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前編

短編を書いてやると意気込んで書いた物の、ぜんぜん終わらなくて泣く泣く分けることにしました。



「アイビー。申し訳ないが、僕は運命の人を見つけてしまった。君との婚約は破棄させていただく」

 

私は自身の婚約者である、このエイプリール王国の第二王子、アルメニアクム・エイプリール殿下を見上げた。



私の何がそんなにも彼の癪に障ったのかはわからないが、彼は今までに見たことがないくらいの怒りの表情を浮かべている。その横にぴったりと張り付いている、小柄で可憐な少女。


婚約、破棄。つい今しがた聞かされたばかりの言葉が頭の中でリフレインする。

それと同時に脳裏によみがえってくるのは、今までの日々。



「本日より、お前は未来の王妃となる。しっかり励むよう」

「はい、お父様」


「まあ。アイビー、王妃教育は順調のようね。後ほど庭園にてお茶でもいかが?」

「はい、王妃様」


「おお、アイビー、確認したぞ。先の飢饉に対する意見書、学生ながらにこの国のことを考えてくれているようだな。何点か矛盾は見受けられたが、着眼点は面白い。参考にさせてもらうぞ」

「はい、国王様。光栄です」



私は、この国の公爵家の娘として、三大公家の筆頭の娘として、宰相の娘として、殿下の婚約者として、生きてきた。沢山の肩書き、沢山の重圧、沢山の課題。その全てに負けないように必死にこなせばこなすほど、日毎増していく期待。


それでも両親からは自慢の娘と、両陛下からは未来の王妃としての素質ありとして見られているようだったから、必死で潰されないように、跳ね返せるようにと一生懸命頑張ってきた。



苦節、10年。マナーは完璧、外交も周辺国の知識も完璧、殿下をうまく転がしていくための知恵も完璧。

私についてくださっていた諸先生方から太鼓判をいただくまでに成長し、今日の卒業パーティーを済ませれば殿下が正式に次代の王としての立太式と結婚式を盛大に執り行う。はず、だった。


よりにもよって両陛下どころか国中の貴族が集まる王立学院の卒業パーティーで殿下がこんなトチ狂ったことを言い出さなければ。



どうしよう、賢王と名高い陛下の息子にしてはあんまり頭の出来がよくないと思っていたけど、ついに頭おかしくなってしまったみたいね。



ざわりと広がったざわめき、一瞬後に静まり返る会場。

卒業パーティーに彩りを添えるために呼ばれた楽団が、無視する訳にもいかずに困った顔で演奏を止めた。

会場の視線は殿下と殿下のくっつき虫のどこぞの少女にそそがれる。

両陛下は思わず来賓席から立ち上がり、私の両親は青ざめた。



落ち着け、落ち着くのよアイビー・オーガスト18歳。

両陛下も我が両親も慌てに慌てている今、私こそが落ち着くのよ。


というか、あそこが慌てているってことは殿下自分の両親にも何も伝えてなかったのね。あの馬鹿、ほとほと馬鹿だわ。救い様のないミラクル馬鹿だわ。稀代の馬鹿だわ。

おっと、言葉遣いが乱れるなんてまだまだねアイビー。



「アルメニアクム殿下、わたくし、おっしゃる意味がよくわからなかったのですけれど、今、何ておっしゃいまして?」

「君との、婚約は、解消すると言ったんだ! アイビー・オーガスト!」


はい、アウトー。あ、王妃様が白目むいた。


「まあ、突然一体どうしてですの? 式はもう目前ですのよ?」


「そんなことは関係ない! 君のようなお綺麗な顔の裏でどんな黒い事を考えているかわからないような女をおめおめと王妃になどできるものか! それに、僕はこのエリカと出会って真実の恋に目覚めたんだ!」


あ、今度は母様が白目をむいた。ちなみに陛下と父様はすでに死んだ魚の目になって成り行きに任せる顔をしている。


「エリカ、様。わたくしそちらのエリカ様がどこのどなたかを存じ上げないのですけれど、御生家はどちらでいらっしゃるのでしょうか?」


「エリカはマーチ男爵家の娘だ! 君はこのエリカに今まで散々嫌がらせをしてきただろう! それを名前すら知らないなどと白々しい!」



ちらりとエリカ・マーチとやらに視線をやる。殿下の後ろにさっと隠れながらもにやにやとした視線でこちらを窺っている。なるほど、学園生活をおくる上で名前は嫌でも耳に入ってきていた。


曰く、半年前に第1学年に転入してきたが、転入早々下級貴族でありながら殿下に親しげに声をかけた不敬な生徒と。

曰く、それ以来殿下の周りを事あるごとにうろつきあろうことか気を引くためにわざと目の前で転んだふりして抱きつこうとしてきたり持っている物を目の前でぶちまけたりするかまってちゃんと。

曰く、それを学園で高貴な身分の男子生徒に見境なく身分順に繰り返している困ったちゃんと。


ちなみにその話は実際に周りをうろつかれて迷惑していた生徒たちから連名で私のところに嘆願書が提出されていたことがあるため知っていた。提出された数日後に被害がぱたっと止んだとの報告があったためすっかり忘れていたが。

まさか伝統ある学園の生徒かつ由緒正しき出生の者がそんな見え透いた手に引っかかるとは思っていなかったけど、よりにもよって学園で最も高貴な一番上が釣られるとは。



なるほど、彼女がそのエリカ・マーチか。

そのエリカにこの私が散々嫌がらせをしてきたと。



こぼれそうになるため息を悟られないように、にっこりと微笑む。



「存じ上げませんわ。嫌がらせも、エリカ様も。良ければ、詳細に教えて下さらない?」


「……いいだろう。君があくまでシラを切るというのなら。エリカ」


「はい、殿下」


そっとエリカ様が殿下の後ろから出てくる。わざとらしいまでにおびえきった顔を浮かべながら。

それに寄り添う殿下は優しくエリカ様の手を握ると愛しげに目を細めて微笑んだ。


「エリカ、怖いだろうけれど、ちゃんと自分が受けた仕打ちをこの場で伝えるんだよ。僕がついてるからね、ちゃんと、彼女の罪を公にして僕たちは一緒に幸せになるんだよ」


「殿下……」


相手に非があるのをこれっぽっちも疑っていない様子の殿下と、うるうると瞳を潤ませ殿下を見上げるエリカ様に今まで歩もうとしてきた将来への展望の終わりを悟る。



これで、終わりだ。何もかも。



きっ、とエリカ様は私を睨み付けると、私が引き起こした(らしい)その身に起こった悲劇を、歌うように、声高らかに話始めた。ほぼ叫びに近いそれは、常であれば同情を誘うのであろうが、もちろん国王陛下を始めとしたその場に並ぶ人々にとっては茶番でしかなかった。



「聞いてください、皆さん!私はいまそちらにいるオーガスト様に、この学園に転入した時からずぅっと、嫌がらせを受けてきました!」



ずうっとってなんだよ。言葉は正しく話しなさいよ。


「ある時は、話があるからと呼び出され、断れずに行ってみれば待っていたのはオーガスト様筆頭に女生徒のみなさんの嘲りと罵りの言葉でした!

またある時は放課後に誰もいない教室から出てきたオーガスト様とすれ違い、確認してみれば教科書とノートはすべて引き裂かれていました!

そんなことが続いて参ってしまったある日、私は突然オーガスト様に階段から突き落とされました!

まさか、未来の王妃たるオーガスト様がそんな危ないことをするなんて、とも思いましたが……これをみてください」


そう言いながら彼女が手のひらの中のものを高く掲げる。

そこには私の愛用しているリボンがあった。


上質な幅広のサテンの生地に公爵家の家紋を然り気無く刺繍し、フリルのついた真っ白いそれは、たかがリボンされどリボン。

お値段もさることながら柔らかくシワのつきやすい生地は、私の一本お下げにした髪を束ねる時に侍女達の髪結い技術を試す一品だ。 


その、リボンを彼女がなぜ。

思い返せば、ここ数日は私が王妃になるカウントダウンとして張り切った緒先生方にみっちり王妃教育の集大成としての授業を受けていて忙しかったため、机の上にほったらかしにしていた記憶がある。


パーティーの準備として三日間学校がお休みになるからと、秒刻みのスケジュールだったのだ。実際に髪を整えるのは侍女とはいえ、彼女たちも目まぐるしく走り回っていたのだ。時間のかかるリボンで髪を束ねる暇もない。ましてや、公爵家の紋入りともなればすこしの歪みも許されない。


高名な誰ぞに会うという予定も無かった私の髪はここ数日、簡単にまとめただけの簡易モードだった。




「パーティーの準備期間のお休みに入る前日の放課後のことです。私はまたオーガスト様に呼び出され、裏庭に向かう途中、階段を下りようとしていたとき、後ろから声を掛けられて振り返ったんです。一瞬肩を押されて、不安定な体制だった私は後ろ向きに落ちていきました。その時、押した人の顔が見え、とっさに髪の先のリボンを掴んだんです。押した人はもちろんオーガスト様でした。これが、その証拠のリボンです。」


会場の視線が私を捉える。


たしかに、さっきまでは彼女の話は信ずるに値しないものだったはずだが、証拠が出てきてしまった。


ざわめく会場内。


もちろんそんなことをするはずがないとは皆わかっている。

卒業パーティーでの婚約破棄などという馬鹿げたことをしでかした彼らは愚かだが、もしそんなことを私がしていたとしたならばそれ以上に愚かだ。そんなことをこの私がするはずがないと言うのは私のいままでの実績による信頼で証明できる。



しかし、今、ここにいる諸兄方の脳内にはもし、という言葉が浮かんでしまった。


一笑に伏すのは簡単だが、実際にやってもいないことをやったのではないかとちらりとでも大勢に思わせておくのは得策ではない。

今後もこの深謀渦巻く社交界で戦っていくには僅かな疑念も残したくないのだ。痛くもない腹なので探られても問題はないのだが、代々の宰相家たる我が家は清廉潔白、そんな噂が流れでもすればオーガスト家の看板に小さな曇りがついてしまう。そして年月と共に、我が家になんらかの危機に陥ったとき、誰かがその曇りを思い出すかもしれない。そんなときには、そんなことがあったのかもしれない、が、そんなことがあった、に変えられてしまうのだ。事実はそこには関係なく、悪意あるその人の手によって。



後顧の憂いは早めに絶つに限る。



先ほどまでは、なんとなく両親、両陛下のように成り行きに任せるつもりでいた。あちらに正義はなく、こちらの努力はこの場の全ての者の知るところだ。どちらにしろ殿下に婚約を破棄する権限などなく、強硬に言い張るのであればそれなりの沙汰が両陛下より下されるだろう、と。どこか他人事のように思っていた。


あまりに殿下とエリカ様がお花畑に生きている様だったせいもある。未来を見て生きているつもりが、足下を掬われたような気がしたのだ。呆然としても無理はあるまい。



しかし、エリカ様は私の、オーガスト家の誇りを傷つけた。

一気に目の覚める思いだ。







「確かに、最近は私と殿下の一緒にすごす時間が多く、オーガスト様が面白く思ってらっしゃらないのは存じておりました。どうしようもないこととはいえ、配慮がたりず申し訳ありませんでした」


「エリカ……」


まずい、いらいらする。面白くもなにも、殿下がだれと過ごそうが興味がそもそもなかった。私は勉強に忙しかったし、例え殿下が数多の令嬢とワンナイトラブを大いに楽しもうと、エリカ様と付きっ切りで過ごされようと、学生の間くらいは一向に構わなかったが(問題はある。もちろんないわけはないが、心情的に)


こちらが口を挟むことが出来ない状況のときにさも事実のように語られるとああああああイラッイラする……!

殿下も殿下で、悪くないのに頭下げるエリカ様(に殿下には見えている)に感動している様子がありありと伝わってきてさらにイライラが倍増する。

しかも周りのざわめきが収まるまでちょっとためているところもよけっいにイライラする。





「ですが、まさか命まで奪おうとするとは、あんまりじゃないですか! オーガスト様」


「そうだ! アイビー! 答えろ!」




さて、ほんとにこいつらどうしてやろうか、このやろう。



油断するとどんどんオラオラするお嬢様。

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