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異世界に転移したら、能力がしょぼすぎて拾われました

作者: 八笠珠香
掲載日:2026/02/19

 ……ああもうやだやだ。人生疲れた。仕事辞めたい。いや人間やめたい。

 できれば来世は花になりたい。

 ……いやでも待って、花になってすぐにつまれて人生(?)終了するのは早すぎるかも。

 じゃあ動物?それもなー、野良は過酷だし、ペットになってもご主人様次第な人生(?)だもんね。

 そうなるとやっぱり一番いいのは結局人間になっちゃうかも……

 うん。出来ればお金持ち、不遇無し、人生勝ち組、目線ひとつで人を動かしてみたい。


 あああああっ、神様仏様男神様女神様、いらっしゃいましたらわたしの願いを叶えて下さい。

 二次創作で過去にありふれていたトラ転は嫌です。

 痛いのは苦手です。

 悪役令嬢みたいに高らかに笑う事は出来ませんが、思わず素で笑っちゃうようなことが言えた時に、心から生きてて良かったと思えちゃうような平凡な人生でいいです。

 なので、聖女とか気持ちひとつで前向きになれるような職ならいけます。

 人に感謝されたいわけじゃないけれど、ちょっと通りすがりに手助けする程度、それくらいの力でも構いません。なにとぞ、なにとぞおおおっ!!


 あまりにもバカな願いを悶々と考えて、平べったいお布団の中で丸まって眠れない夜を過ごしているわたしの元へ、まさかの天使が現れた。

 煌めく黄金の髪に、同じくはちみつを溶かしたような金色の瞳。


「……そう。あまりにも自分の欲望に忠実で平凡で、何の欲もないように見えて、的確に自分の都合の良い所を伝えてくるあなたのところへ使わされたのが、この私」

「……え、夢?」


 ぽかんと口を開けるわたしに、天使様がちらりと視線をよこす。

 指先で軽く額をおさえて、わかりやすい溜息。

 その表情も、麗しいですね。えへへ。


「はぁ……。今は私の世界で人口が減少傾向にあります。そのため、知識のエキスパートからごみにも薬にもならない平凡枠まで、地球から移住してみたい方を探しています。来ますか?来ませんか?」

「行きます!!」


 あまりにもそのご尊顔が麗しくて、後先考えずに即答していた。

 連日の仕事の疲れや、さっきまで妄想垂れ流しで、脳みそがキャパオーバーしていたのかもしれない。


「そんな即決でいいんですか……?」


 天使様はほんの一瞬だけ目を丸くしてから、すぐに諦めたような顔になった。


「まあ、いいでしょう。契約内容はあとで説明します。拒否権は……ありません」

「えっ、そこ一番大事なところじゃないですか?」

「あなたが“行きます”と言った時点で成立しました」


 さらっと怖いこと言わないでほしい。


 でも、ここまで来たらもう後戻りできない気がするし、なにより目の前の神様があまりにも麗しすぎて、現実感がない。


「では、転移を開始します」

「え、ちょっと待って、心の準備が――」


 言い終わる前に、視界がぐにゃりと歪んだ。

 足元の感覚がなくなって、身体がふわりと宙に浮く。


 え!?!?


「ちょ、ちょっと待ってください!?怖いのは苦手なんですけど!?」

「大丈夫です。死にはしません」

「それ一番信用できないやつですからね!?」


 どこまでも落ちていく感覚に、さすがに心臓がバクバクしてきた。

 あ、無理。これ無理なやつ。


「あのっ聖女っ、聖女、聖女でお願いしますうううううっ!!」


 最後の悪あがきのように叫んだ声は、神様の苦笑いと一緒に遠ざかっていった。


 ――――そして。


 ぼすっ。


 思っていたほどの衝撃はなく、やわらかい草の上に落ちた。


「……あれ?」


 おそるおそる目を開けると、視界いっぱいに広がるのは、どこまでも続く緑の丘と、遠くに見える小さな街並み。

 空はやけに高くて、風は少しだけひんやりしていて、耳が痛くなるほど静かだった。


「……ここ、どこ?」


 とりあえず立ち上がってみる。

 身体はちゃんと動くし、痛いところもない。

 生きてる。たぶん。

 ……神様ありがとうございます!


「……で、聖女は?」


 両手を見つめてみるけど、光ったりもしないし、謎の紋章が浮かび上がる気配もない。

 お約束のステータスオープンも小声で試してみたけれど、出なかった。

 これ地味に恥ずかしいね!?

 それでも念のため、近くに生えていたしおれかけの草に手をかざしてみる。


「……元気になれー……?」


 しーん。


 ……あれ?


 もう一度、気持ちを込めて。


「元気になれー……っ」


 草の先っぽが、ほんの、ほんのちょっとだけ、ぴんっと立った。


「……え、今の……?」


 たぶん、気のせいじゃない。

 でも、これだけ?

 何度か、頑張れー、君はまだやれるはず!と念じてみたけれど、変わらなかった。


「ああー、マジでこれっぽっちかぁ……」


 思わずその場にしゃがみこみながら、深くため息をつく。

 チート能力で無双、なんて夢のまた夢だったらしい。

 ……まあ、いいか。

 最初から平凡でいいってお願いしたの、わたしだし。

 それにもしかしたら、使えば使うほどレベルアップの成長型かもしれないし。

 信じてるよ、神様!


「よし、がんばろ。生きるしかないもんね」


 そう呟いて顔を上げた時、ちょうど丘の下の道を、一人の青年が歩いてくるのが見えた。

 肩に木の籠を下げて、ちょっと無造作な髪の、役職とか絶対なさそうな雰囲気の人。

 目が合った瞬間、相手がぎょっとした顔をする。


「……え、こんなところに人?」


 青年は一瞬だけ警戒した顔をしたあと、すぐにへにゃっと笑った。


「なに、もしかして天から降ってきた系?この辺、そういう人わりと来るからさ」

「わりと来るんですか!?」

「うん。年に一回くらいは」


 ……わりと、の基準がゆるすぎる。


「ここ、街からちょっと離れてるからさ。迷子なら送るけど?」

「えっと……迷子というか……」


 説明が面倒くさすぎて言葉に詰まるわたしに、青年は「まあいいや」と軽く笑った。


「深掘りしない主義なんだよね。人には色々あるじゃん」

「……優しいですね」

「ははっ、顔だけは優しそうって言われる」


 さらっと言って、肩をすくめる。


「で、君、名前は?」

「……あ、えっと……」


 名前、どうしよう。


 地球の名前言っていいのかな。

 この世界で浮かないかな。


 迷っていると、青年が先に名乗った。


「俺はルカ。職業?無職に限りなく近い何か」

「それ言っていいやつですか?」

「いいよいいよ。どうせ隠してもバレるし」


 笑顔は軽いのに、どこか投げやりな言い方だった。


「とりあえず、街まで行こ。ここで立ち話してても日が暮れるし」

「……ありがとうございます」


 並んで歩き出すと、ルカは相変わらず適当に周囲を見ながら話しかけてくる。


「服、変わってるね。旅人?」

「……事故みたいなものです」

「人生事故りがち?」

「否定できないです……」


 その返しが面白かったのか、ルカはくすっと笑った。

 人の笑顔を見ると、なんでこっちまで心が軽くなるんだろう。

 今、ちょっと嬉しい。


「ま、事故っても生きてりゃなんとかなるよ。たぶん」


 たぶん、って。

 でも、その適当な言葉が、妙に心に引っかかった。

 まだ彼とは出会ったばかりだし、彼が深堀りをしないタイプって言ってたから、こっちからいろいろ聞くのは悪いかな?

 うーん、と思わず言葉を探すわたしに、ルカが目を細めて笑う。


「そんな顔しなくていいって。困ってるなら困ってるでいいし、話したくなったら話せばいいしさ」


 ……ずるい。

 こういうところが、たぶん“うまく生きてる人”の振る舞いなんだと思う。


「でさ」


 ルカは歩きながら、何でもないみたいな声で言った。


「今日、泊まるとこある?」

「……ないです」

「即答かぁ」


 苦笑しながらも、どこか納得したようにうなずく。


「じゃあ、街の宿に……って言いたいとこだけど、金ある?」

「……ないです」

「だよねー」


 軽く頭をかいてから、ルカは空を見上げた。


「俺んちに来る?って言うと怪しいよな」

「……はい」

「だよねー」


 自分で言っておいて自分で否定するの、なんなの。


「まあ、俺んちはボロいし狭いし、正直住めるってほどじゃないんだけどさ」

「それはそれで心配です……」


 すると、ルカはくすっと笑って、少しだけ声のトーンを落とした。


「知り合いの婆ちゃんがいてさ。最近ひとり暮らしになったんだよね。

 離れの小屋が空いてるって言ってたから、短期間なら貸してくれると思う」


「え……そんな、いいんですか?」

「いいかどうかは婆ちゃんが決めるけどね。俺が勝手に決めるわけにもいかないし」


 でも、と前を向いたまま付け足す。


「困ってる人放っとくほど、俺も冷たくないから」


 その言葉は、軽い口調のわりに、ちゃんと現実的だった。

 この人、チャラいけど、適当だけど、でも、必要なところはちゃんと考えてる人なんだと思った。


 ここは異世界。

 自分で望んでやってきた場所。


 ぎゅっと彼から見えない方の手を握りしめて、顔をあげる。


「お願いします」

「はいよ。じゃ、交渉役は俺ね」


 そう言って笑ったルカの横顔は、確かに“顔だけで人生なんとかなってきた人”のそれだったけど。


 不思議と、嫌な感じはしなかった。





 ルカに連れられて辿り着いたのは、街の外れにある小さな家だった。

 木造で、ところどころ年季が入っているけれど、庭の手入れは行き届いていて、不思議とあたたかい雰囲気がある。


「……ここ?」

「そう。うちの婆ちゃん家」


 門をくぐった瞬間、家の中から低めの声が飛んできた。


「ルカ。あんた、また勝手に人を連れてきたんじゃないだろうね」


 ……聞こえてる。


「いやいや、今日はちゃんと事情あり。超まじめな用事」

「その言い方がもう信用ならん」


 戸を開けて出てきたのは、背は低いけれど背筋の伸びたおばあさんだった。

 鋭い目つきでルカを睨んでから、ちらりとわたしを見る。


「……その子は誰だい」

「あー、えっと……空から落ちてきた人」

「は?」


 おばあちゃんの眉がぴくりと動く。


「ちゃんと説明しなさい」

「はい」


 ルカが素直に背筋を伸ばしたのを見て、思わず目を瞬かせた。

 この人、おばあちゃん相手だと急にいい子になるんだ。


 簡単に事情を話すと、おばあさんはしばらく黙り込んでから、ふう、と深く息をついた。


「……なるほどね。事情は分かったよ」


 それから、わたしの方をまっすぐに見る。


「ここに来たからには、楽な暮らしが待ってるわけじゃない。

 働くことになるし、文句も言わせない。 それでもいいなら、離れの小屋を貸してあげるよ」


 一瞬、胸がぎゅっとなる。


 優しい言葉じゃない。

 でも、突き放す言葉でもない。


「……はい。お願いします」


 そう答えると、おばあちゃんは小さくうなずいた。


「覚悟があるなら、それでいい」


 その横で、ルカがほっとしたように息を吐いた。


「婆ちゃん、ありがとう」

「礼を言うなら、あんたがもっとちゃんと働くことだね」

「……耳が痛い」


 そのやり取りを見ながら、なんだか胸の奥が少しだけあたたかくなった。


 ここから、わたしの異世界の生活が始まるんだ。





 ばあちゃんに案内された離れの小屋は、正直言ってきれいとは言えなかった。

 でも、雨風はしのげそうだし、古い木の匂いがどこか落ち着く。


「……今日はいろいろありすぎたなあ」


 簡単に身体を拭いて、借りた布団に潜り込む。

 天井を見つめながら、異世界に来た実感がじわじわと押し寄せてきた。


 ここは異世界。

 帰る方法は分からない。

 能力はしょぼい。

 知り合いは、今日会ったチャラ男ひとり。


「……大丈夫かな、わたし」


 不安が喉までこみあげた、その瞬間。


 ぼすっ。


「……?」


 いきなり、胸のあたりに何かが落ちてきた。


 軽い。

 そして、あったかい。


「うわああああん!!もうやだあああ!!」


「ひゃあああああ!?な、なに!?」


 布団の中から飛び起きると、そこには手のひらサイズの、三頭身くらいの妖精がいた。

 小さな羽をばたばたさせながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


「ちがうんだよお……!僕、ここ向いてないんだよお……!」

「ちょ、ちょっと待って!?ここってどこ!?」


「異世界だよおお……!神様に連れてこられたんだよお……!」


 情報量が多い。


「僕、前の世界でもダメでさあ……!働けないし、役に立たないし、それなのに『君はこの世界じゃ才能が活かせない』とか言われて、気づいたら、ここに落とされたんだよお……!」


 ……え、なにそれ。


 わたしと同じじゃない?

 いや、わたしの場合は即決させてもらったけれど、まさかの不安のまま落とされちゃったって事?


「……もしかして、君も?」

「うん……うわああああん……!」


 また泣いた。

 ぼすんっと背中を丸めて、わんわん泣いてる姿が可哀そうなんだけど、ちょっと可愛い。

 わたしはそっと布団の中に戻って、妖精を手のひらで包むように抱えた。


「……ここ、そんな悪いとこじゃないかもよ」

「ほんとにぃ……?」


 鼻水ずるずるの顔で見上げられる。

 くるくるの金色の巻き毛が、ふわっと揺れる。


「わたしも今日、おばあちゃんに拾われて、寝る場所が出来たところ。

 能力もね、これっぽっちしかないけど……生きてはいけそう」


 言って、泣きすぎて真っ赤になってる妖精の目元にそっと指を触れさせてもらって、念じる。

 元気になれーって。

 草にやった時よりは、少しだけ赤みが引いて、何かを感じたらしい妖精が一言。


「……全然、安心できないんだけど……」


 おい、正直だな。


「でもさ」


 小さな妖精の背中を、指でそっと撫でる。


「向いてる世界なんて、来てみないと分からないよ。

 少なくとも、今日は一緒に寝る場所がある」


「……じゃあ、今日はここにいていい……?」


「いいよ。狭いけど」


 そう言うと、妖精は布団の端っこにちょこんと座って、少しだけ泣き止んだ。


 異世界一日目。

 異世界転移を願ったわたしと、自分の生まれた世界では『能力を活かせない』って言われた妖精くん。

 なんだかんだとやっていける気がしているのは、望んできたか落とされたかの違いかな。


 布団の端っこで、まだ少し鼻をすすっている妖精を見ながら、わたしは小さく息を吸った。


「……私の名前はミオ」


 異世界で名乗る、自分の名前。

 妖精はぱちぱちと瞬きをしてから、少し考えるように首を傾げる。


「……僕の名前、まだ決まってないんだ」

「じゃあ、一緒に考えよっか」


 ここは異世界。

 向いてないかもしれない世界。


 それでも、名前を呼び合える相手ができた夜は、思っていたより、悪くなかった。



こういうスローライフ系の創作も大好き!

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