31から40。
さんじゅういちから
よんじゅうです。
言葉がほつれていきますが、まだ文字は生きています。ああ、ろくじゅうはちものこっているのか、ばからしい!
三十一
ええそうです、私は馬鹿で愚鈍で脆弱で矮小ですよ。だから誰かが、さっさとわたしを壊してくれれば、それで全てが上手くいく筈なんです。蹴ってください殴ってください嬲ってください。わたしの存在そのものが歪んでしまうまでに、この位相に位置づけられなくなってしまうほどに、わたしを歪ませて欲しいのです。わたしは生まれてくる時代も地域も容姿も性格も機会も全てをどこかで捻ってしまったのでしょう。小人の国に放り込まれた巨人どころの話じゃありません。言葉すら、まともな意味を伴わずにただ遣り取りされるだけなのです。わたしの世界に何もかもが介入してこないのです。だからわたしは、かなぐって綴ります、書き留めます、だからもしこれを読んだ人が、そんな人がいるのなら、お願いします、わたしを、わたしの何かしらである一片でも良いです、汲み取って、下さい。わたしとはなんだったのかを、想い描いてみてください。全てが無に帰して、わたしがいたという、事実、それ自体すら失われてしまうのは、わたしの好きだった彼にとってはどうでもよかったのかも知れませんが、わたしには呼吸を忘れさせるほどの恐怖なのです。わたしは、わたしを、肯定したいんです。否定したいのです。事象としてでもいい、何かしらの形として捉えたいのです。それくらい、許してくれる人、いませんでしょうか?
三十二
僕に火が点いた瞬間を見た人を探しています。僕は燃え尽きたガラクタなんかじゃなくて、ちゃんと真っ当に、生きようと決心さえすれば生きられる人間なんです。誰も信じてはくれませんが、僕は、普通の、どこにでもいる誰かの一因であって、一員であって、それ以外の何かではないんですよ? いや、疑り深いですねえ、何度だって言っているじゃあありませんか、このゴミに関わろうとしている時間、それこそが無駄の象徴で、君が愚鈍である証明なのですよ?
それはどうでもいいや。
あ、そうそう、他人から詰られて怒鳴られてへらへらしながらお金を貰って生きようとしている僕なのですが、だったらいっそ、死んだ方がマシだと思うことが間々あるんだ。そこまでして生きていたいのかお前、何で生きているんだお前、と訊かれたら困るけれど、生まれてきた以上、何かのストレス発散用の人間になったり、打ち捨てられるゴミの役目を担ったり、路傍に転がる石みたいになったりしながら露命を繋ぐべきなのだろうね、人間って。
僕が望もうと望まざると、世間ってのは潤滑に活動するためにそういう性質を孕んでいるから、下から数えて早い方の人間と、上にいても役に立たない人間、居ようが居なかろうが構わないような人間、そういった連中はガソリンの如くエンジンにくべられて焼き払われてガスになって更にまた人々に迷惑を掛けるんだ。ほら、これで分かっただろう? どうあっても、ゴミの役目をあてがわれた人間達は、生きていようが死んでいようが、他人に迷惑を掛けるためのルーチンの一環に組み込まれているって、そういうことなのだよ。
僕はゴミ側だ。どこかに持ち込まれて焼き払われて煙るが故に人々の反感を買い、煩われて、忌避される存在なのだ。自覚があっても、僕がそこから外れることは『世間様』とかいうシステマティックな存在が決して許してくれないので、僕は酒を飲んで、暴れて、殴って殴られて蹴って蹴られて踏んで踏まれて暴れて暴れられて循環循環循環循環、ああ、何て僕は世間様に報いているのだろう。自己陶酔してしまいそうだね、やれやれ。感動的って、この感じじゃないかな。違う? ああ、そう。どうでもいいからどうでもいいよ。
しかしまあ、詰られて飲まされる酒の不味さったらないね。酒くらい、僕の好きなタイミングで飲ませてくれりゃあいいのに、全部僕の所為にしてしまいたいから、無理矢理僕に酒を飲ませて飲ませて飲ませて頂いて、はい、ごちそうさまってところでお前は飲みすぎだ、アルコホリックだ、気違いの頭のおかしいヤツだと断じられていたらたまったものじゃあないよ。酒の本質を分かっていないね、そういう人に限って。
酒は道具であって、それを使用する人が上手く使用したら、不具合など発生しないのです。あんたの不具合を僕に押し付けたいだけだろう? それだったらもっと正直に、お前はゴミ側なんだからゴミらしくしておけって言えばいいのに。回りくどいやり口で来られたら、僕みたいな頭の悪い人間には対応しきれないよ。って、ああ、そっちの不都合の派生で僕の不都合が発生しているのか。取り返し、つかないな。
えーっと、誰か解決策、なんていらないから、僕をアルコールの海に沈めて下さい。
三十三
くるくるくるくる風車が回るにつれて僕の意識に混濁が齎されている。予断を許さぬ回転、淀みない完全な回転、ああ、これこそが全ての人々に望まれるあるべき姿の一環なんだと理解して、僕の吐き気は喉元まで上り詰めてくる。回るだけで世界が成立するなんて、独楽が一生回り続けていると信じるのと同義だ。歳差運動に永遠なんてありはしない。どれだけ長時間回ろうとも、独楽が倒れる瞬間は必ずどこかで訪れる。みんな独楽は倒れないと心のどこかで安寧を抱いて、それが至極真っ当だと思い込んで生きているのだ。
ねえ、板が傾く瞬間とかさ、想像もしないの? 常識が根底からひっくり返って何の役にもたたなくなってしまう瞬間とか、これっぽっちも思わないの? 日常ぬくぬくが当たり前で、へえ、災禍に見舞われたらわたしは被害者で、助けられるべきなんだって主張するわけだね。
ふざけるのも大概にしろ。
生きている以上、生きたいと思っている以上、不安をどこかに忍ばせていない人間なんて、ゴミクズよりも、もっと悲惨な目にあうよ。ゴミクズはね、自分がいずれ行き遭おうであろう終焉終末終結を色々と夢想しているから、案外、今わの際の呆気なさに失笑してしまうものなのだよ。あ、これでおしまい? って感じ。
諦観は全ての人間に倦怠を齎して、そして世界を完結させてしまうから、警察お医者政府その他もろもろ皆様方、ハッパを危険視しているんじゃあないかなあ。ほら、よく言うでしょう、特攻兵にはコカインを打って、農民にはマリファナを吸わせるって。そういう感じなんじゃない。精神なんて根幹にはないものを重要視する人の群れが地球上を覆い尽くしているから、馬鹿と馬鹿の番いが馬鹿を量産して、時たま稀に生まれる才気の塊をその馬鹿×馬鹿の二乗馬鹿が壊そうとしてしまうから、僕は平穏な気分を得られない。世の中を正常に回すために、馬鹿×馬鹿のハイブリッド馬鹿を駆逐するようなエリート馬鹿、言うならば精神の均衡に暴力を難の可不可もなく加えた人が居れば、その人に任せて僕はゴミに戻ればよかったんだけどね。いやはや、夢物語だな。ゴミが溢れて、地球は沈んじまうんじゃないかなあと僕は、薄らと茫洋と布数枚越しに感じている。あ、もう駄目だ。
さあ、最後の一杯を呷るために、みんな、猪口か杯かカップかグラスか瓶を手に持とうぜ。飲み下したその瞬間が、君の、人生の最高峰なんだね。おめでとう。
三十四
嘘を吐くのは生来的に嫌いだから、僕の口を付いて出る言葉は殆ど全て信頼してくれていいよ。うん、正直ね、嘘を言うのに疲れたから本当のことを言うべきかなとすら思っているんだ。酒の海と嘔吐物の岩礁と罵声と雑言の沈殿の中でゆらゆら歩いていて、それに飲み込まれまいと決意するのであれば、やっぱり嘘を吐くのはよくない。僕は真実を、事実を、感じたままを語って初めて、生きているって実感に結びつくのだと思うんだ。
酒を飲む。感覚がぼやけて、僕? は僕? から僕! になり、その中間に立って傍観している僕には曖昧な残像が募り、僕が何なのか分からなくなって来るんだよ。僕って、何なんだろうね? あまりにブレにブレるから、僕の正確な位置が分かんなくなってきちゃったよ。僕は、『僕』の範囲にあるものを全て眺めてみたいから、誰か、ねえ、並べてみてはくれないかい。僕は僕たる僕を知りたい。僕って、どこから来て、どうやって、僕になっているのか分からないし、薬がないと縁取ることすら困難なのだもの。
ああ、分からない、見えない、自分で自分の背中を見ようとしているみたいだ、頭が、意識そのものが、ささくれて、痛くて痒くてもどかしくてどうにかなりそうだ。罅だらけで、荒み通して、僕が僕である僕の僕たる条件を僕は見失ってしまうから、ねえ、ちょっと待って、それ、きっと僕の欠片なんだだから逃げないでそこでいて君は僕に帰るべきだからじっとじっとしていてすぐにそこまで行くから分かったじっとしているんだよってああ逃げちゃ駄目だってこら逃げるな、僕は僕を見失ってしまいましたとさ。
『――ねえ、じゃあ、ここに居る僕を見失った僕は、『誰』?』
三十五
薄れる感覚を必死に手繰り寄せて、僕は自分を見失わずにいる。ここにいる僕は、僕が連れてきた、逃さずに済んだ僕の一欠けらなんだ。僕は一歩、歩くたびに、中身を霧散さして、僕以外の僕が僕を覆って、僕を曖昧に、虚ろに、実体のない抽象的な『存在』へと転換していく。僕が僕じゃなくなって、でも僕は僕だから、ズレや綻びが露出していく。崩れた僕が水面上に浮かび上がってくる。誰も気がつかないから、その壊れた僕が、僕で、みいんな丸く収まるのだ。僕がここにいる理由って、何なんだろうね?
酒を飲む。薬も飲む。耐性が出来ているから、中々回ってはくれないけど、それでも我慢して、我武者羅に薬品と僕の距離を近付ける。いいじゃないか、どうせ壊れたこの身空、狂いたくって何がおかしいんだい? 狂ってしまえば、僕が稀釈されても、どこかの誰かが小難しく僕の断片を拾って再構築して、僕によく似た僕以外の何かを組み上げてくれるんじゃあないかな? ま、それは僕、では、ないけどさ。
後世にまで何かを残せるほど、僕は立派じゃないぐらい、君も分かっているだろう? さからさ、細かい話はしないでおこうよ。僕はもう、とにかく、眠りたいんだ。君がどう在ろうと、ね?
三十六
見えないものを無理に見ようとして目が燃えた。焼けて、爛れて、崩れて、解けて、雪崩れた。僕の双眸に光は訪れない。暗澹と暗渠と陰惨と終焉と末端の重なり合った黒と暗と闇との世界が広がっていたり、いなかったり。電気をつけようとしても電気なんてものは最初からないから僕は見つけられることなんてなくて、ただ暗中でぐちゃぐちゃともがく蟲が如き存在、それが僕なのです。ああ、素晴らしきかな、僕。一寸先が見えなくてもね、ただ薬の齎す酩酊感と全能感を以てしてぐるぐると狂いながら正し続ければ、僕みたいな欠陥品であっても、何となくで日を進められるんだよ。ルーレットで生き様が決まる人生ゲーム、それこそが僕のあるべき姿だ。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、僕は廻り巡って居場所を見失う。今、僕がいるのはどこで、いつで、僕は、何だ。何だ?
壊れているから普通で、普通であるから壊れていて、病んでなんていないから健全で、健全だから病んでいて、回っているから停止していて、停止しているから病んでいて、壊れていて、廃れていて、擦れていて、ああ、僕と僕の距離が、僕には掴みきれないんだ。
触れて欲しいし、抱き締めて欲しいし、口付けを交わして欲しい。僕がいてもいいことを誰かに肯定してもらいたい。でも、僕は置物のようにただそこに『在る』だけで、誰も、『僕』には手が届かないし、手を伸ばそうともしてくれない。指先の冷たさと痛さが、薬品で正常な判断を下せなくなった僕の頭にじりじりとアラートを下していて、僕は、僕の故障箇所をしみじみと推し量り、でも、やっぱり分かりはしない。僕は、僕以外の誰かに認めて欲しいのと同時に、『僕』を観測できるのは僕だけなのだろうなとちゃんと気付いて、僕は意識を破壊しながら散乱した意識の欠片で僕を見つめている。大丈夫だ、僕はそこにここにどこにそこかしこに姿を見せては揺らめいて消えて僕と僕の間を行き来している。それを僕は知っている。だから、ねえ、これで僕の安定は証明されたんだじゃないかなあと満足げなのだけど、うん、僕は普通で、病んでなんかなくて、どこにでもいる僕なんです。ふう、やっと、すっきりした――わけが、ないだろう?
三十七
目を閉じると、そこにはゆらゆらとした無数の像が浮かんでいました。像たちは万華鏡のように姿を溶かしては新しい形を作り、その形も別の形と混じっては巡って、わたしの脳漿に染み込もうとしてきたのです。それ自体はいつものことではありますが、その日に限って言えば、その像の集まりはとても美しく、わたしは呆気に取られたほどでした。
荒廃した都市、水没した遊園地。観覧車だけがくるくると穏やかに回り、水面から顔を出してはまた沈んでいき、しかし水鏡には揺らめく観覧車が反射されていて、それはそれは美しい輪を奏で上げていました。空を覆いつくしていた雲でさえ、その様を翳らせることすら出来ず、わたしと一緒に、くるくるくるくる回る観覧車を見つめていたのですから。
しかし、やがてわたしは意識が保てなくなってきて、観覧車は薄く色を呆やけさけ始めました。風車のように軽い音を立てて、一面の水位は徐々にせり上がり、美しかった輪を飲み込み出します。わたしは何とかそれを食い止めたかったのですが、意識でしかないわたしには為す術もなく、ただ深淵へと沈む輪をじっと見守る他にはありませんでした。終焉へと至る過程を見続けるという行為は心に傷を刻みますが、わたしはこのときの傷だけは、優しく受け入れられるような気がして、世界が海と空だけになる瞬間を、黙々と待ち構えました。どうやらこの、わたしの判断は珍しく間違っていなかったらしく、終焉を迎えて完結し、世界が水と空になった瞬間、わたしは弾けるような快感に覆われて、自我を完全に放棄してしまいました。
その悦楽の一時に、わたしが本当にいたのかは、今となってははっきりしません。漠然と、濁った空と透き通った蒼色の地平を見た気もしますが、それが実際に私の観測した風景だったかなんて、証明の仕様がありませんし。それに、この光景というのは、そもそもからして、わたしの目蓋の裏側に映し出された監督不在のフィルムの欠片みたいなものですから、きちんと明確な有様があるわけではないのですよ?
さあ、皆様も、目を閉じてみて下さい。何が見えますか? 顔? 景色? 音、世界、本来的には形を所持し得ない形而存在、それとも貴方の中にいる貴方そのもの、貴方の本質などでしょうか? わたしは貴方ではないので想像はしかねますが、一度くらいは、目を閉じたときに、貴方の根源に触れようとする存在と向き合うことをお勧めします。それを知って理解して噛み砕いて飲み下して一体化して、それで貴方は、初めて『貴方』の全貌の一端に、指先を伸ばせられるのですから、ね?
それでは皆様、目を、閉じて下さい。
今夜は、ほんの少しだけ、不可思議な夢に溺れて、『貴方』を知ってみては、如何でしょうか? ――では、よい眠りを、心より願っています。おやすみなさい。貴方も、また。
三十八
奇妙な夢に襲われて、華やかな声に諭されて、僕はからがら目覚めた、気がした。枕元には空の酒瓶と煙草の箱が転がっていて、僕は別段、特別な朝を迎えたわけではないのだと気が付いた。おはようございます、いや、それにしても気分が浮かない。死人みたいな体の重さと倦怠が僕を包んで起きさせまいとしている感覚だ。いやまあ、いつもの感じって言ってしまうと元も子もないんだけどね。うん、やっぱり、感覚が愚鈍になっている。二日酔いはしないほうだけど、今日は頭が重いなあ。砂鉄でも詰め込まれたのかな、まあ、特にするべき仕事も何もないからいいんだけどさ、この頭じゃあ、美味しいお酒が飲めないよね。それだけが僕の危惧すべき事態なんだけど、うん、もう呑み出したからあまり関係ないのかな。
口煩い酔っ払いは死んでしまえばいいと僕は思う。僕が無口なのも関係あるのかもしれないけれど、それ以上に人に絡むために酒を使う人間なんて僕は大嫌いなんだ。酒は飽くまで嗜好品、つまりは愉悦を齎すための道具であるのだから、それにかまけて他人に何らかの迷惑を派生させる人なんて、酒を口にする資格はないんじゃあないだろうか。こんな話をし出したら、僕が不利になるのは百も承知だけどね。僕も酒を使って何かを誤魔化そうとしている人間だからさ。うん、ごめんなさい。
三十九
割れた硝子の破片を蒐集するのに躍起になっていましたが、集めたとしても元の形を知らないわたしには再構築は出来ないので、この手にわさわさと堆く積み上げられた断片は、きっと無意味の集合体なのでしょう。噛み合わないピースでパズルを組み上げようとしているかの如く、三途の河原で石を積み上げようとしている子供たちが如く、わたしは無意味な反復行動を重ねて、自分が自分でないことをわざわざ証明しているのだと、そんな気分になっていきます。破綻、それはわたしで、破滅、それは彼で、破壊、それは彼とわたしで、崩落崩壊放棄放射放胆萌芽、全てが重なり合う何時かを待ち侘びてわたしは彼にこの身を委ねるのです。わたしも彼も間違ってはいないと断ずる意志がないので、薄氷の決意ではありますが、それでも、わたしは彼に追従すると宣誓しましたから。
だって、わたしを知ってくれる人、他にはいませんので。
四十
半透明の意識と靄が立ち込めた視界。ずっと僕が手を伸ばして掴んでいる今は、その瞬間瞬間に形を変貌させていて、確認作業が追い着かないほどなんだけど、僕以外の人たちってけろっとしているから、僕は奇妙でならない。腐りかけの指先で、暗中を掻きまわっても僕はその先に何かがあるとは思っていないさ。でもそうせざるを得ないのは、僕が人間で、人間はそうするものだから、としか僕は答えを持っていない。僕は人間なんだ。壊れているんじゃなくて欠けているだけで、ちゃんと人間なんだ。そう言うと彼女はくすくす笑みを散らして、ねえ、君は人間じゃなくて、死人じゃなくて、その間の線だよ? と言われて僕は茫洋と納得してしまう。
人間ではない。
死人でもない。
幽霊? 近いかもしれないけれど、ちょっと違っているんだろうなあ。彼女は正しいことしか言わないから、僕は『線』なんだろうね。どうして彼女は正しいことしか言わないなんて断言出来るのか、って? そりゃあだって、僕は彼女を鋳型にして生きているからねえ。僕の形は彼女が覆いこんで作られているのだから、彼女は僕にとって正しさ以外の何かにはなり得ないんだよ。君たちにだって、そういう鋳型、心当たりがあるだろう?
今日が過ぎてくれるのを、僕は彼女の孕んだ暗い繭の中で、ただただじっと、やり過ごす。さながらそれは、今日と明日の、或いは昨日と今日の『線』になるために他ならない。




