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9.何が望みですか?

 翌日。

 疲れもあって長い時間眠っていたみたいで、起きた時には朝はとっくに過ぎていて、もうすぐお昼ごはんの時間というところだった。

 眠い目を擦って身体を起こすと、ラピスさんが温かいミルクを出してくれた。


「ありがとう」

「いえ。よろしければ食事をご用意いたしますが」

「お願いします。お腹ぺこぺこ」


 思い起こせば、昨日はろくに食べていない。

 目覚めたら倉庫。怪我をして煙を吸って気絶して、また目覚めたら王族たちのお話に首を突っ込んで、その後は眠さに負けてベッドに横になった。

 思い出してしまうと、空腹感が急に襲ってくる。


「では、すぐに運んで参ります。ちなみに、昨夜あの後はオブシディアン様に動きはありませんでした」

「そうなんだ」


 騒動があってすぐに会うのも不自然だから、それも当然だろうと思う。オブシディアンさんだって眠かっただろうし。

 ラピスさんの宣言通りに運ばれてきた朝食は、オートミールみたいな胃に優しいものが用意されていて、私が好きな果物もあった。

 ありがたくゆっくり食べながら、ラピスさんに今日の予定を相談する。


「もう少し日記を読んでおきたいのだけれど、あまりゆっくりもできないね。予定していたカーネリアンさんとの話もまだだし」

「その件ですが、カーネリアン様より伝言を預かっております」


 彼の方からも、予定していた会談を今日にもしておきたい、と言ってきているらしい。

 ラピスさんは私の体調を気遣ってくれたけれど、午後になってから会うことにした。まだ彼とだけしっかりと会話をしていないし。

 それに、彼の方もなるべく早めに話したいと言われているらしい。


「困ったものです。結局、昨日は陛下とオブシディアン様、それにローラ様以外はお嬢様の体調を気遣う素振りすらありませんでした」

「言われてみれば」

「どうかご自愛ください。私もついて参りますが、具合が少しでも悪い時は、遠慮なく言っていただけると助かります」


 食事を終えて、濃いミルクティーで一休み。

 そしてカーネリアンさんと会う前に入浴と着替えを済ませる。一日の間にこんなに何度も着替えるのはこっちに来てからだ。

 入院中はパジャマを着替えるだけだったし、安静にしないといけないときは数日同じものを着たままだった。


 検査着もあるけれど……あれを着替えとは言いたくないなぁ。背中や前がぱっかり開くのもあって、単なる布(あるいは紙)のイメージしかない。

 おまけにファスナーやマジックテープも存在しないらしくて、紐を編み上げるか精々木製のボタン留めだ。

さらにはお城に用意されている服だけあって、華美で無くとも複雑で精緻な構造のものが多くて、着替えるだけでもラピスさんに手伝ってもらわないとどこから触れていいかもわからない。


 そんなこんなで四苦八苦しながらドレスに袖を通した私は、魂から声を出す必死の懇願によってコルセットを緩めにしてもらったお蔭もあって、中々着心地の良い恰好を手に入れた。


「毎日これで」

「いけません。公式な場ではまた違うドレスが必要になります。民衆や貴族たちへの示しも付きませんので」


 即座に却下された私は、残念に思いながらも部屋を出てカーネリアンさんとの待ち合わせ場所へ。

エントランスホールで待ち合わせて、城の庭園でお散歩しながらのお話になる。休憩している間にラピスさんが手配をしてくれていたのだ。

 最初は中庭で座って話を、と思っていたのだけれど、植込みが多くて警備がし辛いという理由でラピスさんから却下されてしまった。

 その点、城の東側にある庭園であれば、城内であり許可も得られるうえ、警備も人数を配置しやすくなるらしい。


 王族が住むエリアを出るのは、昼食の為に一度中庭に出て以来だ。資料保管庫は王族生活エリアの一部にあるので、ジェイドさんと話した時よりも遠出になる。

 同じ建物の敷地内ではあるけれど。


 長い廊下を進み、道を塞ぐように騎士さん達が立っている場所を越えると建物の雰囲気が変わる。

 通路のあちこちに飾られていた絵画や壺などの数が増え、心なしか派手で目立つ作品が増えていた。

 あちこちに警備で立っていた騎士さん達の姿は減り、代わりに普通の格好をした人たちが忙しく立ち回っている光景を見るようになる。

 メイドさんも全然見当たらない。


「先ほどの場所からこちらの方が解放されているエリアになります。解放されていると言っても、城に用がある者や文官たちがいるだけで、他に用が無い者たちは城の前にある広場までしか入ることが許されておりません」

「……なんか、結構じろじろ見られてる?」


 当然です、とラピスさんは返した。

 すでに城内の者たちは“選択者”が現れたことを知っているし、メイドが付き従う見知らぬ人間がいれば、なんとなく想像は付くのだろうと彼女は言う。


 廊下ですれ違うたびに文官さんと思しき男性はちらりとこちらを見て道を譲る。

 それを当然のようにして通り過ぎるラピスさんに、私は居心地の悪いものを感じながら会釈をして進んでいった。

 そうしてようやく城のエントランスホールへたどり着いた時には、すっかり気疲れしてしまった。


「堂々としていていただいて構いませんよ。今の城内においてお嬢様に逆らえる者なのおりません」

「だからって偉そうにふんぞり返って歩くなんて無理だよ」

「偉そうにしろとは言っておりません。悠然と振る舞っていただきたいだけです」

「難しいなあ」


 ホールにたどり着いた私は注目を集めていたけれど、それ以上に人口密度の高い場所があった。

 カーネリアンさんの周りだ。

 着飾った貴族令嬢たちが彼の周りに集まり、黄色い声を上げている。その誰もがにこやかな笑みで話しかけ、それぞれの家にある見事な庭園や夜会での珍しい料理について話していた。


「正妻が決まるまでは女性との深い付き合いは禁止じゃ無かったっけ?」

「貴族同士の交流という名目で名前を売り、うまくいけば次期王の第二第三夫人あたりに納まろうという方々でしょう」


 カーネリアンさんが王に成れなかったとしても、国内で要職に就くことは間違いない。まして婿として迎え入れることに成功すれば、あるいは実家の爵位が上がることすらあるらしい。

 殺気を感じる程の熱意を以て話しかけているのには理由があるのか。

 本来ならば貴族と言えどそうそう王城に入れない筈だが、そこはそれ、彼女たちの父親が王城に用がある(ふりをする)のに同行しているらしい。


「なんという緩いセキュリティ」

「やあ。早かったね」


 侵入するのは意外と楽なんじゃないのか、と思っていると、令嬢たちをかき分けてカーネリアンさんが声をかけてきた。

 置いてけぼりの令嬢たちから睨まれるかと思いきや、彼と共に囲まれる羽目になった。


「まあ。こちらが今回の“選択者”様ですのね」

「可愛らしい方ですのね。綺麗な黒髪ですわ」

「綺麗なお肌。どういうお手入れを?」

「あ、あの。えっと……」


 にこやかでキラキラした色とりどりの瞳に囲まれ、高貴な香りを味わいながら華やかなドレスに触れて汚れないようにしないと、と一気に緊張する。

 そこに、カーネリアンさんがすっと割って入ってくれた。


「ごめんね。彼女はまだここに来て日が浅いんだ。友達になってもらえると嬉しいけれど、もう少し落ち着いてからでいいかな」

「まあ、それは失礼いたしました」

「ええ。ではわたくしどもはこれで。ごきげんよう、殿下」


 にこやかにカーネリアンさんが詫びると、ご令嬢たちはあっさりと引き下がった。赤と黄が混じる不思議な色合いの瞳で微笑まれると、何故か納得しちゃったりするんだろうか。

 単に彼の顔が良いから、あるいは嫌われないように、ってことかも知れないけれど。

 ごきげんよう、って本当に言うんだ、と妙なところに感動していると、カーネリアンさんが苦笑して私の肩をぽんぽんと叩いた。


「ごめんね。驚いただろう?」

「いえ。彼女たちには敵視されるんじゃないかと思っていたので、意外でした……」

「そんなわけないでしょ」


 彼にあっさり否定されて首を傾げていると、彼は庭へ行こうと言って歩き出した。


「愚痴っぽくなるから、あんまりここではね。庭園なら余計な人に聞かれたりしないからさ」

「あ、はい」


 ちらりと後ろを見ると、ラピスさんが頷いた。



「結局、彼女たちも選択者である君に嫌われてしまったら意味が無い、と思っているのさ」


 庭園にたどり着いたカーネリアンさんは、私を先導するようにして腰までの高さがある植え込みの通路を歩きながらそう呟いた。

 広々とした庭園は、テレビで見たサッカーコートくらいの広さがあった。ひょっとしたらもっと広いかも知れない。


 振り返ると、輝く様な白い壁を誇る王城がそびえ立っていた。

 いくつもの尖塔が突き出したアシンメトリーな建物は、威圧感もあるけれど荘厳さの方が勝っている。


「ほええ……」


 間抜けな声を上げていると、危うく置いて行かれそうになった。


「母さんはこの庭が好きだったらしいね。というより、花を育てるのが好きだったみたいなんだ」

「みたい?」

「あんまり話した記憶が無いんだよね」


 王妃様が亡くなられたのは数年前で、カーネリアンさんが物心ついたころには、すでに病気がちだったらしい。

 王妃としての彼女を知っているのは知っているけれど、乳母に育てられた彼にとってはあまり実感が無いらしい。


「話を戻すけど、彼女たちは結局、貴族的な幸せを追いかけてるだけで、伯爵だとか子爵だとかの実家にとって利益になるかどうかを見ているんだよね」

「男性としての人気も有るんじゃないですか?」

「かもね。自慢じゃないけれど、兄貴たちに比べれば僕の方が話しかけやすいだろうし、良くホールとか外に出ていたりするからね」


 確かに、オブシディアンさんもジェイドさんも威圧感があって、カーネリアンさんのようににこやかでも無ければ、大体が忙しそうに立ち回っている。


「だからさ、彼女たちが見ているのは僕の姿じゃなくて、僕の地位なんだよね。ジェイド兄さんあたりはそれでも良いと言うだろうけれど」

「それが嫌なんですね?」

「いやいや。逆に助かっているよ」

「そうなんですか」


 歩きながらカーネリアンさんがいくつかの花の名前を教えてくれたけれど、私はまるで頭に入らなかった。

 どこか歪んでいる、と私は彼を見ていた。


「ところで、誰を王様にするか決めた?」

「そういう言い方は嫌いです。私は自分の夫としての相手を選んでもいいはずです」

「確かに。これは僕が悪かった」


 あっさりと引き下がる彼は、実は見た目や話し方が軽いだけでなく、あるいは自分自身すらも軽く見ているのかも知れない。


「まだちゃんと三人全員とちゃんと話したわけじゃありませんから」

「そうか。じゃあ、まだ僕にもチャンスがあるね。オブシディアン兄さんはあの通りの変人だけれど、ジェイド兄さんあたりは『不自由はさせない』あたりをまるで条件でも出すみたいに言ったんじゃない?」


 概ね正解。


「あの人は、人間が利益で動くと思っているからね。オブシディアン兄さんは、人は理屈で動くと思っているよね」

「そんなことは……」

「あれ、何か間違ってた?」


 問われても、私には明確な答えは無い。

 ジェイドさんに関しては納得できたけれど、オブシディアンさんについては、単に彼が理屈だけで動くと言う訳じゃない気がする。

 現に昨夜は頑なに話さなかった。理屈で考えれば素直に話した方がいいはずなのに。


「まあ、いいか。じゃあ僕を選んでくれたら、という話をしようか。その方がわかりやすいでしょ?」

「……聞かせてください」

「全部の権利を君にあげるよ。君が次の王様に……そう、女王様ってやつになるといい」

「じょ、女王様?」


 内容が飲み込めないまま黙っていると、両手を広げて振り向いたカーネリアンさんが一度目を閉じて、ゆっくりと見開いた。

 その時、彼の顔から表情が消えていた。

 太陽に照らされた瞳がキラキラと複数の光をはらむ。

 吸い込まれる様な、幻想的な光。


「僕は誰かに理解されたいとも思わないし、どんなことも笑って聞き流して生きていける人生であれば、それでいいと思ってる」

「それは……」

「王様になると、何でも自由になるけれど、何にも自由にならない。矛盾しているように聞こえるけれど、国を背負うってそういうことでしょ?」


 だから、私に政治は任せて自分は自由に行きたい、とカーネリアンさんはとんでもない我が儘を言う。


「疲れたら癒してあげるよ。それくらいはする。どうする? 僕と結婚すれば君はこの世界でも有数の国家を自由にできる」

「矛盾しています。自由を得る代わりに私は不自由になる。多分、私はカーネリアンさんと似ているんですよ」

「僕と?」


 思いつきで言ったことだけれど、多分間違っていない。


「私は自由を知らずに死にました。そしてここに来て、自由の味をようやく味わい始めたばかりなんです」

「なら、王になって自由に……」

「権力があることと自由を味わうことはイコールじゃない、と、思います」


 少しだけ言葉に詰まってしまったけれど、カーネリアンさんは肩をすくめて「わかったよ」と言ってくれた。


「確かに、君は僕と似ているみたいだ。わかった。僕は諦める。でもお願いだけは聞いてくれないか?」

「なんです?」

「兄貴たちのどちらを選ぶにしても、僕にはなるべく楽で緩い役職をくれないか」

「ふふ、私が決める立場では無いでしょうけれど、そうなるように善処します」

「それで充分だよ」


 話が終わり、カーネリアンさんは先に城へと戻ると言う。


「まだ陽が落ちるには時間があるから、ゆっくり庭園を見ておくといいよ。ここには母さんが大切にしていた花たちがあって、どれも綺麗だから。それと……」


 彼はそっと私に近づくと、小さな声で囁く。


「ウヴァロに気を付けて」

「えっ?」

「それじゃ、また話し相手になってよ。君は僕と似ているというなら、結婚相手じゃなくて話し相手なら丁度いい」


 具体的なことは何も言わず、カーネリアンさんは城の中へと戻っていった。

 残された私は、ラピスさんと顔を見合わせて先ほどの彼の言葉について首を傾げていた。


「ウヴァロさんが?」

「彼に付いては私もあまり詳しくはありません。ただ、国王陛下の古いご友人で、とある高位貴族家の次男であると聞いております」


 例えば何かを狙っているとして、彼や彼の息子が次期王に成れる可能性は限りなく低い。

 まずは私を排除したとして、王族ではない彼には継承権は無いのだから。


「わかんないなぁ」

「この件については調査しておきます」

「……ラピスさん、ちゃんと寝てる?」

「問題はありません」


 答えになっていないというか、この感じは多分ほとんど寝てないんじゃないだろうか。

 無理しないでね、と伝えた私は、折角だからと庭園の花々を眺めて夕食までの時間を過ごした。


 そして、夜になってそろそろ休もうかと言う時間になって、ローラさんが訪ねてきた。

 オブシディアンさんが部屋を出てこちらへ向かっているらしい。

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