注ぎながら、トビィは吐き棄てる様にようやく開口した。まだ腹が満たされないのか、トビィのつまみであるチーズも我武者羅に口に放り込んでいたトーマは、不思議そうに首を傾げている。

 

「へ? 何で? 僕、何か変な事言ってる?」


 トビィは、すぐさま返答しなかった。

 値踏みするような視線で今一度トーマを見やり、深い溜息を吐く。

 

「え、もしかして信じて貰えてない? んなわけないよね、嘘で取り繕える内容じゃないでしょ?」


 チーズが盛られていた木のボードは、すぐに空になった。

 重たい腰を上げたトビィは、新たなつまみを出した。無論、自分用だ。ブランデーで殺菌した栗の葉で包み熟成させた、山羊乳のチーズである。円形型のチーズを少しずつ切り分けて愉しむが、テーブルに出した途端、半分ほどがトーマの口の中へと消えていった。

 

「うまぁいっ! こんなチーズ初めて食べたよ」

「お前は遠慮という言葉を知らんのか」

「え? 僕をもてなす為に出してくれたんでしょ、違うの?」


 頭を抱えこみたい程の頭痛に悩まされ、トビィは片手で顔を覆った。家から放り出したい輩だが、パッチリとした澄んだ瞳はアサギに似ていてどうにも調子が狂う。

 

「大体の話は分かったが……どうしてアサギはオレに直接頼まなかったのか」

「話す暇がなかっただけでしょ、なんか急いでたっぽいし」


 更にチーズを食べようと手を伸ばしていた為、眉を吊り上げたトビィが素早く叩く。

 自分とアサギの名を出したトーマを家に連れ帰ったトビィは、事情を聞き出していた。訊かれる事全てに返答するトーマの口調は、虚偽とは思えない。しかし、すんなりと受け入れられるものではない。トビィにしては珍しい曖昧な声を出す。

 

「アサギの弟だと言われても……」

「だって、本当だもの。アサギ姉さんに訊いてよ」


 訊けるものなら訊いている、不可能だから当惑している。


「チキュウではなく、惑星クレオでアイセルとマビルの弟として暮らしていたと言われても……」

「だって、本当だもの。アイセルとマビルが死んじゃってる事のほうが僕は衝撃だよ」


 真実を告げた際、確かにトーマは動揺の色を瞳に走らせて沈黙をした。それが演技ではない事は解っているが、立ち直りも早かった。「予感がしてたから」と、切なそうに呟き、そこからは今の調子だ。自棄になって暴食しているようにも思えるし、素にも見える。


「アサギに『剣を習え』と言われたと……」

「うん、『宇宙で一番の使い手』って言ってたよ」


 ワインをボトルから呑みだしたトーマを、トビィは止めなかった。気にするだけこちらが疲弊してしまうと諦めたのだ。

 

「ここまでの話を全て信じたとしよう。で、どうしてアサギはお前に剣を習わせたいのか」

「弟が強くなってくれたら、姉は嬉しいものでしょ? 違うの?」


 しれっと返答してくるが、どうにもトビィは腑に落ちない。

 そうだろうな。

 

「貴様、何か隠してないか」

「貴様、じゃなくてトーマって呼んでよ。僕もトビィ義兄さんって呼ぶから」

「お前に義兄と呼ばれる筋合いはないんだが」

「でも、アサギ姉さんの恋人でしょ? なら、僕の義兄さんって事にならない?」

 

 悪びれた様子もなく、トーマはそう言った。

 流石に、トビィも言葉を詰まらせた。そうだったら良いが、生憎そういう関係ではない。苦笑し、重たい口を開く。

 

「違う、アサギの恋人はオレではない。オレの事を“トビィお兄様”と呼んでいただろ?」

「そうだけど、二人はお似合いだもの。こんな美形が義兄なら僕も嬉しいし、二人の子供とか超絶美形だろうし、考えるだけでワクワクするね」


 トーマに悪気はないが、望んでも手に入らないであろう未来をつらつらと話され、トビィの心は抉られた。

 

「オレとアサギはそういう関係ではない」

「でも、トビィ義兄さんはアサギ姉さんの事が好きじゃん? 僕は俄然応援するけど」


 トビィの顔が、引き攣った。

 

「どうしてそう思う」


 アサギを愛しているのは本当の事だが、初対面の人間に言い当てられ心が乱れる。

 

「アサギ姉さんの事話す時だけ、嬉しそうだったり悲しそうだったり感情が表情に出てたから。僕を見た時もそうだった、多少似てたから驚いたんでしょ。トビィ義兄さんは、アサギ姉さんが関わると結構解りやすい行動をとるね。弱点だ」


 トビィは大袈裟に舌打ちをした。無意識のうちに名を呼ぶだけで熱を帯びた声が出ていたらしい、指摘され耳朶が僅かに熱くなる。

 

「とにかく、僕に剣を教えてよ。アサギ姉さんだったらこう言った筈だ。『トビィお兄様、お願いです。トーマに剣を教えてくださいな』って」


 媚びる様に科を作り、甘えた声で小首を傾げる。一応アサギの声真似をしたらしいが、幾ら少年とはいえ無理があった。

 トビィは鼻で笑い、憐れみの視線を送る。

 

「残念だ、全く似ていない。アサギはわざとらしい甘えた声でなく小鳥が囀る様な爽やかだがこちらの気を引く声を平然と出すし、心を揺さぶる態度は天性のものであって、作られたものではない」

「どんだけ惚れてんの」


 呆れた様にトーマが唇を尖らせるので、トビィはムッとして反論した。


「マビルには似ていた」

「それは勘弁して」


 心底嫌そうに身体を震わせたので、トビィはにんまりと口角を上げる。

 

「成程、お前の弱点はマビルか」

「弱点って程でもないけど、扱き使われてたから。掃除洗濯料理等々、家事全般」

「剣を教えるかどうかは別として、盗みを働けば弟の愚行にアサギが傷つく。ここに居て構わないから仕事はしろ」


 突然トビィが話題を戻したので、トーマは目を白黒させたが、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「やったね! では、宜しくお願いいします。で、僕は何をしたら良いのかな」

「掃除洗濯家事全般」

「……了解致しました」


 こうしてトビィの家にトーマが居候することとなったが、剣の稽古を開始するのはまだ先だ。トビィが多忙なので、暇などない。という表向きの理由があるものの、やはりアサギの真意が読めず気掛かりである。

 

「単に弟に逞しく育って欲しいだけならば、オレでなくとも良い筈なんだが」


 自室でワインを傾けながら、トビィは愁いを帯びた瞳で星空を見上げる。妙な胸騒ぎに、身体が痺れていた。

 トビィ、お前でなければ駄目なのだ。アサギ、いや、この“私”を守護する双璧になってもらわねばならんので、そこらの剣士では役に立たんのだよ。

 

「嫌な予感しかしない」


 だろうね。

 

 中学二年へと進級した。今年は桜が早咲きで、一年生が入学してくる頃は既に葉桜だった。相変わらず私はリョウとも、ケンイチとも、ダイキとも同じクラスになることはなく、ひっそりと生活している。

 

「行方不明者、見つかってないんだってよ」

「最近多くね?」


 休み時間に読書をしていると、皆の会話が聞こえてくる。先のクラスメート同士で固まり会話をしているが、興味のある話題になると、釣られて加わる。動物も人間も、交流をして成長していく過程は同じだな。

 

「共通点がないらしいよ」

「犯人、どんな奴だろうな」


 最近、世間を騒がせている事件がある。

 行方不明者が続出しているのだが、防犯カメラで直前の行動は判明しても忽然と消えている為手がかりがないのだそうだ。老若男女様々で、警察も困っているらしい。

 見つかるわけがない、日本にはおらぬよ。

 なぁに、街中を歩いているとな、『ここではない何処かへ行きたい』だの『自分を誰も知らない場所へ行きたい』だの、『一人きりになりたい』という声を耳にしていたのでな。幾度も念を押して確認したが『そうして欲しい』と請われたので、日本以外の人気のない場所へ飛ばした。かれこれ、もう二十人くらい飛ばしたか。

 ついでに、『人を殺したい』と呟いている者達が多くいたので、それらもまとめて別の場所へ飛ばしておいた。今頃は、喜んで殺し合いをしているだろう。

 私もアサギを見習って人助けをしているが……存外疲れる。

 何故だろうな、飛ばした人間達は不服そうだった。数名は安堵の笑みを漏らしたような気がするが、大体は絶望し泣き喚いていたような。

 願いを叶えただけだ、本当に実行して良いのか『はい』か『いいえ』の二択を用意し、皆『はい』を自ら選択したのだが。

 解せぬ。

 やはり人間は、難しい。

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