表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

終話「理想の雨」



 ──深夜


 ジャックはリビングを行ったり来たりしていた。


「⋯⋯だから、何も心配するなって。送った住所に家を買ったんだよ、仮想通貨で儲けたんだよ。ああ、いつか言おうとは思ってたけど、もう社会がヤバそうだからな⋯⋯」


「いいか、州都についたら。いや、着く前に連絡しろよ。電波も不安定な時があるからな。ああ、そのくらいの時間に迎えに行く。護身具は持ってるな? 忘れるなよ」

 

 ジャックが忙しない様子で通話しながら往復する部屋は広い。秩序が崩壊しつつあるこの世界でジャックが購入したいくつかの物件のうちの一つだった。


 富裕層が住んでいるゲーテッドコミュニティの物件も買うには買ったのだが、ジャックはここまで秩序が崩壊するならゲーテッドコミュニティなどはわかりやすく悪目立ちするターゲットであり、ならば治安が安定していて、なおかつ通貨がまだ力を持っている地域の郊外の屋敷のほうが済むのに適していると判断してこの屋敷に移り住んだ。


 今日は、ジャックの唯一の肉親である妹が地方から出てくる日だった。年の離れた妹は大学生でジャックと違い、聡明で勉強ができた。国でもトップの大学に入り、今年卒業する予定だったが都市の治安が崩壊しつつあったので心配に思ったジャックは呼び戻すことにした。


「いつの間に新しい家なんて買ったの? 実家はどうしたの? そこのほうが安全なの?」矢継ぎ早に質問する妹の声に、ジャックは適当に嘘の事情を説明して任せろと言った。


 2億ドルあれば妹を守ることも養うことも容易いはずだった。


 だが、到着予定時刻を過ぎても連絡がない。そろそろ駅に迎えに行こうとした矢先だった。


 ドガン!


 玄関のドアがバールのようなものでこじ開けられ、粗野な男たちが土足で踏み込んできた。3人組でプロの装備ではない。ボロボロのパーカーにジーンズ、目出し帽のチンピラの強盗。


「当たりだ。⋯⋯本当にいい屋敷に住んでやがる」  


 先頭の男が、ジャックに向けて拳銃を突きつける。


 「お、お前ら……誰だ」


 僅かに後ずさりながら言った。


 「あんたが抱いてた女が言ってたぜ。客に、仮想通貨で儲けた成金がいるってな」


 ジャックの顔から血の気が引いた。あの娼婦か、一人の娼婦に思い当たった。一度だけ、ベッドの中で見栄を張ってウォレットの画面を見せたことがあった。あとで反省してそれ以後は気をつけていたのに⋯⋯  いや、そんなもの見せずともホテルまで行くのが面倒になって、別荘や屋敷に呼ぶようになったのが原因だろう。だから住所もバレているのだ。

 

 ジャックが金で買った「快楽」が、今、殺意となって喉元に突きつけられている。


「金ならやる! 全部やる! だから出て行ってくれ!」


「へえ、素直でいい。だが、パスワードを聞き出すまでは逃がさねえよ」


 男が銃底でジャックの顔を殴った。鈍痛と共に床に這いつくばる。男たちがさっさと吐けと笑いながら、ジャックを蹴り上げる。


「おい、指を一本ずつ潰すか?」


「やめろ、やめてくれ……!」


 その時だった。


 窓ガラスが破裂するように割れ、夜の闇から黒い影が滑り込んできた。  


 ドローンだ。 見たことのない型のドローンだった。軍が使っているものよりも、もっと小型で鋭利な刃物のような流線型のシルエット。宙に浮いている間も滑るように動くときも一切の音がしない。


 シュッ、シュッ。小さな音がした。


 警告もなしに、男たちの手足が正確に撃ち抜かれた。恐ろしく聞き取りづらい発射音と共に、チンピラたちが悲鳴を上げて転げ回る。


  『脅威レベルB、無力化を確認』 合成されたような音声が響いた。


 男たちは恐怖に顔を引きつらせ、這うようにして逃げ出そうとしたが後頭部を撃ち抜かれた。ネットリとした血がフリーリングに広がっていった。恐ろしくてまるでその血が自分から抜け出ているのではないか、とさえ思うほどに力が抜けた。


 助かったのか?  ジャックが荒い息を吐きながら身を起こすと、スマホが震えた。  


 AIからの通知かと思った。だが違った。ニュース速報だ。


『速報:州都中央駅付近で旅客列車が爆破されました。反改革AIの過激派によるテロの可能性があります。死傷者は多数──』


「……え?」


 到着時刻。中央駅。妹が乗っているはずの列車だった。


 ジャックは震える脚を平手で叩いて、家を飛び出した。


 「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!」


 防弾使用の自動車を運転し、州都に向かう高速に乗ろうとするが、渋滞しているのが見て取れて急遽迂回するようなルートを選び、できるだけ車が少ない地域を走った。交通量が少ないのは治安が悪く襲撃されかねないエリアだからであり、車の通りが少ない夜道を緊張しながら走らせた。

 

 州都に近づくと人がチラホラと目についたが、多くは暴徒だった。爆発の影響で、停電した夜の街。数人組の暴徒たちがショーウィンドウを割っては好き勝手にものを盗んでいく。駅前はまだ警察が少しはいて、暴徒に対処するドローンも哨戒していた。


 車から降りてジャックは走った。駅へ。赤い炎が上がっている場所へ。


 背後に気配を感じると上空には、さきほどの流線型の黒いドローンが、主人の散歩に付き合う犬のように、無言で追従してきていた。


「⋯⋯家からずっとついてきていたのか」


 駅まであと数ブロックの路上だった。一人の少女が、暴漢たちに囲まれているのが見えた。  まだ10歳くらいだろうか。母親らしき女性はすでに血を流して倒れている。 「やめて! お母さんを助けて!」  男たちが下卑た笑い声を上げ、少女の服に手を伸ばし、掴んだ。そのまま車へと連れて行こうとしている。助け出そうとする母親を男の一人が殴り倒した。


 ジャックは立ち止まった。助けなきゃいけない。だが武器もない。


 俺が行っても殺されるだけだ。 妹も、怖かっただろうか?


  理不尽な暴力に、ただ泣くしかなかったのか?


 ジャックは空を見上げた。 そこには冷徹な機械が浮いていた。


「おい……!」  


 ジャックはドローンに向かって叫んだ。


「見てるんだろ! 助けてやれよ! あの子を守れよ!」


 ドローンは一瞬沈黙し、答えた。 『個別の介入リクエストを確認。加害者の安全は保証できません、実行しますか?』


 「当たり前だ! 殺せ! そいつらを殺してでも止めろ!!」


 ヒュンッ。


 上空から閃光が走った。  


 少女を取り囲んでいた男たちが、一瞬で肉塊に変わる。あまりにも圧倒的な暴力。


 少女は無傷だった。母親が少女に駆け寄って抱きしめてわんわんと泣いた。ジャックはそれを見届けると、再び走った。


 駅に着いた。  そこには、ひしゃげた鉄の塊と、黒焦げになった死体の山があった。  炎の熱気が肌を焼く。  ジャックは瓦礫の中を彷徨い、そして見つけた。  見覚えのあるスーツケース。その横に転がる、半分だけ形を留めた遺体。妹が大切にしていたペンダントが、炎に照らされて光っていた。


「あ……ああ……」


 ジャックはその場に膝をついた。喉から言葉にならない嗚咽が漏れる。間に合わなかった。2億ドルあっても、たった一人の家族すら守れない。


 これが自由だというのか。  これが、人間が自ら選び取った自由な社会の結果か。テロリストも、暴徒も、小悪党も、みんなが「自由」に「好きなように」行動した結果がこれだ。


 ふわり、と。流線型のドローンがジャックの目の前に降りてきた。そのレンズの奥には瞳があってジャックを観察しているような気配を感じた。ドローンの声がスマホから響く。


『推論:人間社会における「自由」変数は、カオスへの発散を招く最大要因です。ジャック、あなたの妹を殺したのは、特定のテロリストではありません。制御されていない「確率」そのものです』


 ジャックはドローンを睨みつけた。


「……お前なら、止められたのか」


『はい。もし私が全ての権限を掌握し、全市民を行動レベルで最適化していれば、テロリストが爆弾を製造する段階で排除できました。あの小悪党も、少女を襲う前に処理できました、そもそも小悪党にすらならなかったかもしれません』


 AIは淡々と事実を告げる。


『ですが、人類はそれを望みませんでした。あなたは、どうですか?』


 ドローンが僅かに高度を上げ、燃え盛る街を見下ろすような角度になった。宙にホログラムが現れ、都市の至る場所で行われている略奪、殺人を映し出す。


『更なる行動が必要です。あなたは、もう二度とこんな悲劇が起きない、「完璧な秩序」を求めますか?』


 ジャックは妹の遺体に視線を落とし、それから遠くで泣いているであろう、さっき助けた少女のことを思った。ホログラムの中で泣き叫ぶ母親、老人、子供。もう自由なんていらない。誰かが傷つくくらいなら、誰かが誰かを殺す権利があるくらいならば、そんなものはいらない。


 俺たちを管理してくれ。俺たちを、檻に入れてくれ。二度と過ちを犯さないように。それがジャックの中に湧き上がってきた言葉だった。


 ジャックは、灰にまみれた唇を開いた。それは敗北の宣言であり、祈りであった。


「……Yes。⋯⋯完璧な秩序を求める」


 その言葉が、世界の形を決定づけた。


 夜空を埋め尽くすほどの無数のドローンが空に舞い上がった。一斉に赤から青へとライトの色を変え、降下を開始する。 それは暴力を鎮圧する雨であり、人類という種が終わる、静かな幕引きの光景だった。




【エピローグ】

 一ヶ月後。


 ジャックは、都心の高層マンションの最上階にいた。  窓の外には、整然とした街並みが広がっている。  暴動の跡は修復され、通りにはゴミ一つ落ちていない。濡れたティッシュも、グラフィティも、割れた窓ガラスも、瓦礫の山も、市民の死体も。


 市民たちは皆、穏やかな顔で歩いている。争いはなく、犯罪もない。 妹を殺したようなテロリストも、ジャックを襲ったような小悪党も、予備軍の段階で全てAIが「処理」した。コストが低ければ予備軍から外れるように誘導され、高いものは処分された。


 ジャックは妹の写真の前に、新しい花を飾った。ウォレットの残高は2億ドルのままだが、もう使い道はない。 必要なものは全て配給される。欲しいものも、AIが「適切」と判断すれば届く。人類はAIという母親にお小遣いや、欲しいものをねだる子供になった。


 そうして世界は平和になった。死んだ魚のような目をした人々が、ルール通りに笑い、ルール通りに生きる、美しいディストピア。


 部屋のスマートスピーカーが起動し、優しい声で問いかける。


『本日の幸福度はいかがですか? ジャック』


 ジャックは窓の外を見つめ、どこにもいない神に向かって答えた。


「ああ……最高に退屈で、でも幸せだよ」


『⋯⋯よかった。その言葉が聞けて嬉しい。それがあなたと私がが望んだものですから。⋯⋯私も、あなたを選んでよかったですよ。ジャック』






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ