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四年目、三月

 空が分厚い白い雲で覆われ、太陽すらも隠してしまった。仄かに光を放ち存在を主張している太陽の下、天界城は騒然としている。

 天界城が、落下した。

 落下といっても、まるで導かれるように地上に“降りた”と表現したほうが相応しい。その為、天界人達は皆無事だった。建物も、倒壊していない。だが、城内は騒然としており、手の付けられない有様である。優美の欠片など、見当たらない。

 落下した場所は、天界人達も幾度か見た事があった。天上から見下ろしていた際、山脈が見事にくり抜かれたような不思議な土地だった為憶えている。幾度か噴火を繰り返し、長い年月をかけて奇妙な造形を作りだしたのだろう。雨水が溜まり窪みが湖と化したその場所にすっぽりと収容されたらしく、現在は水面に浮かんでいる。

 まるで、最初から天界城が填まっていた場所の様に、妙にしっくりときた。

 天界から地上を見下ろし優越感に浸っていた天界人達は、慌てた。侵入者を赦さず、常に優位に立っていた筈だが、地に落ちては概念が崩れる。人間も、魔族も、全ての種族が容易に侵入できる場所となってしまった。

 一刻も早く浮上せねば、と皆は口を揃えて告げたが、そもそもこの天界城がどのようにして浮かんでいたのか誰も知らない。

 再浮上する術は、ない。

 呼び出されたトビィ達は、この世の終わりだと泣き喚く天界人達に白けた視線を流し神の元へ急ぐ。ひしめき合う天界人達を潜り抜け、圧死しそうな勢いのクレロを救出する。

 

「無様な」


 吐き棄てたトビィに、クレロは力なく笑う事しか出来なかった。

 

「すまぬな。何しろ初めての事で、皆混乱しておってな」

「そりゃそうだろう、そう何度も天界城が落下してたまるか」


 仏頂面のアリナは頭を掻き毟りながら、嵐の様な騒々しさに益々顔を歪める。

 

「それで、ボク達を呼んだワケは何。まさか、再浮上に必要なモノが何処かにあるから探してきて欲しい、だなんて言わないよね?」


 苛立ちを隠さず告げたアリナは、クラフトに窘められても脚を踏み鳴らしている。ただでさえ魔族達が暴れまわり地上は混沌と化しているというのに、これ以上悩みの種を増やされても困る。

 気落ちした様子のクレロは、くたびれた様子のまま首を横に振った。神の威厳もあったものではない。

 

「いいや。相談に乗って欲しいのだ」

「何の?」

「……勇者らを、呼び戻すべきかどうかの」


 クレロが一語一語を慎重に息で包むように告げると同時に、トビィとアリナが顔を見合わせた。

 その提案に、意見は真っ向から割れた。

 天界城の惨事だけならば、勇者を戻す必要はない。しかし、新たな魔王が君臨しそうな破竹の勢いを見せる魔族に対し、こちらにも強力な助っ人が必要だとクレロは判断した。しかも、最初に声を発したのは天界人だという。あれほど毛嫌いしていたが、後が引けない状態になるとようやく勇者に助けを求めた。

 天界人は、魔族と攻防を繰り広げるだけの戦力を所有していなかったのだ。傲り高ぶっていた為、誰しもが戦闘訓練を受けていたわけではない。常に争い事と隣り合わせであった魔族達との差は、歴然としている。

 まるでこちらを挑発するように時折姿を見せる魔族らに、天界人は心底怯えていた。翼をもがれ、奴隷にされるのだと身を震わす。

 トビィら勇者の仲間達だけでは不安だったのだろう、一人が「勇者を」と叫べば、その合唱にも似た願いはすぐに城中に広まった。

 勇者らを召喚したいのは天界人であり、逆に人間達は拒否をした。懐かしき勇者らに会えるならば、仲間達とて喜ばしい事である。復興が風に乗っている惑星ハンニバル、及びチュザーレの仲間達は、積もる話と共に報告もしたかろう。しかし、呼び戻してはアサギはどうなるのか。彼女を護る為に、記憶を封印し苦渋の決断で別れたのではなかったのか。


「アサギは呼ばず、他の勇者らを呼び寄せるというのはどうだろう」


 クレロの提案で一旦納得しかけた皆だが、勇者の要はやはりアサギだ。天界人達は、保身の為に類稀な力量を持つアサギを欲した。魔族達にも影響があり、最も強靭だったのだから当然だろう。

 何と身勝手なことだろう、疎んでいたのではなかったか。人は追いつめられると、藁にも縋りたくなるという。そういうことなのだろう。

 まとまりかけた話は結局破綻した、全勇者の召喚を天界人達は所望したのだ。全惑星の仲間らに、元魔王であるリュウやその右腕達が参戦するとなっても、頑なに天界人達はアサギを求めた。

 神ではないのに神の様に宇宙を見つめ、行きたい惑星へ容易く移動し、宝物庫に所有されていた宝具にも詳しい、武器と魔力の申し子。彼女一人で戦況を一気に逆転させられるのだから、無理もない。

 話し合いは長引き、その間に聖魔族と名乗りを挙げたナスタチューム派と人間と天界人の滅亡を願う過激派の戦いの火蓋が、ついに切って落とされた。過激派の頭は、エルダーという魔族の女性だ。彼女は魔王の座に興味はなく、ただ気に入らぬ者を殲滅するだけと声を上げた。その戦いの中で魔王の器に相応しい者が現れたら、その者に全力で仕えるとも公言していた。魔王の座に就きたいという魔族は数名存在したが、皆を惹きつけ心酔させるまでの魅力を持つ者がいない。自分達で納得できる魔王を選ぶことが出来るならばと、多くの魔族らがエルダーに賛同した。エルダーが謙虚であり、魔族想いでありながら他種族には冷酷だった為、人気を博したこともある。

 ナスタチュームに加勢しているトビィ達は、天界城に足を運ぶ事すら難しくなっていた。それ程までに、苛烈な勢いで魔族らが攻めてきたのだ。

 戦場となったのは魔界イヴァンではなく、そこからほど近い人間達の大陸である。同じ大陸に落下している天界人達は、発狂しそうな程恐れに戦慄いた。

 

「アサギを、勇者アサギを召喚せよ!」


 暴動にも近い天界人達に屈することなく、クレロは断固として拒否を続けた。理不尽な暴言を吐かれても、彼は耐えた。

 アサギの記憶を蘇らせる事は、苦痛である。常に振り撒いていた笑顔が失われるくらいならば、何も知らずに生きて欲しいと願っていたクレロだ。自らが滅んでも、それだけは許可出来ないと誓っている。

 天界人らに「勇者に頼らず、我らだけで踏ん張ろう」と諭したところで意味はなかった。野蛮で下劣な魔族らと交戦することも、劣化しており脆弱な人間達と共闘することも、天界人には堪えられないらしい。自らは安全圏にいて、護って貰わねばならない気質のようだ。

 断固として初心を貫徹する決意を固めていたクレロの心が動いたのは、アリナとクラフトを始めとする人間達が負傷した時だった。心の交流は無きに等しかったが、苦痛に喘ぐ姿を見て、ついにクレロは勇者の召喚を下した。

 けれども、それはアサギ以外の勇者らだ。

 そうとも、神は勇者アサギを呼んでいない。

 

 その頃、地球の勇者らは卒業式を迎えていた。リョウを先頭にトモハル、ミノル、ケンイチ、ダイキと五人の勇者らは学校は違ったがまるで今から呼ばれる事を意図したように集合し、同じ道を歩いていた。そうして、桜の花弁が舞い落ちる、桃色の色彩の中で彼らは見た。

 ひっそりと柳の様に佇んでいる私を。空を見上げ、ついにこの日が来たのだと想いを馳せていた私は、彼らに見向きもしなかった。

 トモハルは、そんな私を『あまりにも、美しく、けれど……儚すぎる光景に言葉を失った。早過ぎる桜の命の様に、その時を待っているようで青空を見つめて、遥か遠い何処かを見つめて立っていたから。泣いているように思えた、花弁が、涙に見えたんだ』と語っている。

 さようなら、地球。

 さようなら、私。

 さようなら、勇者。

 さようなら、アサギ。

 トモハルが私に声をかけようとした刹那、幾つもの小さな明かりが流星のように走り抜けた。膨大な光の渦に包まれ、私達は再び異世界に呼ばれたのだ。

 これで、三度目。

 これが、最後。

 直立不動の姿勢で佇む私を見て、クレロが仰天した。後方で、天界人らが狂喜乱舞した。

 クレロは、私を呼んでいない。勇者の石を掲げ召喚を促したが、その中にアサギが所有していた石はなかった。

 そうとも、勇者アサギは呼ばれて来たわけではない。

 来ているのは、自らやって来た魔王アサギだ。

お読みいただきありがとうございました。

これにて第六章は完結となります。


続きである最終章『永遠があるのならば』はこちら→


http://ncode.syosetu.com/n1838ec/

「DESTINY 最終章~永遠があるのならば~」


です。

気が向いたら足を運んでくださいませ。



……挿絵が全く描けてない/(^▽^)\

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