ちからつきてるなう
一番安心できる場所はトイレだ。
俺は胃が弱く体調を崩すと吐きやすいだとか、狭い場所で落ち着くのは人間として自然だとか、そういう理屈づけなら今までだっていくらでもできた。けれど今はそう、丁度自室のドアを開けたところで。
誰もいないはずの俺の部屋、俺の椅子に座っていた見知らぬ少女は、きぃぃと7500円のそれが回転するときの音をならしながら、こちらに振り向いて、一言。
「私がエルです」
といった。体育座りだった。スカートなので青のしましまだった。顔より先にぱんつもといスカートの中に目がいったのは仕方の無いことだと思う。顔を見る。人形のような、という表現が似合う美少女だった。もう一度スカートの中へ視線を戻した。幸福度が上がる。
部屋で美少女がぱんつを見せている。ああ、やっぱり行き先はトイレだな、と思った。そのままベッドへいく度胸とスキルは、この童貞にはないのだった。
と、お約束めいたシーンを下ネタよりでこなしたところで尋ねたい。実際多くのシチュエーションはエロとか棚ぼたより、不気味さや恐怖を引き起こさないだろうか? ある日いきなり自分がモテ始めたら、陰謀か病を俺なら疑うね。
「で、お前はなに?」
スマホに手を伸ばしながら俺は尋ねる。110って携帯で普通にかかるんだっけ?
「誰、ときかれればエルです。けれど、何、と聞かれれば天使です、と」
「天使……?」
病気の方か。実在するなら彼女が、しないなら俺が。強盗よりはマシ、だと思う。
「天使です」
彼女は繰り返した。それで説明が済んだとでも言いたげだ。二次元から出てきた美少女みたいな見た目をして、天使だとのたまう。……いや、いいのか? あっているのか? ああいや、翼も輪っかもなければ服を着ている天使だなんて。そうだ、服を着ているだなんて! 天使だって言うのならすぐに脱ぎたまえ!
「いえ、天使は結構服着てますよ? 着てないのはキューピッドじゃないですか? ほら、あれは男女を強引にくっつける系の、愛欲よりの話ですから。主神からして不倫は文化ですし」
「ああ、じゃあ仕方な……今心読まなかった? 括弧外でもモノローグに見せかけて発してるなんてキョンみたいな描写システムを導入したつもりはないのだが」
「天使ですから」
全ての不都合をその一言で片付けるつもりのようだった。ご都合主義だってもう少し気を遣うだろうに。悪魔は繊細だが、自己の正しさを疑いもしない天使は大胆不敵だというエピソードを思い出した。
「……もういいや。それで、お前どんな天使なの?」
「私、気になります? 気になっちゃいます?」
「やっぱいいや」
「私は謎の天使、チタンダエルです!」
「あ、うん。……そのネタ、原作でやってなかったっけ? さすがに未加工はどうかと思うんだけど」
「ああ、すいません、私、人間界のシリーズは三作目までしか読まないことにしてるんです」
「いや、四巻だって知ってるんじゃねえか」
「アニメ組なので」
「正体見たりをはじめ、伊原家キャラの毒が自分緩和されているよね、じゃねえよ、天使なんでアニメなんて見てるの? 暇なの?」
「ニート天使なので……」
「うげらぼあ! 人の心読める探偵なんかいてたまるか」
「心を読む部分にやけにこだわりますね。ああ、今KNOWを読みかけだからですか?」
「天使なんてものが現れている時点で、既に俺は手遅れって気がしているよ。お前の映画は絶対に見ない」
「映画と言えば今はあれですね、『ええ、よくてよ』」
「『はい、よくてよ』それ今か?」
「私、映画館でアニメ見る気がイマイチしないんですよね。ディスク待ちです、めんめもまどかも」
「OK、お前天使じゃなくてただのぬるオタだ」
「終末録音書き下ろしとか、いかざるを得ないじゃないですか! 画集買い逃して大ショックです。私の青春は先週で終わりました」
「不幸もハピネス、それ、今の俺のことか?」
「家に、本物かはともかく天使を名乗る電波な美少女が来て、不幸だなんて、あなたそれでもオタクですか?」
「ともかくって、自分でともかくって」
「たしかに、電波系中二キャラはちょっとはやり終わった感ありますよね」
「終わってない! 改もあるし! 水泳とか餅とか眼鏡とかしらん!」
鉄槌をかましてやるのデース! 金剛じゃないよ、吹雪だよ。槌の時点でわかるよね? そのくらいには日本語読めるよね? ね?
「誰に解説しているのですか、あなたは」
「少なくともお前じゃない」
「ええ、私ならデースはペガサスですね」
「粉砕! 玉砕! 大喝采!」
通じるの? 十代に通じるの?
「遊星あたりなら通じるのではないでしょうか」
「いろいろ設定ぶれるなぁ」
「天使ですから」
本当、その一言で全部済まそうとするな。