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8.お相手は誰ですか?

 どん、と大きな音を立てて扉を開いた私は、驚いた表情の王様たちと、慌ててこちらへ槍の先を向ける室内の騎士さん達から一斉に注目を集めた。


「待て。その方は“選択者”の方である。武器を向けることは許さぬ」

「ありがとうございます」


 いきなり刃物を突き付けられた私は、王様にお礼を言って騎士さん達の間を抜けていく。

 私がいきなり突入した場所は、王族たちが使用するエリアにある広間で、会議などで利用される場所らしい。

 オブシディアンさんが疑われていると聞いて、居ても経ってもいられなくなった私は、ラピスさんに案内されてここへやってきたのだ。


 そして勢いに任せて廊下の騎士さん達を無視していきなり部屋に入ってしまった。

 これは失敗。


「体調はもう良いのかね?」

「はい。特に問題ありませんし、私は無事です。この集まりでオブシディアンさんが矢面に立たされていると聞いて、慌てて来たのです」

「そうなのよ。変な話でしょう?」


 ローラさんが不満気に唇を尖らせて言う。

 夜のための薄化粧ながら、薄いブルーのリップは彼女の透明感のある美しさを引き立てていた。

 その隣で、当人であるオブシディアンさんは腕組みをしたまま、沈黙して目を閉じている。端正な顔立ちにわずかな怒りのような表情が浮かんでいて、それを必死に押さえているような雰囲気だ。


 夕食会の時と同じで、彼らの向かいにジェイドさんとカーネリアンさんが座っていた。二人とも不機嫌そうな顔をしていて、その視線はオブシディアンさんへと向いている。

 そして、私の真正面には王様がいて、傍らにウヴァロさんが立っているのが見えた。


「何か憶えていることは?」

「いえ。気付いたときには藁の上に寝かされていましたので……」


 犯人の顔は見ていない。そう私が言うと、ウヴァロさんが頷く。


「陛下……」

「良い。説明せよ」

「はっ。……お嬢様。貴女の部屋がある方へとオブシディアン様が向かわれている姿を、私がお見かけいたしまして……」

「それだけですか?」


 私が聞くと、ウヴァロさんは口を閉ざした。


「たったそれだけのことで、オブシディアンさんが疑われているのですか?」

「他に誰かが通ったという目撃情報が無い。だから兄の話を聞きたいのだが……」

「だんまりだから、疑わざるを得ないわけ」


 ジェイドさんが首を横に振り、カーネリアンさんが肩をすくめて言う。

 他に目撃者はおらず、騎士たちも相手の顔を見ていない。それで疑われているのに、オブシディアンさんは私が来るまで弁解もそこにいた理由も語っていないらしい。

 私はため息をついた。


「何を子供のようなことをやっているのですか」

「……言いたくないことくらい、誰にでもあるだろう」

「ね。この調子なのよ」


 ローラさんがぎこちなく笑っている。それだけ余裕が無い状況なのだろう。

 廊下を歩いている間にラピスさんから聞いたのだけれど、王族の人たちには普通の法律は適用されなくて、王様がそう決めれば死罪にもなりかねないらしい。

 おまけに私という“選択者”に対して危害を加えようとしただけでも、過去の例で言えばかなり厳しい罪が待っているという。

 ラピスさんが死んで償おうと考えたのも、それだけ重要だからだ。


 でも、私自身は自分のことを守ってもらうのに、命がけなんて望んでいない。


「しかし、実際に兄は以前より選択者の掟について否定的だった。だからこそ、今も疑われているわけだ」

「僕としては、これで兄貴が選択対象から外れるのも当然だと思うけどね。だって、選択者が危険な目に遭ったのに、まるで協力的じゃないんだから」


 ジェイドさんやカーネリアンさんの言葉に、王様も同調気味の表情を見せていた。

唯一、ローラさんだけがオブシディアンさんを擁護しようとしているようだけれど、当の本人がこの調子では、どうしようもないだろう。


「ラピスさん」

「何でしょう」

「確認だけれど、選択者は城を出る以外は何でも大丈夫、だったよね」

「その通りです」

「それじゃあ……」


 王族の人たちが囲んでいる大きなテーブルの周りをぐるりと歩いていく。

 私が何をしようとしているのか誰にもわからないみたいで、みんなの視線が追いかけてきた。

 シンプルな白いワンピースを揺らしながら歩いていると、改めて私の身体がとても健康で頑丈になったのだ、と感動する。

 地面を踏みしめる感触がとても心地良い。


 そしてオブシディアンさんが座る横に立って、彼の顔を見下ろした。

 彼の視線も私を捉えている。

 改めてみると、彼の黒い髪は母親譲りなのだろう。

 整った顔立ちを見ながら、私は拳を握りしめた。


「ていっ!」

「あっ!? 何をする!」


 思い切りオブシディアンさんの顔を殴ってみた。

 彼はろくな反応もできずに驚いた顔を見せて大声を出した。

 殺到しようとする騎士さんたちは、ラピスさんが身体を張って止めてくれた。


「見ましたか? 私みたいな若い女に簡単に殴られるような人が、護衛の騎士さんたちを倒せます? それも顔を見られないように」


 さらには他の誰にも見られないように警戒しながら、私を抱えて倉庫まで行けるだろうか。私は倉庫で目覚めてからは怪我をしたけれど、それまでは無傷だった。乱暴な扱いをされた形跡は無い。

 私はオブシディアンさんを落ち着かせるように殴ってしまった頬を撫でて「ごめんなさい」と小さく呟いた。

 その時、ふと彼の首元から何かの花の香りがした。爽やかで甘い香水のような香りが。とても男性が付けるものではない。


 ひょっとして、と彼が行先を言いたがらない理由を想像して、私はわずかな胸の痛みを感じた。

 嫌な想像をしてしまった。


「では、オブシディアンは犯人ではない、と?」


 王様に問われて、私はハッとして大きく頷いた。


「何を隠しているのかは知りませんけれど」


 そう言った私は、思わず声が大きくなった。


「私の誘拐に彼は関係ないと思います。第一、彼が私を監禁する理由がありません」

「王になるために、貴女を脅そうとしたのかも知れない」


 ジェイドさんが可能性を挙げるが、私は否定した。


「だとしたら、私が死ぬ可能性があることをしたりしません。選択者がいなくなったら、彼だって困るんですから」

「そうよ。それにジェイドやカーネリアンと違って、お兄様は王の地位に然程執着していないもの」


 ローラさんが加勢してくれたけれど、当のオブシディアンさんは少し不満げだった。


「まるで俺がひ弱な奴みたいじゃないか?」

「その通りよ。お兄様は公務で忙しいのはわかるけれど、もう少し鍛えた方がいいわ。いざとなれば女性を抱えて走るくらいのことが必要だもの」

「う……」


 はっきりと言われ、オブシディアンさんは言い返せないようだ。

 ローラさんが言う通り、彼は背が高くて肩幅はあるけれど、結構痩せている。それなりに力もあるとは思うけれど、騎士さんたちとは比べようもない。


「わかった。とにかくこの場で話をしていても始まらぬ。今後は城内の警備を増やすことにして、今日は休むとしよう」


 すでに時間は深夜だ。

 ローラさんやカーネリアンさんは、話こそしっかりしているが眠そうな目をしていた。

 王様が解散を宣言すると、ジェイドさんもカーネリアンさんもさっさと部屋を出て行ってしまった。

 そして、オブシディアンさんが私の方へと近づいてくる。


「少しいいか? ……そう警戒しなくていい」

「なんでしょう?」


 ラピスさんが私の前に出ようとするのを、気にしなくていいから、と止めた。今回のことで、彼女も気が立っているのかも知れない。

 一瞬口を開きかけたオブシディアンさんは、そっと私の肩に触れてから、言葉を紡ぐ。

 大きな手の暖かな温もりを感じると同時に、あの香りがまた届いて、複雑な気持ちになった。


「まずは、礼を言おう。まさか殴られるとは思わなかったが、お陰で余計なことを言わずに済んだ」

「言いたくないことはあるでしょう。でも、殴ったのはごめんなさい。もっとわかりやすい方法もあったかも知れません」

「いや、あれで良い。俺も迂闊だった」


 肩から手が離れた。

 残念に思う気持ちを押さえる。


「身体はなんともないのか?」

「あ、はい。結構冷えてしまいましたし、小さな傷もありますけれど」

「そうか……城内の医療設備はいくらでも使って構わないから、ちゃんと身体を癒してくれ。快癒を祈っている」


 オブシディアンさんが部屋を出ていくと、見送る私の後ろからスッとローラさんが近づいてきた。


「女ね」

「うわっ!? ローラさん?」

「貴女も気づいたでしょう? お兄様から仄かに香る花の香り。あれだけ香りが移るくらいに親密な相手がいるのよ。秘密の逢引きをしていたなら、頑なに口を閉ざすのもわかるわ」

「そういうものですか」


 王族というのは側室がいたりして、結構女性との関係はあるものだと思っていた。

 でも、ライト王国では選択者が正妻として第一王妃に収まるまでは、女性との深い付き合いは禁止されているらしい。

 こそこそと付き合うことはあるらしいが、大体が王妃決定後、側室として囲われるらしい。


「ほんとに愛し合っている相手がいるなら、私は邪魔になりますね……」

「私、ね。選択者じゃなくて私、って言ったわね」

「えっ?」


 にっこりと笑うローラさんが、なんだか怖い。

 何か変なことを言ったかな、と思っていると、彼女の両手ががっちりと私の手を掴んだ。


「ちょ、痛……」

「お兄様の相手を探りましょう。それで相手が碌でもない女なら、二人がかりで引き離しちゃうのよ」

「そ、そんなこと……」

「良いのよ。王族に変なのが近づいてくることは珍しくないし、そういうのはちゃんと排除しなくちゃ。でしょ?」


 貴族の妻との密会だったりしたら、なおさら大問題だから、と説得され、翌日の夜からローラさんと私、そしてラピスさんでオブシディアンさんの密会相手を探ることになった。

 まさか一日中見張っているわけにもいかないので、そこはラピスさんが人を使って監視してくれるらしい。

 正直に言って、オブシディアンさんの相手がどんな人なのか気になったのは嘘じゃないけれど、ここまでしていいんだろうか。


 こうして、私の誘拐騒動はオブシディアンさんの女性関係に対する疑惑を残し、根本的な解決は見ずに調査継続となった。

 そしていい加減眠くなったのだけれど、少しだけ眠るのが怖くなった私は、眠ってしまうまでラピスさんに話し相手になってもらったのだった。

 小さい子供みたいで、ちょっと恥ずかしい。

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