校正者のざれごと――推し活と「無条件の肯定」
私は、フリーランスの校正者をしている。
ある日のこと。天気予報は午後から雨。午前中のうちに買い物を済ませようと、愛車(緑色の電動自転車)で近所のスーパーへ急ぐ。店内は同じように雨が降る前に来たらしい客で混んでいた。レジの長い列に並んでいるとき、突然前に並んでいた知らない女性に声をかけられた。見た感じ、たぶん70代くらいだろうか。
「それ、○○さんのパーカーですよね」
その日私が来ていたのは、あるシンガーソングライターの男性のライブグッズのパーカーだった。紺の無地にワンポイントのイラストが入り、フードが黄色のチェック柄。アーティスト名などは入っていないので、知っている人しかそれとはわからない。
「私もそれ、買ったんです。息子にあげちゃいましたけど」
彼女は恥ずかしそうに笑った。「ごめんなさいね。急に話しかけちゃって」
私は思わず答えた。「……いいえ、あの、むしろ嬉しいです」もちろん本心だ。まさか、こんなところで、同じアーティストを好きだという人に会うなんて。しかも、話しかけてもらえるなんて。
彼女はその後、前を向いて列に並び、会計が済むと何事もなかったようにそのまま立ち去った。でも私は、何となく嬉しくて、いつまでもその余韻を引きずっていた。
「推し活」という言葉はいまではすっかり市民権を得ていて、「推し」がいるという人も多いだろう。私自身も「推し」がいて、彼の存在が仕事やこうした文章を書くことへの励みになっている。ただ、身近にそんな気持ちを共有できる人がいないので、あくまでも自分の心のなかだけにしまいこんでいる。
買い物を済ませ、仕事に入る。いま来ているのは、ある国家試験の過去問集の索引や前付(まえがきや目次などのこと)の校正だ。本文の校正はすでに納品が済んでいる(ちなみに「本文」は「ほんぶん」ではなく「ほんもん」と読む。出版業界の専門用語らしい)。
ここで何度も書いているが、索引の校正は本当に気が重い(もはや愚痴)。しかも今回は500ページ近くある。でも、今日はいいことがあったおかげでこんな作業も苦にならない。ほんのささいな出来事が、人を幸せにしてくれる。これが「推し」の力というもの。
「推し活」と「ヲタク」はほぼ同義だという記事を読んだ。確かに特定の人(あるいは物)に対して強い愛情を持っているという点ではどちらも変わらない。でも、「私、ヲタクだから」というときには少し自虐的な響きがあるように感じる。一方、「推し活」の持つイメージはあくまでも明るい。「好き」で「応援している」気持ちをまっすぐに表現している。「好き」という言葉が持つ広くて深い(単なるお気に入りからある種の恋愛に近い感情まで含めた)意味合いを、うまく包み込んで綺麗にまとめた言葉、それが「推し活」ということになるのだろう。
「推し活」の一種に「ぬい活」というのがある。大好きなぬいぐるみを鞄に忍ばせ、“連れて“歩く。旅先やカフェで一緒に写真を取ったり、夜は枕元に置いて一緒に寝たり。これが、若い女性だけではなく、男性の間でもひそかなブームになっているという。
俳優の大和田伸也さんは、そんなぬい活をSNSで発信するひとりだ。ぬい活歴は30年以上に及ぶという。ロケ現場にもぬいぐるみを連れていき、写真を撮ったりする。ぬいぐるみは家族のようなもの。そう話す彼の表情はとてもいきいきしている。
ぬい活においては女性だけでなく、家庭を持ち、会社でも一定の地位を得た男性がぬいぐるみを手にとり、ときに話しかける。それは、日々まわりを気づかって表に出すことのできない感情を、無条件に受け止めてくれる存在を求めているのかもしれない。日頃からちょっとしたタイミングでささいな悩みや愚痴を言い合える女性どうしのコミュニケーションと、男性のそれとはたぶん違う。成果を求められ、他人と較べられることを余儀なくされる緊張感のなかで、黙って自分の話を聞いてくれるぬいぐるみは、「無条件の肯定」をもたらしてくれる存在だ。人どうしでは「無条件の肯定」なんてまずありえない。
索引と前付の校正も無事終わり、ほっと一息。そろそろ、伸びてきた髪を切ろうかな。平日の美容院はすいていて予約もすぐ取れる。
担当は若い女性で、彼女はいつも自分からいろいろな話をしてくれる。人懐っこい感じ。自分から話題を持ちかけるのが苦手な私にはちょうどいい。聞いてみると、彼女の最近の推しはSnow Man。特に誰かというのではなく「箱推し」なのだそうだ。
カットが終わり、会計のときになって、携帯をかざした。すると彼女は笑顔で言った。
「それ、○○さんのですよね。お好きなんですか?」
携帯のクリアカバーに彼のアルバムについていたステッカーを入れているのだ。こんなふうに気づいてもらうのも初めてだった。「……あ、はい。そうなんです」
「○○さん、かっこいいですよね。次回いらしたときにいろいろお話聞かせてくださいね」
いいんですか。話し出したら止まりませんけど。そんな台詞を心のなかにそっとしまう。
後日談だが、相当ドキドキしながら次に行ったとき、彼女はその話をすっかり忘れていたようだった。まさに肩透かしを食った感じ。とほほ。でも、誰にも話していない「推し」に気づいてくれただけで私は十分嬉しかったのだ。やっぱり「推し活」って最高ですね。




