十六番目
こちらを読まれる皆様の心を害する内容になっているかもしれません。
気分が悪くなったりしましたら、読むのをやめることをおすすめします。
知りたいことというのは尽きないが、この一つだけはどうしても知りたかった。
何人もそれに魅入られ、滞りなく受け入れたのだろう。
方法、場所、情景。
そんなものは知りたくないのだ。
ただ一重に知りたいのは動機である。
どうやってそれに魅入られたか。
なぜ切望したのか。
だから私はこの仕事をしている。
しかし、この五年間でたどり着いた答えが一つだけ。
答えと呼べるかどうかは定かではないが、ある友人はその答えをとてつもなく嫌悪した。
私にとっては幸福の部類なのかもしれないが。
いや、体験するのはたった一度きりか。
ここで本題に入りたい。
直接的な表現を用いるのはいささか不快であるが、もっとも的確に表した比喩など
私には見つからない。
なのでその行動と感情、場所、方法、情景そして動機。
すべてのそこにあるであろう当事者の心も含めさせていただきたい。
そしてその表現を使うときには当事者に最大の敬意と賞賛をのせてほしい。
「自殺、また自死は倫理的には間違ってはいない」
11月11日
もうすでに五時半をまわり太陽はほぼ半分が地平線に埋まっている。
通常ならば五時にはシャッターを閉め、内側からかぎをかけて、この低いビルの住人は私のみに
するのが気に入っているのだが、いささか居眠りが過ぎたようだ。
ここ最近、まったく依頼者は現れない。
むしろその方がいいと思うかも知れないが、私の目的は達せられないのだ。
二ヶ月近くになるだろうか、私の手帳にはスケジュールなどなくただただ本を読みつくす生活が続いている。
部屋には古本が多くたまり、いつの間にやら空気はあせたのモノクロの映画を投影しているようである。
少し前に倉庫から出した、初の給料で買った五年以来の冬の相棒であるこげ茶のトレンチコートはただただ見世物のように同じ場所に飾られたままであるが、見物人といっても毎月茶封筒で送られてくる給料を渡しにくる郵便屋くらいのものだ。
五年の月日は早く、当初渡されたこのあまりにも手持ち無沙汰な低いビルはこ綺麗になり、もう壁塗りの業者は来なくなった。そのせいで私の食事や娯楽はほとんど制限されていたというのはいうまでもない。
大きなふるいデスクは私の存在を表す唯一のものだ。その引き出しにしまわれた、過去の依頼者のファイルは今後のこの仕事の必要性をあらわすことになってくる重要なものだ。
大雑把に言えば私が本を読みふけっていられるのもファイルのおかげなのである。
シャッターを閉めるべく私の革靴が重々しい音を立てながら、階段を下りていく。
半分になった太陽がある影を私の前に映し出し、そこには中学生の少年が立っていた。
彼は私に頭を下げてながらこう言った。
「あの。援助所ってここですか」
こんなに年齢の低い依頼者は初めてであった。いままでは二十歳を超えているものばかりであったので
いささか未成年とはびっくりした。それと同時に私は目に入る大人をにらみつけるようにしながら少し舌打ちをする。
少年は驚いたのか少し顔をこわばらせ、私の顔色を伺うように目をわざと合わせて、必死に感情を読み取ろうとしている。なかなかな奴だ。
「すまない。君は間違ってはいないよ。依頼者ということでいいのか」
彼は大きくうなずき、地面においてあった明らか大きなボストンバックを抱えてもういちど私に質問してきた。
「何日くらいでやってもらえますか。一応出来る限りのお金は持ってきました。現金でないとだめだと聞いたので」
私は時計を十二時にリセットして彼を事務所へと案内するべく再び目を合わせて話しかける。
絶対にしてはならないのは相手から目をそらして話すことである。
どんな一言一句も聞き逃してはならないし、私の言葉も聞き逃してもらっては困る。
依頼者と私が出会い、話し始めてから私の仕事は始まるのだ。
まあアフターケアならぬビフォアーケアといったところであろう。
「詳しくは中で話す。かまわないから入ってくれ。事務所は二階の突き当たりだ。私は店じまいをするから先に上がっておいてほしい」
彼は言われたとうりに先に上がっていく。私は後ろから彼を眺め少しずつ仕事への感覚に切り替えていく。人はどこまで行こうが人だ。心は反応してしまうものである。もちろん枷をはずしてしまえば簡単なのだろうが、あえて私はそれをしようとは思わない。あくまで人間対人間でなければならない。
南京錠の鍵をシャッターにかけて、私もまた音を鳴らして階段を上がっていく。いささかさっきよりも重々しいく響き、実際に足が重くなっているように感じられた。これもいつもの感覚。神経が形を現すかのようにしっかりとここに体があるのだと感じさせる。
突き当りにはおそらく彼のすべてであろうあのボストンバックが行き場所がないかのように無造作に地面に置かれ、彼はデスクと対面になっている真っ黒なソファーに腰をかけていた。
背筋はのび、足は揃わされ、目はしっかりと据えられているのが追い越しざまに見た彼からうかがえる。私はいすに座り彼を再び見つめる。
もうわかっているのか、彼はうなずた。
いままでここまで察しのいい者はいなかっため、前置きとして素性を問うのが通例だが、もうそんなことは省いてかまわないといっている様であった。
私はその時々で仕事の量を決め料金を言うのだが今回は迷いそうだ。
「君の最終的な要望はわかっているつもりだ。しかし私も仕事なので妥協はできない。
まず、料金、いやチップといったところか。君はいくら払えるんだ?」
彼は先ほどのボストンバックをあけ、ありったけの金を私のデスクにばら撒いた。
さぞかし十万もないと言った感じか。
紙幣のみであったが千円札も混じっている。
ありったけとはこういうことであろう。
折りたたまれたものが多くあった。
彼は軽く歯をくいしばり目線を私の目に映った自らに謝罪するように、私に話しかける。
「十万、と二千円あります。これで何とかできませんか」
正直きっちりした数字を聞いたときは落胆させられた。しかしまだ彼は中学生ではある。
おそらく親の金を盗んだか、バイトして稼いだんだろう。
珍しく多くの金を手にしたときその金は誰に使われるべきものなのかなどど助言し断言するおろか者がたまにいる。
家族、友人、はたまた動物に使いなさいと。
その中には必ずといっていいほど君自身に、とは入ってはいないのだ。
そのときにはすでにうらやみの感情が助言者の底に染み付いている。
おそらく感受性の高い彼ならばすぐに気づくだろう。しかし気づくことは決していいことではない。
むしろ害だとも言っても良いのだ。
世の中は高い感受性があるものをやさしさなどど言うがそれはあまりにも残酷ではないか。
私は現実、いや私の価値観を押し付けようと、彼を突き放すため話を先に進めることにした。
「この額では何もしてやれない。それでは私のところに来た意味がないと思うのだが・・・」
彼の顔がみるみる落胆へと変わっていく。少し変わり者だと思ったがやはりここの部分は他の者と同じらしい。私は別に彼に幸福や絶望などどそんな形づけられるようなものを渡すのではない。
あくまで援助にしか過ぎない。私の時間を買う。そんなところ止まりだ。
そして私は話を続け、契約にまで持っていかなくてはならない。
「しかし君の誠意と引き換えに私は一応は契約を承ることを決めた。それでいいか?
サインする前に言っておきたいことがある。一つ目は君の動機を聞くこと。二つ目は絶対的に実行することだ」
彼の汗が全身から出ているのがわかる。今まで現実身を帯びていなかったものが突然と姿を現し、彼に襲い掛かる。唇も手も震え、口を大きく開けることさえままならない。私は彼の目を見続けて、出来るだけ答えを急がす。覚悟などそんなものは不要であり実際役には立たない。
言葉は大きくなることもあれば小さくなることもある。ここでは大きく見えてしまう。仕方がないことなのだが小さくするように私は誘導しない。むしろ大きく見せるのだ。
時間がすこしづづ刻まれるの感じやすくするためにを壁かけの時計は大き秒針がなるものを選んでいる。カチカチという音は確実に彼の心をノミで削っている音だ。
最後には何になるかはわからない。そして出来上がったものは私にしか見ることができない。
ごくりと彼ののどを通る音が聞こえ、私は次の説明を考えはじめる。
もうあとは彼の言葉を待つだけだ。
なんども言おうとして飲み込まれた言葉はさらに重みを増し、口から吐き出される。
本能的になのか、目の前に迫るとなんども飲み込んだ。
私は決してここではあせらせない。すべて彼のためだ。いや、私の正当化の一部にしか過ぎない。
彼のためではないと思う。むしろ彼のためであってはならない。私がそこまで介入してはならないのだ。
彼はついに口を開いた。
「お願いします」
ただその一言。それに以外には彼には重過ぎる。
私は引き出しからいつもの用紙を取り出し、彼に手渡し説明を始める。
その用紙は自己が証明できればよいので、署名欄と指紋印を要求するものでしかない。
「これを書いて、左の親指の指紋印を押せ。指紋印の朱肉は水ではのかないが、強くこすると取れてしまうので、気をつけて」
特注の羽のインクペンを渡して目の前で書かせる。このインクは普通のインクよりか劣化が遅いのだ。丁寧に時間をかけてゆっくりと書いていく。字にはその人がでるというが、見たところやはり誠実な少年らしい。しかし誠実すぎるのが害となって、彼を蝕んだに違いなかった。
私の請け負った者たちはほぼある共通点があるのだ。
彼もまた、他の者達と同じだ。
自尊心の守り方を知らない者たちである。
もちろん他人からの影響もあるかもしれないが、彼らは大体友人、家族関係はうまくいっているらしいのだ。
彼も印を押し終わり、深くソファーに腰をかける。すべて決まってしまった感慨にふけっているのかはたまた心を自ら攻め立てているのかもしれない。私にはその感情は決して今はわからないだろう。理解の範疇を超えているのは確かであった。
この部屋でなすべきことはあと一つとなった。
私の通例。いや、唯一介入しているといってもいいかも知れない。
ある意味でのやさしさだと自負もしている。
しかしこの言葉が私の友人にまでも嫌悪された理由の一つでもあるのだが。
静かな息遣いを彼から感じ、もうそのときだと思い私はしゃべりかける。
息を吸い、彼を見つめ、微笑みかけ、その心にまで届けと願う。
「いままでよく頑張ってきた。私は未来永劫君のすべてを賞賛しよう」
11月12日
太陽が昇り大空が青く広がりだしたとき私はバイクを走らせ、後ろには彼を乗せて目的地へと急ぐ。
時間はあと六時間ほどしかない。昨日の夜、あれから彼は泣き明かしたらしかった。
目は少し腫れ、相変わらず印を押した左手は震えていた。
彼の希望の土地を訪れ、私は動機を聞かなければならない。
しかし彼は道中では口を閉ざし、たわいもない緩和的な話も出来なかったのである。
私は個人的に贔屓しているタバコ屋へとまずバイクを走らせた。そこも仕事のうちに入っているのである。彼にタバコの銘柄を選ばせるためまた目を見つめ、話しかける。慣れてきたのかもう動揺や不安などが消えたように澄んでいた。
「どの奴がいいか?君は。まあ聞いてもわからないかも知れないがサンプルを吸ってみるといい。
君の気に入った奴を教えてくれ」
珍しいことにこの店はすべての銘柄のサンプルがあり、試し吸いが出来るのだ。
彼は一本一本すべて吸った。
店主は老婆であり私がこの仕事を始めて依頼の知り合いである。
私は普段まったく来ない。むしろタバコはまったく吸わないのだ。
彼は一本一本すべて吸った。その間老婆は私に彼への敬意を示してくれた。老婆はこの世が恨めしくそしてとてもいとおしいと言った。彼もまた世の中のすばらしい贈り物だとも言ったのであった。
彼は漉き取るような味の物を選び、しめて十パック購入した。
老婆は彼と別れの握手をしてこう表現した。
少年は動物の肉ではなく果肉の様であると。
目的地は海であった。しかし海を用いることはだめだとあらかじめいっておいたので何か別の方法をとらなければならない。
それを聞いた彼は昨日こう答えた。
「潮風のにおいが好きなんです。母も彼女も好きでしたから。突然中学になってから好きになったんですよ。影響されたんですかね」
松の木が生い茂り、あたりは昨日出会った時と同じく、海によって半分飲み込まれた太陽が助けを呼ぶように光を私達に射していた。もうすぐ約束の時間になる。十二時に切り替えた時計は一日をカウントしようとしていた。その時の彼はもう顔さえも見ていられないような酷い物であった。やはりさっきの澄んだ瞳は濁らないように濁らないように瞳を大きくしていった。
彼は私が用意したロープを一番大きく、海からの風を受けやすい幹へくくりつけそして枝へと準備していく。私は波と海の音を聞きながら彼に最後になるであろう質問をする。
「動機を教えてくれないか。君のすべてを。私は君を受け入れたい。教えてくれ」
彼は幹の下へ行き、首をロープに通してしばし目を閉じる。彼の心にはいま何が映っているのだろう。
走馬灯か、誰かへの憎しみか。はたまたこの世か。生み出した両親か。
それは私には聞くことが出来ない。すべてを台無しにしてしまうのだ、そう心の根底から。
けれど魅入られた理由は聞くことが出来る。彼も聞いて欲しいはずだと、私は決め付ける。
ここにも私の矛盾がある。一言でその人のすべてはひっくり返ってしまう。
私も彼も。
けれど知りたいがためのこの仕事だ。呪われてもいいのかと私の大好きな親友は言った。
いいとうなづいた時彼女は心のそこから私のことを軽蔑した。いや人としてはもう死んでいるのかも知れないと彼女は似た様な言葉を私にかけて去っていった。
そして彼は私の目を見た。彼の大きくなっていく瞳に私が写っているのがはっきりとわかるほどに、クロはシロを埋め尽くしていた。
彼は語りだす。
「僕は何年も野球を続けてきました。そう小さい頃から。けれど・・・うまくはならなかった。
勉強も人一倍やったつもりです。なにかを始めても始めたときから何も変わらなかったんです。
それが僕の理由です」
大きな瞳から涙を流した。瞬きもせずだらだらと流れていった。
そして私に笑いかけこう言ったのだ
「あの、一緒に死んでくれませんか?」
私は彼から目をそらさず、何秒か彼の瞳を見続けて思いを馳せる。彼は私が見えない何かが見えている。なんとうらやましいことか。
しかしあくまで私はその輝きに魅入られるわけにはいかないのだ。
あまりにも理不尽で身勝手なこの私ではあるが、譲れない。
私は彼との関係を絶つため、見えない何かで取り付かれた彼から離れるため
その告白の返事をした。
「それは出来ない。君についていくことは、無理だ。私の援助はここまでだ。さようなら。
そして・・・おめでとう」
彼の瞳はすべてのシロを埋め尽くした。
そして最後にうめき声が聞こえいまここに彼が終わった。
その瞬間時計を止める。
彼は最後にこう言った。
「悔しい。ありがとう。」
と。
そして私は彼の気に入ったタバコを吸い最初に吐き出す煙を出来るだけ高くへと飛ばすのだ。
彼の葬儀が終わるまでこれを十パックを吸い尽くし、火葬が完了したのと同時に最後の一本を吸い終わるというのが私の礼儀である。
私の仕事は残っている。彼を下ろし、遺体袋に詰めて、バイクにくくりつけ私は海を後にした。あらかじめ連絡しておいた、霊安室へと彼を運ぶ。
そして知り合いの刑事へと連絡を取り自殺を発見してもらったことにするのである。
霊安室の知り合いの医者は私を珍しがり、知り合いの刑事は酷く私を心配した。
11月13日
火葬場からの連絡がきて、私は電話にでた。そう、それがあの大好きな親友である。
彼女は
「火葬が完了しました」
とだけ言うと電話を切るのである。これが五年間の習慣であり、事務所のデスクで吸っていた私はお馴染みの灰皿にこすりつけ火を消した。
彼は16番目の依頼者となったのだ。
私はファイルに彼の誓約書とプロフィールを書いた紙を挟みこんでいく。プロフィールは私が感じえた彼のすべてを記載しなければならない。けれど、今回は動機の欄は空欄になりそうであった。処理後、私は友人でもある刑事にこう話した。
「あれはきっと嘘だ」
ひどく刑事は驚いていた。もちろん私が一番驚いているのだが。
その後すぐに次の依頼者は現れた。
そしてまたいつものように私は目の前にいるうら若き少女に私は言う。
「いままでよく頑張ってきた。私は未来永劫君のすべてを賞賛しよう」
終。
あくまで作品としては序章にあたります。
作者としましては、雰囲気を楽しんでいただければと思っています。
小説を書くのは生涯で初めてなので日本語の使い方はかなり間違っていると思います(笑)ご容赦ください。
感想などなんでも構いませんのでコメントしていただけると、私はすごく喜びます。非難もどしどしお待ちしております。
よろしくおねがいいたします。