第一章4 ~望まぬ再会。~
決意を胸にし、城を飛び出したアキラ。通りがけざまに門番の兵士に
「おや、お一人ですか?良い情報は見つかりましたか?」
と聞かれた。感じの良い兵士だなと思ったアキラは、
「はいっ!そりゃあもうバッチリ!ありがとうございましたぁ!!」
そう元気よく答えビシッと敬礼をかます。
「そうでしたか。それはなにより。最近この辺りも物騒ですのでお気をつけて。」
兵士の敬礼に笑顔で答え、アキラは城をあとにした。―――
―――「さて、と。まずは城下町を出ないとだな。」
地図を見ながら、そう独り言を漏らす。
「なるほど、アザレア城は北に位置してるのか…そして城下町の出口は南に一箇所のみ…もう緩いんだかなんだかわかんねぇな!警備だけは割と厳しいのかなっ!?」
城下町を出るだけでも一苦労だと一人思うアキラ。
「そんな悠長なこと言ってらんねぇよな!ちょっと走るか。暗くなるまでには帰りてぇしな!」
そう言って走り始める。帰宅部に所属しており、帰宅時は常に徒歩。よっぽどのことがない限り走ることはないその足と肉体は、1キロメートル程走るとすでに悲鳴を上げていた。
「ぐ、ぐぬぬ…っ常日頃から走って登下校してれば良かった…」
今更言ってもどうしようもないこととは分かってはいるものの、走ることの辛さを久しぶりに体感したアキラは、そんな小言を漏らさずにはいられなかった。
「ミサトは…走るの速かったよなぁ…」
テニス部に所属していたミサトは毎日部活で走っていた。そんな姿を見ながら、「あいつ走んのはやっ」などと言っていたのはもう昔のように感じられる。高校に入学し、見る見るうちにミサトに追い抜かれたアキラは走ることに倦怠感を抱いていた。ミサトよりも遅い、貧弱な自分の足ではミサトにもし何かあった時に早く助けに行くこともできないと。当時ひねくれていたアキラは、その時点で走ることは辞めた。登下校時ものんびりと歩くことを決めた。特に登校時は、ミサトと他愛無い話をしながら歩くのがとても楽しかったが故に、特に酷いものだった。
「あの時、もっと早く走れたら…ミサトを救えたのかな…」
それは、元の世界にいた頃の最期の出来事である。アキラは自分の怠け具合に心底嫌気が差した。
「異世界では変わるって決めたんだ…帰ったら身体も鍛えよう。あと…もっと積極的になろう。」
消極的だったが故に告白は未完成に終わり、現時点でミサトとも離れ離れである。まだ一日も経っていないであろうが、アキラの中ではかなり長い時間に感じられていた。
「おっ、出口かっ!」
そうこう走っている内についに城下町の出口にたどり着いたアキラ。
「考え事とかしてると案外すぐ着いたりするんだよなぁ。」
さっきまでいたアザレア城がとても小さく見える。
「ユーリアの家からあの城まで…結構長い道のりだったんだなぁ…」
そう思うと心なしか身体に疲労が溜まってくるアキラ。
「いやいや、こっからこっから!」
自らに喝を入れ、地図を開く。
「なるほどね…ユーリアの家が東…対するゲルヘイムの森は…西…反対側か。」
目的地である森の位置を確認したアキラは止めた足を再び動かし始めた。
「それにしても外はすげぇ静かなんだな。」
城下町などはとても賑わっており、様々な種族で溢れかえっていたのだが外の出た途端静かで、生き物の気配というものが何も感じない。
「ユーリアの家の方から下って来た時はこんな静かじゃなかったんだけどな…」
アザレア城へ向かう為に丘を下ったアキラたち。しかし、あの時は虫や動物らしき者たちの鳴き声やらが絶えず聞こえていた。東と西でこんなにも違うものかと不思議に思うアキラ。
「ユーリアも…姉貴が悪魔になっちまって悲しかったんだろうな…でも、表向きはあんなに明るくて、初対面の俺にも気兼ねなく接してくれた。あいつの心の中は今どうなってんだろうな…」
ユーリアは本当に優しかった。しかし、その優しさが無理をしてのものではないかと、そんな心配をしていた。苦痛はいつまでもため込めていられるものではない。いつかは限界が来る。そして、いつかは崩壊してしまうのだ。そんな時に誰が救ってあげられるのか。
「それにしても、静か過ぎやしねぇか…?」
そんなことを考えながら足を動かしていたアキラは不意に、気味が悪い程の静けさに違和感を覚える。そして、ふと自分の影が先程までよりも伸びていることに気付く。
「…っ!空が…赤い…だと…っ!?」
空を見上げたアキラは、その二度目に見る不可解な現象に息を呑む。さっきまでの雲ひとつ無い青空がいつの間にか真っ赤に染められていた。
「お、おいおい…嫌な予感しかしねぇ…ぞ…」
アキラの脳裏にはこちらへ来る前のあのミサトの姿が思い浮かんだ。見るに無残な姿で殺害され、横たわっていたあの姿を。そして、空に浮かぶ銀髪の、「白の悪魔」の姿を。
「はぁっ…はぁっ…」
歩く足の速度を早め、森の奥へと進む。すると、だんだん木々が開けてきて、広間のような場所が見えてきた。そこには―――
―――同時刻、アザレア城では。
「アキラ…大丈夫かな…」
ユーリアが身を案じていた。
「私、心配してついていこうと思ったんだけどな。」
「いやぁ、アキラ君のほうもユーリア君のことを思ってくれていたのだと思うけどねぇ。」
ユーリアの嘆きにそう返すヴォルフ。
「え?アキラが私の心配を?なんで…」
「白の魔女はユーリア君の姉。しかし、当に人格は崩壊している。君が行ったところで攻撃の対象になるのは免れない。姉と妹の哀しい衝突を避けるためにもアキラ君は一人で行ったのだと思うよ。…まぁそう都合よく魔女が現れるとも思わないがね…」
「アキラったら、そんなことを…」
ヴォルフから聞かされたアキラの心情に申し訳ない気持ちになるユーリア。
「そんなに私の心配なんてしてくれなくてもいいのに。」
「いやいーや、彼はこれ以上他者が傷つくのを見たくないのではないのかね?アキラ君自身、一度ミサト君を亡くしているわけだしねぇ。」
そう言われると、どこはかとなく寂し気な表情をしていたなと思うユーリア。
「あんな顔して…一人で大丈夫なのかな…やっぱり心配。」
「ふふふ、ユーリア君は心配性だねぇ。そんなに心配せずとも彼は帰ってくるよ。そう、きっとね…」
―――――ゲルヘイムの森の中、赤い空の元、木々をぬけた先には…
「ミサ…ト…?」
そこにはこちらを見ながら横たわるミサトの姿。しかし、その眼には既に生気は宿っていない。それもそのはず。ミサトには下半身が無かった。腰部には、まるで何者かに引きちぎられたかのような、生々しい惨跡が残っている。いったい何が起こったのか。理解が追い付かないアキラは、その後ろに目をやった。
「…っ!お、お前は…!」
そこにいたのは、こちらの世界に召喚される前に出会った最も憎き相手。そして、現在アキラ達の標的となっている存在。
「白の…悪魔…」
真っ赤な瞳にアキラの姿を映した、白き悪魔ユーラシアが立っていた。
「お、お前…一度ならず二度までも俺達の邪魔をするっていうのか!」
思わず激昂したアキラだが、その恐怖心は隠し切れない。声色は心なしか震えているように感じる。
だが、相変わらず寡黙を決め込むユーラシア。
「お、おい!何とか言えよ!…そうだ、お前妹がいるんだろ?あいつとても悲しそうな顔してたぞ。あんな可愛い妹悲しませたままで良いのか?その、悪のマナってやつなんかに負けんなよ!帰って来いって!」
先程別れてきたばかりのユーリアの名を口に出すアキラ。もしかしたら愛する妹の名に反応して少しでも動きがあるのではないかという予測を図ったアキラだったが…その予測は甚だ間違いであった。
「やっぱり駄目なのか…?くそっ!せめてミサトの亡骸だけでも回収して戻りてぇ…おっさんの知恵とユーリアの治癒魔法があれば…何とかなるかもしんねぇ!」
覚悟を決めたアキラは、目の前で横たわるミサトの亡骸を視野に入れる。そして、
「っ!!」
一気に走り出す。そして無事ミサトを抱きかかえるとバックステップで元の位置へ戻る。
「よし!…ん?」
途端に視界が傾くアキラ。不思議に思い下部を見ると、右足のひざから下が鋭く切断されていた。鋭利な刃物で一思いに切られていた。
「ぐっ…ぐああっ!なんで、いつの間に…」
先程のアキラの一連の動きには一切の無駄は無く、洗練されていた。にも関わらず、自分でも気づかない程の一瞬で右足に斬撃を受けた。これは由々しき事態である。
「やべぇな…う、動けねぇ…俺、詰んだかな…?」
右足を無くしたことでバランスを失ったアキラは、ミサトを背負ったまま地面へ這い蹲っている。もう打開策が見つからず、軽く諦めかけたその時。
「ア…キラ…」
「んっ!?なんだ今の声は?」
どこからともなく声が聞こえた。
「ア…キ…ラ…」
「だ、誰だ!俺を呼ぶのは!ど、どこにいる!!」
その声はどこかで聞いたことのあるような…そんな声で…
「アキラ…おいで…」
「脳内に直接話しかけられてる…?この声の主は一体…?」
脳に直接話しかけられている声に集中していたアキラはその存在の接近に気が付かず。
「……」
「ぐっ!うああっ!!」
ユーラシアによる攻撃により、左足までもを無くした。右足を無くした時点で既に出血は多量である。もう片足も切断されたことにより、出血の量は倍になった。
「や…ば…目が霞んできやがった…」
死が近い。そんな風に感じるようになってきた。だが、霞みゆく目の前が不意に強い光に包まれていく。
「な…なんだ…!」
眩しい光に飲まれたアキラはそこで意識が途絶えた。――――
そして、目が覚める。
「ん…あ、足が…ある…?痛くない…」
いつの間にか感じなくなった痛みを不思議に思い、下部に目を見やると、そこには整然と足が生えていた。そして、眼前を見向くと…
「こ、ここは…アザレア城?」
アザレア城の玉座の間の門が佇んでいた。
「一体俺は…ん?あの後なにがあったんだ…」
「ん?いきなりどうしたの?アキラ?」
「へ?」
不意に横から聞こえた声に思わず素っ頓狂な声を上げたアキラは、声のした方を向く。
「アキラ?大丈夫?」
そこには、不思議そうに、心配そうにこちらを見るユーリアの姿があった。
「あ、ああ大丈夫だよ。」
動揺が隠せないアキラ。先程までの出来事はまやかしだったのか…
「一体俺の身体に何が起こったんだ…」
まだ何が起こったのか分析しきれないアキラを思わず虚空を見つめた。――――