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5.王子様が怒ってる?

 興奮気味のローラさんに手を引かれ、私たちは一時お茶会を中断して城内のとある部屋へと向かった。

 ラピスさんが何か言いたげだったけれど、ローラさんはお構いなしだ。

 この「我が道を往く」感じ、是非とも見習いたい。


「通るわよ」

「いえ、ですが……」


 出入りを制限するように立っている二人の騎士さんにローラさんが言い放つと、騎士さん達は困惑して互いを見た。

 そして、視線は私の方へと向く。


「ここは陛下と許可された方以外は……」

「わたくしは許可を受けているわ」

「ですが、こちらの方に関しては話を窺っておりません」


 それも当然だと私は納得するけれど、ローラさんはそうじゃ無かった。


「ウヴァロから何も聞いていないの? まったくもう、通達が遅いわね」


 そう言って、ローラさんは私の肩を掴んで騎士さん達の目の前に引き出す。

 細い腕なのに力は強い。がっしりと固定されたまま、私は騎士さん達に「ど、どうも」とだけどうにか声に出せた。


「彼女は今回の“選択者”なの。選択者がその役目を終えるまで、城外へ出る以外は一切の制限が適用されないこと、貴方達も知っているでしょう?」

「え、そうなんですか?」


 これには私の方が驚いた。

 一切の制限が適用されないって、単純だけれど結構まずい内容なんじゃ……と思っていたら、それはローラさんの勘違いだったようで、騎士さんたちも困惑している。


「そ、それは国王陛下の許可が前提では……」

「お父様は夕食の際に『できる協力は何でもする』と言われたのよ。それで充分でしょう? それでも気になるなら、すぐに行って確認してきなさい」

「うっ……そんな無茶な……いえ、すぐに確認して参ります!」


 ローラさんに睨まれて一人の騎士さんが走り出すと、私は残ったもう一人に目配せして詫びた。

 小さく首を横に振った騎士さんは苦笑いして私には何も言わなかった。ひょっとすると、余計なことを言うと怒られるのかも知れない。

 何となく、窮屈だなぁ。


「さあ、入りましょう」

「あ、はい」


 駆け戻ってきた騎士さんの許可を得たローラさんは、そう言って私の手を取り、部屋の中へとどんどん入っていった。

 室内は、どこか懐かしいような、言い方は悪いけれど、ちょっと古めかしい感じがする。

 基本的に石造りのお城の中なのに、木の壁が貼られていて、壁にあるはずの燭台は無くて、床に灯篭が置かれていた。


 畳は無いけれど、それ以外はちょっと違うけど「和風」という雰囲気だ。

 なんというか、材料とか技術は足りないけれど、頑張って日本の昔の民家を再現した、という感じだった。


「ここはね、お母様が自分の故郷をイメージして作らせたお部屋なの」

「故郷、ですか」

「そうよ。オウミと言ったかしら。大きな湖がある場所で、とても良い場所だと聞いたことがあるわ」

「近江?」


 たしか今の滋賀県のあたりだから、大きな湖というのは琵琶湖のことかな。

 あまり裕福な家では無かった、とローラさんは言っているけれど、裕福とか貧しいとか以前に、私の予想が正しければ、はローラさんが期待していることに応えられなそうな気がする。


「それで、貴女にはこれを見て欲しくて。お母様の国の言葉で書かれているみたいで、この国の誰も読めなくて」

「ああ、やっぱり……」


 羊皮紙に穴を開け、どこかで見たような方法で閉じられた本を受け取る。

 まず、その表紙に書かれている文字が読めない。

 筆で書かれたような文字。墨は手に入らなかったのか、インクらしい青みがかった光沢を放つそれは、流麗すぎる書体で私には読めない。


「これ、確かに日本語、みたい、だけど……」


 期待に膨らむ目で私を見ているローラさんから目を逸らし、捲ってみた最初のページ。

 ところどころにある文字は読める。“西洋”とか“御城”とか。でも、平仮名に至っては崩し字がきつすぎて、私には判読が出来なかった。

 それでもどうにか文字を拾っていくと、これは王妃様の日記だとわかる。

 最初にこの世界へ来てからのことがまとめて書かれているのは、この冊子を手に入れた時にまず書き記しておこうとしたのだろう。


 そしてそれから、毎日のことが少しずつ少しずつ、丁寧な字で綴られているのだろう。

 私はページを捲っているうちに、王妃様のことが何となくわかってきた気がした。

 やっぱり私がいた日本よりもずっと前の時代の人で、江戸時代とかそういう頃の人なんだろう、と思う。

 私と同じように、たった一人、この世界へ飛ばされてきた彼女は、どう思っていたんだろう。


「あの、ローラさん」

「なぁに?」

「王妃様は、私と同じ国の人なのは間違いないです。でも、生まれた時代が違うんで、文字が今一つ読めなくて……」

「そう、それじゃ仕方ないわね」


 ローラさんはあっさりと諦めた。あくまで言葉の上では。

 でも、言動からわかる通り彼女は正直な人らしく、表情には落胆の色がありありと浮かんでいる。

 だから、私は言葉を続けた。


「もし良かったら、これをお借りしても良いですか? 幾つかの文字は読めるし、時間をかければ内容も良くわかるようになるかも」

「本当? もちろん大丈夫よ! 貴女の願いを断れるものなんて今のライト王国にいないわ!」


 興奮気味に手を握ってくるローラさんに、私は首を横に振る。


「そうじゃない。言うことを聞かないといけないとか、断れないとかじゃなくて、ローラさんや、王様がそうしてもいいって思ってくれるなら、だよ」

「私は大賛成だけれど……どういうこと?」

「これは多分、王妃様の日記。ひょっとしたら王様はこれを他の人に見られたくないかも知れないし」


 私が読み聞かせできるようになってしまうと、他の多くの人に内容が広まってしまう可能性がある。

 まだ最初の方しか見ていないけれど、あるいは王様に対して、この世界に対して、何か恨みごとを書いている可能性だってある。

 それは王様も分かっているはず。


「わかったわ。それじゃ、これに付いてはお父様の確認を取ってから、大丈夫なら貴女の部屋に届けさせるわ」

「うん。ありがとう」


 それから、私は部屋にあった灯篭などの道具について知る限りの知識をローラさんに話した。

 結構喜んでくれたけれど、これで良かったのかな。

 それからローラさんと色々な日本の話をして、眠くなったころにお暇することになった。



 新しく用意して貰ったベッドは私には少し大きかったけれど、とても寝心地が良かった。

 疲れもあったんだろうけれど、布団に入った私は、ラピスさんが燭台の火を半分消して薄暗くなったところですぐに眠ってしまった。


 目が覚めたら、全部夢だったなんてこともあるかも知れない。

 折角健康な身体を手に入れたのも嘘で、目覚めたらまた病院のベッドの上かも知れない。

 それは怖かったけれど、私は睡魔に勝てなかった。


 そして、私が異世界に来たのは夢じゃ無かった。


「おはようございます。お嬢様」

「……おはようございます」

「朝食はこちらにお持ちいたしました。お飲み物はお茶でよろしいですか?」


 ラピスさんに起こされて眠い目を擦りながら身体を起こすと、彼女の真顔がすぐ近くにあった。

 起こしてもらえるのはありがたいけれど、無表情に見下ろされての目覚めは、あんまり爽やかじゃない。

 薬の副作用で頭がぼーっとしていたり、身体の痛みで目が覚めるよりはずっといいんだけれど。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 朝ご飯は丸くて可愛らしいパンに、ゆで卵。そして彩りが綺麗なサラダだった。葉野菜は濃い緑色で縁がゆらゆらしたカーブを描いていて、トマトみたいな果物は紫がかっている。それでも、新鮮で美味しそうに見えた。

 用意された水で顔を洗って食卓に座ってから私が予定を聞くと、ラピスさんは首を傾げた。


「予定というものはありません。“選択者”の方にはご自身で選択の方法を決めていただき、王族や私ども使用人はお嬢様の指示に従って動くのみです」

「私がどうやって選ぶか、勝手に決めろってこと?」

「その通りです」


 昨日から引っかかっていたことを思い出した。


「でも、それだと例えば“戦って勝った方を選ぶ”とか“顔がいいからこの人”とかいう場合もあるんじゃない?」

「はい。過去にはそういった例もあったようです」

「それって大問題なんじゃ……」


 顔は良くても政治は全然駄目という場合もあるんじゃないだろうか。

 単に私の夫というだけならそれでもいいかも知れないけれど、問題はその人が国を治める王様になるということだ。


「それでも、私どもはお嬢様が選んだ王に仕えるのです。これまでもそうでした。国が亡ぶまでは、これからもそうでしょう」

「丸投げって、結構無責任だよね……」


 つい愚痴が出てしまったけれど、ラピスさんは表情を変えず、反論も何もない。

 ご飯を食べながら考えて、とにかく王子様たちと話をしてみよう、と思った。私が決めなくちゃいけないなら、できるだけ間違いない人を探そう、と思う。

 昨日は一通り王子様たちには会ったけれど、正直まだ良くわからない。


 最初に出会ったのはカーネリアンさん。

 第三王子の彼は、王様候補というには少し軽い感じだったけれど、よく笑う接しやすい人だったと思う。強引な感じはあったけれど、ローラさんを見ていると王族ってそういうものかも知れないと納得できたし。


 次は第二王子のジェイドさん。

 クールで冷静な人だ、というくらいであんまり印象に残ってない。ローラさんと双子だけれど全然似ていないし、同じ歳らしけれど、雰囲気は年上みたいだ。

 なんとなくのイメージだと、彼が王様だと納得できる気はする。


 長男のオブシディアンさんは、まだ怒っているところしか見たことがないのでよくわからない。

 そう考えていたら、そのオブシディアンさんが部屋を訪ねて来た。

 そしてラピスさんがきっぱりとお断りしていた。


「王子からの接触は禁止されているはずです」

「俺は彼女に媚びを売りに来たのではない。よりによって選択者になった初日から母の持ち物を貸せなどと言い出したと聞いて、釘をさしておく必要があると思っただけだ」

「ですが……」

「ラピスさん。私は大丈夫なので、着替えの間だけ待ってもらってください」


 私が許可をするとラピスさんはその通りに説明し、一度扉を閉めて服の用意を始めた。


「お嬢様。王族が相手とは言え、選ぶのはお嬢様の方です。言うとおりにする必要はありません。伝えにくいことであれば私が伝言いたしますので」

「ありがとう。でも、大丈夫」


 オブシディアンさんは私に文句があるようだけれど、私にだって言いたいことはある。

 一晩経って落ち着いてきたこともあるし、ラピスさんは何があっても味方になってくれるようなので、思い切って頼りにさせてもらおうという安心感もあった。

 ラピスさんからあまり締め付けの無いビスチェを着せられ、落ち着いたブルーのドレスを着せられた状態で、私はオブシディアンさんを待つ。


「座ったままでお待ちください」

「いえ。私は立って迎えます」

「……わかりました」


 ラピスさんに呼ばれて部屋に入ってきたオブシディアンさんは、私が立っているのを見て一瞬だけ意外そうな顔を見せた。

 私が偉そうに椅子に座って待っていると思ったのだろうか。だとしたら、私のことも誤解されている。


「お待たせしました。お話があるそうで、私もお聞きしたいことがあったので、来ていただいてありがとうございます」

「あ、ああ。昨日のことでローラから父上に話が回ったようだが……」

「それについてもご説明します。さあ、おかけください」


 私が最初に一礼したことで、オブシディアンさんは気勢が殺がれたという様子で、私が勧めるままに向かいに座ってくれた。

 出会った直後に頭ごなしに怒鳴られるかも、と考えて怖かったけれど、オブシディアンさんは結構冷静だった。

 助かった。頭一つ以上背の高い男性から怒鳴られていたら、泣いていたかも知れない。


「まず、私はローラさんから『王妃様が遺した日記を読んで欲しい』と依頼されました。でも、私がいた時代よりも前の方でしたので、読むためには多少時間が必要でした。それに、内容は日記だと思われましたので、王様の許可が必要だと思って、ローラさんにお願いしたのです」


 私が説明している間、オブシディアンさんは黙って聞いていた。

 ラピスさんが用意した紅茶にも手を付けず、じっと私を見ている。頷きもしないのでちゃんと聞いているかどうかはわからなかったけれど、私は話を続けた。


「私としても、同じ国からここへ来た人が、何を考えていたのかは気になりますし、どう考えて今の王様を選んだか知りたかったのです」

「……信じよう。今の貴女の言葉は、正直な気持ちだと思う。しかし、俺としても家族の残したものに他人が踏み入ることに抵抗があることは理解してほしい」

「わかります。わかるつもりです。オブシディアンさんと同じように、私も離れてしまった母のことを想っていますから」


 私は微笑んだつもりだけれど、うまく笑えているだろうか。

 オブシディアンさんが初めて笑顔を見せてくれたことで、ちゃんとできたと思いたい。


「ふぅ、すまなかった。正直に言って、他所から来た人間があれこれと家族の居場所で好き勝手にやって良いというこの掟に俺は抵抗があるんだ。人は突然に手に入れた権力を使わずにはいられなくなる。貴女についてもそれを危惧していて、実際にそれが始まったものだとばかり思っていた」

「私も、選択者に国の未来をゆだねるやり方には疑問があります。でも……」


 湯気が収まった紅茶を見下ろしてから、再びオブシディアンさんへと目を向ける。

 私の決意を誰かにまず伝えたかった。その相手はラピスさんかウヴァロさんにと思っていたけれど、掟に否定的なオブシディアンさんが相手なら、丁度良いかも知れない。


「これは私の夫を、私の人生を決定することでもあります。私は私の人生を決める権利があるとは思いませんか?」

「間違いない。その通りだ。だが……」

「だからこそ、私と話をしてください。オブシディアンさんのことを教えてください。他の王子様のことを、この国のことを。私に選ぶための情報をください」


 話を終えた私をじっと見据えていたオブシディアンさんは、再び相好を崩して頷いた。


「何から話せば良いだろうか?」

「それじゃ、まずはこの国についての話から教えてください」

「良いだろう。まずライト王国の始まりだが……」


 その日の昼食時間まで、私はオブシディアンさんからたっぷりと話を聞くことができた。

 彼がライト王国のことを大切に思っていて、それ以上に家族を大事にしていること、だからこそ、国のための政策指向などではなく他者に選定をゆだねる不合理に強い違和感を覚えていることなどが聞けた。

 私にとっても、それは有意義な時間だったと思う。彼から問われるままに答えた日本の社会制度については、あやふやで知識不足なところもあったけれど、概ね満足してもらえたらしい。


「そろそろ昼食の時間ですが」

「む。もうそんな時間か。そろそろ失礼するとしよう」


 ラピスさんに声をかけられ、オブシディアンさんが立ち上がる。

 上背のある彼が立ち上がると、見上げるくらいに差ができる。黒い髪は同じ日本人のようだけれど、彫りが深く力強い目つきは独特だ。


「いずれまた、母の故郷についての話が聞きたいものだが……」

「ええ、またお話ししましょう」


 小さく頷き、オブシディアンさんは部屋を出て行った。

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