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再会

15.再会

夏の土浦市の朝は、蒸し暑かった。セミ達が与えられた短い日々を惜しむかのごとく全力で鳴いている。


昇護は、暑さとセミの鳴き声で目を冷ました。思っていたよりも早く目覚めてしまったことに、悪態を突きたくなったが、暑さはともかく、セミの鳴き声で起こされるなんてことは巡視船での生活では味わえないぞ、と自分に言い聞かせて昇護はベッドから起き上がった。


カーテンの隙間からは夏の眩しい朝日が差し込み、小学生の頃から愛用している昇護の机を照らす。机に並べられた海上保安庁のカラーリングのベル212ヘリコプターのプラモデルがその光をまともに浴びて日の光を反射する。今となっては実物のベル212の方に慣れ親しんでいる昇護には、本物とは質の異なるプラモデルの鈍い反射光を見つめた。細部が本物と異なるのは御愛敬だ。


あれは中学2年の今頃だったな。海上保安庁のベル212のプラモデルが欲しくなって、市内の模型屋を見て回ってやっとベル212のプラモデルは見つけた。でもそれは軍用型のUHー1Nだった。店の店主とカタログをにらめっこしたけど結局世の中には海上保安庁仕様のベル212のプラモデルは売っていないことが分かった。昇護はUHー1Nを買い、店主に塗装のイロハを教わって自分で海上保安庁仕様に塗装することにした。

当時、防衛庁勤務で東京に行っていた父親に、塗装の参考にするために海上保安庁のヘリが沢山載っている本を買ってきて欲しいと頼む昇護に

「海上自衛隊のヘリは作らないのか?」

と最初は渋る顔は見せたものの、昇護と同じく飛行機やヘリコプターの好きな父はまんざらでもなさそうに引き受けてくれた。昇護としては、東京でならそういう本が手に入るだろうという子供ならではの安直な考えから頼み込んだのであって、海上自衛隊と海上保安庁との確執、いわば大人の事情は知る由もなかった。今になって思えば、あの本を買って帰るところを同僚に見られるのは父の立場上思わしくなかったのかもしれない。結局父は、海上保安庁のヘリコプターの本と一緒に海上自衛隊のヘリコプターの本を買ってきてくれたのだった。しかも海上自衛隊の主力対潜ヘリコプターであるSHー60Jシーホークのプラモデルも買ってきてくれた。

本の代金だけでも払おうとする昇護に父は、

「金はいいよ。夢への肥やしだ。勉強も頑張れよ。」

と微笑んで言ってくれた。

席替えで隣の席になった冨岡 美由紀とよく話をするようになったのもその頃だった。美由紀とは中学2年の時に初めて同じクラスになったが、それまでは殆ど話をすることはなかった。

毎日のように休み時間になると、青いラインの入ったヘリコプターの写真ばかり載っている本を、食い入るように読んでいる昇護に、

「いつも同じ本読んでて飽きないの?倉田くんって、すごくヘリコプターが好きなんだね。」

と美由紀が隣の席から首を伸ばして覗き込んできた。

夢中になって読んでいた昇護は、美由紀がヘリコプターに興味があるものと勘違いして気を良くした昇護は、

「そうなんだよ。特にこの海保のベル212が大好きなんだ。」

と、遠くに島の見える海原を低空で飛行するベル212がページ一杯に広がる写真から目を上げ、美由紀を見つめた。

-えっ、何それ-

不可思議な事を突然聞かされたように、きょとんとした表情をしている美由紀と目が合い。

「あ、いやあの、ゴメン。分かんないよね。」

と、昇護はたどたどしく美由紀に言った。

「ゴメンね。確かによく分かんない。カイホって何?」

美由紀が、昇護をからかうわけでもなく真面目に聞き返してくれたことに親近感を覚えた。

「そうだよね。分かんないよね。カイホっていうのは、海上保安庁のことなんだ。で、この青いラインのヘリコプターは、アメリカ製のベル212っていうヘリコプターなんだ。遭難者の救助とか、いろんなことに使っているんだ。飛行場だけじゃなくて、巡視船、、、え~と、パトロール船の大きいやつなんだけど、ヘリコプターが積めるやつもあって、それに載せて使ってるのもあるんだよ。」

昇護はページをめくりながら美由紀に説明した。

「へ~。ベルなんとか、、、って、働き者なんだね。きれいな写真だね。何か、ヘリコプターってカワイイね。」

美由紀は笑顔で相槌を打ちながら昇護の話を聞いていた。

えっ、ヘリがカワイイ?ま、いいか。この子って、こういう笑顔をするんだな。卵形の輪郭に鼻筋がハッキリしていて、目は普通より細く、すましているとちょっとクールに見える美由紀の優しそうな笑顔に昇護は、少しだけドキッとしたのを今でも思い出す。

このことがきっかけとなったのか、席が離れ離れになっても、3年生になって違うクラスになっても、顔を会わせると気軽に話をするようになっていた。いつしか昇護は美由紀が小学校の教師になるのが小さい頃からの夢だったことを知り、そして同じように美由紀は、昇護が「あの青いラインのヘリコプター」海上保安庁のベル212のパイロットになることが夢であることを知った。その頃には美由紀もベル212という型式まで覚えてしまっていた。


別々の高校に進んでからは、昇護と美由紀は年賀状をやりとりする程度になっていたが、高校を卒業すると、すっかりそのやりとりもなくなっていった。

そんな2人が再開したのは4年前の中学校の同窓会の時だった。立食形式の会場のあちこちで再開の喜びの歓声が湧き上がった。最初のうちは男女別々のグループでテーブルを囲んでいたが、会話が進むうちに、そして酒が進むうちにその勢いも手伝って男女混合のグループになっていった。

成り行きで昇護と同じテーブルになった、お節介が取り柄のようで、欠点のようでもあった吉岡広美が、

「あんた、美由紀とラブラブだったじゃん。今連れてくるね。」

と、言い残し、

「ラブラブって、そんなんじゃねーよ。」

言い訳のような否定をする昇護を顧みずに小走りで美由紀を探しに行ってしまった。

「ったく、相変わらずお節介な奴だな。」

グラスに半分ほど残ったビールを昇護が飲み干すと、

「久しぶりっ」

と、後ろから声を掛けられた。懐かしくそして、今まで気づかなかったが、どこか待ち焦がれていたような声だった。

ゆっくり振り返る昇護に。

「はい、どうぞ」

と色白で細い腕がビールを昇護のグラスに注ぐ。

「お、久しぶりだな。ありがとう」

と、顔を上げると、それは、少しポッチャリ気味だった体型が痩せ気味になったせいか、卵形の輪郭が少しほっそりとし、スッと整った顎のラインが大人びた雰囲気を出していたが

ハッキリとした鼻筋と、ちょっと細い目。クールそうな顔立ちは紛れもなく美由紀だった。

昇護は注がれたビールをひと口飲むと

「ワイン飲めるか?」

とテーブルを振り返り素早くワイングラスを手に取ると美由紀に渡した。

「うん、結構好き。赤、頂戴」

と美由紀は、頷いてワイングラスを受け取った。

「えっ、何、昇ちゃんって美由紀のお酒の好みも知らないの?何で?何で?もしかして大人になる前にとっくに別れちゃったの?」

と言いながら、空になりかけたビールのグラスを手にした広美が昇護と美由紀の間に割って入った。

広美のグラスにビールを注ぎながら昇護は

「あのな、俺たちは付き合ったことすらないの。中学卒業して以来だよ、再開したのは。な、」

昇護はバッサリと言い切ると、美由紀に目を向けた。

「そうよ、誤解よ誤解。まったく広美は昔から早とちりなんだから。」

と美由紀は笑いながら言った。

「ふ~ん、なら奪っちゃえばよかったな~。」

と、広美は目を細めて昇護を見つめた。

「はっ?」

昇護は思わず後ずさった。

「バーカ。なに本気にしてんの?私がマニアに惚れるわけ無いでしょうが!ね~美由紀」

即座に広美に突っ込まれ、胸をドンっと平手で打たれた。

「マニアもさ、夢が、夢があるならいいんじゃない、かな。」

静かに答えた美由紀を昇護はマジマジと見つめてしまった。

美由紀と目が合いそうになり、ヤバイと思った瞬間、

「夢があるマニアって、あ、そうえいば、昇ちゃん飛行機のパイロットだったっけ。なれたの?飛行機のパイロット」

と広美が昇護をからかうような目で見つめた。

「飛行機じゃないわよ。ヘリコプター。海上保安庁のベル212型のパイロット!ねっ。」

美由紀が広美の肩に手を載せて昇護を見上げる。あの時、休み時間に本を読んでいた昇護を覗き込んだ時の目、そのままだった。10年近くたっても昇護の夢を細かく覚えてくれていたことに、驚きと、なんとも言えない心地よさが広がる。あっ、俺はこの人に聞いて欲しかったんだ。

「なったよ。海上保安庁のベル212のパイロット。今はまだ配属されて間もないけど、、、夢、覚えていてくれたんだね。」

昇護は思わず美由紀の手を握っていた。

美由紀はグラスをテーブルにそっと置くと、美由紀の右手を握る昇護の手を左手で優しく包んだ。

「なれたんだね。おめでとう。」

そう言った美由紀の目は、涙で潤んでいるように見えた。

「ありがとう。美由紀はなれたの?小学校の先生。」

昇護は美由紀を見つめた。

「うん。なれたよ。2年間就職浪人しちゃったけど。」

舌を出しておどけて見せる仕草も昔と一緒だった。

「おめでとう、良かったな。」

と、握られた手を昇護もさらに左手で包み込んだ。

「あ~、見てらんない。清い交際って、こういうことを言うのかな~」

握られた昇護と美由紀の手を広美がポンポンと叩いて呆れ顔で2人を交互に見比べていた。結構酔っているらしい。

パッと手を離すと、ちょっと照れた表情を作った美由紀が

「あらっ、妬いてんの?」

と広美に振る。あらぬ方向から矛先を向けられた。広美は

「何それ、だからマニアはヤダって言ったでしょ。」

とムキになって言い返す。

「はいはい、マニアですんません。さ、飲もう飲もう。」

と昇護が後を受けた。

毒気を抜かれたかのように広美は

「じゃあ、乾ぱ~い」

とテーブルのみんなとグラスを合わせた。

それからはみんなでとりとめのない思い出話や、最近の地元の話題、恩師達の噂話で盛り上がった。

広美を警戒してか、それからは昇護と美由紀の間で2人きりの会話はなく、疎遠だった期間を取り戻すには、あまりにも短すぎる宴の時は終わりを迎えた。

「結局あまり話出来なかったね。」

帰り際にポツリと美由紀が言った。

「俺、時々帰ってるからさ、時間が合ったら今度ゆっくり話しようよ。」

昇護が言うと2人は、どちらからともなく携帯電話をとりだして電話番号とメールアドレスを交換した。

中学を卒業してからの疎遠だった日々を取り戻すかのように帰省する度に会う回数を重ねた昇護と美由紀は、互いに惹かれ合い、恋人同士として付き合うようになるのに時間は掛からなかった。


あれから4年。。。か。。。美由紀は結婚についてどう考えているのだろう。まずは自分の気持ちを伝えて、結婚について話し合えばいいか、美由紀が結婚に興味がないのでなければ脈はあるはず。最大のネックは仕事かもしれない。せっかく夢が叶ったのに、俺の嫁になったとたんに転勤族になる可能性は高い。その度に学校が変わることをどう考えるかだ。それが理由で断られるかもしれない。ならば俺は身を引くしかない。夢を追い求めて実現した者同士として、相手の夢を犠牲にして成り立つ結婚は大きな痛みを残すことになる。それを克服できるほど相手を幸せにすることは出来るのだろうか?それはできない。俺の夢も、美由紀の夢も天秤には掛けられない。


昇護は自問自答しながら朝食を食べに1階に降りていく。懐かしい母の味噌汁の香りが階段を昇ってきた。


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