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三年目、十二月

 寒い日は、図書館に限る。

 ここは心地良い、本に没頭していると全ての事を忘れられる気がする。私は今日も、市の図書館に来ていた。めぼしい本を手に取り、椅子の背もたれに全身を預ける。長机の隣では、一人の女性が本を片手にシャープペンシルで絵を描いていた。『可愛らしい女の子ポーズ集』を参考にしているのだろう、私は三秒ほど見て視線を戻した。

 

「なんだ、奈留か」


 知人だ。そろそろ姿を見せると思っていたら、案の定だ。こうして面と向かうと、時期が迫っている事を実感する。喉の奥で笑い、もう一度絵を覗き込む。

 

「どうだろう、貴女が求めていた感じでござろうか」

「……成程、解りやすい」


 見せて来た絵をしげしげと眺め、脳裏に叩き込む。

 

「図書館には貴女が求める本がなかっただろうから、描いてみた」

「うむ」


 言いながら色鉛筆で彩色していく過程を一瞥する。そうなのだ、探している資料が見つからず当惑していた。本屋へ行けば溢れ返っているのだろうが、出来れば小遣いには手を付けたくない。ぼんやりとそれを眺めてから、唇を湿らせる。


「マビルを、宜しくお願いします」

「ん、大丈夫」


 奈留が没頭していたので、私も本へ目を落とす。会話はないが、何故か私は対話している気分だった。唇の端に薄く笑みを浮かべ、手帳を取り出す。一枚を引き裂き、走り書きをした。

 暫くして、黙々と忙しなく手を動かす奈留に深く礼をして立ち上がる。今日借りて帰る本は三冊とした、分厚く重い本は先程読み終えた。本を戻す為歩き出すと、トモハルが彷徨っている。想定内というよりも、順調に事が運んでいる証拠だ。私は静かに棚へ本を仕舞った後、神経を集中させる。右手が重くなったので、先程のメモを挟み込みトモハルへと向かう。

 さぁ、アサギを真似せねば。


「探し物は、これ?」

「……あ、うん」


 トモハルに本を差し出す。彼が探していた数学の参考書だ、誤って別の棚に仕舞われていた為、彼は探すことが出来なかったのだ。面食らっているトモハルを尻目に踵を返すと、右腕を掴まれ勢いで振り向かせられた。

 憂愁を感じる瞳を直視出来ず、思わず逸らしそうになった。それは、アサギの罪悪感からくるものなのか、それとも、私のものなのか。口籠っていたトモハルだが、「えーっと……ありがとう。よくこれを探しているってわかったね?」と上擦った声がようやく絞り出された。

 

「解り易いものね、その本」

「う、うん、そうなんだよね! そう、いえばさ。同じ高校を受験するみたいなんだよな、驚くだろ?」

「…………」

「ミノルも、ケンイチも、ダイキも。それからリョウも一緒だし。懐かしいよな、小学校以来だけど楽しそうだ」

「…………」


 懐かしさが込み上げて一気に捲し立てる彼を、私は冷めた瞳で見つめる。

 すまない、それは無理な話だ。共に高校生活を満喫など、出来ない。

 無表情で突っ立っている私に、不信感を抱いたのだろう。トモハルは狼狽の色を瞳に走らせ、気まずそうに髪をかき上げる。手の甲に、幾つかの傷跡が見られた。そうだったな、お前はリョウと剣の稽古をしているのだったな。生真面目な二人が揃えば、実行も早い。鈍った感を取り戻すべく、勉強の合間に時間を割いているのだ。

 本当に、気の毒な程真っ直ぐな男よ。

 だからこそ、私が“アサギ”ではない事に気づく。優れた猟犬の様に身体を緊張させ、猜疑心に満ちた瞳で私を捕える。

 私は気づかぬ素振りをして手を払いのけると、ひらひらと手を振って歩き出した。


「あ、あのさ! 今、ミノル達も図書館にいるんだ。よかったら一緒に勉強しないか? 三人とも喜ぶと思うよ」

「……もう、帰るの」

「そ、そうか。じゃあ、今度一緒に勉強しようよ! リョウも呼んでさ。あ、そうだ! 番号でもアドレスでもいいから連絡先教えてよ。小学生の時のは繋がらなくて」


 ぎこちなく笑いスマートフォンを私に見せるが、首を横に振った。そんなことをして、何になる。戯れに行う無意味な事にも、そろそろ飽きた。


「今、持ってないから。ごめんね」

「そ、そうか……」

 

 酷く気落ちしたトモハルを置き去りに、私は早足で出口へと向かった。彼がメモを見る前に、図書館を出たい。

 というよりも、出る。

 メモを読んだトモハルは、追いかけてくる。何故ならば、先程まで勇者らが会話していた内容の答えがそこに書いてあるからだ。彼ならばその先に気づくだろう、私が盗み聞きをしていたわけではない事に。そして、声と言う音ではなく、文面で届けたことに違和感を感じている。


「アサギ!」


 名を呼ばれた。

 学校ではアサギは無論のこと、「真昼」と呼ぶ者もないので新鮮である。私は、横断歩道の信号が青になるのを待っていた。彼はまだ館内にいて、窓硝子越しにこちらに向かって叫んでいる。唇の形と、空気の振動が、私に鮮明に届けてくれた。

 久し振りに仲間に呼ばれたことが嬉しくて、知らず微笑んでいた。今のは、私か。それとも、アサギか。トモハルが雷に撃たれたように硬直したので、今のは“アサギ”だったのだろう。

 バッグに入っているスマートフォンが小刻みに振動していたので、私は取り出した。何のことはない、企業からの宣伝通知だ。そうとも、ここに会話を投げてくる者は田上家の者しかおらぬよ。

 図書館では、弾かれたようにカウンターに突撃するトモハルがいた。

 私が何を借りたのか、聞き出している。図書館の手続きは大変便利なもので、カードを使って自身で手続きをする。しかし私は頻繁に出入りしている顔馴染みの為、カウンターの女性は好みを知っているだろう。

 そうして、勇者らは記憶を取り戻す。

 

「四人の時の勇者は、星の廻りで再び集結を。間近に迫りし仲間との再会、各々全力で用意された運命の歯車を破壊すべく、大事な人を護るべく……準備を整えよ」


 奈留が、館内で独り言とするには大きな声を漏らしていた。

 私は今日も、自室の窓から空を見上げている。薄闇に覆われているが、勇者らは小学校の校庭で会議にも似た会話をしているようだ。さぞ、懐かしかろう。取り戻した記憶に歓びつつも、アサギの様子が異様では、水が溢れるように感激出来ぬらしい。

 複雑な思いを抱く勇者らは、忍び寄る不穏な気配に怯えていた。誰も、口には出せぬが。封印されていた記憶が甦った時点で、何かしらの直感はあったのだろう。

 彼らの話題は、常に『アサギの記憶はどうなのか』そこだ。


 息が上がっているトーマに冷めた視線を流し、トビィは額の布を巻き直した。地面に転がり空を仰ぐトーマは、心底辛そうな表情をしている。

 

「だらしがない、もう根を上げたか」

「もう少し手加減してくれませんかねぇ、義兄様」

「アサギを見習え」

「だって僕はか弱いもの、そもそも完璧な姉さんと比べないでよ。……ねぇ、それより、今日もお話を聞かせて?」


 まるでベッドに誘うような目つきでそう告げるトーマに、トビィは舌打ちをした。やはりところどころがアサギを彷彿とさせる仕草をする為、未だに慣れない。

 

「そのあざとい視線は止めろ」

「わざとじゃないもーん、癖だもーん」


 マビルと共に育った為か、異性の気を引く事には長けている様だ。

 トーマは、トビィからアサギの話を聞く事が好きだった。対面は三年前の一度きりな為、アサギは今でも憧れの存在である。

 トビィもまた、アサギの事を訊ねられて嬉しくて口を開いてしまう。好きなものを語る時、人は妙に気分が高揚する。傍から見たら、仲の良い兄弟か師弟の間柄に見えた。勇者らを弟の様に可愛がり始めていたトビィだ、いなくなって寂しかったこともあるだろう。埋め合わせをするように現れたトーマに戸惑いながらも、優しく接している。また、トーマの才能には目を見張るものがあり、教えることが愉しくもあった。魔術はマビルから教わりつつ途中から独学だと話し、魔力に疎いトビィですらも戦慄する力量を秘めている。

 アサギの伝言通りトーマに剣を教えるトビィだったが、そんな中で事件は起きた。

 恐れていた通り、天界城が落下したのだ。


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