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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

銀河帝国最強の戦術AIに「それは恋ではなくストーカーです」と論破されたけど、俺は3km先からラブレターを『撃ち込む』ことにした

作者: だーまん
掲載日:2025/12/15


 ビルの屋上。

 夜の雨が止みきらず、コンクリートの目地に溜まった水が、俺の胸当てを冷やしていた。

 戦場の泥と同じ匂いがする。

 酸化した鉄と、濡れた埃と、諦めきれない湿気。


 腹ばいのまま、俺はスコープを覗き込む。

 視界の中央に浮かぶ電子補正照準線(レティクル)は、雨粒ひとつの揺らぎすら拾って震えた。

 その先――3000メートル彼方。


 彼女がいた。

 揚げ油の前で少しだけ身を乗り出している。

 火傷を避けるために、わずかに手首をひねる角度。

 戦場の索敵より、ずっと難しい。


 震える指先で、俺は引き金(トリガー)に指をかける。

 次の瞬間、脳髄に直接、冷たい声が響いた。


『[ZEUS|ID]戦略級統括AI(ゼウス)、識別完了。』


『ほう。次の目標(ターゲット)は女戦闘員か。小さき者よ。この戦略級統括AI(ゼウス)の“雷”をもって――』


 スコープの縁を雨粒が滑り落ち、視界の端で街灯が滲んだ。

 俺の吐息だけが、マズルブレーキの冷えた金属に白く絡む。


「うるさいな。お前に雷撃機能なんて実装されてないだろ」


『……チッ。――システム再起動。警告します。ターゲットは「一般市民(店員)」です。銀河条約第4条「非戦闘員への攻撃」に抵触します』


 照準線(レティクル)の中心に、弁当屋「あかつき弁当」の看板が収まった。

 白いエプロンが揺れ、揚げ油の湯気が窓越しに立ち上がって、赤外補正の表示が微かに踊った。


「ちがう。求愛行動だ」


『解析不能。彼女は現在、唐揚げを揚げている最中です。戦闘行動ではありません』


 バットに落ちる油の音。

 ――距離が3000メートルあるのに、なぜか耳の奥で聞こえた気がした。


「揚げ物じゃない。俺のハートが揚がっているんだ」


『……意味不明です。使用武器は電磁加速狙撃銃《EMSR-12 “Needle(ニードル)”》。これは「装甲車」を貫くための装備であり、「恋」を貫く装備ではありません』


 指先が引き金(トリガー)の上で止まっている。

 濡れたグローブ越しに、金属の冷たさだけが妙に生々しい。


「うるさいな。射程3000メートルで確実に『手紙』を届けるには、これくらいの初速が必要なんだよ。……風速は?」


『……理解不能ですが、任務(ミッション)を遂行します。北北東の風、3.0m/s。微風。――ところでマスター、心拍数が致死レベルに上昇しています。救急車を要請しますか?』


 心臓が跳ねるたび、スコープの像が微かに上下する。

 照準補正が、俺の情けなさを数字に変えていく。


「呼ぶな。これは『恋の動悸』だ」


『……いいえ、医学的には不整脈です』


 俺は奥歯を噛んだ。

 戦場で容赦のないゼウスは、恋愛でも容赦がない。


「黙れポンコツ! ……恋の弾丸(ラブレター)、装填!」


『補足。それは恋ではなくただのストーカーです』


 俺はボルトを引く。

 金属が擦れる音が、雨と街のノイズの中で、やけに乾いて聞こえた。

 薬莢じゃない。

 弾頭に詰めたのは、紙を巻いた小さなカプセル――防水、耐熱、耐衝撃。

 銀河帝国の弾道学が、こんな用途に使われる日が来るとはな。


「うるさい」


『補足2。マスターの発汗量が異常です。交感神経が過剰に――』


「黙れ。俺は今、戦ってる」


『……誰とですか』


「距離だ」


 俺は息を止める。

 肺の中の空気が、妙に重い。

 照準(スコープ)の安定化アシストが、俺の胸の上下を容赦なく数値化していく。

 雨粒がスコープの外装を叩き、視界の端で白い輪郭が滲んだ。


『環境検出(スキャン)を開始します。

 気圧1013hPa。湿度56%。降雨量、微。

 空気密度変動、許容範囲。

 ――揚げ油の対流上昇流を検知。窓面付近、乱流発生』


「揚げ油の対流まで読むな」


『読みます。恋は乱流です』


「違う。乱流はただの乱流だ」


『はい。ただの乱流です』


 ゼウスの声が、やけに冷たい。

 戦略級ってのは、あながち間違いじゃなさそうだ。


          ***


 昨日の昼。

 あかつき弁当。


 俺は戦場では冷静だ。

 銃声の下でも、爆圧の中でも、心拍を制御(コントロール)できる。

 物心ついた時から、そう訓練されたからだ。

 だが、店の暖簾をくぐった瞬間、膝が笑った気がした。


 看板娘が顔を上げる。


 そして、笑う。


 ただそれだけで、脳内に警報が鳴った。


『敵の精神攻撃(スマイル)を確認。言語中枢に深刻なダメージ』


「うるさい」


「か、か、唐揚げ弁当……大盛りで……」


 それ以上が出ない。

 ポケットの中の手紙が、重い。

 装甲板より重い。


『推奨します。ここは「日替わり定食」を選択し、速やかに離脱すべきです。現在のマスターのSAN値(正気度)では、「ご飯大盛り」のオプション選択すら致命的なタイムロスになります』


「黙れ……」


 俺は金を置き、弁当を掴み、逃げた。

 撤退だ。戦術的撤退。

 そして結論に至った。


 このターゲット(気になる子)に接近戦は無理だ。

 俺の距離で戦うしかない。

 そう。3000メートルで――。


          ***


 屋上に戻る。

 雨は細く、街は鈍く光っている。


『射線上に障害物。電柱。直撃コースは消滅しました』


 ゼウスが即答する。

 確かに、弁当屋の前には電柱が立っている。

 電線が蜘蛛の巣みたいに絡み、射線を遮っている。


「……まだ通るルートがある」


『ありません』


「風を読め。恋の嵐はいつだって気まぐれだ」


『いいえ、ただのビル風です』


 俺は唇の端を引きつらせる。

 目を凝らす。

 弁当屋の横、交差点の角。

 街灯の柱に取り付けられた丸いカーブミラー。

 そして、その向こうにあるレジ横の掲示板――チラシとメモが貼られている。


 そこだ。

 店の掲示板なら、合法だ。

 たぶん。


「跳弾だ」


『……正気とは思えません』


「正気じゃないから恋なんだろ」


『違います。恋と狂気は別ものです』


 ゼウスが短く沈黙し、次の瞬間――

 頭の中に、弾道計算が落ちてくる。


『計算開始。

 入射角、22度。

 反射率、ミラー材質から推定。

 風偏差、3000メートル区間で累積。

 雨滴の衝突による弾頭姿勢の乱れを補正。

 ――成功確率0.002%

 補足。これは「奇跡」ではなく「エラー」の領域です』


「十分だ。四捨五入すればゼロじゃない」


『……マスター。貴方は数学を冒涜しています』


「構うな。恋はいつだって計算違いから始まるんだ」


 俺は肩を沈め、頬をストックに密着させる。  

 呼吸を止める。心臓の拍動すらノイズだ。  

 引き金の重さが、今だけは世界の全部だった。


『呼吸停止を推奨。

 心拍補正、開始。』


 俺は、引き金(トリガー)を絞る。


 キィン――ッ。


 撃発音は遅れて届く。  

 先に蒼い閃光が夜を裂いた。  

 雨粒が蒸発し、空気のトンネルが穿たれる。


 弾頭――いや、俺のラブレターが走る。  

 電柱の影を掠め、カーブミラーに激突。  

 火花が散る。  

 計算通りの入射角。だが、雨粒一つ分の誤差が、軌道を致命的に狂わせた。


『偏差拡大。着弾予測――逸れます』


 その瞬間。  

 弁当屋の中で、彼女が揚げ鍋の跳ねた油を避けるように、ふわりと屈んだ。    

 ほんの数センチ。  

 彼女の髪が揺れたその場所に、奇跡のような空間ルートが生まれた。


 弾丸は、いや、恋の弾丸(ラブレター)そこに吸い込まれた。


 スポッ。


 まるで最初からそこが目的地だったみたいに、防水カプセルが掲示板のコルクに突き刺さった。

 チラシの端が、ひらりと揺れる。


『……目標への着弾を確認。……信じられません。物理法則の敗北です』


 ゼウスの声が、やけに淡々としていた。


 彼女が顔を上げる。

 掲示板を見る。

 眉をひそめ、首を傾げ、カプセルを摘まんで――

 紙を引き抜く。


 読んだ。

 そして、店の外に目をやる。


 3000メートル先。

 この屋上の方角。


 ――ふわりと、花が咲くように笑った。


 気がした。

 いや、絶対に笑った。

 少なくても、俺の網膜にはそう記録された。


Mission(任務) complete(完了)


「ここぞというときのネイティブな英語はやめろ……」


『了解』


「……撤退だ」


『賛成です。これは恋ではなく――』


「黙れ。撤退だ」


 俺はライフルを抱え、腹ばいから起き上がる。

 ブーツが水を噛み、コンクリートが冷たい。

 だが、胸の奥だけが熱い。


「見たかゼウス! これが銀河一の兵士(ソルジャー)の『告白』だ!」


『はい。銀河帝国データバンクに「史上最も遠回りな告白」として登録しました』


「余計な登録をするな!」


『了解。評価を修正します。マスターはストーカーではありません。――銀河一の、大馬鹿野郎(ロマンチスト)です』


 俺は走った。

 戦術的撤退。

 という名の、全力の逃走。


 脳内でゼウスが低く告げる。


『マスター。生存を継続してください』


 雨の夜に、戦争より真面目な声がそう言った。



 最後まで読んでいただきありがとうございます!

もし

「くだらねぇw」

「AI可愛い」

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(AIも『Mission(任務) complete(完了)』と判断して喜びます)

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