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1.王妃になる決まり?

同時投稿三つの二つ目です。

「ここ、どこ?」


 私は目を覚ましてすぐに、自分が病室ではない、暗い場所に寝かされていることに気付いた。

 途端に恐怖が背中を走り、手足が痺れるような緊張感を覚える。


「ちょっと、勘弁してよ……?」


 ここが死後の世界であるというならまだいい。

 覚悟はしていたし、呼吸が止まって苦しいと感じたのもほんの一瞬だった。

 でも、前に本で読んだような、死んでないのに死んだと思われて霊安室や、ひどい例では火葬場に運ばれたという例を思い出す。


「え、やだ……ちょっと……」


 落ち着こう、と私は寝かされていた場所から身体を起こして、ふと気づいた。


「あれ……身体が、動く?」


 いつ以来の感覚だろうか。

 死の直前には、お腹あたりから下はほとんど感覚を失っていた身体が、嘘みたいにしっかりと思い通りに動かせる。


「わ、なんか面白い」


 両足を上げてバタバタと動かす。

 今まででは考えられなかったほど、軽やかに動かせる両足をひとしきり振り回してから、私は「それどころじゃない」と足をおろした。


「……ベッド、かな?」


 周囲は暗いままではあったけれど、しばらく一人で間抜けな運動をしている間に目が慣れてきたみたいで、今いる場所がおぼろげに見えて来た。

 私は妙にヒラヒラとした飾りがついた派手なベッドに寝かされていたようで、肌触りの良い寝具が敷かれている。


「結局、どこなのよここは」


 入院時に来ていたパジャマはそのままだった。

 少し冷静になれたところで、ベッドの上から下りた。

 恐る恐る床に足を下ろす。


 毛足の長い絨毯がくすぐったい。

 改めて見回すと、部屋はとても広かった。

 暗くて細部までは見えない、と目を凝らしていたら、一人分の足音が近づいてくる。


「だれ……?」

「おお、お目覚めですか」


 落ち着いた男性の声が聞こえる。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。私はウヴァロと申します」


 優雅な物腰で私の前に進み出た初老の男性が一礼する。

 撫でつけられた髪はほとんど白髪だったが、うっすらと緑がかったように見えた。


「う、うば……?」

「ウヴァロです。お嬢様」

「お嬢様?」


 事情がわからず混乱している私に、ウヴァロと名乗った男性がそっと微笑んだ。


「困惑されるのも無理はございません。どうか、私の話を聞いてくださいますか?」


 怪しい、という感じはしなかった。

 警戒は充分しているつもりだけれど、このままここに取り残されてもどうしようもない。


「えっと……」


 私が逡巡していると、ウヴァロさんは一礼する。


「失礼いたしました。このような暗い場所は、お話をさせて頂くのに相応しくありませんでした。どうぞ、こちらへ」


 ウヴァロさんが指差した先、そこには両開きの大きな扉があり、いつの間にか開かれていた。

 扉の両サイドには、雑誌で見たようなメイド服を着た女性が二人立っていて、私たちを待っているかのようにじっとこちらを見ている。


「わ、わかりました」


 何がどうなっているかわからないけれど、このままベッドに寄りかかっているわけにもいかない。

 幸いウヴァロさんは私に何か敵意があるというわけでも無いようだから、とにかく一歩、踏み出してみる。


「わあ……」


 一歩目、恐れは喜びに変わった。

 二歩目、喜びに遅れて実感が伝わる。


「こちらをお使いください」


 そう言ってウヴァロさんはふわふわとした柔らかそうな履物を出してくれたけれど、私は首を横に振って断ってしまった。


「あの……久しぶりに自分の足で歩いたんです。床はカーペットがあって冷たくないし、足の裏に触れる感覚が、その、嬉しくて……」


 言っている間に、私は涙が溢れてくることに気付いた。

 懸命に袖で拭いながら、恥ずかしさに頬が熱くなる。

 突然「久しぶりに歩いた」なんて言われても困るだけだろうけれど、私は歩けたことと同時に、自分の意志で移動しているという実感に心を弾ませていた。


「どうぞ。これを」


 差し出されたのはハンカチだった。

 私はお礼を言って受け取り、顔に押し付けるようにして涙を押さえる。

 そうしてしばらく立ち尽くしてハンカチをびしょびしょに濡らすまで泣いた後、ウヴァロさんに連れられて謎の寝室を出た。


 部屋を出て、メイドさん達が扉をゆっくりと閉ざしたとき、私は自分がどこか別の世界に来てしまったのだ、と実感した。

 明るい場所でみたメイドさんたちの髪や瞳の色がオレンジや黄色であり、ウヴァロさんの白髪の中に、確かに紫色が混じっていたからだ。



 通された部屋をウヴァロさんは『談話室』と呼んでいた。


「狭い部屋で申し訳ありませんが」


 と、本当に申し訳なさそうに彼は頭を下げていたが、私は何かの冗談だと思って笑ってしまった。

 私の感覚で言えば談話室には広すぎる。

 一時期入院していた六床分の病室を三つ合わせてもまだ足りないくらいの大きさがあるのだ。


「こんなところ、パジャマで座っていていいのかな?」


 広い室内には綺麗に磨かれた調度品が置かれ、食器棚には私みたいな素人が見ても高級品だとわかるような食器や陶器が美しく並んでいる。

 座っているソファも美しい曲線を描く肘掛けと、身体を柔らかく包み込むような優しい感触のクッションで作られていて、病院にあったビニルレザーのソファとはまるで違う。

 部屋の隅に設えられた小さなカウンターには、お酒らしきボトルが並んでいた。

 見上げると、照明は全てランプだった。


「電化製品が見当たらない」


 照明に限らず、バーカウンターには冷蔵庫らしいものも無く、壁を見てもコンセントが見当たらない。

 ウヴァロさんは私を案内してから「少々お待ちを」と言って退室してしまった。

 彼を頼りにしていた私は、少し心細く思いながら部屋を見回す。


「うっ!?」


 ぐるり、と部屋を見ていると、壁際の一部に三人のメイドさんが立っていることに気付いた。

 私は先ほどまで田舎者よろしくぐるぐると首をめぐらせて独り言を呟きながら部屋を眺めていたのを見られていたと知り、顔が熱くなってきた。


「え、えっと?」

「何かご用でしょうか。お飲み物等が必要であればすぐにご用意させていただきます」


 一人のメイドさんが音も無く近づいて一礼する。

 その身のこなしは、優雅と言うより怖さがあると思う。無音で移動するなんてメイドの動きじゃなくて、暗殺者みたいだ。


「お食事に関しましても、可能な限りご要望にお応えいたします。お嬢様」

「じゃ、じゃあ。お茶をください」

「畏まりました。茶葉の銘柄はどういたしましょう」


 看護師さんがポットから淹れてくれるお茶以外を知らない私に、そんなことを聞かれても困る。

 今までに読んだ本の知識を懸命に掘り起し、どうにか答えを返せた。


「お、お任せします」

「はい。少々お待ちください」


 見ると、メイドさんの一人がいつの間にかカウンターに立っており、小さなケトルを何かの上に乗せていた。お湯を沸かすコンロのようなものがあるのかも知れない。

 私の注文を受けたメイドさんは、手早くポットとカップを用意し、近くにある棚を開いた。

その中には綺麗な模様が描かれた陶器のポットが並んでおり、名前も書かれていないのにメイドさんは迷わず一つを手に取った。

適当に、というよりはお任せと言われた場合にはこれ、と決まっているかのような動きだ。


「お待たせいたしました」


 そう言いながら書類を抱えたウヴァロさんが部屋に戻ってきたのと、同じ言葉を言ってメイドさんが私の前にお茶のカップを置いたのは同時だった。

 紅茶らしき液体が入ったカップは、他の調度品に負けず劣らず高級感漂うもので、触れるのも緊張する。

 向かいに座ったウヴァロさんを見ると、どうも私が口を付けるのを待っているらしい。

 とても気遣いの出来る人なんだ、と感動しつつも、震える指でカップを持ち上げ、その香りを確認する。


「いい香り……」

「気に入っていただけたようですね。私にも同じものを」


 そっと口を付けて、爽やかでも甘味を感じる、ホッとするような紅茶の味を楽しんでいると、ウヴァロさんはニッコリ笑ってメイドさんに紅茶を頼んだ。


「あの、それじゃここがどこか教えてもらえますか? それと、どうしてここに私がいるのか、あと……」


 自分の身体へと視線を向ける。

 見慣れたパジャマに包まれた身体は、死を待つばかりの痩せ衰えていた私の身体とは全然違う。痩せているけれど、ちゃんと筋肉もある。

 体重は増えているはずなのに、こんなに身体が軽いと感じるのは初めてだ。


 私の視線に気づいたウヴァロさんが、大きく頷いた。


「一つだけ言えるのは、今のお嬢様の身体は、元のお嬢様の身体ではありません」

「はい?」

「私どもが言い伝えとして聞いておりますのは、過去に“呼ばれた”お嬢様がたは皆さま、別の世界でお亡くなりになられており、その理想とされる、もしくは全盛期とされる身体で生まれ変わった、と」


 生まれ変わりといっても、赤ちゃんからやり直しというわけではないらしい。けれど、私はそこまですんなりと話を理解できたわけではない。


「別の世界ということは、やっぱり、ここは私がいた世界とは違うんですね。髪の色とかそうだし、家電品も無いし……」

「私や彼女たちのような髪色は、珍しいものではありませんが、お嬢様が居られた世界ではそうなのですね」


 家電というのが何かはわからないが、とウヴァロさんは説明を続けてくれた。

 今いる場所はライト王国という国の王城であり、ウヴァロさんは城内で奥向きのことを任されている責任者らしい。


「噛み砕いて言えば、王族の皆様の私生活に関することを取り仕切る責任者です」

「す、すごい偉い人なんですね」

「いえいえ。私などは特に能も無いもので、ただただ懸命に奉職しているだけです」


 照れくさそうに笑うウヴァロさんは、私の名を聞いて、手元の紙に書きつけた。


「代々、この国では次代の王を決めるための儀式があり、その時期が来ると、あの部屋に一人のお嬢様がお出でになられます」


 長く続く王国史の中で、その理由は不明のまま触れてはならない、とされているらしく、ウヴァロさんも詳しくは知らないと言う。

 転生(転送?)してくるのは必ず若い女性であり、その出自は同じ世界の者であったり、別の世界からであったりと一定しないらしい。

 ただ、何故か言葉は通じるようになる。今みたいに。


「そう言えば、外国語とか私全然わからないのに」

「お蔭で、私どもライト王国の者は労せずお話をさせていただくことができます。おかわりを如何ですか?」


 勧められるままに二杯目の紅茶を用意してもらった。

 何も聞かれなかったが、さっきよりももう少し甘味が強くて味わいが濃いお茶だった。


「では、本題をお伝えしてよろしいでしょうか。お嬢様がここへ呼ばれた理由を」

「はい。お願いします」


 ウヴァロさんの心地良く響く低い声と、美味しい紅茶で大分落ち着いていた私は、居住まいを正してしっかりと背筋を伸ばした

 パジャマだけれど。


「お嬢様には次代の王妃として、王子の中から後継ぎを選んでいただきたく存じます」

「……え?」


 正直に言うと、私は「貴女がこの世界を救う勇者だ!」とか「聖女としてこの世界を立て直して欲しい」とか言われるんじゃないかと期待していた。

 病室でもてあます時間を潰すために読み漁った中に、そんなファンタジー小説がいくつもあったせいだけれど。

それにしても、いきなり「次の王を選べ」は無い。

しかもウヴァロさんが言う“次代の王妃”ってことは、選んだ王子と結婚しろということでしょう。


「突然のことであり、まことに勝手なことで大変申し訳ありませんが、そうしなければお嬢様をこの城から出すことすらできません」


 王を選び、その戴冠が済むまでは城の王族生活エリアから出ることが許されないらしい。


「生活に不自由することは決してありません。ここにいる三人はお嬢様の専属とさせていただきますので、何なりとお命じください」


 ウヴァロさんが視線を向けると、三人のメイドさんがスカートを摘み上げるようにして一礼して来た。


「王族……国王陛下と三人の王子、そしてお一人の王女様も、同じ場所で生活なさっておられます。どうか、じっくりと王子のお人柄を見極めたうえで、ご判断くださいますよう」


 立ち上がったウヴァロさんに背筋を伸ばした綺麗な礼をされても、私はしばらく口をパクパクさせるだけで声が出せなかった。


 人生を選択する自由が欲しいとは思ったけれど、まずは国王兼婿選びをさせられるなんて……。

 天井を仰ぎ見た私は、異世界で城に閉じ込められた現状を何度も何度も思い返し、わかりましたと言うしかないことを慎重に確認したうえで頷いた。

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