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二年目、二月

 冬の夜更けに忍び寄る冷たい空気に混じり、硬い粉のような雪が窓を叩く。

 

「えー、そうなのぉっ、やっだー!」


 やっだー、と言っているか、全く嫌ではない素振りを見せている同室の娘らは、黄色い声を密やかに上げていた。

 現在、私はスキー合宿に来ている。八人部屋に設置されている二段ベッドのうち、入口から入って右側の奥……つまり窓側の二階に転がっていた私は、皆の話を聞いていた。この歳の娘らが話す事など大体決まっておる。好きなアイドルやドラマから始まり、今は恋愛談義だ。消灯時間を過ぎているので、部屋は暗い。だが、娘らの熱狂で明るく感じられる。乙女の力というのは、凄まじいな。

 ちなみに、今は初恋の話で盛り上がっている。そこから一転し今現在好きな男の話になり、名を言うのが恥ずかしいのでイニシャルやらクラスやらを一つずつ明かし、誰かを当てるゲームとなった。

 

「私は塾の先生が好きだから」

「えぇー、幾つなのぉ?」

「二六歳」

「ふぅん、みゆちゃんってぇ、大人の男性が好きなんだねぇっ」


 スキー合宿、女だけの園、一時の愉しみ。昂揚している感情ゆえに、人は饒舌になりやすい。皆ベッドに潜り小声で話しているが、そろそろ見回りの教師がやって来る時間だ。私は布団を深く被り、寝たフリをした。巻き添えを喰らうのは御免であるが、恐らく同室というだけで同一に見なされることも知っているので無意味な抵抗だろう。

 

「ねぇ、田上さんは? 田上さんって、綺麗な顔しているよねぇ? 好きな人、いるんでしょ?」


 と、声をかけられたが寝息を立てた。彼女らは興味津々で耳を傾けていたようだが、諦めてくれたらしい。

 

「ざんねぇん、何を考えているか解らないから、聞いてみたかったのにぃ」

「大人しそうな顔をして、案外エンコーとかやってそうじゃない?」

「解る、そんなかんじぃっ」


 ちなみに彼女らが言う“エンコー”というのは、援助交際というのが正式な言葉だそうだ。日本の娘らは手あたり次第言葉を略すので、把握に時間を要する。金銭等を目的とした交際相手を募集し、性行為などを行う売春の一形態であり、早い話児童買春問題となり得る行為だ。援助する交際とは、誰が言い出したのだろうな。上手い事考えたものよ。

 寝た男は年上三人、極上の美形だが何か文句があるだろうか……とでも言えば彼女らは満足するだろうか。いや、違う。すぐにでも公然の秘密となり、陰口を叩かれる。

 かといって、男に興味などないと答えれば、ノリが悪いと非難される。

 なんとも理不尽な世の中よのぉ。

 

「私はこの間、キス……しちゃったのぉ」

「えぇ、そうなの!? いいな、いいな」


 話を取り仕切っている娘は、体験を自慢したかっただけだ。こうして、キスに関してあれやこれやと長い会話が繰り広げられる。優越感に浸った様子で、皆よりも先に大人になった感覚で会話を進めているが。残念だったな、先程塾の講師が好きだと公言した娘はな、すでにその先を体験済みだ。明るみに出れば大問題な関係だが、まぁ私が気にすることではない。合宿に来る前もその講師と乳繰り合ったというのに、延々と続くキスの話を恥ずかしがり、驚く素振りで聞いているこの娘は、立派だと思う。

 現実を突きつけてやると良いのに。講師の車で秘め事をする際には、どのような会話から始まり、どのようにシートを倒し、どのような体位で繋がるかを。

 

「こら、まだ起きているのか!」

「ごめんなさい、寝ます! おやすみなさい」


 教師がドアを開いて怒鳴ったので、会話は中断した。しかし、今の騒音で隣室の者達が起きるなどとは教師は考えないのだろうか。

 

「そういえばさぁ、田上さんって結構モテるんだよね。男子達が噂してた」

「知ってる。雪で中止になったけど、キャンプファイアーで告る予定だった男子がいたみたいだね」


 懲りずにまた会話が始まった。そして、私が主役らしい。次から次へとよくもまぁ会話が続くのぉ……。

 

「三河亮っているじゃん」

「あぁ、隣のクラスの?」

「いっつも見てるよね、田上さんの事」

「見てる男子多いってば、堺君とか千葉君とかもだよ」

「何がそんなにいいのかなぁ、つまらなそうなのにねぇ」

「エンコ―してるから、男を手玉に取るのが得意なんじゃないの?」


 いつ私がエンコ―とやらをしたのだろうか。女は、真実はどうであれ噂が好きなのだと、改めて理解した。

 それにしても、リョウの視線がそこまで露骨だったとは。いや、過敏な少女らだからこそ、気づくのか。

 

 げんなりした表情で、トビィはアリナと対面していた。アリナのほうも疲弊しきった様子で、気遣うクラフトの頬もどこか痩せこけている。

 

「どーすんのさ、これから」

「勇者は、還った。それだけだろう」

「人々は、不安がってる」


 異世界から来た勇者達は、姿を消した。勇者と知っていた者達は彼らを捜し、何者か知らずとも顔見知りだった者達は不審に思う。ディアスの館に滞在していた勇者らを知っている者達は、姿を見せない彼らに心底怯えた。世界が平和になった、で終れば『役目を終えた』と有終の美を飾れただろう。

 だが、現在魔界では次期魔王について揺れている。

 人間達との共存を望む前魔王アレクの従兄弟であるナスタチュームが立ったが、荒れた。アサギやトビィから話を聞かされていたものの、突如現れた男を信用して良いのか、一抹の不安を抱いても仕方がない。その為、反人間派達が勢いを増したのだ。そうなると、人間界にも魔族らが頻繁に姿を現す。沈静化していた種族間での騒乱が、再び湧き上がってきた。

 そこへ来て勇者の不在ともなれば、人間らには絶望的だ。救いを求め、数年前と同じ様に神聖城クリストヴァルへと人の波が押し寄せる。戻って来てくれと願いをかけて。

 根も葉もない噂が飛び交う中で、巫女らはある言葉を思い出していた。勇者がここを始めて訪れた時、迎えた老神官はすでに天に召された。その名は勇者らを導いた者として後世にも残っていくのだろうが、あの場に居たのは老神官だけではない。四つの惑星に対し、来訪した勇者は六人。その件に関して議論した巫女らはまだ現役だ。彼女らは、まだ“勇者が消えた”事しか知らない。ゆえに、憶測が広がるのを止める術を持っていない。『まさか、二人が死……』そう口走った巫女は口を閉ざし、『二人が寝返る可能性もあるわよね』と言い放た巫女は、群がる人々を冷めた瞳で見つめた。

 惜しいのだ。

 六人の勇者が四人になるという推測は、合っていた。

 二人が死んだわけではない、寝返ったわけでもない。

 勇者を放棄しただけだ。

 しかし。

 果たして最初から勇者は六人だったのだろうか。

 魔族復興の為、暗躍する者達は魔王の存在を待ち侘びている。

 魔王が居るから勇者が居て、勇者が居るのならば魔王も存在するのだよ。

 そういうものなのだろう? この世界は。 

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