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4.前の王妃様はどんな人?

 一度部屋へと戻る私に、ラピスさんだけでなくウヴァロさんも同行してくれた。

 相変わらずむっつりとしているラピスさんと違い、ウヴァロさんは気遣うように会話をしてくれる。


「オブシディアン様は“選択者”の掟をあまり良く思われていないようです」

「じゃあ、私を睨んでいるように見えたのは勘違いじゃなかったんですね」

「大変失礼をいたしました。気分を害されたかと思いますが……」

「い、いえ。私もなんとなくわかりますから!」


 オブシディアンさんは第一王子なのだから、普通の王国なら次の王様は彼に決まっている。

 それを他所からきて勝手に跡継ぎが変わるのだから、面白くないのは当然だ。


「うーん。そう思うと、王族って言ってもあんまり自由じゃないのね」


 後継者問題を乗り越えても治政に頭を捻って、時には他の国との戦いにも備えなくちゃいけない。

 もちろん、贅沢な暮らしもできるし、多くの人が傅く立場で魅力的なのもわかる。失われる自由の代わりに、決定権が及ぶ範囲が一般の人とは大違いだ。


「……では、怒っておられるわけではないのですね」

「もちろん」


 オブシディアンさんとは出会ったばかりだし、お互いに何も知らない状況だった。どちらかと言えば、嫌われているというより警戒されているんじゃないかな。

 私がそう伝えると、ウヴァロさんは少し意外そうな顔をした。


「……ん?」


 気のせいか、ラピスさんがほんのわずかに微笑んでいたような気がしたけれど、よく見るとそんなことは無かった。

 なぜそう見えたのだろう?


「他のお二人、特にジェイド様はお嬢様のことを気に入られたようです」

「あ、そうなんですか」


 変に答えると後が面倒なので、当たり障りのない返事だけしておく。

 まだどの人のことも良く知らないのだから。

 でもなんとなく、ウヴァロさんはオブシディアンさんよりもジェイドさんやカーネリアンの方が好きなんだというのはわかった。


 私の部屋の前に戻ってくると、ウヴァロさんは一礼する。


「別の仕事がございますので、本日はこれで失礼いたします。何かございましたら、どの者でも構いません。使用人にお申し付けください」

「色々ありがとうございます。お世話になります」

「いえ。どうか落ち着いて、良い選択をなさってください」


 ウヴァロさんが去っていくと、私はラピスさんと共に足早に部屋へと入った。

 扉が閉まるかどうかの時点で、私はドレスの背中側にある結び目に手をかける。どうにか片方には手が届いたけれど、もう片方がわからない。


「それはあまりお行儀が……」

「ごめんなさい。もう限界です。急いで外してください。何でもしますから」

「はあ……」


 涙目で訴えると、ラピスさんは呆れたようにため息を吐生き、手早くドレスの紐をほどいて、コルセットも外してくれた。


「と、トイレはどこですか?」


 パジャマのまま呼ばれてきたのだから、コルセットを外せばビスチェだけでブラも無い。

下着姿で震えながら訴えると、ラピスさんは部屋の一角を指差した。そこがトイレらしい。

 内股のまま慌ただしく飛び込むと、きらきらとした装飾がされた六畳くらいの広さがある部屋の中央に、トイレは合ったのだけれど……」


「おまる……?」

「お嬢様。使い方はわかられますか?」

「わかる、けど……ああ、そういう……」


 思い出した。

 地球でも、下水道が整備される前は外にある汲み取り式か、室内にただ“置かれた”だけの“おまる”だった、と本で読んだのを。

 そして、ラピスさんの言葉が便意に耐えながら迷っている私に追い打ちをかける。


「お済になられましたら、私が“処分”いたしますので、お申し付けください」

「ひいい……」


 自分で片づけますから、と主張しても「それは建物の外に出ることになるので許可しかねます」と返ってきて、頑として譲るつもりが無い意思が主にお腹に伝わってくる。


「こんなの、女の子が対面するピンチじゃない……」


 異世界に呼ばれたとか、勝手に“選択者”にされたとかよりももっと大きな理不尽を味わいながら、私は泣く泣く椅子型のおまるに腰を下ろした。




「随分と疲れている……というより、やつれているみたいだけれど、大丈夫?」

「大丈夫です。体調が悪いとかじゃなくて、何と言うか、文化の違いに戸惑っただけなんで」

「そう? あまり無理しないでね」


 トイレから出てきた私は、すぐさまラピスさんに服を着せられた。

 沐浴以外で長く裸でいるのはあまりよろしくない、と釘を刺されつつ、それでもゆったりとした服装を用意してくれていた彼女には頭が上がらない。

 頭からすっぽりとかぶって着るクリーム色のワンピースは、襟元と裾に刺繍があしらって有り、腰には幅の広い柔らかな帯を巻く。


 生地の正体はわからないけれど、とても肌触りが良くて暖かい。

 そうしてローラさんの部屋を訪ねて、開口一番心配された。まだ顔色は戻っていないらしい。

 ローラさんも先ほど着ていた純白のドレスとは違い、同じ白でももう少し光沢を押さえたウエストラインの目立たないワンピースだった。

それでもスタイルの良さがはっきり伝わってくる。健康的な身体を得たとはいえ、モデル体型とは程遠い私としては、とても羨ましい。


「ほら。ボーっとしていないで、座って落ち着いたら? お茶で良かったかしら? それともお酒が好き?」

「まだお酒が飲める年齢じゃないんで……」


 断ると、ローラさんは不思議そうに首を傾げた。


「年齢?」

「はい。まだ十七歳なので」

「ああ、なるほど。貴女のいたところではそうなのね。でもここはライト王国。そんなものは気にしなくて良いじゃない」


 それもそうか、と私は目を見開いた。

 でも、初めて来た場所で、初めてのお酒を飲んで酔っ払う気にはなれない。

 ローラさんもそれをわかってくれて、お茶を出してくれた。彼女も自分の為にお茶を淹れて向かい合う。夜のお茶会だ。


お茶を待つ間、部屋を眺めていた。

原色が随所にちりばめられたちょっと派手な内装になっている。白系を好んで着ているらしい当人とはまるで違った雰囲気で、少し目が痛くなりそうな赤や、濃く染められた青いタペストリーなどがある。


「意外そうな顔ね」

「あ、ごめんなさい……あと、ありがとうございます」

「気にしないで、とっておきの茶葉を使ってみたの。味わってね」


 可愛らしく微笑むローラさんに、同じ女性ながら照れてしまった。

 純白のカップに注がれた紅茶を一口。確かに美味しい。


「飲み易くて美味しいです」

「そう、良かった」


 ローラさんは嬉しそうに言って、自分も口を付けて「美味しい」と笑っている。

 クッキーのような焼き菓子を勧められて、一口齧ってみた。

 砂糖が少ないさっぱりした味で、刻んで練りこまれた果実が甘酸っぱい。紅茶にとても合う。つい二つ、三つと続けて食べてしまった。


「気に入ってくれたみたいね。そう言えば、わたくしと貴女、同じ年齢なのよ」

「あ、そうだったんですか。ローラさんの方が落ち着いていて、ずっと大人の女性に見えます」


 言ってから、褒め言葉になってないかな、と思ったけれどローラさんは喜んでくれた。

 彼女は第二王子のジェイドさんとは双子で、オブシディアンさんが二つ上、カーネリアンさんが二つ下。

 王妃様……要するに私の前の“選択者”は、数年前に病気で亡くなったそうだ。


「お父様は、それはもうお母様のことを深く愛されていたわ。亡くなられた時には、それこそ心配になるほど痩せちゃって……」


 そういうローラさんも心に堪えたんだろう。

 先ほどまでの明るい笑顔に、少し陰りが見えた。


「あんまり辛気臭い話をしても仕方ないわね」

「ううん。教えて下さい。私はまだ、自分の立場が良くわかっていないし、前の人がどうだったか知ることができるなら、助かります。あ、その……あんまり言いたくないなら……」

「そんなことないわ」


 ローラさんの細い腕が伸びてきて、私の手をしっかり握る。


「私の大切なお母様のことを知りたいと言ってくれてありがとう。この国では女性の地位はあまり高くないわ。それはお母様も同じで、選択者としての使命を終えて、三人の王子を産んでからはずっと日陰の人だったわ」


 役目が終わったあとは、あまり注目もされない。

 選択者は、ただ異世界から来た女性というだけで特別に能力があるというわけでもないので、次代の王を選ぶという役割が終われば、普通に王妃としての生活が待っている。


「とても大人しい人だったの。お父様に何か意見することも無くて、ただただわたくしたちに微笑みを向けてくださっていたわ。わたくし、お母様が大好きなの」


 過去形では無かった。

 彼女の中ではまだ王妃様は生きていて、憧れの対象なんだろう。

 ふと、自分のお母さんを思い出す。

 結局、ろくに親孝行もできなかったし、泣かせてしまった思い出ばかりが脳裏によみがえってくる。


「私も、私のお母さんが好きですよ。とても」

「そうなのね。じゃあ、きっと私たちは幸せな子供だったのね」


 お互いに少し泣いて、冷めてしまった紅茶を飲み干してから、向かい合って照れ笑いを見せあった。


「恥ずかしいところを見せちゃったわ。今日初めて会ったばかりなのに、不思議ね。そう言えば、貴女はどんな国から来たの?」

「えっと、私が住んでいたのは、日本という国です」


 通じないだろうとはわかっていても、どう説明していいかわからないので、とりあえず名前だけ。

 ところが、日本の名前を出した瞬間、ローラさんの目が私に向けて見開かれていた。


「にほん……?」

「あ、そうです。ご存知でしたか」

「ちょっと来て!」


 すごい勢いで手を引かれて立ち上がった私は、そのままローラさんに引っ張られるままに隣の部屋へと向かう。

 そこは寝室らしく、私の部屋にもあった天蓋付きの豪奢なベッドが中央に鎮座していた。

 なるほど、王族ともなるとあのベッドを平然と使えるのか。

 と、妙な感心をしながら部屋を横断し、一枚の肖像画の前へと立たされた。


「あれ? この人……」

「わたくしの母、前王妃も自分を日本人だと言っていたわ」


 肖像画には、夕食の時に見た王様が少し若い姿で中央に描かれ、その傍ら、椅子に座る格好で一人の女性が柔和に微笑んでいる。

 黒目黒髪のその人は、なんと和服を着ていた。

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