4 三人の冒険者
手の先から魔法陣が浮かびあがり、火球が飛んでいった。ミニファイヤの再発動だ。今回、本気でやってみたのだ。
初回のものより良い感じだった。
インフィエルノ・スコーピオンは、大ハサミを盾代わりにする。それでもオレの放ったミニファイヤは、ヤツの大ハサミを破壊してくれた。
冒険者三人がいちいち騒ぐ。
「おいおい、いまの見たかよ。さっきよりも破壊力が増してるじゃねえか」
「ええ、見たわ。あれはファイヤよりも上だった。もうメガファイヤ級ね」
「本当にいまのはミニファイヤでしょうか? あんなの見たことありません」
疑問を抱いた獣人のメスに、人間のオスは首を横に振るのだった。
「確かに本物だ。浮き出た魔法陣の文様は、ミニファイヤ固有のものだったぞ」
そんなに驚くほどのものか。
巨大なモンスターが逃げていく。
オレはミニファイヤを繰りだした。
インフィエルノ・スコーピオンは火だるまに。まもなく灰となって消えた。
冒険者三人は呆気にとられている。
魔石を拾った。あの巨大モンスターから出てきたものだ。この魔石をどうするかは決まっている。人間のメスに差しだした。
「借りてたものを返す。同じ魔石ではないが」
「あら、習得したらあげるってことになってたじゃない。だいたいあれはミニファイヤの魔石、わりと安物よ。でもこれはC級モンスターの魔石でしょ。質がぜんぜん違うわ。結構価値があるものなの。あなたが取っておきなさいよ」
価値があるなんて言っておきながらも、このままオレのものにしていいようだ。ちょっと驚いた。人間の冒険者にも『いいヤツ』っているんだな。
ただなあ。価値があっても魔族のオレには関係ない。だからこのあと何度か返すと言ってみたが、その度に断られてしまった。この魔石を売れば、町での生活のためになるらしい。そういえば人間の社会って、貨幣経済が発達してるとか聞いたような。
これから人間の町へ向かう。
追放された身であるオレは、たぶん二度と魔界には帰れない。いま冒険者三人に人間の町へと連れられているが、まともな選択肢は初めからそれしかなかったのだろう。
この先ずっと、人間の町で人間として生きていくのか……。頭の中に不安がよぎる。もし人間の町で魔族だとバレでもしたら、きっと殺されてしまうに違いない。かなり残酷な方法で。
「そうだった。名前、まだ聞いていなかった」
人間のオスに言われた。
名前か。正直に答えていいものだろうか? おそらく問題あるまい。名前で魔族だとバレるとは思えない。偽名を使う必要なんてなかろう。
ロフェイだと告げると、冒険者三人も簡単な自己紹介をしてくれた。
人間のオスの名……ノッチーロ(D級索敵士、E級剣術士)
人間のメスの名……リムネ(E級魔導師)
獣人のメスの名……ミーンミア(D級獣戦士、F級魔導師)
ミーンミアについては、イタチ系獣人のメスだと思っていた。しかしそうではないらしい。イイズナ系獣人だと強く主張している。イタチもイイズナもたいして違わないと思うが。
冒険者三人の顔を見て、オレは決めた。彼らに対してオスとかメスとかいう言葉の使用は、とりあえずやめることにしようと。
夜がきた。
この日はもう寝ることとなった。食料確保する余裕がなかったため、何も食べずにとのことだった。原因はまともに歩けなかったオレにある。皆がペースを合わせてくれたのだ。少し後ろめたさを感じる。
実のところ、オレのような魔族は人間や獣人と違い、食料など不要なのだ。すなわち食わずとも空腹になるようなことはない。とはいえ、固形物を口にすることくらいはあった。魔界で採れる真っ赤な『魔の果実』は単純に美味な嗜好品だし、体の調子が悪いときに摂取すると良いともされている。
またずいぶんと昔のことだが、誰かが狩ってきた人間の肉を分けてもらったこともあった。人肉はある種の縁起物とされているのだが、臭みが強くてマズかった記憶がある。あれは二度と口にしたくないものだ。
オレは空腹の苦しみというものを知らない。いま三人がどれほどの苦痛を抱えているのか、理解してやることは難しい。
ミーンミアがリムネの髪を、きれいに梳かしている。
ブラシはミーンミアからリムネの手に渡った。
今度は、リムネがミーンミアの髪を梳かし始めた。
ノッチーロが鼻で笑う。
「ふっ。相変わらず仲がいい女二人だこと」
「当たり前じゃない。あたしたち最高の友達だもんねぇー」
リムネはブラシを止め、ミーンミアに背中から抱きついた。そのままミーンミアの肩に顔を乗せ、頬ずりまで始める。
「くすぐったいです。もうやめてくださーい」
それでもリムネはやめなかった。頬ずりは余計に激しくなった。
さらにリムネがミーンミアのケモノ耳をガブリと噛む。
えっ!?
オレは大声をあげた。
「な、仲間を食おうとするなんて!」
いくら空腹だからって、何故そんなことができるのだ。
そりゃ、食料確保できなかったのはオレのせいだけど。
オレの思わず出た言葉に、三人がぽかんとする。
なんと、被害者のミーンミアまでも。
この場では、オレの言ったことが変なのか。だとしたら魔族と彼らとでは、常識や感覚があまりにも違いすぎる。やはり人間社会で生きていくのは無理かもしれない。
ふと、祖父から聞いた話を思いだした。
ああ、そうだった……。
「知ってるぜ。冒険者っていうのは魔族を狩りにいくとき、獣人の戦士をしばしば同行させることがあるんだってな。理由の一つは単純に【戦力補強】のため。またもう一つは【囮として活用】するため。さらにもう一つは……【臨時の食料】として!! そんなこと、よくできるもんだぜ。オレには理解できない」
三人とも何故そんな驚いた顔を?
被害者ミーンミアが口を開く。
「誰もわたしを食べようとなんてしません。ご安心ください。獣人を非常食にしていたのは、遠い遠い太古の昔の話ですので」
ならば現在は違うのか?
いまのはオレの勘違いだったか。
ミーンミアがリムネに横目を送る。
「もう耳はやめてくださいね」
オレは恥ずかしさが込みあげてきたので、皆より先に寝ることにした。
うっ、痛っ。
いいや、あまり痛くない。
なんだ、なんだ? ああ、これ。
どんぐりが顔に落ちたのか。
おかげで目を覚ましてしまったが……。
オレ、結構ぐっすり眠ってたみたいだ。
すでに空が薄明るくなってきている。
もう夜明けか。清々しい。気分がいい。
そういえば頭部の痛みがほぼ消えている。
体調、回復してきたみたいだ。
ん? あれ……。
おかしいぞ。
ポケットを確認する。
やっぱりだ。ない!
C級モンスターの魔石がなくなってる!!
この場にノッチーロの姿もなかった。
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