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領空侵犯

54.領空侵犯

 眩しそうに目を細めて洋上を監視していた権田が、タブレットの画面に目を向ける。何度か目をしばたいた後、ワンテンポ遅れて素っ頓狂な声をあげた。

「あれっ?なんで引き上げたんだ?」

 やっと慣れてきた権田の目に飛び込んで来たのは、整然と隊列を組んだ2つの船団を示す輝点だった。 少し前に見た画面上を賑やかに動き回っていた動きは既にない。それは魚釣島に接近しようとする中国海警船とそれを阻止する日本の巡視船との抜き差しならない駆け引きが終わったことを意味していた。

 その声に振り向いた古川が、双眼鏡を片手にタブレットに歩み寄った。ゆっくりと目を閉じて目を慣らして画面を見る。

「ホントだ。。。どういうことなんでしょうね。」

 古川は、画面を端から端へゆっくりと視線を動かす。小さな輝点が魚釣島へ

「あっ、これは。。。飛行機ですかね。」

 古川は、舵輪を握る倉田の元へ体を向けると、一方の手で画面に日陰を作りながらタブレットを見せる。

「これは確かに飛行機ですね。しかも、速度と高度からすると、ジェット戦闘機のような小型のジェット機ですね。」

 戦闘機。。。

 さっきまで熾烈を極めていた巡視船と中国海警船の絡み合うような動きからみて、中国側は間違いなく魚釣島に河田達が上陸しているのは把握しているはずだ。しかも彼らは武装している。中国が行動に出ない筈がない。。。それどころか、河田のこの行動は中国に格好の「言い訳」を与えてしまっている。。。

 もしかして島を攻撃する気なのか?あんな島、爆弾を搭載した戦闘機1機で充分だ。

 南洋の強い日差しに焼かれるような暑さを感じていた古川の背中に悪寒が走る。

「戦闘機だとしたら島を攻撃するということですかね。。。」

 恐る恐るといった体で古川が倉田に問い掛ける。

 ここは、この海域で護衛艦の艦長を務めてきた男の意見を聞いておきたいところだ。

「そうですね。その可能性はなきにしもあらず。ですね。でも、これを見てください。この2機はスクランブル発進してきた空自の戦闘機です。添え字がELBOWでしょ、だから、、、那覇のF-15Jですね。今回は、間に合ういそうだから大丈夫です。」

 倉田が白い歯を見せた。

 が、古川にはその余裕が分からない。

「いやいやいや、たとえ間に合ったとしても、ダメなんじゃないですか?だって自衛隊って、撃たれなきゃ攻撃できないんですよね?そんなんでどうやって。。。島が攻撃されなければ撃つことが出来ないなんて。。。守るなんて無理じゃないですか。」

 古川が一気にまくし立てた。

「おいおい古川、そんなこと倉田さんに言ったって仕方ないだろ。それが戦後長らく真面目に議論してこなかったひずみなんだからさ。平和憲法という印籠いんろうのもとで「臭いものにはふたをしろ」とでも言わんばかりに避けてきた現実。。。

あ、なるほど、もしかして河田さんは身をもってそれを日本中に見せようとしているのかもしれんぞっ!」

 古川をなだめるつもりの権田の口調が急にヒートアップする。

「なるほど、それは一理ありますね。しかし、河田さんはどうやって日本中に知らしめるんですか?爆撃されたらさすがの河田さんも全滅。なにも残せないですよ。」

 古川が権田に問い返す。

「おいおい、それは、お前の得意分野だろ~。ネットを使えば何でも出来る。あの島からだってやろうと思えばネットできるだろ?」

 権田が得意げに指でキーボードを叩くようなジェスチャーを織り交ぜながら古川に言った。

「確かにできますね。。。」

 全員がタブレットの輝点に注目し、誰からともなく固唾を飲む音で喉が鳴る。

 

「あちゃ~。こりゃまた渋いぜ。。。」

 上空から反転急降下して接近する鳥谷部の視界に、鉛筆に三角形の翼を付けたように見えるライトグレーの機体が見る間に大きさを増していき、折り紙の袴のように鋭く斜め後方に伸びる尾翼の付け根にはエンジンのノズルが2つ見えた。三角形の翼には四角い帯の真ん中に赤い星が描かれている。

「キョウジュ。確認した。中国のJ-8だ。」

 鳥谷部が後方で警戒にあたる高山に連絡した。

「了解。スホーイじゃないのか、舐められたもんだぜ。」

 高山の残念そうな声が返ってくる。

「まぁ、そう落ち込むなよ。」

「ELBOW01.Target 国籍 中国。1機。機種J-8。Headding120.Altitude5.Speed 400.(こちらエルボー01目標の国籍は中国。1機。機種はJ-8。方位120度、高度5000フィート(約1500m)、速度400ノット(約740km/h))」

 一転して真面目な声を作った鳥谷部が報告する。

「了解。国籍中国、1機 針路120度、高度5000フィート、速度400ノット。

 領空まで35海里(約65km)、通告を実施せよ。」

 迎撃管制官のきびきびした声がレシーバーを震わす。

「了解。」

 鳥谷部の声が一気に緊張の色に変わる。

「Attention!Attention!Attention!Chinese Aircraft,Flying over East China sea.(東シナ海上空を飛行中の中国機に通告する。)This is Japan Air Self Defence Force.(こちらは日本国航空自衛隊である。)You are now approaching to Japanese air domain.(現在、貴機は、日本の領空に接近中である。)Take reverse cource immediately.(直ちに逆方向にコースを変更せよ。)」

 鳥谷部が英語での通告を実施すると、続けてあらかじめ中国語により作成してある通告音声を高山が流す。

 しかし、中国機はコースを変える素振りさえ見せない。

 鳥谷部と高山は、もう一度警告を繰り返した。

「野郎、完全に俺達を舐めてんな。」

 鳥谷部は酸素マスクの中で小さく呟いた。この中国機は、長時間飛ぶつもりらしく、ドロップタンク(追加の燃料を詰めた爆弾を大きくしたような形をしたタンク。翼の下に爆弾のように搭載し、空になった時や、空中戦などで激しい機動を行う際には身軽になる為に投棄する。)を2本搭載していたため、この陰で横並びだと機体の下が良く見えなかった。鳥谷部は少し高度を下げて、中国機の機体下面をチェックし始めた。爆弾を搭載していたら一大事だ。

 ふ~っと、安堵の息が漏れる。結局爆弾は見当たらなかった。これで、島が攻撃されることはない。

 さらに確認すると、コックピット後方の胴体下に膨らみと四角い小さな窓があることを発見した。これは、写真偵察用のもので通常の戦闘機タイプにはないものだった。

「対象機の行動に変化なし、写真撮影を実施する。なお、機体下面を確認した結果、対象機は、偵察型のJ-8FRであることが判明した。」

 鳥谷部は、両足で操縦桿を挟むように固定すると、一眼レフカメラを取り出して、シャッターを切った。

「了解。目標は偵察型J-8FR。。。。。目標が領空に侵入した。繰り返す。目標は領空に侵入した。領空侵犯だ。警告を開始せよ。」

 迎撃管制官の声が緊張で強張るように聞こえた。

「了解っ!」

「Warning!Warning!Warning!Chinese Aircraft,Chinese Aircraft.(中国機に警告する。)You have violated Japanese air domain!(貴機は、日本の領空を侵犯している。)」

 鳥谷部は、少し前に出ると機体を左右に繰り返して傾け翼を大きく振って見せた。その間に高山は対象機の背後に回って中国語の警告を流す。J-8FRは相変わらず直進する。前方に魚釣島が大きく広がってくる。

「Follow my guidance!(我の誘導に従え!)Follow my guidance!(我の誘導に従え!)」

鳥谷部の語気が強まる。続けて高山が流す中国語のガイダンスが嫌味なほど対象的な冷静さで呼びかける。しかし反応は全くない。

「シカトてんじゃねえぞっ。。。」

 鳥谷部が愛機を減速させながら中国機と横一列に並ぶと、鳥谷部は中国機のコックピットに動きが見えた気がして目を向ける。すると、中国機のパイロットがこちらに大きく手を振っている。

「なんだ?キョウジュ、中国人がこっちに手ぇ振ってるぜ。」

「舐めやがって。。。撃ち落としてほしいんじゃねえか?ウータン、得意のバルカン砲ブチ込んでやれよ。」

 珍しく投げやりな高山の声が響く。

「おいおい、そうはいかね~だろ。それにしても様子が変だな。。。あれ、あいつ何をし出すんだ。キョウジュも横に並んでくれ。」

 鳥谷部の目には信じられない光景が映った。中国機のパイロットが、サングラス代わりの黒いバイザーを跳ね上げて、笑顔でこちらを見ている。目の周りの皺が目立つところから見ると、40代後半か。。。いずれにしてもベテランパイロットだな。

「何やってんだあいつ。。。」

 鳥谷部と中国機を挟むように反対側の横に並んだ高山の呟きがレシーバー越しに聞こえてきた。

「何なんだか。もう魚釣島の上空に入っちまったぜ。とぼけた奴だ。」

 鳥谷部も相手と同じようにバイザーを跳ね上げ、相手と素顔で向き合った。

 中国空軍の偵察機J-8FRを隊長機のように中央にし、両脇に航空自衛隊のF-15Jを従えたように見える奇妙な編隊は、いつの間にか魚釣島を中心に緩やかに旋回をし、高度を下げ続けていた。

 鳥谷部の顔を見た中国機のパイロットは満足そうな笑顔で頷いて見せると、下方の魚釣島を大きなジェスチャーで指差して、機体を更に降下させた。

「キョウジュ、奴は下を見ろと言ってるぞ。」

 鳥谷部が高山にも教えると、中国機を追いかけるように機体を降下させながら眼下の魚釣島を覗きこんで息を飲んだ。

 白い背中を見せたヘリコプターが1機島に着陸している。幸い中国のヘリではないようだ。竹トンボのような2枚羽根の直線的なシーソーローターであの形の胴体。。。多分ベル212型だ。海保か?屋上に大きな日の丸を掲げた建物みたいなものもある。

 どうなってんだ?J-8に気を取られて気付かなかったが、あいつはこれを偵察しに来たってことか?

 鳥谷部が自問自答を始めようとした時、地面が一斉に動いたように見えた。もう一度そのひとつひとつに目を凝らすと、迷彩服を着た多数の人間だった。しかも手には自動小銃を持っている。幸いこちらに銃を向けている人間はいないようだ。何者だ?海保の人間は迷彩服など着ない。

「何だ?キョウジュ、カメラだ!島の様子が変だ。撮影してくれ。」

 鳥谷部の声が裏返る。

「了解。ウータン。こちらも確認した。撮影を開始する。」

 一眼レフで撮影し始めた高山機の方を一瞥した中国機のパイロットは、鳥谷部に敬礼をして見せる。反射的に敬礼を返した鳥谷部に人懐こい笑顔を向けた中国機のパイロットは、愛機J-8FRの翼を小刻みに振って挨拶してみせると。加速して鳥谷部達から距離を空けると急旋回して西の空へ去って行った。

「ELBOW01,対象機は魚釣島上空を旋回の後、高速で離脱した。魚釣島に日の丸を掲げ、武装した迷彩服の人間が多数いる模様。数約50。繰り返す。武装した人間が50名以上島にいる。更に海保と見られるヘリが1機着陸している。当方は写真撮影の後、帰還する。」

 鳥谷部の緊張した怒声が無線を響かせる

「了解。海保に状況を確認する。写真撮影後速やかに帰還し、報告せよ。なお、対象機が領空を退去したことを確認した。」

 こいつは焦るということがないのだろうか?

 この期に及んでも落ち着いた名も知らぬ迎撃管制官の声に鳥谷部は苦笑すると、それを隠すようにバイザーを降ろした。

「キョウジュ。あと1周旋回したら引き上げるぞ。撃たれたら大変だからな。それに早く報告しなきゃな。」

「了解。何があったんだか知らないが一大事だな。」

 島を一周したF-15Jの編隊は、急加速しながら東の空へ機首を向け、那覇へと急いだ。


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