6 町の冒険者ギルド
オレの手の先から魔法陣が浮かびあがる。
「だめぇーーーーーーー」
リムネとミーンミアが横っ飛びでオレを押さえ込む。そのせいで手元が狂った。ミニファイヤは大きく逸れ、的を外してしまった。
「「ひえええええええええええええ」」
治安警備団の男らは顔が真っ青になり、慌てるように走り去ってしまった。
「何するんだよ。逃げられたじゃないか」
「あなたこそ何しようとしたのよ。本当に人を殺そうとしたの?」
やっぱり殺そうとしたのは、さすがにマズかったか。
へえ、仲間の大切な物を盗むことがあったりする人間でも、同族殺しのようなことは見ていられなかったとは。まあ、オレだって相手が人間とはいえ、殺すことに多少の躊躇はあったが。
「別に。殺そうとしたのは、単にマネだけだった」
と嘘で答えておいた。
「そうだとしても、あれはマズすぎるわ。あの治安警備団に顔を覚えられてなければいいんだけど……」
不安そうな顔のリムネ。
「ヤツらが報復にくるってことか」
「最悪の場合だけどね。そうなったら相手はプロの戦闘員が多数よ」
「そりゃ恐ろしいな」
リムネは肩をくいっと動かした。
「できる限り力を貸すわ。彼らが強盗のようなマネをしてきたためだって、ちゃんと証言してあげる。それと、あたしのお財布が無事だったのは、ロフェイのおかげだしね。礼を言うわ」
ミーンミアも頭をさげる。
「ロフェイ、わたしのお財布と魔石も取られずに済みました。ありがとうございました」
「結局、さっきのオレの行動、正解だったんだな」
「「いいえ!!」」
ふたたび歩き始めた。
「ロフェイ、冒険者ギルドの建物が見えてきたわ」
「オレはそこで何すればいいんだ?」
「おカネが必要でしょ? この町、物々交換なんてないし」
「例の硬貨のことだな。ギルドでもらえるのか」
あるいは野蛮な人間のすることだから……。
そのカネを強奪にいくのか?
「魔石を渡して換金するのよ。宿に泊まったり、ご飯を食べたり、お薬を買ったりするためにね」
すなわち強奪ではなかったと。
「そうだったか」
「あと冒険者登録も勧めるわ」
「メリットあるのか」
冒険者という言葉にいいイメージはない。
だから大して役立たないのなら遠慮したい。
「もちろんよ。あたしたちがいないときでも、ロフェイが一人で魔石を換金できるようになるわ。通常、一般人は魔石の換金が不可だから」
「なるほど。メリットというより必須だな」
「うん。他にも、おカネを稼ぐための仕事を斡旋してくれるし、困ったことがあれば相談にも乗ってもらえるし」
「そんじゃ、さっきの治安警備団のこととかも?」
「うーん……。そっちはちょっと難しいかな。ギルドも権力には逆らえないから。だけど何かアドバイスくらいはもらえるかも」
カネ以外のことは、期待しない方がいいようだ。
リムネには素直に感謝している。どうして会ったばかりのオレに、ここまで世話を焼いてくれるのだろうか。一方で、ノッチーロはオレたちを裏切った。どっちも同じ人間だよな? 人間のことがわからなくなってきた。
いいや、魔族だっていろんなヤツがいるじゃないか。最近だとジャックジャーがオレを裏切った。実のところ魔族も人間も、根本ではあまり違わないのかもしれない。
それでも、まだまだ人間を信用じ切らない方がいい。ある程度の距離も大切だろう。リムネたちだって、いつか裏切ってくるかもしれないのだ。
とはいえ、いまのオレにはなくてはならない存在だ。もし長い間ずっと裏切らずにいてくれたら、いつか恩を返したいものだ。
「どうしたの、ロフェイ? じっとこっちを見て」
「いや、なんでもない」
ギルドの建物に入ると、受付嬢という者が三人いた。
早速カウンター越しに、リムネ名義で魔石を換金。しかしE級モンスターの魔石の一つは、手元に残しておいた。これはリムネのアドバイスだ。あとで神殿で使用するためだとか。
さて、次は冒険者登録だ。
魔石で得たカネの一部を『登録料』として支払った。申請手続きへと移る。
「では登録用紙にご記入ください。文字は書けますか?」
愛想のいい受付嬢だった。しかしオレは人間の文字が書けない。今後、学習していく必要がありそうだ。
「いいや、オレは書けない」
「でしたら記入を代行しますので、質問に答えてください」
受付嬢が書いてくれるようだ。
「まずお名前は?」
「ロフェイ」
「ロフェイさんですね。ご年齢は?」
まさか正直に三百十六歳などと答えるわけにはいくまい。
だから三百を引いて……。
「十六だ」
「「えーーーーーーーーっ」」
声をあげたのはリムネとミーンミアだった。
しまった。もっと若く設定しておくべきだったか。
十四、五くらいに。
「てっきり年上かと思ってた。あたしより一つ下だったなんて。苦労してるのね」
「十六となりますと、わたしとタメですよ!」
彼女たちの目には、そこまで幼く見えていなかったらしい。しかし少なくとも怪しまれた感じはないので、とりあえずホッとした。ミーンミアと同い年となるようだが、今後もこのまま十六という設定で押し通すこととしよう。
いくつかの質問が終わった。
今度は血判が必要だという。
ナイフで指先を傷つけ、血を登録用紙に垂らした。
ところが受付嬢が首をかしげている。
「うーん……。おかしいなあ」
「どうかしたのか」
「登録器が反応しません」
受付嬢はオレの登録用紙に、何度も器具を擦りつけている。そして怪訝そうな目をこっちに送ってきた。
「オレを不審に思っているわけか」
もしかして魔族だということがバレた?
そんなことがあったら大変だ。たちまち捕らえられて、殺されるかもしれない。何しろここは冒険者の集まる場所なのだ。
受付嬢が笑顔を見せる。
「ときどき故障するんですよね、この器具。魔力が足りなくなったのかもしれません。手動にしますので大丈夫です」
どうやら無事にやりすごせたようだ。しかし……。
受付嬢は突然、両手をオレの頬に当ててきた。なんだ?
彼女の指がオレの口の中に。そして広げられた。
「わっ、すっごい立派な犬歯ですねぇ。鋭くて大きめで、これはまるで牙の赤ちゃん。ちょっとカッコイイかも」
今度こそバレたか? ツノを失ったせいで、牙はずいぶん小さくなったと思ったが……。マズいことになったな。
しかしそれだけだった。
「健康状態も問題なさそうですね」
オレは無事にF級冒険者として登録された。
めでたし、めでたし、ってことでいいんだよな?
グゥーーーー
「あら、ミーンミアのお腹の虫?」
「すみません……」
ミーンミアが恥ずかしそうにお腹を押さえている。
リムネがミーンミアをぎゅっと抱き締めた。
「きゃっわいいぃ!!!」
「くっ、苦しいです」
「もうお昼どきだもんね。あたしもお腹、空いてたの」
しばらくしてリムネがこっちを向く。
「そうだ。ロフェイはしばらくこの町に滞在するでしょ? だったら宿を探さないとね。あたしたちが手伝うわ。なんだか右も左もわからなそうな感じで、見てて危なっかしそうだから」
オレは頭をさげた。何から何まで世話になりっぱなしだ。
「ありがたい。とても助かる」
宿探しの前に食事をとることにした。オレは食事など不要なのだが、彼女たちに合わせたのだ。いま食堂という場所へ向かっている。
オレの前をリムネとミーンミアが歩く。二人は手を繋いでいる。
「本当に仲がいいんだな」
二人は嬉しそうに振り返り、首肯した。
「ええ、ミーンミアとは大の仲良しよ!」
ここでもリムネはミーンミアに抱きついた。
「二人は学校がいっしょだったのか?」
「まさか。社会の常識をなんにも知らないのね、ロフェイは」
人間社会の常識なんて知るものか。
「そりゃ、オレの故郷はかなり田舎だったからな」
「ならば知っておくべきかもね。獣人族は学校に行かないの」
人間……学校に行く
獣人……学校に行かない
これが常識らしい。
「そんじゃ、二人はどうやって知り合ったんだ?」
リムネは次のように答えたが、オレにはよく理解できなかった。
「子供のときにね、父が買ってきてくれたの」
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