2 理不尽な追放
牢の小窓から覗き込んできたのは、なんとベッサーリリィだった。この邑落において、彼女は我々オトコどもの憧れの的だ。しかしいまオレを見据えている目は、とても冷やかなものだった。
彼女の視線が隣のジャックジャーに移る。ジャックジャーは得意そうにうなずくのだった。
「ほら、本当だっただろ。牢にぶち込まれてるのはロフェイだ」
「魔族の掟を破るような行為……。彼がそんなオトコだったなんて」
「昔からアイツはいろんな面で、ロクなヤツじゃなかったからな」
「いろんな面で? たとえば?」
ジャックジャーが嬉しそうにベッサーリリィに語る――。
「ロフェイは呆れるほどオンナにだらしないヤツでさあ。一見してマトモそうなツラだけど、中身はふしだら極まりない性獣そのものなんだ。オンナを二股三股かけるなんてことはしょっちゅうだった。いつも最後には当然バレることとなって、その度にオンナたちに半殺しにされてきた。ロフェイはもう何度、生死の境を彷徨ったことだろうか。いまでも生きているのが不思議なくらいだぜ」
おい、それってジャックジャーのことだろ!
なんでオレの話になるんだっ。
「オンナを二股三股? この魔界にそんなオトコがいたなんて驚愕ね」
そりゃ驚くだろう。ジャックジャーみたいなオトコが他にいるわけもない。決してオレのことじゃないのだ!
ジャックジャーのホラ話は、まだ終わらなかった。
「しかもロフェイのヤツ……。今回、捕虜となった勇者について、どうやらメスだと勘違いしてたそうなんだ」
「それって、まさか人間のメスにまで?」
「うん。実は夕べのことだけど、俺、ロフェイから魔信号で誘われてさぁ。『いま人間のメスが監禁されてるらしいじゃないか。人間のメスとはいえども、姿は魔族のオンナに似たものだろ? きっと楽しめるぞ。陵辱しながら味わってやろうじゃないか』だって。もちろん俺は断った。まあ実際にゃ、その勇者はメスじゃなくオスだったが。ハハハハ」
なんて嘘を! オレがそんなこと言うはずなどない。だいたい人間の捕虜がいたなんて知らなかったぞ。ジャックジャーはそんな発想がよくできるものだ。
ぶるっと震えるベッサーリリィ。
「彼がそんな鬼畜だったなんて思いもしなかった。オンナを二股三股かけるだけに留まらず、人間のメスまでも襲おうとするなんて! どれだけ性に飢えた化け物なのかしら。でも……本当の話?」
オレは高い小窓に向かって叫んだ。
「全部ジャックジャーの作り話だっ!!」
「ベッサーリリィに話しかけるな、このヘンタイ野郎っ」
ジャックジャーが彼女の肩に手を乗せる。
「真実だとも。ほら、ロフェイはこうして牢にぶち込まれるようなヤツさ」
「何事も外見だけで判断してはいけないのね。一度お喋りしてみたかったけど」
「そんな価値はない。あんなオトコに近づこうなんて思わない方がいい」
彼女は小さくうなずいた。
「彼、このあとどうなるのかしら」
「曾祖父にお願いして、ロフェイを処刑してもらうつもりだ」
「そういえば、ひいおじいさんが長老様だったのよね」
おい、ジャックジャー……。
オレを処刑に? 本気なのか?
ジャックジャーとベッサーリリィが笑顔を突き合せている。その二人の距離が、さっきより近くなったように見えた。
「そうだ、ベッサーリリィ。今度いっしょに、人間狩りに出かけないか?」
「人間狩り? あらあら残酷。それにずいぶん古風な遊びね」
「その……。もしよかったら泊まりがけで……」
「いきなり泊まりがけ? まあ、考えておくわ」
数日後、オレは牢から出された。だからといって、『無実の罪』が許されたわけではなかった。きょうが処罰の日なのだとか。オレはどうなるんだ?
本当に勇者なんて知らない。ジャックジャーに嵌められたのだ。
いくら叫ぼうと、誰も耳を貸してくれなかった。
「安心するがいい。処刑にすべきだという声もあったが、そこまではしない」
そう告げたのは長老だった。
処刑はナシか。とりあえず少しホッとした。
ところがオレに待っていたものは、死ぬほど激しい苦痛だった。最終的に魔界から追放されるらしいが、その前に科される刑罰が最悪以外の何物でもなかった。
まず手足を固定され、逆さに吊された。どんなに抵抗しようとも、身動きできなくなった。そしていま始まろうとしているのが、耳にするだけで震えあがる『ツノ切り』だ。
うおおおおおおおおおおおお
頭部に生えている二本のツノ。魔族であることの証しでもある。それが切断されていく。激痛なんてものじゃなかった。その過酷さは目をえぐられたり、爪を剥がされたりとかの比ではない。処刑よりも恐ろしいと言われることだってある。当然ながら失神してしまった。
目が覚めた。
ああ、そうだった。オレには『魔界からの追放』って刑罰も科されてたんだ。ならばここはどこだ? 周囲を見渡す。この感じ……。魔界と人間界を結ぶ地点、通称『狭間の森』のようだ。こんなところに捨てられてしまったか。
頭部を手で触ってみる。やはり二本のツノはなかった。
飛びあがろうとした。
ん? おかしい。飛べなくなった!?
そっか。ツノを失ったからだ。
ツノがなければ魔力を具現化する『鬼法』が使えない――。すなわち飛ぶこともできず、炎や氷などを放つこともできず、魔信号すら打てない。ますます人間に近くなったってわけか。
この先、鬼法が不能な状態で、一人でどう生きていけばいいのだろう。
ここは『狭間の森』。人間の冒険者に遭遇することもある。危険な場所だ。鬼法が使えなければ戦えない。ぶるぶると体が震える。人間に狩られることへの不安と恐怖でいっぱいだった。
いまだに頭部の痛みが残っている。
ああ、痛みよ、早く消えてくれ。
この苦しみに体を丸める。
また眠ることにした。
「おい」
そんな声に目を覚ました。
なんと人間ではないか。三人もいる。
かなりマズい状況だ。
こんなところで武装しているってことは、三人とも冒険者に違いない。すなわち『魔族を狩ることに喜びを感じる』という最悪な連中だ。早くも遭遇してしまったか……。
もしオレにツノがまだ残っていたら、強力な鬼法が使えたはずだ。たとえ冒険者が三人でかかってこようとも、余程のことがない限りは負けない自信があった。しかし、いまのオレでは勝てっこない。ここで殺されてしまうのか。
オレは慌てて逃げた。しかし頭部の痛みにうずくまる。それでも這いながら、その場を離れた。
「どこへ行く?」
人間が歩いて追ってくる。前方に見えるのは大きな泉だった。すなわち行き止まりだ。いいや、泳いで逃げられるかもしれない。水面に顔を近づける。そこにオレの顔が映った。
なんてことだ。顔が少し変わっていた。ツノがないだけではない。尖った耳は小さく丸みを帯びている。目元も心なしか柔らかな形になった気がする。
手で自分の顔を触ってみた。水面の顔は嘘ではなかった。大口を開け、指を入れる。牙もずいぶんと小さくなったものだ。まるで人間の犬歯。
魔族がツノを失うと、人間そっくりな顔になってしまうのか。
ふたたび人間が声をかけてきた。
「何をそんなに怯えてる? そうか。さぞかし恐ろしい目に遭ったのだろう。だがもう大丈夫。俺たちが来たから安心していいぜ」
三人とも白い歯をこぼして微笑んでいる。
二話目もお読みくださり、ありがとうございます!!
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