206話~208話
206話~208話
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206.深すぎて……
時の流れというものがあって
その流れと共に風化されてゆくこと
哀しい現実も存在はしたりするけれど
ここは違った
あの時
あの瞬間
誰もが予想しなかった あの時間
私たちが立っていた場所が
一瞬のうちに変貌してしまった事実
確かに存在したのだと
夜の闇に浮かぶドームを見ていて思った
修復は繰り返されてはいるものの
よく残ったと……本当にそういう思いだった
以前「行ったら変わるよ」と言われたことも
同時に思い出していた
戦後に生まれ育った私たちが
あの場所に立つことの意味
深すぎて
上手く言葉にならない……
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207.だから……
一瞬にしてなくなるということ
現代に生きて
この身を持って体験した
命も物もなにもかも……
あった“もの”がそこにない風景
あるはずの“もの”がそこにない事実
なければならない“もの”がない現実
受け止めなければならないと頭では判っていても
気持ちだけが彷徨い続ける
そう……完全にシンクロした
体験していないことと体験したこと
でも
現実に起きた事実として
知らなければいけない事実として
忘れない
だから作家になったのだから
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208.息づく……
もっと重く感じると思っていた
“重く”というのは空気とかそういうもの
でも軽かった
不思議なくらい
一緒にいた人から聞いた
「ここは事実が事実として受け止められて
きちんとした祈りや想いが
風化することなく届けられているから」
と……
見えない力かもしれないけれど
人の想いや祈りというものに敵うエネルギーはないと
実感することができた
ずっと思っていたことだけれど
改めて実感させられた
風化させられる事実があったとしても
風化させない人たちがいる限り
生き続ける
息づけられる
息づく……
2012年10月
広島市原爆ドームにて
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2012年10月。
出張で広島市へお邪魔しました。
原爆ドームを初めて間近かで見た時に、アメリカ同時多発テロ事件とシンクロした私がいました。
アメリカ同時多発テロ事件のその跡地は「グランド・ゼロ」と呼ばれていますが、その意味は奇しくも「爆心地」。
広島の原爆投下の際に使われていた言葉でもあり、そこから名付けられたとも言われています。
皮肉としか言いようがありませんが、起こった事実により、残された傷跡の大きさの大小はありません。
今後、二度と、人災による哀しみが起こらないことを折に願っています。




