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若鷲の覚悟

24.若鷲の覚悟

「ありゃ~、やっぱりおいでなすったか~。」

兼子は顔を上げてそう言うと、右手で自分の首筋をさすった。

再び丸いレーダーの画面を立ったまま見下ろすと、左手をレーダー卓に置いて体をささえて少しかがんだ

「1、2、3、4、5。。。5隻か。。。」

今度は慎重に指でレーダーの画面をなぞりながら輝点を数えて行った。画面を本来操作する役割の若者はイスに座ったまま仰け反り、船長の邪魔にならないようにしていた。

 兼子は、この海上保安庁巡視船「はてるま」の船長をしている。「はてるま」は、地元沖縄県石垣市にある第11海上管区保安部に所属する巡視船だった。右斜め後ろには巡視船「いしがき」が、そして更に右斜め後ろには巡視船「よなくに」を従えて尖閣周辺のパトロールを行っていた。

「あの河田艦隊ですか?」

兼子の言葉に双眼鏡から目を離して、兼子の様子を遠巻きに見ていた副長の岡野が屈託なく聞いてきた。最初にこの船に配属された頃は、様々な職場を転々としてきた、いわゆる「キャリア組」の岡野が海の現場でやっていけるか心配していた兼子だったが、数カ月ですっかり海の男らしくなった。その横顔を見ながら兼子は頷いた。

「いや、恐らく中国の漁船だな。これを見てみろ」

兼子は、姿勢を正すと画面を指差した。

岡野がレーダー卓に歩み寄り、画面を覗きこむと、魚釣島の影の西の海域に一直線に並んだ5つの輝点を指で指しながら兼子が言葉を続けた

「この西から魚釣島に向かっている5隻は、間違いなく中国から出て来たものだろう。多分、福州あたりからの漁船団だろうな。まるで矢のように真っ直ぐだな。この島の東にいる4隻はお馴染み中国の海警だな。」

海警は、武装警察の一種で、彼らの船は機関砲などで武装していた。以前の尖閣諸島には中国の海洋監視船いわゆる海監がお馴染みの客だったが、海監は非武装の監視船だった。中国が武装した海警をこの海域に派遣し始めたということは、中国が緊張を高めようとしている証しでもある。現実問題として、同様に機関砲で武装している海上保安庁の巡視船とは、武装している船同士となり片方が丸腰だった海監相手とは一触即発の危険性が桁違いに高まっている。

岡野はレーダー上で大体の距離を読み取ると。

「終戦記念日ですからね。約30海里(約56km)。3時間程度で領海に入りますね。そうなると昼頃は忙しくなりそうですね。河田艦隊もその頃に来ますね」

と言って顔を上げた。すっかり板に付いたその行動に兼子は満足気に頷くと

「そうだな。早めに昼食をとらせておこう。それにしてもあいつらは戦勝国気分でおめでたいことだな。あの頃も今も国の中は滅茶苦茶だというのに。どうせ貧富の差や人権問題から目を逸らさせるためだろ。そもそも日本は奴らに負けた訳じゃないと思うんだが」

兼子は軽口を叩くと、緩んだ口元を引き締め、

「そうなると、我々の船隊は両方の相手はムリだな。海警は自分の国の漁船団のことは制止もせずに棚に上げて河田艦隊へ向かってくるだろうな。当然驚異度は中国の漁船団の方が高い。上陸してくるかもしれん。我々は中国の漁船団を阻止し、河田艦隊はヘリに任せよう。「うみばと」は間もなく到着するな?私が直接「うみばと」のクルーと打合せしよう。」

どうだ?と当然同意するよな?これがベストだろ?という自信に満ちた目で岡野を見つめた。

「そうですね。それがいいと思います。中国の漁船は何をするか分かりませんからね。」

多分、衝突事件のことを言ってるんだな、と兼子は解釈すると。

「確かに、奴らは世論が味方してくれていると思ってるからな。ヒーロー気取りで熱くなった奴らほど危険なものはないからな。今回も十分気を付けないといかんな。終戦記念日だからなおさらだ。ヘリの連中と打ち合わせが終わったら、こちらも詳細に詰めよう。」

と溜息混じりに答えた。

岡野の言う衝突事件とは、2010年9月7日に発生した事件で、尖閣諸島付近で違法漁業をしていた中国漁船を巡視船「みずき」が発見、領海外への退去を命じたが、中国漁船はそれを無視して漁を続行し、逃走する際に巡視船「よなくに」と「みずき」に衝突して損傷させた事件であり、中国の圧力に屈したかのように起訴する筈だった中国漁船の船長を一転釈放したことと、強力な証拠となる海保が撮影した事件映像を政府が一部の国会議員にのみ開示するのみに留めており活用しないことに「事件が闇に葬り去られるのではないか」と業を煮やした海上保安庁職員が動画を動画投稿サイトに投稿するという事態まで引き起こした事件である。

「そうですね。対処方法を徹底しないといけませんね。前回の二の舞は避けなければならないですからね。」

岡野が言い終わらぬ内に、微かに聞こえていた空気を叩くような低く太い音が徐々近く大きくなってきたのを兼子は感じた。

 先ほど船橋に続く階段を慌ただしく登って来た日焼けした20歳そこそこの乗組員が岡野の話が途絶えたのを見計らって

「巡視船「ざおう」搭載ヘリの「うみばと」が間もなく着船します。」

と、きびきびと報告した。若いのに気のきいたタイミングの図り方だな。と、兼子は内心微笑んだ。ここ数年で兼子は気配りの出来ない若手が多くなっていることに気付いていたが、どのように教育すべきかは、悩みの種の一だった。正直、「こんなことまで教えなきゃいけないのか?」「教育じゃなくてしつけ」からか。。。と言った苦言がベテランの間から頻繁に聞かれるようになっていた。

「了解、御苦労。」

と笑顔で頷くと、兼子は船長の毅然とした表情に戻り、船内放送マイクを取り上げた。

スイッチを押すと一瞬ピチっという雑音が入るが、多くの乗組員は自然とこの雑音に気付くので、放送する人間が話し始める頃には既に聞く体制を整えているというオマケが付くので、一概に雑音は悪とは言い切れない。

「こちらは船長。まもなく巡視船「ざおう」の搭載ヘリコプター「うみばと」が本船に着船する。航空要員は最終確認をせよ。なお、すでに周知の通り「うみばと」は、2日間にわたり本船を母船として行動を共にする。よろしく頼む。以上。」

放送を終えると、先ほどの若い乗組員は一礼して去って行った。兼子の傍らで放送内容に間違いがないかさりげなく確認していたのだろう。ああいう若者ばかりだと安心なんだがな。兼子は、心の中での呟きに思わず苦笑の表情を浮かべた。

 放送を終え、2分ほど経過し空気を震わすような低い音を間近に感じるようになる。左舷側だ。それは分厚い布団をゆっくり埃叩きしているような音にも聞こえた。

「近いな」

と兼子が岡野に呟きながら船橋の左側面の窓を見たときだった。一瞬海原が見えたと思うと、その視界を遮るかのように白地に濃い青と薄い青のストライプを身にまとったベル212型ヘリコプターがゆっくりと追い越していく。コックピット右側の男が真剣な表情でこちらに敬礼しているのがハッキリと見え、コックピットの窓の下には毛筆調の平仮名で「うみばと」と記してあった。

「うみばと」の粋な演出に、兼子も真剣な表情で敬礼を返した直後、思わず声を上げて笑った。

「あいつ、まだ「うみばと」に乗っていたんだな。相変わらずな奴だ。」

と嬉しさのあまり、独りごとにしては幾分大きな声になっていた。

「お知合いなんですか?」

岡野がたずねる。

兼子は「うみばと」にちらちら、視線を移しながら笑顔で緩んだ口を開いた。「うみばと」は「はてるま」の前方に出ると小さく右に旋回して今度は「はてるま」の右舷側を船尾側に向かって飛行いしていく。

「ああ、そうなんだ。東日本大震災の時にこの船も東北へ支援に行ったんだよ。その時にあの「うみばと」がこの船を拠点に活動していたことがあったんだ。元気で茶目っ気たっぷりの愛嬌のいいやつらなんだ。副長もきっと気に入るぞ。あ、もちろん仕事も出来る奴らだ。」

兼子は慌てて仕事面での評価を付け加えた。

「そうですか、それは楽しみですね。」

岡野は兼子に笑顔で答えた。副長として「うみばと」のクルーがどんな人間なのか、不安があったに違いない。まあ無理もないだろう。兼子は前方の海の彼方水平線を眺めながら考えた。異動がなければ副操縦士は、あの護衛艦「いそかぜ」艦長の息子ということか。うん。楽しみだな。兼子は誰に向けるでもなく微笑みを浮かべると、すぐに射るような眼差しで海面を注視する。やはり波が目立ってきたようだ。午後はうねるかもしれないな。。。

船尾方向に聞こえていた「うみばと」が風を切る重低音が止み静寂が船橋に訪れる。程なくして先程の若い乗組員が小走りで船橋に上ってきた。彼は兼子と目が合うと罰が悪そうに小走りを止め、静かに兼子の前に来ると「船長、「うみばと」が着船しました。乗員の皆さんには会議室でお待ちいただいておりますので、会議室へおいで下さい。」

若い乗組員が兼子を促す。

「了解。15分したら行くから彼らには休憩するように言ってくれ。長時間飛んできたんだ。トイレぐらいゆっくり行かせてやれ。」

兼子は笑顔で答えた。

「はっ、了解しました。伝えて来ます。」

若い乗組員が気を付けの姿勢をして答えると、兼子は、

「あ、そうそう、異常時じゃないんだから、いちいち走るなよ。」

と付け加え、再び笑顔を向ける。

「はい。すみません。気を付けます。」

と若い乗組員は、はにかみながら振り向いて答えると、姿勢を正して歩き、船橋を後にした。


照明が殆どなく、各種画面の明かりが操作している者の顔を暗闇に浮かび上がらせている海上自衛隊護衛艦「いそゆき」のCICに入った艦長の倉田健夫は、

-まるでお化け屋敷だな-

一瞬苦笑を浮かべると、キリッと唇を真一文字に結び、レーダー卓に真っ直ぐ向かった。レーダー卓の隊員が、近付いて来る倉田に気付き座ったまま振り向いて敬礼をしてくる。倉田は軽く答礼すると、

「おっ、片岡1曹。御苦労さん。何か動きはあるか?」

立ったまま左手をレーダー卓につくとレーダーの画面を覗きこんだ。

「はい。魚釣り島の西に出現した5隻の小型船ですが、一直線になって魚釣島を目指しています。多分漁船と思われます。魚釣島まで30海里(約55km)を切ってます。」

倉田は、片岡が指した部分を見つめる。そして画面の東に「TIDA03、P-3C」という文字と下段に速度、高度が記された輝点を見つけると、

「これか~。漁船の割にはなかなか綺麗に隊列を組んでるな。一応確認してもらうか。丁度TIDA(那覇基地所属の海上自衛隊哨戒機P-3Cを装備する部隊)がこっちに近付いてきてるし。よし。頼んでみるか。田中3尉、無線を貸してくれ。」

倉田は、体を起こし、コリをほぐす様に軽く胸を張ると、通信担当幹部の田中3尉から無線のマイクを受け取った。田中は航空隊との通話用チャンネルに素早く周波数を合わせた。

「TIDA03こちら護衛艦隊第13護衛隊「いそゆき」艦長。」

倉田は、ゆっくりと、はきはきとした口調でマイクに声を吹き込んだ。

「こちらTIDA03、「いそゆき」どうぞ。」

スピーカーから聞き覚えのあるダミ声が流れ出す。倉田は、

-おっ、ラッキーだ-

と内心ほくそ笑むと

「TIDA03、今日はお1人様かい。相棒はどうしたんだ?入院か?」

いつもは2機編隊で行動しているTIDAが、今日はどうしたのだろう。なぜこんな大事な時に1機だけなんだ。上は何を考えてるんだ。という不満が口調に表れないように、あえて茶目っ気たっぷりな言葉遣いで倉田が聞いた。一瞬スピーカーの向うから数人の笑い声が聞こえた後、

「いえ、相棒は元気ハツラツであります。今日は、海保の方でもヘリを出すとの通告を受け、単機(1機)で行動した方が衝突のリスクが少なくて安全だろう。ということになったんです。」

海保のヘリという言葉を耳にし、倉田の表情が一気に曇った。昇護のヘリだ。昇護がこの海に来ている。しかも国を守る事を仕事にしている親父よりも前に出て、体を張っている。こういう現実が訪れる事は分かってはいるつもりだったが、どうしても納得がいかない。親としてなのか?それとも自衛官としてなのか?それは分からない。ただひたすらに納得がいかない。

-なんてこった-

思わず口をついて出そうになる言葉を慌てて飲み込んで。倉田は我に返ると、部下に気付かれないように努めて明るい表情を作り

「そうか、元気が何よりだ。ところで頼みごとがある。」

倉田は明るい声音をマイクに吹き込む。

「なんでしょうか?何なりとどうぞ、燃料たっぷり、今日もサービス満点ですよ。」

当然倉田の葛藤など当然知る由もないTIDA03のパイロット元気でひょうきんな声が流れてくる。

「オッケー。じゃあサービス満点でお願いしよう。そちらでもデータリンクで見えてるだろうが、魚釣り島へ一直線に並んで向かっている5隻の船がどんな船か報告してほしい。あとサービスで迫力満点の超低空飛行をお見舞いしてきてくれ。以上だ。」

スピーカー越しに通話を聴いていたCIC面々の笑い声が背後に聞こえた。

-それでいい。俺のさっきのシケた顔は見られなかったらしい。湿っぽいのはこの艦にもこの俺にも似合わんからな。-


「了解。TIDA03奴らのビックリした声がそちらにも届くかも知れませんよ。以上。」

と言って通信を終えた皆川2尉が左席で操縦桿を握る大谷1尉をちらっと見る。口元がほころんでいる。どうやら笑っているつもりらしい。副操縦士の皆川は、超がつくほどのベテラン哨戒機乗りだが、対する機長の大谷は、防大出のエリート層なため、実戦部隊の経験は浅く、当然操縦の技量も最低だった。特に配属された当初は酷いもので、編隊飛行すらまともに出来ず、同乗するしか選択肢のない皆川は、何度寿命が縮む目にあったか知れない。しかし、今は違う。と、皆川は思っている。先ほど笑顔を浮かべたように大分余裕をもって操縦できるようになってきたし、編隊での各種飛行も十分にこなせるようになった。やっと信頼できる上官に育て上げる事が出来た。皆川は若い上官に声を掛けると

「では、魚釣島東方の船団らしきものを確認しましょう。高度も下げちゃいましょうか。」

大谷は、親指を立てて頷くと

「Roger Right heading270 Descend and Maintain300(了解、針路270度に右旋回し、降下して高度300フィート(約90メートル)を保ちます。)」

と言うと、緩やかな右旋回を始めた。



兼子は小脇に丸めた海図を挟むと船橋を出た。狭くて急な階段を軽やかに降り、会議室に向けて船尾の方へ狭い廊下を歩いていると、数メートル歩いたところでパッと視界の端に光沢のある銀色の何かが映り、咄嗟に立ち止まる。左の部屋から出て来た乗組員が「あっ、」

と言って立ち止まる。先ほど船橋に来た、「気の利く」若い乗組員だった。ステンレス製の大きめなお盆に7つのグラスが載っている。中身はアイスコーヒーだった。

兼子は、ぶつかりそうになったこと、ぶつからなくて良かったということ、そしてコーヒーをこぼさなくて良かった。ということよりも、何よりもこの若い乗組員が気を利かせて「うみばと」のクルーにアイスコーヒーを淹れてくれたことが嬉しかった。ただ一点気になる事はあるが、、、

「すまん。大丈夫か?お~、ありがとう、ヘリのクルーに出してくれるのか?」

嬉しそうに兼子が声を掛けると、その乗組員は「ええ、」と言いながら頷いた。

「君は気が利くな、そういう他人の為に行動できる人間が海保にはもっと必要なんだ。人命救助でも何でもそう。ウチの仕事っていうのは、他人の為に行動してるという点で共通なんだ。

そこでだ、、、申し訳ないんだが私の考えを聞いてくれるか?」

勢いよくその乗組員を褒めると、語尾は対照的に穏やかな口調で兼子が言った。

「なんでしょうか?」

若い乗組員の表情に不安の色が見え隠れする。

-あれっ、言い方が勿体ぶり過ぎて通じなかった?不安を与えちまったか?-

兼子は、その乗組員の緊張をほぐす為に、笑顔で軽く肩を叩くと、

「いや、君のことは褒めてるんだよ。ただ、コーヒーはホッとするからリフレッシュにもなるし、眠気覚ましにもなる。だが、利尿作用が高いんだな~。あいつら着船するなりトイレに行かなかったか?これからの飛行は長時間にはならないかもしれないが、何が起こるかも分からない。上空でションベンに行きたくなったら気の毒だろ?そこで、ペットボトルのスポーツ飲料の方がいいんじゃないかと思ってね。すまんな。」

と申し訳なさそうに言うと、乗組員は若者らしい無邪気な表情を見せ、

「なるほど、すみません。そこまで考えていませんでした。ありがとうございます。勉強になりました。。スポーツドリンクを出します。」

と言って一礼した。

「そうか。せっかく淹れてくれたのにすまんな。君達で飲んでくれ。」

「はい。ありがとうございます。」

と一礼してまた出て来た部屋に戻って行った。

-あいつはきっといい海上保安官になるだろうな。その謙虚さと心遣いを忘れるなよ-

兼子は、若者の背中に向けて心の中でエールを送った。

数歩歩いて会議室の前に辿り着いた兼子は、ノックしてドアを開けた。

立っている者、座っている者バラバラだったが、兼子が入ってきた瞬間に誰からともなく機長の浜田を基準にサッと整列した。懐かしい面々が凛とした表情で兼子を見つめる。

「「うみばと」浜田主席操縦士以下5名。お世話になります。」

と言うと、一斉に敬礼をした。

兼子も敬礼をしながら全員を一瞥してから静かに手を降ろした。

「あれ、2人足りないな。」

兼子が聞くと、

「はい。整備員2名は、ただ今作業中です。間もなく戻ると思います。」

整備として同行してきた村田と高田は、着船してエンジンを止めると同時に工具箱を手に機体の整備を行っていた。

「了解。久しぶりだな。遠いところ急いできてくれて感謝する。みんな元気だったか?」

と、1人ずつ握手をしながら声を掛けた。

「震災の際には大変お世話になりました。みんな元気です。船長は変わりありませんか?」

浜田が尋ねると、

「大丈夫だ、マスコミには大分責められたらしいが、いかんせん海の上が多いからな、気にしないで済んだよ。」

と、兼子は屈託のない笑顔を見せた。そして浜田から視線を昇護に移すと

「おぉ、倉田君、立派になったな~。君のお父さんがあの「いそゆき」の艦長とは、世の中の狭さに驚いたよ。お父さんには、いつもこの海域で世話になっているんだ。ホントは一緒に飲みに行って話をしたいくらいなんだが、いかんせん顔も合わせたことがなくてな。よろしく言っておいてくれ。」

両手を添えて堅く握手をした。

「お久しぶりです。こちらこそお世話になっております。」

いきなり父の話を持ち出された昇護は、戸惑いで月並みな返事しか出来なかった。兼子船長直々に感謝されるほどの父の活動って何なんだろうか?法律や、中国への配慮とか何とか言う政治家の保身や、点数稼ぎのために身動きが取れない。。。極論を言えば、海自は後ろに引っ込んでいて何もしてないんだろ?父には「税金泥棒」と、申し訳ない事を言ってしまったが、やはり多少なりともそういう気持ちはまだ俺の中には残っている。その父はこの海域で何をしているのだろうか?どんな思いでこの海域にいるのだろうか、こないだ酒を酌み交わしたのに、俺は父の思いを何も聞かなかった。というより知ろうともしなかった。挙句の果てには俺が一方的に暴言を叩きつけて御開きになってしまった。俺は酷い息子だ。。。昇護は俯けた顔を上げると、握手は終わりみんながイスに座って打合せを始める準備をしているところだった。

 日焼けした若い乗組員が会釈をして部屋に入ってきて、ペットボトルに入ったスポーツ飲料を1人ずつ手渡してくれた。

 昇護は、こりゃあ、ありがたい。と素直に喜んだ。窓越しでエアコンが効いているとはいえ、直射日光を受ける機内は、けっこう喉が渇く、ペットボトル蓋があるので少しずつ飲めて持ち運びもできる。少し飲んで機内へ持ち込もう。

 打合せが始まってから5分程度で「うみばと」の整備をしていた2名も集まると、すぐに機体状態の確認の打合せに切り替わった。様々な項目について確認を行い、最終的には機体は万全とのことで一致し、機長の浜田がリストにサインをする。皆安堵の表情で海図とチャートを大きくテーブルの上に広げて時系列的におおよその行動と位置を打合せに入った。対処目標は「河田艦隊」なる漁船団と中国海警、中国の漁船団の3つ、対する巡視船隊は3隻のみで手薄な状態なため、「うみばと」と巡視船隊は別行動をとることとなったため、打合せは慎重に進められた。中国海警は、自国の漁船団の行動を棚に上げ、河田艦隊の魚釣島進入を阻止してくる。そして中国の漁船団は間違いなく魚釣島に上陸ないし、領海内での漁をするはずだ。という意見で一致した。その結果から絶対に進入を阻止しなければならない中国漁船については、巡視船隊が対応し、進入されても自国領であり問題のない河田艦隊については、「うみばと」が監視活動を行うこととなった。最後に、ケースバイケースの事態に対する基本的な対応指針を打合せて1時間近くを費やした会議が終了となった。出発は30分後だった。昇護は、緊張だけではない複雑な気持ちを抱えていた。いや、父への申し訳ないという気持ち、美由紀とのこと、自分の仕事・・・守るべきもの・・・様々な葛藤のために緊張に回すだけの気持ちの余裕がないのかもしれない。とにかく海保叩きで有名なあの河田という人に無謀な行動を起こさせず、断念させることに集中しよう。この海域では、何が国際問題の引き金になるか分からない。いや、国際問題に留まらず紛争や戦争になることだってありうる。そうだ。そうなんだ。そうならないために、俺達は体を張って非日常の事態が発生する芽を摘み取っているんだ。芽が育たないうちに。。。取り返しがつかなくなる前に。。。

昇護は、自問自答をしていく中で、ひとつの答えに行き着いた。そんな事だったのか、あまりにも新鮮で、あまりにも単純。さらに自ら気付いたことへの驚きが混じり、昇護は身がブルッと震えるのを感じた。これが武者震いというものだろうか?昇護は自分の心に自信と闘志が湧くのを実感すると、出発の準備に取り掛かった。

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