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鋼鉄<steel>chapter1

2019年4月22日午後8時15分/高坂市内

こいつらが全て悪いんだ。俺の頭はそのことでいっぱいだ。目の前に横たわって命乞いをしている相手はあの時俺を絶望の淵に立たせた仇だ。これは俺のことを辱めたことへの復讐だ。神はきっと俺にそのための力を授けてくれたんだ。

今さっきこいつとすれ違ったとたん俺にパシらせた炭酸飲料は口をつけた状態ですぐに鉄にしてしまったから口が塞がって騒げないだろうし、着ている服は鉄に変えて固めてしまったから身動きを取れるはずもないのだが、このあたりに誰も来ない保証はどこにも無い。誰かに見られる前にさっさと殺って離れるのが吉だ。一度ゆっくりと深呼吸をしてから、俺は軍手をつけた右手でこいつが落とした手提げを掴みそこへ意識を集中させた。


軍手ごと金属と化した手提げを頭に向かって何回か振り下ろすとこいつは全く動かなくなった。地面に転がる肉を見下しながら、俺は鉄になった軍手を左手の人差し指でなぞる。すると軍手は元の麻布に戻り、自由になった右手から手提げが滑り落ちた。今度は口に詰めたペットボトルを回収しなくては。俺は再び左手の人差し指でペットボトルをなぞり、鋼鉄と化したペットボトルを元の有機物に戻してから、手提げと一緒に事前に持ってきた袋の中に放り込んだ。あとは服を元に戻せばいいだけだ。そうして同じようにこいつの着ている服をなぞる。とりあえずこれで能力の痕跡は消えたはずだ。


ひとまず事を成し、俺は未だ治らない動悸ととも夜の帳へと進んでいく。とりあえずこれで1人終わりだ。後3人。こいつらさえ殺せば俺の復讐は終わる。そう、これは復讐。そしてこれはそのための能力なんだ。異能はこうやって使わなきゃもったいない。


2019年5月10日午前11時22分/廃工場

 例の刑事が帰ってから1時間ほど経った後のことだ。1メートルと離れていない入り口が急に開いた。

「例のUSBの件でPCルームまで来てくれ。地下へ下りる階段を下ってすぐのところにあるよ」何と朝霞が迎えに来たのである。おそらくあとで集めるといっていたことだろう。そして用件はあの時朝霞が受け取ったUSBメモリに関連することに違いない。言うことを言い終えた朝霞はそのまま部屋を出ていくように思えた。しかし朝霞はドアに手をかけたまま何かを思い出したかのように振り返り、「そうだ、話し合いを始める前にシャワーでも浴びてきたらどうだい?服は僕のを貸すしシャワールームにも僕が案内するよ」と提案してきた。日常を追われてから一度も汗を流していない俺はその提案をのまずにはいられなかった。


 この工場を使っていた上毛化学は、福利厚生が工場勤務をする人々にまで行き届いた良い会社だったらしい、と朝霞は話していた。確かにシャワールームは広くて清潔感があったし、手入れが何年もされていなかったという割には目立って壊れている、というところもなかった。俺が目覚めた部屋も夜勤者の仮眠用スペースだったというが、なかなか過ごしやすい部屋だったから社員を大切にしていた話は本当だろう。

 だが従業員たちに対する愛情は10年ほど前の恐慌で悲惨な結果を招くことになったようだ。海外投資事業も行っていた上毛化学は信用不安のあおりをもろに受けてしまったのだ。そんな状況でも社員を愛し続けた上毛化学は多額の負債を負い、8年ほど前に倒産してしまったらしい。そしてここ上毛化学第四工場は最後に竣工し、使われないまま遺された工場だ、とも朝霞は言っていた。


 久しぶりに汗を流し終え、朝霞にこの工場がどうして廃工場になり果てたかの説明を聞きつつ地下までたどり着いた俺はある疑念に駆られた。

「そういえばここは廃工場なのにどうしてライフラインが滞りなく供給されてるんですか?」

「きちんと水道代とか光熱費とか払ってるからね。それがどうしたの?」

「いえ、超能力者じゃなくてもこんなところに住んでたら水道局とかに疑われるんじゃないかと...」

「簡単な話さ。各々に僕たちの手助けをしてくれる超能力者が紛れてるんだ。そいつらがうまくごまかしてくれてるんだよ。異能を持つ者同士で敵対することってめったにないからね。みんな協力的なのさ。あとはさっき来てくれた檜佐木さんがごまかしてくれたりとか」

「なるほど」そういうことか。そりゃここが警察なんかにマークをされることもないわけだ。俺は心の中で無理やり納得することにし、目の前のドアノブを回し部屋へと入った。

 PCルームは自分が通っていた高校の教室の半分程度の広さだった。右のほうに奥行きのある長細い部屋だ。何に使われる予定だった部屋なのかはわからないが、天井に張り付く配線やパイプ類が目立つところから見るにおそらくはデッドスペースのようなもので倉庫などに使われる予定だったのかもしれない。金属製のドアから入ってすぐのところには食堂で使うような長方形のテーブルとスツールが置いてあり、その右奥のほうに2台ほどのPCとデスクが置いてあった。デスクの向かいにはコピー機やスキャナーも置いてある。かなり本格的な部屋のようだ。

「遅いわね二人とも」こちらも向かずに呟いた声の主は日和さんだ。右のデスクから椅子を借りて座っている。そしてその傍らでPCをいじるのは千里ちゃんだ。二人で何を見ているのだろうか。

「千里、今回の案件はどんなやつだった?殺人か?盗みか?」朝霞がこちらが訊かんとしていたことを代弁すると、PCに向かっている少女は回転イスを180度回転させて朝霞のほうを向き、「殺人」とだけ呟いて長方形のテーブルのほうへ行ってしまった。

 隣の日和から「嫌われてるみたいね」と茶化されながら、朝霞と共に既にファイルが開かれたPCの画面を覗く。そこにはつい最近起きた、胸をえぐるようなむごい事件の様子がゴシック体で記されていた。

 

 被害に遭ったのは上毛県内に住む男子中学生だったようだ。死因は硬度と重量のある、しかし鉈ほどでないが幅の狭い板のような鈍器で何回も頭を殴られたことによる脳挫傷らしい。亡くなった時刻はそんなに遅いわけでもないようで、犯人には午後8時から10時くらいの間に襲われたというのが捜査本部での認識だとファイルに記されていた。

 同時に添付されていた画像ファイルを朝霞が開くと遺体の写真も一緒に添付されていた。あまり見たい代物ではないがここに匿ってもらう以上は文句も言っていられない。仕方なく写真に目を落とすと、そこには頭部の損壊した少年の写真が映し出されていた。無残にも、少年の頭部は幅広のなたのようなもので殴られた、というより潰されている。自分はこういった画像にはある程度耐性があったからよかったものの、そうでないであろう女子2人は大丈夫だったのだろうか。その時、意図を汲み取るかのように朝霞が問いかけをしてきた。

「そういえば日和さんは大丈夫だったのかい?もちろん君もね。俺や千里は慣れてるからこういう画像を見ても平気だけど」

「私は...私は別に平気よ。父が医師だから小さい時からよく見てたのよ。まぁ父は母からよくそんなもの見せたら教育に良くない、とか女の子なのにとか叱られていたけどね」俺が答えるよりも早く日和が答える。その顔はどこか複雑な風に見えたが、そこに突っ込みを入れる前に朝霞が俺に君は?という目を向けてきた。

「俺は別に平気です。特別何があったってわけじゃないですけど。でもまあ見ていて良い気は起きませんよ…」

「そうだよな......。ごめんな。こんなことに巻き込んで。弱みにつけ込むような真似してさぁ。君も日和さんも色々あって大変だっていうのに」確かに、今朝霞がやっている事はこちらの弱みにつけ込む悪どい行為かもしれない。実際現状は追われている立場を人質に取られているようなものだし、何も知らない中で警察の手伝いのような事をするのは不安でしかない。だが、こうなってしまった今、自分のやるべき事を全力でやるしかない。少なくとも今までそうして生きてきて失敗はなかった。そんな事を胸に浮かべているうちに自然と口が開いた。

「大丈夫です。その代わりに俺たちを匿ってくれる約束なんですから。気に病む事ないですよ」

「そう言ってくれると本望だよ。君たちには()()()()()()()は絶対させないから安心してくれよ。さて。辛気臭い話を終わりにして事件を解明しよう」そうして朝霞はブリーフィングを始めた。


「君らには2人組で聞き込みとか現場の調べなんかをして欲しい。警察は鋭意捜査中みたいなんだがそれでも着眼点が浅すぎる。要するに彼らは超能力者を疑うのが下手すぎるんだよ」超能力者を疑うのが下手とはどういう事なのだろうか。疑問を解くように朝霞は続ける。

「例えばこの傷。明らかに既存の何かで殴られた傷じゃない。現場から被害者のカバンが持ち去られていたところから見るに凶器はそれだろう。能力で何かしら硬いものに変えたんだろうな。しかし警察はその線を出せてすらいない。そればかりか死んだのが学生なのに無理やり強盗事件にしようとしているらしい。たしかにその線もないわけじゃない。ただめちゃくちゃ可能性は低いよな?だから警察が超能力の悪用を見過ごす前に動いてほしいんだ。もちろんサポートはこっちでする。テレパスを持ってる能力者はまだ用意できてないから連絡手段はこれを使ってくれるかい?」そう言って、朝霞が連絡を取るためのガラケーを俺たちに渡そうとした時だ。隣で黙って話を聞いていた日和さんが口を開いた。

「待って。私はともかくとして彼はどうやって外へ出るのよ。警察に追われてる身でしょ?」確かにその通りだ。一応俺は警察に追われながらなんとかここへたどり着いた身だ。一体どうやって警察を振り切りながら真犯人にたどり着くというのだろうか。

「それについては安心してくれ。実はすでに面白い能力の超能力者に頼んである。そろそろ来てくれるはずだそうしたら面白いことをしてもらえるぞ」朝霞は口角を上げながらさらに続ける。

「ところで......。『変装』ってしたことあるか?」



 







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