forget me not
夏の夜風は紺色だ。すこしだけ紫色を帯びた、深く甘い色。わたしの一番好きだった色。
そして今は、わたしの一番、嫌いな色。
巻き添えを食っただけで、夜風に罪はないのだけれど。
朝靄みたいな純白のスカートが翻り、風に煽られて紺色に汚れる。まるで藍に浸けたよう。
わたしの肌も青く汚れる。下駄箱で一番かわいい靴を揃えて捨てて、傷だらけの足が穢土を蹴って飛ぶ。
わたし、蒼い夜空に堕ちてゆく。
久しく見上げなかった空は、息を忘れるほど美しかった。
つま先の向こうは金銀の粒をふりまいたように星が埋めつくしていて、重なったブルーの奥に銀河や星雲まで見えるようで。この空は、いつかもらった宝石のお菓子みたいに、きっとなめたら甘いんだろう。
――ああ、きれい。
声なんて出ない、出なくていい。音に乗せなくたって、空に響くのだから。
わたし、物理法則のしがらみから解き放たれて、どこへだって行けるんだ。蒼の煮凍りにまっすぐ落ちて、果てのない空に落ちて墜ちて堕ちて。きっと空の底は、浅く澄んだ湖みたいに、やわらかくわたしの爪さきを受けとめてくれるだろう。
つま先が曲線的な波紋を描いて、びゅうっと風が吹いて。ティモール・ブルーの長い髪と、フォーゲット・ミー・ノットの全円スカートが、天使の羽みたいになびいて広がる。
自由、自由だ。過去も未来も空想の世界もへだてなく、好きなところへ行けるのだから。電子になったわたしを、もう何ものも止められない。
――ずっと探してた。こんなところにあったんだ。
ぱしゃん。
勿忘草色の湖に、わたしはからだごと飛びこんだ。
白味の強い水色、勿忘草の色です。
「飛び降りる女の子」は以前から書きたかった話でした。ここに描いた景色は絶対にフィクションだけれど、その一瞬だけでもこんな綺麗であって欲しい。