序章
エリア32に程近い森の中。
拍子抜けしたようにぼーっとしている一人の少女がいた。
透き通るような水色の髪を後ろで無造作に束ね、蒼い色素を通して世界を眺める。
「ずいぶんと、あっけなかったなー。」
その言葉は日常の崩壊をさしているのか。それとも脱出をさしているのか。
「それにしても……あっけないにもほどがあると思うな。いくらなんでも、さ。」
そのあっけなさを思い出したのだろうか。さっきまで呆けていた少女の表情が笑みに変わり、そのままくすくすと笑い続ける。
「あんなずさんな包囲網じゃ人外の私たちを止められるわけ、ないのにね。」
不敵に笑っていた少女の表情が、少し困ったようなものに変わる。
「けど、96号はどうだろうなぁ。いつも能力を使わずに、ふらふらしてるからなぁ。」
いつも頼りない半身の姿を思い出し、ちゃんと脱出できたか不安になったようだった。
「96号ってば本気を出せば私より強いくせに、ピンチにならないと使いたがらないんだから。ほんと、我が半身ながら何考えてるのか分かんない奴よね。」
本気になった96号を思い出したのか、少し不機嫌そうな表情になる少女。
「ま、本気を出せばあいつらになんか、96号が遅れをとることなんかない、よね?」
「96号はいつもみんなを振り回してばかりで、私かあの研究員ぐらいの言うことしか聞かないんだから。あいつらも振り回されるに違いないわ。」
その様子を想像したのか笑みを浮かべる少女。
「96号の周りはいつも騒がしくて、楽しいんだから、さ。」
脱出と同時に過去を回想し、ある感情を自覚する少女。
それは未だかつて、彼女が味わったことのない感情だった。
「けど、それは96号も同じだよね?」
初めて抱いた感情を、半身である96号にも当てはめる少女。
「……そうだよ。私が96号を迎えに行かなくちゃ、ね。」
唐突に思いついた計画を天啓とみなした少女は、来るべき未来を想像して年齢にそぐわない妖艶な笑みを浮かべると、ふとこちらを見た。
「あなたたちもこの物語に招待してあげるね?」
そうつぶやくと同時に、少女の姿は掻き消すように消失した。