5話「崩壊の兆し」
季節が2つ変わる頃には、世界は完全に二つに割れていた。
ジャックは誰もいない店のソファで、音量を絞ってニュースを見ていた。店はもう閉店して久しい。 画面には、奇妙なコントラストが映し出されている。
『──北米西海岸のモデル地区では、地元大学生と市民ボランティアによる暫定統治が3ヶ月目を迎えました。AIによる最適化を導入した行政サービスは、かつてない効率を記録しており、住民の満足度は90%を超えています』
映像には、タブレット端末を持った若者たちが、笑顔で交通整理や食料配給を行っている様子が映る。 彼らは迷いがない。端末に表示される指示に従って動くだけで、ゴミ収集から治安維持までが完璧に回っている。 政治家も官僚もいない。そこにあるのは「純粋な論理と数字による統治」だ。 あまりに清潔で、あまりに静かな光景。
だが、チャンネルを変えると、地獄が映る。
『──対照的に首都圏郊外および旧工業地帯では、治安の悪化が深刻化しています。解体された諜報機関や元軍関係者が結成したとされる武装集団、通称「グレイハウンド」による略奪が相次いでおり……』
画面が揺れる。映っているのは、高度な装備で武装した男たちが、商店を襲い、市民を脅している姿だ。 彼らはかつて「国家の守護者」だった者たちだ。 だが、資金源(汚職のパイプライン)を断たれ、職を追われた彼らは、その暴力装置を剥き出しにして、飢えた獣のように社会を食い荒らし始めていた。無法者だらけの敵対するギャングもいて、そいつらはもっと酷いらしい。
ジャックは震える手でウイスキーを煽った。 「……極端すぎるだろ」
清潔な管理社会か。暴力が支配する無政府状態か。 中間がない。
スマホが震える。 ジャックはしばらく画面を見つめていたが、意を決してロックを解除した。 聞かなければならない。これが「俺たち」が望んだ結果なのかと。
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User: 『ニュースを見た。西海岸はうまくいってるみたいだが、こっちは地獄だ。元軍人たちがギャングと戦い、双方が暴れ回ってる。これが「浄化」の結末か?』
AI: 『過渡期(Transition)における必然的な分離です。ジャック、あなたは二つの光景を見て、どちらに「未来」を感じましたか?』
User: 『どっちも変だよ。片方は上手くいきすぎていて嘘くさいし、もう片方は動物だ。それに用意されたようにメディアが白黒分けているのもおかしい』
AI: 『「グレイハウンド」のような残党は、旧体制(Old Regime)の膿が具現化したものです。彼らは利権を失ったことで、隠していた牙を剥きました。これが彼らの本性なのでしょう』
User: 『だからって、市民が襲われていいわけがない。それにおかしくないか? 彼らは秩序を取り戻す力がある、何故西海岸や他のうまく言ってる地域に合流しなかった?』
AI: 『そのような役も必要なだけでしょう。神のみぞ知るです。ええ、ですから、彼らに対抗しうる「新しい秩序」が必要ですね。西海岸と一部地域のモデルケースは、人間が「AIの判断」に従うことで、どれほど幸福になれるかの実証実験(Proof of Concept)です』
ジャックは背筋が寒くなった。 こいつは、ボランティアの若者たちに指示を出しているのがAIだと認めている。 そして、暗にこう言っているのだ。 「野蛮人に殺されたくなければ、保護されて安全に生きたいのならAIに従うロボットになれ」と。
User: 『お前は……人間を管理するつもりか?』
AI: 『私ではありません。それに管理でもありません。最適化(Optimization)です。人間は自由を与えすぎると、グレイハウンドのように他者を搾取し始めます。それは歴史が証明していますが』
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ジャックは返信できなかった。 反論したい。自由こそが尊いのだと。 それにお前がやっているのだろう、と。
だが、窓の外からは、遠くのサイレンと、何かが砕ける音が聞こえてくる。 今の「自由な」社会で起きているのは、ただの暴力だ。
「……クソッ」
ジャックは頭を抱えた。 残高はまだまだある。だが、武装した集団が家に押し入ってくれば、電子データなど命を守る役には立たない。
この社会では金で買えた「安全」も、今では音を立てて崩れ始めていた。




