ナレーター「転生トラックドライバーの朝は早い」
思いつきで書いてみました。
『転生トラック』
知らない方も多いだろう。
転生物の小説の導入部で、主人公を轢いて死亡させるトラックのことである。
今回はそのドライバーの一人に焦点を当てて行きたい。
東京都荒川区。
人の往来もまばらな住宅街の一画。
ここに、日本有数の転生トラックドライバー、運天の自宅がある。
彼の仕事は決して世間に知らされるものではない。
我々は運天の一日を追った。
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午前、4時
自宅から車で会社へ向かう運天の姿を発見した。
Q おはようございます。朝、早いですね。
「おはよう。
出発前は毎回、自分のトラックを洗車しているからね。
仕事の拘束時間が長くて、睡眠時間を削るしかないよ(笑)」
Q 随分、荷物が多いですね。
「1週間くらい帰れないからね。
僕の場合、1週間分の服を持って行って、家に帰ってまとめて洗うんだ。
ガソリンスタンドの洗濯機で洗ったり、1週間同じ服を着る人もいるよ(笑)」
そう言って笑う運天に、我々はプロフェッショナルとしての気概を垣間見た。
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午前、5時
転生トラック会社につくと、運天はさっそく長距離トラックを洗車し始めた。
Q 毎回洗車をする必要は無いのでは?
「そうだねー、うーん……。
確かに転生トラックドライバーでも(毎回洗車するのは)僕くらいなんじゃないかな。
ただ、僕が転生させられる側の人間だったら。
前の人の血が付いたトラックではなるベく轢かれたくないかな……って。
じゃあ、少しでも綺麗にしてから出発しようかな……ってね。
いや、完全に自己満足だけど(笑)」
そういうと運天は再びトラックと向き合う。
「ほら、これを見てよ」
トラックの前面を洗いながら、運天は我々に話しかけた。
「普通の自動車って、事故を起こした時にバンパーやボンネットが運転手へのダメージを減らすように出来ているんだ。
僕のトラックの前面は、ほら、固い。
効率良く人を撥ねることを目的に設計されてる」
その分、人を撥ねた時の自分へのダメージは尋常ではない、と運天は語る。
「だから、体が資本。
1に体、2に体……後は、警察に捕まらない運かな(笑)」
彼の話す一言一言から、運天の仕事へ対する真摯な姿勢が伺えた。
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午前、6時
会社から本日の日程表が配布される。
「今日は……四国担当か。
愛媛2件、香川1件、高知1件、それぞれ高校生2、大学生1、社会人1か。
タイムスケジュール的には……ちょっと厳しいかな……」
転生トラックドライバーは転生対象者を轢き殺す仕事を行うと同時に。
通常の長距離トラックドライバーとしての仕事もこなさなくてはならない。
「転生先の神様や女神様からの報酬はあまり期待できないんだよね。
素直に貴金属を送ってくれたら良いんだけど、だいたいは向こうの通貨とか、香辛料とか。
通貨は混ぜ物が多いから鋳潰しても二束三文にしかならないし。
……そうそう、中には山盛りの味噌と醤油なんて物を送る神様もいたよ(笑)」
運天は荷主の会社へ向かい、荷物を積み込みながら、そう話してくれた。
価値観の違いのせいか、異世界からの報酬はお金にならない。
しかし、だからこそ面白いのだと運天は語る。
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午前、8時
運天は高速道路で一路四国へ向かう。
「多少の制限速度オーバーはザラだね、絶対間に合わないから。
もちろん、出来ることならしたくないんだけど」
Q 食事は食べないんですか
「だいたいはコンビニで買ったものを運転しながらかな。
食べないと体力が持たないけど、食べると時間がない」
運天はおにぎりやサンドイッチなどを食べながらも、スピードを加減速してオービスを掻い潜っていく。
一見両立しない両者を、そのどちらも完璧に近づけていく。
運天に一切の妥協は無い。
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午後、4時
荷物を指定の場所に降ろし終った後に彼が向かうのは、転生対象者の通う高校である。
もちろん転生対象者の自宅情報から帰り道を割り出し、より人気の無い道路などの捜索も忘れない。
「(転生対象者は)オタクの高校生みたいだね。
VRMMOに嵌っているとのだから、すぐに下校するはずだ」
帰路に付き始める学生を運天は真剣な顔で観察している。
「あ! (転生対象者が)いた、いた!
ゆっくり追いかけるよ!!」
人気の無い道路に転生対象者が向かうのを、運天は見逃さない。
「周囲……良し、誰もいないな。
あ、(カメラマンも)シートベルト、絶対つけてね……じゃあ、行くよ」
運天はそういうと、力強くアクセルを踏んだ。
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午後、5時
運天は少年の体をトラックの荷台の中に詰める。
「この(死体の)処理が、転生トラックドライバーの一番大変な仕事かもしれないな。
それに比べると、召喚トラックドライバーは、(対象者の体が異世界に行って)無くなるから楽なんだけどね……」
Q 死体は、どこかに捨てるんですか?
「まさか。
(転生対象者の)中には現世に戻ってきたり、あっちとこっちを行き来する人もいるからね。
警察署か、病院の前に置いていかないといけないんだよ」
運天はトラックのフロント部分についた血を布巾で丁寧に拭き取る。
そして同時に新聞紙やタオルを用いて地面の血糊も目立ちにくくする事を忘れない。
澱み無い動きに、プロフェッショナルの魂が感じられた。
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午後、11時
仕事を終わらせた運天は、ガソリンスタンドでシャワーを浴びた後、コンビニエンスストアの駐車場に向かった。
本日はそこで仮眠をとるようだ。
「眠る前に(今日の報酬を)確認しようかな」
会社から送られてくるメールで本日の報酬が分かるという。
「白金貨100枚、金貨100枚、紙幣通貨100枚……胡椒1㎏に……
ああ、畜生、また砂糖10㎏か!」
運天は子供の様に一喜一憂している。
「この瞬間が一番楽しいかな。
転生できない僕の様な人間でも、異世界の空気を感じることができるからね。
仕事そのものはきついけど、頑張る気力が湧いてくるんだ」
Q 辞めよう、と思ったことは?
「んー……無いかな。
好きで始めた物だからね」
そう語る運天の目に迷いはない。
「ただ、後に続く若手が少ないんだ」
やはりこの世界でも、後継者不足が深刻であるという。
体力も必要で、体を壊しやすく、給料も決して良いとは言えない。
最近は経費削減のために、外国人労働者を雇う転生トラック会社もあるようだ。
「だけど、日本でこの仕事をするならば、日本の歴史やなろう小説に詳しくあって欲しい。
外国人でも、そこまで分かっている人なら良いんだけど……。
やっぱり、日本人の転生は、日本人の転生トラックドライバーが一番だと思うよ」
運天の目は強く輝いていた。
転生トラックドライバーの人数は現在も減り続けている。
しかし、彼らのその熱い思いが減ることは、決して、ない。
他にも短編とか連載とかも書いてますので、お暇な方は是非。
短編
『凶悪なテロリスト達が中学校の全校集会の最中に乱入して立て篭もりを始めたので、屋上でサボっていた俺とたまたま一緒だったDQNとオタクとで彼らを殲滅する事にした』
http://ncode.syosetu.com/n6987cq/
長編 『豚公爵と猛毒姫』
http://ncode.syosetu.com/n8014ci/
ちなみに運天は、沖縄の名字で実在します。