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母と子

久々に帰省した昇護。恋人とデートに向かう朝の風景です。

16.母と子

昨夜帰宅し、美由紀と久々に会える土曜日の朝、昇護は母と2人で食卓を囲んでいた。食卓には茄子とミョウガの味噌汁と御飯、納豆、焼き鮭、レタスとミニトマトが添えられたハムエッグが並んでいた。茄子とミョウガの味噌汁とハムエッグは昇護の好物だった。さすがは母親、息子の胃袋はお見通しであった。

いただきます。と軽く頭を下げると、昇護は味噌汁をすすり、黙々と食べ始まった。どうぞ、と頷いた母親は昇護の食べ始めの勢いをチラッと見ると安心したように自分も、いただきます。と言って味噌汁から手をつけた。

一通りの料理に箸を付けた昇護は、少し腹が落ち着いたのか、一旦箸を休めると

「母さん、今夜船に戻るけど、荷造りがもう少しかかるから、美由紀が来たらちょっと待っててもらって」

と言って、ハムエッグの卵とハムを箸で器用に切って口に入れた。昨夜は、荷造りの途中で、久々に手に取った本をベッドに横になりながら読んでいるうちにいつの間にか眠りに落ちてしまったのだった。

「せっかく帰ってきたのにね、休みは明日までじゃなかったの?もう少しゆっくりしていけるとよかったのにね。」

母が残念そうに呟いた。

味わうようにハムエッグをゆっくり噛んでいた昇護は、ゆっくり飲み込むと、

「そうなんだけど、やっぱり日曜日の日立港祭りには、警備や案内で人手不足なんだって。」

昇護は溜め息混じりに答えると再び食べ始めた。

「父さんも昔、似たような事あったんだよ。どこも人手不足なのね~。美由紀さんも可哀想ね。しばらく会ってなかったんでしょ。」

心底気の毒そうに母も溜め息をついた。

「今回は妻帯者優先ってことだから仕方ないよ。震災の後、茨城に引っ越した人が何人かいて、思ったより帰宅希望する妻帯者が多かったんだ。そうそう、今度佐世保で父さんに会うよ。何か渡すものとかない?」

昇護は、おかわり貰うよ、と小さく言うと席を立ち、自分でご飯を盛った。

「えっ、そうなの、父さん喜ぶわよ~。そうね~。あっそうだった。昇護と父さんにお守り買っておいたのよ。渡してくれる?今持ってくるね。」

と母は言うと、パタパタとスリッパの音をたてて、隣のリビングへ小走りした。

昇護は、2杯目のご飯に納豆を掛け、豪快な音で満腹気味の胃に流し込んだ。久々の母の料理に朝から少々食べすぎたようだ。

「はい。筑波山神社のお土産よ。海の男に山の神様もどうかとは思ったけど。」

母は、既に宛先まで書いてあった2つの封筒ごと昇護に渡した。

「ありがとう。大丈夫だよ。神様なんだから海でも山でも見守ってくれるよ。あ、それに俺は空もだね。了解。渡しとくよ。」

昇護は、母の気遣いが嬉しかった。

「ごちそうさま。じゃあ俺、荷造りしてくるよ。」

昇護は、自分の食べた皿を重ねると流し台へ持っていった。

「お粗末様。お腹一杯になった?」

と母が聞く、母の口癖のようなものだった。

「うん、美味しかったし久々だから食い過ぎちゃった。やっぱ母さんの料理はホッとするな~。」

「ふふっ。父さんも船から帰ってきたときは、よく同じようなこと言ってたっけ。たまに食べるからいいのよね。きっと。。。」

母は懐かしむようにどこを見るでもなく遠くを見つめるような眼差しで言った。

 昇護は、母が泣き出すんじゃないかと一瞬心配になり、

「じゃ、俺荷造りしてくるよ。」

と、2階の自分の部屋へ階段を足早に駆け上がった。


昇護が荷造りを始めると間もなく玄関のチャイムの鳴る音が聞こえた。

そして、

-こんにちは~。お久しぶりです~-

という透き通った声が、暑くて開け放った昇護の部屋の入り口を通して聞こえてきた。美由紀だ。昇護の鼓動が高鳴る。

-まぁ、美由紀さん久しぶりね~。さあ、上がって上がって-

と母の声がした。

程なくして

「昇護~、美由紀さん来たよ~。」

と言いながら、階段の下から母が大声で呼んだ。

昇護は、

「分かった。あと15分待って~。」

と声を張り上げる。

昇護は、そそくさと荷物をまとめる手を早めた。時折、楽しそうな美由紀と母の笑い声が聞こえた。早く会いたい。気持ちが焦る。だが、荷物を中途半端にして下へ行くと、話し込んでしまって荷造りに時間が掛かってしまい、結局2人きりの時間が少なくなってしまう。もう少し母に相手をしていて貰おう。それにしても彼女と母親が仲がいいってのは、ありがたいことだな。と昇護は心の中で2人に感謝した。

昇護は結局10分で荷造りを完了し、バックを抱えて階段を降りた。

リビングに入った昇護を目にしたとたん、美由紀が立ち上がった。

「昇護、久しぶり。」

そう言った美由紀の透き通った声が爛々と弾んでいる。

「おぉ、久しぶり。元気だった?」

昇護は気の利いた言葉の出てこない自分に心の中で苦笑した。

テーブルには、麦茶と、昨日昇護がお土産に買ってきたグランバードの焼き菓子が並んでいた。

「美由紀さんのお家から、トマトとピーマンを頂いたよ。」

と母が嬉しそうに言った。

「ありがとう。」

昇護も嬉しそうに言った。

「さっ、時間がもったいないわよ。出掛けてきな。」

と母が急かした。いや、からかっているのかも知れない。

「ご馳走様でした。このお菓子、美味しいですね~。」

立ち上がった美由紀がニッコリして昇護の母に礼を言った。

3人で玄関へ向かう。

「へへ~。ハイっ、これは美由紀の。これと同じだよ。」

と、廊下を歩きながら昇護はバックの中からグランバードの包みを取り出して美由紀に渡した。

「わ~、ありがとう。」

受け取った美由紀の目がうっとりしているようだった。

玄関先には、美由紀が3ヶ月ほど前に新しく買った新車があった。

「うわっ、NBOXじゃん。」

昇護は、車の周りを一周した。角張ったように見えて角が丸みを帯びていて軽にしては大きいそのボディーをかわいらしく見せている。そして、クリーム色に少し黄色を足したような、ほのぼのとした塗装が愛らしい。新車を買ったという話は聞いていたが、今度会うときまで内緒と言われていた。

「大きい、これ、ホントに軽なの~?可愛らしいけど、落ち着いた色ね。何て名前の色なの?」

と母もはしゃいでいる。

「ひだまりイエローっていうんです。色と大きさが気に入っちゃって。」

と、美由紀が自分が褒められているかのように嬉しそうに答え、後ろのスライドドアを開けて昇護に荷物を置くように促した。

「後ろもすごく広いのね~。家族で乗っても全然平気そうだね。」

母が荷物を置く昇護の後ろから後部座席を覗き込む。足元が母の乗るプレミオより明らかに広い。ちなみにプレミオは普通車だ。

「そうですね。10年は乗るつもりで買ったから。。。」

美由紀は、そこまで言うと継ぐ言葉に困ったように昇護をチラッと見た。

「じゃ、行ってきます。母さん元気でね。」

昇護は、何事もなかったかのように、話題を切り上げると助手席に乗り込んだ。まったく、変に警戒されたらどうすんだよ。

美由紀も母に頭をペコリと下げて

「行ってきます。」

と言い運転席に乗った。

「2人とも気をつけてね。美由紀さん、よろしくね。」

と母は運転席の窓越しに言うと、車から離れた。


母に手を振りると、走り出した車。軽なのに静かで軽やかな出だしだった。角を曲がって見えなくなるまで母が手を振って2人を見送っていた。


それにしても、家族、、、10年は乗る、、、もしかしたら美由紀も結婚を意識してるのかも。。。相変わらずデリカシーのない母の言動に、今回は感謝すべきかもしれない。昇護は機長の浜田が貸してくれたポケットの中の安産のお守りに手を触れた。

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