隠遁《hermits》chapter1
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朝霞靖司/2019年5月8日/午前11時41分/上毛県内
「おい朝霞。今回も頼むわ」
男は部屋に入るなり俺にファイルを放り投げた。また一仕事頼まれたのだ。電話の事前情報によれば、岩槻県のある都市で、異常な様相の自殺や、窃盗事件が多発しているらしい。何でも被害者が何の予兆もなく自殺したり、窃盗の実行犯が全員事件のことを一切覚えておらず、知らないと言い張ったりしているそうだ。そしておそらくこのファイルにはいつもどおり、より詳しい事件の調書なんかが入っているのだろう。
それにしても久しぶりにこの男がきちっとした背広を着ているのを見た気がする。この男が俺と会う時はいつも夜勤明けの非番の日や、外回りが終わったあとに、ということが多いからだ。そんな適当な男がわざわざこんなぴっしりした格好をしているということは、改まった格好をしなくてはいけないところに行ってきたということだろうか。
「了解。そういや今日はどこへ?」
「裏社会の人間に会ってきたんだよ。ていうと聞こえがいいが末端も末端のチンピラだけどな。だから別にまともじゃない格好でもよかったんだけどさあ、ヤクザってことにして会ったから格好はきちんとしないと本物に噂が行っちゃうし。だからって中途半端な格好だと舐められるでしょ。ほら俺優しそうじゃん?」噓つけ、お前の人相は大概悪人みたいだぞ、と思うがわざわざ口には出さない。
「今日はこれからどうすんの?暇ならついてくるか?千里もあんたに懐いてきたし」件の千里は奥のPCでネットサーフィンをしている。これからすることの前調べだ。本当は今、対象者のデータを見てもらいたいのだが、別の件も絡みそうだから仕方ない。どうせ岩槻に行くのならそっちも一緒に済ませたいのだ。
「そんなこと言って足が欲しいだけなんだろ。いいよ別に。今日は暇だからな。一日足になってやる。車出しとくぞ」」男は軽く笑うと、たばこの箱を取り出しながら部屋を出て行った。
「千里、パソコン落として準備して」千里はこくりと頷いて、準備しだす。この子は口は重いが、言うことは聞いてくれる。その上千里がいなかったら、今まであいつに協力してやることもできなかっただろう。
千里の準備が終わったところで二人そろって部屋を出る。これから一仕事始まるのだ。
本当にこの男の車はたばこ臭い。一日何本吸うのだろうか。車を走らせる今でさえ吸っているし、灰皿からはたばこがあふれそうになっている。この男が警部補なんて誰が信じるんだろうか。
この男――檜佐木衛士は警察官だ。それも警視庁の。警視庁刑事部捜査五課異能犯罪対策係係長代理という肩書を持っている(割にはそのプライドを感じさせないよれよれの格好と最悪な態度ばかりだが)。階級は警部補だが、訳あって一年のほとんどを机で過ごさない。それは彼の役職にも関係していた。
そもそも檜佐木の所属する異能犯罪対策係、通称『異対』とは、1995年に新設された比較的新しい係だ。特徴としては、発砲許可の免除と、各都道府県警の捜査への参加権と依頼の要請を極力聞く必要がある、といったところだ。
異対は、設立された年に起きた、カルト宗教団体によって駅構内に毒ガスが散布されるというテロ事件がきっかけで設立されたらしい。実行犯であった超能力者を逮捕するための実働部隊として、警察上層部によって捜査五課と同時に組まれたのである。その後は、刑事部の中でもかなりの人数が配備され、一時期は超能力者さえ擁して捜査をし、実績を多く残したのだ。
だが、異対の立場はあの法律が決まった年に揺らいだ。政府は、特殊能力等保持者規制法に基づき、直属の執行機関を国家公安委員会に組織したのだ。今までは異対が超能力者でも正規の捜査によった逮捕をしていたが、この法律によって超能力者であることが連行の対象になったために、捜査という行為自体が必要なくなったのだ。そのために、異対は大幅な縮小を余儀なくされ、そこに所属する刑事たちも異動となった。
しかし、彼と、捜査五課長である池谷は異対に残ることができた。池谷が捜査五課と異対を潰さないようにすさまじい尽力をしたのだ。なぜ自分が選ばれたのかは本人にも分からなかったらしいが、それほどの信頼が檜佐木にあったのだろう。
その後、異対は池谷の信念によって、捕まえた犯人を国家から守っていく方針へと変わった。彼ら二人のみが法律にのっとって彼らを裁いていったのだ。
ただ、その池谷ももうこの世にはいない。法改正の5か月ほど後に自殺したのだ。恐らく様々なところから圧力を受けたのだ。遺言には、自分に代わって彼らを守ってくれ、という言葉と檜佐木への多額の送金記録のみが記されていた。池谷には家族がいなかったために、遺産を相続する相手、そして自分の遺志を継いでもらう相手に檜佐木を選んだのだ。檜佐木はこの時初めて悲涙を流したそうだ。彼もまた池谷のことを父親のように慕っていた。
その日から、檜佐木は多数の犯人を単独で、誰よりも早く逮捕していった。彼は日本中どこでも飛び回り、デスクに着く暇などはなかった。抜け駆けされれば間違いなく犯人は殺されてしまう。だが常人には捜査に無理がある事件も多々あり、その度に犯人を国に殺害され、何回も池谷の墓前で悔し涙を流した。
そして、独力での限界を感じ始めた頃に、に俺たちと出会い、協力を依頼してきたのだ。当然今日も彼は事件を持ち込むためにここを訪れた。これが檜佐木衛士という男の、俺が知りえる全てだ。
そうこうしているうちに岩槻県内に入ったようだ。もう薄暗くなってきたうえに、雨も降りだしている。
「おい檜佐木、今回の女子高校生はうちで引き取りたいんだが」
「めんどくさいけどまあいいだろ。ただやってることが一課で扱うような重犯罪だからな。逮捕はしなくてもいつもより重い説教はしてもらうぞ」車内で、今回の着地点についてきちんと言っておいた。今回の目的は俺たちの戦力を増強することだ。たとえ女子高校生だったとしても、超能力者。きっと戦力になる。そして今回は、上毛から岩槻に逃亡しているという男子高校生にも会えるかもしれないと、千里に追ってもらっている。なんでも半日せずに徒歩で移動した上に、道中の警察官も素手で倒していったそうだ。これは仲間にしない手がない。うちにはフィジカル的な超能力者がいないのだ。俺なんてカメレオンと大差ないし、千里も必要ではあるがあくまで千里眼の能力だ。戦闘能力はない。
「このあたり。寂れたホールみたいなところにいるみたい。パチンコ屋かな」千里がぼさっとつぶやく。車の外は寂れた所で、廃屋や、潰れて看板が取り外されたパチンコ屋などが密集している。ゴーストタウン、という言葉と、好きなバンドの曲のメロディーが浮かんだ。
千里に言われたところで、檜佐木は車を止めた。するとシートベルトを外すでもなくたばこをくわえ、雨が降っているのに窓を開けだした。
「なあ、まさかあんたは来ないのか?」
「ああ。危ないし」
「勘が鈍るぞ……。まあいいや。俺がそれっぽいところ見てくるから千里を頼む」まあ一人のほうが動きやすいだろう、とつぶやき、俺は車外へと出る。雨はそこそこ強いようだ。
パーカーのフードを被り、それらしいところを探す。すると、それらしきところは比較的早く見つかった。多分ここで合っているだろう。それを証拠に、裏口はわずかだが開いていた。
周囲に人がいないことを確認し、自分の姿を消すイメージをした。すると、衣服ごと身体が透けていく。何度使っても便利な能力だ。しかも映画の透明人間と違って服や持ち物ごと消してくれるのがミソだ。まあ地図とかも見えなくなるから使いどころによっては厄介だが。
事務所からホールのほうへ進んでいく。足音や物音は消せないので、当然ながら音を立てないようにだ。しばらく進むと、案の定そこには対象者がいた。が、いま彼女はピンチに陥っているようだ。どう見ても犯されそうになっている。だが一方で、こちらとしてみれば、うれしいことにその傍らにはこれから探そうかと思っていた革部少年がなぜか転がっているのだ。
「はあ……。邪魔が入った。じゃあ続きといっ!」こいつはまずい。俺は懐からバタフライナイフを取り出し、刃まで出す。そして、男の背後まで進んでいき、心臓のある所に突き刺した。殺人は不本意だったが、この場を収めるためだ。こいつが生きていればいろいろ面倒だ。
ナイフを刺したところで男は完全に絶命した。証拠は残していないから死体は放置でいいだろう。警察は俺を追えない。
「だっ、誰!」目の前で、おびえた顔をしている、長髪の少女は日和憑穂で間違いない。事前にもらった資料に貼ってあった写真の顔と一致する。資料によれば彼女が憑依と思しき能力を使い、3度の殺人と10回の窃盗を実行したそうだが、そんな風にはとても見えない。
「お迎えに参りました。お嬢さん。そしてそこで倒れているおぼっちゃん。私、朝霞靖司と申します。以後お見知りおきを」彼女の前で目の前で人を殺したことをごまかすためにあえてふざけてみる。こうやって道化を演じるのには慣れないが、ここで心を閉ざされると彼女を逮捕しなくてはいけなくなるし、仕方ない。
流石に失敗すると思ったが、慣れない道化を演じた結果は成功に終わったようだ。彼女は安心したようで眠ってしまった。緊張の糸が切れれば誰でもこうなる。さっきまで襲われそうになっていた上に目の前で人が死んだのだ。おそらく緊張は最高潮だっただろう。
二人とも意識がないのは好都合だった。俺は安心して二人を後部座席に乗せる。千里は俺の膝に乗せた。小さくて助かった。
「檜佐木、泊ってく?」一仕事終え、檜佐木の車が上毛県に差しかかったころ、俺はこいつに予定を聞いた。彼女に説教するなら人を殺していない人間のほうがいい。俺は明日もこいつにいてもらったほうがいいと考えたのだ。
「いや、明日は仕事があるから帰る。上毛県で殺しだ。お前を待ってるときに車内で電話が掛かってきた。実は殺されたのが中学生なんだがな、先月も中学生の殺しがあって、しかもどっちも同じ中学かつ同じ町らしいんだ。関連があったらまた教えるが多分超能力者が犯人だろうな。前回もかなり珍妙な死に方してたし」また悲惨な事件だ。詳しくは彼女らが目を覚ました時、檜佐木を呼んで聞きたい。だからこの場では聞かなかった。
そこからいつものところに着くまでの檜佐木のたばこを吸うペースは明らかに増えていた。事件に対して静かな怒りを覚えているのだ。いつもおちゃらけたり、かと思えば粗暴で悪人のような態度をとっている男だが、こういう熱さや、信念というものを池谷は見逃さず、自身の遺志を継がせる人間として選んだのだ。そして、そんな人物だからこそ、俺はこいつを信頼している。
車が俺らの隠れ家に着き、3人を部屋に運び終わると、檜佐木はすぐに行ってしまった。時計を見ればもう0時を回っている。能力を半日使っていた千里は、帰り道で眠ったまま起きないので俺が部屋に運んだ。
目が覚めるほど熱いシャワーを浴びながら、明日からのことをぼんやりと頭に浮かべる。明日からは仲間が増えるのだ。どうやって説得すれば信じてくれるのだろうか。もしかしたら説得しても信じてくれないかも、とも思う。それでも説得はしなくてはいけない。何としてでも仲間を増やし、一人でも多くの超能力者を救うのだ。俺はよし、とつぶやくと、シャワーを止めて寝室へと向かった。
翌日、彼女は目を覚ましたが、案の定混乱していた。一応こちらのことをすべて話し、説教と絡めて何とか協力までこぎつけた。彼女の犯行も、俺が刺した男に脅されていたからしていた行為であり、罪悪感は強く感じていたようだ。根が悪い人間でなくて本当に良かった。
だが問題は目覚めない彼のほうだ。彼は彼女と違い、能力に目覚めたのも、追われたのも全て昨日が初めての出来事である。どうやって説得すればよいのだろうか。寝るギリギリまで考えたが浮かばない。
結局朝を迎えたが未だ考えはない。俺は、もうどうにでもなれという気分で彼の眠る部屋へ向かった。