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3.家族の食卓ってこんな感じ?

 顔合わせは食堂で行われるらしい。

 おまけにそこへは王族以外は特別に許可された者以外は侵入が許されていないということで、護衛として付いて来てくれていた騎士さん達も食堂前で立ち止まった。

 ラピスさんは付いて来てくれるようで、ちょっと安心。


 それに、食堂への扉の前でウヴァロさんも待っていてくれた。


「良くお似合いですよ」


 にっこりと笑って褒めてくれるのは嬉しいけれど、当人はまったく逆の感想を持っています。ごめんなさい。


「国王陛下や王子、王女殿下もすでにお揃いです」


 中へと促すウヴァロさんだったけれど、私はまだ足がすくんでいる。


「ちょっと待ってください。私、マナーとか全然わからなくて」

「構いません。王国のマナーなどはお気になさらないでください。王族の皆様もそこはご理解されております」


 過去にはいきなりハグしたり、身分証明を求めた者もいた、なんてラピスさんは言うけれど、私にはそんな勇気は無い。

 そうしてまごまごしている間に、扉は開かれてしまった。


「今代の“選択者”様がご入場です」

「あっ、あっ……」


 まずい。最初の挨拶になんて言えばいいのかまったく思いつかない。「はじめまして」が鉄板として、それから何を言うの? 趣味とか聞くべき? お見合いならそうだと聞いた気が。でも父親で王様で……。

 ああ、もう。

 ラピスさんとウヴァロさんに両脇を固められて、私も進まざるを得ない。


「ほう。此度の花嫁は黒髪であるか」


 食堂も広かった。

 中央に大きなテーブルが置かれ、左側に見たことがある男性二人、右側に見たことが無い男女一組。

 そして中央、真正面にある二つの席の一つに、ゆったりとした衣装を纏った壮年の男性が座っていた。今の言葉は彼が言ったらしい。


「えっと、は、はじめまして」

「ほう、そういう挨拶も面白いのう。はじめまして、か。良い言葉だ」


 うんうん、と頷き、男性はにこりと笑う。


「余はライト王国の王、アンドラダイト・ライトである」


 本物の王様なんて初めて見た。

 ひげ面で厳つい感じもするけれど、優しい瞳をした人だ。ちょっと安心した。

 そして王様はするりと立ちあがり、私に向けて「すまぬ」と低く通る声で謝罪する。


「え?」

「不本意なことだとは重々承知の上で、どうか、自棄にならず、冷静に息子たちを見てやってほしい。余ができる協力は何でもしよう。そして、君の身の安全についても、余の名に懸けて保証しよう」

「あ、はい。ありがとうございます?」


 王と言えばすごく偉い人のはずだけれど、その人から「何でも協力する」と言われて、私はどう答えていいかわからない。

 それでも、お礼はなんとか言えた。

 頭を下げながら、私はラピスさんが言っていた私の立場がようやく実感としてのしかかってくるのを感じる。


 この国の王様として頑張っているんだろう。詳しいお仕事の内容まではわからないけれど、なんとなく、私に対する不安も分かる気がした。

 どこの誰かわからない小娘に国の将来がかかっているわけだし。実際に王様になるのは息子さんで、それぞれにちゃんと教育とか仕事の指導とかはしているだろう。それでも、勝手に別の世界に飛ばされた、と私が怒っていたらと思うと……。


 うん、と私は頷いた。

 覚悟を決めよう、と。

 何もできずに死んでしまってそのままよりも、ずっと良い。今までできなかったことができるし、日本じゃ経験できなかったはずのことができるかも知れない。

 少し怖いけれど、それでも、自分の足で歩いて、私の意志が尊重されるんだ。きっと、それは嬉しいことのはずだから。


「ここへ来たばかりなので知らないことばかりですけれど、どうか色々と教えてください。まだ結婚とかは実感がありませんけれど、私、ちゃんと考えますから」

「そう言ってくれるとありがたい」


 王様がホッとした様子を見せると、周りの人たちも少し緊張がほぐれたようで、空気が少し軽くなった感じがした。

 私も、何が起きるか怯えていた先ほどよりも余裕が出てきた。

 ラピスさんに勧められた椅子は、王様の真正面で、それはそれでまた緊張するのだけれど。


「では、食事の前に子供たちを紹介しよう。まずは王選びと無関係な者からにしよう。ローラ、ご挨拶を」

「あらお父様。無関係はあんまりですわ。わたくしとて王族の一人。それに同じ女性同士、きっと選択者にとても役立つお話ができるでしょう」


 よろしく、とほほ笑みかけてくれたのは、向かって右にいた知らない男女の女性の方だった。

 彼女は唯一の王女で、オーロラローラと名乗った。

 第一印象は“白い”だ。

 肌の色もそうだけれど、髪の色も銀に近い透き通るような白。瞳も白いのだけれど白目とは違う、ちゃんと瞳として輝いている純白だった。

 不思議な雰囲気の令嬢というイメージで、落ち着いた白いドレスを着ているけれど、花が咲いたような明るい笑顔を私に向けてくれる。


「ローラと呼んでね」

「はい、ローラさん。よろしくお願いします」

「固いわね。私の義姉なり義妹なりになるのだから、もっと気楽に接してね」


 王族に対して「気楽に」と言われても無理な話で、きっと引きつっているであろう笑顔で聞き流す。

 でも、同年代の女の子がいるのは確かにありがたいかも。ラピスさんもいるけれど、なんだか距離を置かれているみたいだし。


「では、次は俺が」


 必然的に、残った一人の男性が第一王子なのだろうか、とローラさんの隣にいる男性を見ていたら、やたらと睨みつけられた。

 一見して黒い瞳だけれど、よく見ると紫がかった輝きがある。切れ長の瞳で、肩幅があってとても男性らしい人だけれど、なんだか怖い。


「第一王子のオブシディアンだ」

「……えっ?」


 名乗っただけ。

 にこりともせずに名前だけを言ったオブシディアンさんは、それだけで、ぷいっと私から目を逸らした。

 何か嫌われることした?


「ごめんね。あとで説明はするから」

「余計なことは言わなくて良い。俺については後程資料を運ばせるから、それで判断してくれ」

「もう、そんなんじゃ女の子は納得しないわよ?」


 ローラさんが目配せしながらフォローするのを、彼はつまらない仕事の一つかのように事務的に言い捨てた。


「はあ……」

「兄貴はこういう男なんだ。それより、食事が終わったら僕と話をしょうよ。色々知ってもらいたいな」

「待て。そういうアプローチは禁じられているはずだ」


 第三王子のカーネリアンさんの誘いを、第二王子のジェイドさんが止めた。


「あの、そういう決まりとかをまだ詳しく聞いていないんです」

「じゃあ、後でわたくしが教えてあげるわ。この国のことも、お城のことも」


 一度ぐるっと見ておかないと不安でしょう、とローラさんに言われて、渡りに船だとお願いすることに。

 お城の広さすらまともに把握していないのは流石に不安だったので、本当に助かる。


「では、そろそろ食事としよう」


 王様がそう言うと、沢山の人たちがどこからかやってきて、テーブルに座る全員の前にグラスを置き、ワインのような液体を満たし、食事を並べていく。

 地球とは違う場所で、一体どんな食事が出てくるのかが怖かったけれど、何かの肉や野菜を使った洋食といった雰囲気で、匂いも問題なさそう。というより、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐってくる。


「美味しそう」

「ああ、今日は特に専属料理人たちが張り切っていたようだ」

「専属料理人が。さすがはお城」

「城の食事は悪くないと思うよ。毎日三食、希望を言えばそれ以外でも色々作ってくれるからね」


 ジェイドさんの専属料理人という言葉に何か感動を覚えている私に、カーネリアンさんが色々教えてくれた。

話を聞きながら周りを見ると、ラピスさんとウヴァロさんは変わらず私の後ろに立っていた。

 席に着くこともなければ、彼女たちの食事が用意される様子も無い。


「ラピスさん、一緒に食べないんですか?」

「いえ。私どもは……」

「駄目なんですか?」


 何か決まりがあるのだろうか、と首をかしげていると、ローラさんが笑いながら話してくれた。


「王族と食事の席を共にするなんて、普通の使用人には許されないわ。それとも、ウヴァロたちも一緒が良いかしら?」

「何を言っているんだ」

「全く。冗談が過ぎるね」


 ジェイドさんたちが笑うが、王様とオブシディアンさんだけは真剣に私を見ていた。


「君がいた世界では、それが当然なのか?」

「あ、はい」


 突然オブシディアンさんから問われて、慌てて頷く。

 お店の人なら別だけれど、同じお城に暮らす人たちなら、それが当たり前だと思っていたし、それが私の思う“家庭”だから。

 結局は短い期間でしかなかったけれど、お父さんやお母さん、それにおじいちゃんやおばあちゃんたちと囲む食卓は幸せだったし、いつものご飯でも味が全然違う。


「こっちだと行儀が悪いのかも知れませんけれど、同じ場所で生活している間柄なら、特別な事情が無い限りはできるだけ一緒にご飯を食べるのが、それが家族なんじゃないかと」

「しかし、ウヴァロたちは王族では無い」


 王様の言葉は冷たいように聞こえたけれど、そのニュアンスには純粋な疑問があるように感じた。

 ただただ不思議に感じている、という雰囲気だった。


「でも、私と一緒にお城に生活しているなら、家庭の仲間じゃないですか?」

「ふふ、家庭、か……。城にいるとあまり実感できないが……」

「それでは、君は彼らにもこのテーブルに着くべきだと思うのか?」


 王様が頷くと、オブシディアンさんからそう聞かれた。

 偉い人に意見を言ってしまったことに後悔はしたけれど、ラピスさんたちを放って自分だけご飯を食べるのは気が引ける。

 私は「はい」と答えた。


「そういうの、憧れなんです。家族との食事は事情があってあんまりできなかったんですけれど、一緒に住んでいても、やっていることは違うから、それぞれ何があったとか、どう思ったとか、別に特別な話じゃなくていいから、面白かったこととか、むっとしたこととか、そういうのを話す時間が……」

「わかった。ほら、涙を拭け」

「えっ?」


 いつの間に立ち上がったのだろう。オブシディアンさんが私の真横に立って、私にはハンカチを差し出していた。

 話しながら泣いていたようで、受け取ったハンカチを目に押し当てて、真っ赤になっているはずの顔を隠す。

 コロンを染みこませているみたいで、かすかな花の香りがした。


「父上」

「わかっている。選択者の希望なら、そうしよう」


 オブシディアンさんが声をかけると、王様はすぐに了承した。

 ウヴァロさんとラピスさんが私の両脇に座り、そこにも料理が運ばれてくる。


「では、改めて食事を始めるとしよう。共に城で生活する“家族同士”でな」

「面白い趣向だわ」


 楽し気にローラさんがグラスを掲げると、他の人たちも同じようにグラスを手にする。

 私も緊張気味にグラスの足を摘まみ、そっと上げた。

 ふと見ると、オブシディアンさんが笑みを浮かべて私を見ていた。いきなり人前で泣いてしまったのを笑われているようで、ちょっと恥ずかしかった。

 ハンカチは洗って返さないと。


 私がいた世界について色々と聞かれながら食事は続いて、結局二時間くらい食堂にいたような気がする。

 ご飯はどれも美味しかった。強制的に胸を張った格好になる作りのコルセットさえなければ、もっと美味しかったはず。

 最後のデザートまで堪能して、久しぶりにお腹いっぱいの感覚を楽しんでいた私は、当初の約束通り、ローラさんから色々話を聞くことになった。


 本当は少し眠くなってきたのだけれど、同年代の女の子と夜更かししておしゃべりなんて初めてで、ちょっと楽しみでもある。

 そして、食事が終わった後、ローラさんのお部屋を訪問する前にまた着替えタイムが入る。


「では、一度部屋に戻って着替えましょう」


 ラピスさんにそう言われた時は、やっとコルセットから解放される、と小躍りするほど嬉しかった。

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