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2.意外と危険なお役目?

同時投稿三つの三つ目です。

 ライト王国。

 その歴史は古く、数千年とも数万年とも言われるが、幾度かの戦乱で焼失してしまった資料も多く、詳しいことはわからないらしい。

 ウヴァロさんが言っていた通り、私のような女性が現れ王を選ぶようになった経緯もはっきりとはわかっていないそうだ。


「“不思議なことには従っておいた方が賢明”ってことかな?」

「わたしにはわかりません」


 メイドさんの一人、ラピスさんから城内を案内されながらライト王国についてざっくりと説明を受ける。

 彼女は先ほどの談話室で音も無く移動していた女性で、三人の中では一番小柄で私より年下に見えるのだが、その眼光は結構鋭い。

 知っている人が誰もいない状況は寂しいので、どうにか仲良くなれたらと思ったが、ラピスさんはあまり馴れ合いを好まないみたいだ。


「こちらが、お嬢様の為に用意されたお部屋です」


 ラピスさんが右手で促した先には、がっしりした木製の扉がある。

 その両脇には鎧を着て槍を立てた騎士のような人たちが立っていて、ラピスさんが一声かけると扉を開いてくれた。


「どうぞ。中をお確かめください」

「あ、はい。うえっ?」


 言われるままに部屋に入ろうとした私の肩を、誰かが掴んだ。

 思わず変な声を上げた私を笑う声が聞こえる。


「あはは、“うえっ?”だって。面白いね。キミが次の王妃か。ちょっと挨拶させてよ」

「えっと……」


 見た目は少年と青年の間のようで、中性的な雰囲気がある大きな瞳は、赤と黄が光で混じったような、不思議な輝きを帯びていた。

 格好良い、というよりは可愛い、とか話しやすいと感じるタイプだ。

 相手の正体がわからず混乱している私に、ラピスがそっと耳打ちする。


「ライト王国第三王子、カーネリアン様です」

「お、王子!?」

「そういうこと。要するにキミの花婿候補というわけ。よろしくね」


 カーネリアン第三王子。

 髪色も瞳と同じで赤と黄が入り混じった色をしていて、短くて無造作なヘアスタイルも、彼の顔立ちや明るい笑顔にとても似合っていた。

 そんなふうに冷静な観察をしながらも、私は初めて会う王族に完全に緊張していた。

 偉い人、というだけで無条件に身体が固くなる。


「あ、あの、初めまして」

「そう固くならないでよ。まずは挨拶から……」


 そういうとカーネリアンさんは私の肩に手を置いて、すっと顔を近づけてきた。

 急にアップになったカーネリアンさんの顔。吐息が届くような距離になって、私は思わず息を止めた。

 挨拶にキスをする習慣がある国はあると聞いていたけれど、突然やられては反応のしようがない。


「お待ちください。王子からの接触は禁じられているかと」


 硬直していた私の前に、ラピスさんがするりと入り込んできた。

 気付けばカーネリアンさんの手が私から離れ、視線は私からラピスさんへ移っている。その目つきはさっきまでと同じ笑みだが、少し引きつっている。


「無礼だなぁ。ちょっとした冗談だよ」

「冗談で済まない場合もございます。お嬢様はまだ“選択”の方法すらご存知ではないのです。お戯れがすぎますと……」

「お前、親父の……! はあ、わかったよ」


 カーネリアンさんがラピスさんの顔を見て一瞬だけ真顔で目を見開いた。

 すぐに笑顔に戻ったのだけれど、一体何を見て驚いたのか、私にはわからない。それに、ラピスさんはメイドのはずだけれど、王子様の邪魔をして大丈夫なのかな。

 とりあえず、助かったけれど。


「じゃあ、また後で」

「はい。どうも」


 カーネリアンさんが軽く手を振って去っていくと、くるりと振り向いたラピスさんがいつもの無表情で部屋へと手を向けた。


「どうぞ中へ。夕食の時間までに、いくつかのご説明をさせていただきます」

「はあ、お願いします」


 改めてラピスさんの顔を真正面から見ると、私より少し年下に見える可愛らしい女の子にしか見えない。

 青っぽい艶のある髪はショートカットで可愛らしくまとまり、丸い瞳を見せながらにっこり笑っていれば、アイドルにだってなれそうな美少女だった。

 でも、どこか雰囲気が怖い。


「どうかされましたか?」

「いえ、ごめんなさい。じゃあラピスさん、部屋を見せてください」

「私は単なる使用人です。呼び捨てで構いませんし、口調も丁寧である必要はございません」


 折角だから仲良くできれば、と思ったのだけれど、ラピスさんはクールに振る舞うことをやめなかった。

 仕方ないので、言われるままに部屋へと入る。


「あの……」

「なんでしょう。必要な調度品があれば運ばせますが」

「天蓋付のベッドとか、落ち着いて寝られなそうなんですけれど。サイズも大きすぎるし」


 私の希望はすぐに対応された。

 ラピスさんが部屋の前にいた騎士さんたちに話を通すと、ほんの数分で木製のシンプルなベッドに入れ替えられた。

 キングサイズからセミダブルになった感じで、まだ私には大きすぎる気もしたけれど、折角交換してもらったのに文句はつけられない。


「こちらでよろしいですか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 つい丁寧語で話してしまうと、ラピスさんはじっと私を見る。呼び捨てで、もっと砕けた口調でいいと言いたげだけれど、私が黙っていると、結局何も言われなかった。


「緊張する」


 ラピスさんは独特の迫力がある。

 王子様を諫めたりしたあたり普通のメイドさんじゃないのかも知れない。


「では、お召換えを」


 ベッドが置かれた部屋から、騎士さんたちが早々に追い出されると、ラピスさんは壁のカーテンを左右に開いた。


「うひゃあ」

「サイズは問題無いかと思いますが、もし合わなければ調整します」


 開かれたカーテンの向こうは窓ではなく、ずらりと並んだ衣装部屋だった。

 部屋の中央には様々なデザインのドレスが大量に並んでいて、右手の壁には色とりどりのハイヒール。左の壁にはストールや帽子がずらりと揃っている。

 それからしばらく、私はラピスさんにとっての着せ替え人形になった。



 胃が口から出ちゃうかと思う程コルセットを締め上げられ、お尻のボリュームが足りないから、どんどん布を継ぎたされた。

 そして出来上がった姿を見て一言。


「うーん。日本人の顔にこれはいまいちよね」

「お気に召しませんか?」

「素敵な衣装だと思いますけど、はっきり言って似合ってませんよね?」


 凹凸の少ない日本人そのものの顔に、派手なドレス。

 ドレス単体であればとても良いものだとわかるけれど、絶望的に私に似合っていなかった。


「やっぱり、ドレスじゃないと駄目ですか? スーツとかの方が無難なんじゃ……」

「スーツというのがどういうものかわかりませんが、今ここにある衣装以外のデザインとなると、縫製しなおさなくてはなりませんので」


 我慢して着ていろということだろう、と私は納得したけれど、「これはお休みの際に」とラピスさんが用意した、着ている意味が無いくらい透けているネグリジェは遠慮した。

 パジャマを使うから、とどうにか固い意思を以てお断りする。


 こうして、与えられた部屋をしっかり確認するような余裕も無いまま、王族に挨拶をする時間となった。

 扉を守る騎士さんちは、私とラピスさんが通る間扉を開いていたかと思ったら、そのまま廊下を進む私たちの両脇をついてきた。

 ちらりと後を見ると、いつの間にか他の騎士さんたちが扉をしっかりとガードしていた。


「一体、どこから」

「通路を挟んだ向かいの部屋には、常に五名以上の騎士が待機してお嬢様の警護を行っております。留守の間も、誰一人通しませんので、ご安心を」

「そんなに警戒しないと駄目なの?」


 城の中なのに、と私は首をかしげたが、ラピスさんは「決まりですから」としか答えてくれなかった。


「大変ですね」


 隣にいた騎士さんに声をかけたけれど、何故か一言も返さないどころか汗だくで視線すら合わせてくれない。

 何か気に障ることしたかな、と言葉を選んでいると、前を歩くラピスさんが振り向いた。


「決められた者以外は、お嬢様と会話することを禁じられております」

「あ、そうなんですか」


 どうにも窮屈な感じがする。

 ラピスさんが仕事熱心なのはわかるし、騎士さんたちが私と話ができないのも、お城のしきたりだと思うと納得はできる。

 できるけれど、この息苦しさはなんだろう。


 正体不明の居心地の悪さを抱えたまま、あちこちに飾られた壺や絵画を横目に見ながら長い廊下を歩いていると、一人の男性と出くわした。


「おや。もしかして今回の“選択者”か?」

「はい。まだ王子の接触は禁じられておりますので、どうかご理解ください」

「ああ。わかっている」


 男性は澄んだグリーンの瞳を持つ切れ長の目で私を一瞥すると、口を開きかけてやめ、若い青葉のように濃い緑の髪をそっと後ろに撫でつけながらラピスさんへと話す。


「では、代わりに私の名前を伝えておいてくれ。そして、後程改めて挨拶するので、失礼する、と」


 本人を目の前に伝言をする、などという妙な光景を眺めていると、再び男性は私に視線を送り、微笑んだ。


「あ、どうも」

「ふっ……」


 小さく笑みを浮かべた彼は、私より頭一つ背が高い。私が見上げるかたちでしばらく向かい合っていたが、何も言わずに背を向けて去って行った。


「あの方は第二王子のジェイド様です」

「王子? ということは……」

「はい。お嬢様が選ばれる次代の王候補のお一人です」


 第二ということは、さっき話しかけてきたカーネリアンさんのお兄さんになるわけだ。

 それにしては、全然似ていない。

 カーネリアンさんは明るくて可愛らしい感じの人だったけれど、今のジェイドさんはクールな雰囲気で、ソフトバックに撫でつけた髪型や装飾の少ない服装だった。

カーネリアンさんとはまるで正反対に見える。


「じゃあ、もう一人は第一王子なんです……なのね」


 言葉の途中でラピスさんの視線に気づいた私は、どうにか友達に話すような口調に無理やり変えてみた。

 それで心なしかプレッシャーが緩んだので、間違ってはいなかったらしい。


「どうか、憶えておいていただきたいことがあります」

「なに?」

「お嬢様のお立場です」


 階段を登り、さらに廊下を進んでいく。


「ライト王国の将来はお嬢様の選択如何で大きく変わります。今、この城内では王族よりもお嬢様の方に力があると言っても過言では無いのです。そのお立場にあられる方が、私のような使用人風情に敬語を使われるのは……」

「ちょっと待って!? 王族より上?」


 私は単なる異邦人であって、ここではお城に閉じ込められた状況だというのに。

 驚いた私に、ラピスさんは振り向いて当然のことだと口を開いた。


「お嬢様は次代の王を選ぶ立場。王族の運命、ひいては王国の運命を決めるのです」


 当然でしょう、とラピスさんは言い、再び背を向けて歩き出した。

 慌ててそれを追いかける私に、ラピスさんは淡々と語る。


「いつから始まった儀式なのかはわかりませんが、王族はお嬢様の決定に従います」


 そんなに強制力があるものなのか、と私は頭の中でぐるぐると色々な可能性が出てくるのを懸命に整理する必要に追われた。


 まず、私が次の王様を選ぶとなると、三人の王子は私にアピールしてくるだろうし、中には強引に迫ってくることもあり得る。

 実際、カーネリアンさんは押しが強かったし。

 本で見たりしただけの知識だけれど、怖いイメージしかない王位継承の争いに、私は思いっきり巻き込まれているのだ。

 今さらながら、自分の置かれた状況が怖くなってくる。


「あの、先に聞いておいていい?」

「答えられることであれば」

「もし、急病とか何かで、その、“選択者”? が結婚できないとかになったら……」


 殺される、という可能性を口にしたく無くて、遠回しに尋ねたせいかラピスさんは首を傾げた。


「過去にそのようなことはありませんでしたが、もしそうなれば別の誰かが、あの部屋に召喚されるのではないでしょうか」

「ひええ……」


 ラピスさんの予想が一般的な認識ならば、私が選んだ相手以外の勢力から命を狙われる可能性は少なくない。

 恐怖に足がすくんで動けなくなった私を、ラピスさんはそっと隣に寄り添って、腰を支えてくれた。


「ご安心ください。お嬢様の身は必ずお守りしますから」


 きっぱりと明言されて、私は思わずラピスさんに求婚しそうになった。

 何も選べない人生が終わったと思ったら、こんな重い選択を迫られることになるなんて……。

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