1 理不尽な拘束
「放せ、放せ、放してくれよ」
いったいオレをどこへ連れていく気なんだ!?
オレを掴む手の力が、いっそう強くなった。
「お前が人間を逃がしたことはわかってるんだ、ロフェイ」
「何かの間違いだ。オレは人間なんて逃がしちゃいない!」
「まだシラを切るつもりか。しかもその人間は勇者だったんだぞ」
正面の奥に、邑落の長老の姿を見つけた。
「あっ、長老! オレ、本当に何も知らないんだ」
「知らないわけがなかろう。お前はこの邑落の恥晒し。それどころか全魔族の裏切り者だ!!」
長老までもがそんなことを……。ああ、ワケがわからない。何故、オレが人間の勇者を逃がしたことになっている? 魔族の掟はこれまでずっと守ってきたつもりだ。そもそもここ最近、人間なんて見ちゃいない。それどころか勇者なんて見たことすらないんだ。
邑落の牢に放り込まれた。
くそっ、なんてことだ。
身に覚えのないことだし、突然の投獄だった。
だから唖然とすることしかできなかった。
そういえば、この牢って……。
夕べのことを思いだす。
そう、あのとき。
………………
…………
……
夜風が穏やかな眠りへと誘いかけた頃のことだった。
親友ジャックジャーからの魔信号をキャッチした。思いがけないことだった。この半年くらい、彼との仲はあまりいいものではなかった。どちらかといえば、ほぼ一方的にオレが嫌われていた。
さっそくジャックジャーからの魔信号を読み始めた。なんと、彼は厳しい父親に監禁されたらしい。ちょっとヤンチャなイタズラが理由だったとのことだが……。呆れたぜ、ジャックジャー。お前ってヤツは、まったくガキだな。
正直、助けを求められたことは嬉しかった。仲直りのきっかけができたわけだ。
なんだかんだあっても、ジャックジャーは古くからの親友だ。当然、困っているのならば手を貸すに決まってるじゃないか。
実は彼の曾祖父がこの邑落の長老であり、その監禁場所が私的に使用されることもしばしばあった。
魔信号を読み終えてすぐ行動を起こした。こっそりと長老の家に忍び込み、『呪記号』すなわち監禁を解くための記号を見つけ、それを正確に記憶した。
ちなみに監禁場所は、魔力によって扉を開ける仕組みとなっている。呪記号さえあれば内側から開けることも可能だ。
さっきの魔信号にあった指示に従って、呪記号を小石に刻み、牢の小窓から投げ入れた。ジャックジャーが小石に魔力を込めれば扉は開く。
すべて親友ジャックジャーを助けるためだった。
もちろん悪いことなのだとは自覚していた。だが、そのくらいは昔からよくやっていたことだ。ジャックジャーの監禁というのは、父親による息子への単なる躾だろうし、彼を逃がしても問題は些細なものに決まっている。決して『魔族の掟を破る』とか、そんな大袈裟なものじゃないはずだ。そう思っていた。
……
…………
………………
ジャックジャーの監禁場所こそ、この牢だった。
いまそこにオレが拘束されている。『勇者を逃がした』とのことだが、まったくの冤罪だ。身に覚えはない。いったいどうしてこうなったんだ。
ん? 小窓が開いたぞ。
そこから出てきたのはジャックジャーの顔。
おお、いいところに! 彼に助けを求めよう。
ところが口を開く直前――。
「おい、ロフェイ。聞いたぞ。人間の勇者を助けるなんて最低なヤツだな」
はあ? その言葉に耳を疑った。
どうしてだよ、信じてくれないのか。ジャックジャーまでもそんなことを……。
夕べはオレの世話になったくせに。
あっ!
そういうことか。
すべて理解できてしまった。
オレは嵌められたんだ。ジャックジャーに。
つまりあの魔信号の内容は嘘だった。
夕べこの牢に監禁されていたのは、ジャックジャーではなく人間の勇者だったのだ。それとも知らず、オレはジャックジャーを逃がそうとして、呪記号を刻んだ小石を小窓から放り込んだ。
その結果、人間の勇者に牢を脱出させてしまったのだ。
オレはジャックジャーに騙された。
ここまで彼から憎まれていたとは。
やはり原因はあのことだろう……。
三年近く前のことだ。魔界は多くの地方区分からなっているが、バラン地方の片隅にあるこの邑落に、一人のオンナが移り住んできた。彼女の名をベッサーリリィという。もちろん魔族だ。
彼女は容姿が美しいだけではなく、非常に穏やかな性格だった。
この邑落を含むバラン地方のオンナは、魔族の中でも特に気性が荒いといわれている。そんな彼女たちを見続けてきたオレたちにとって、ベッサーリリィというオンナは実に衝撃的だった。たちまち彼女は多くのオトコたちを虜にした。もちろんオレも彼女に憧れを抱いていた。
ベッサーリリィはときどきではあるが、オレに気のあるような素振りを見せていた。オレの勘違いだと言われればそれまでかもしれないが、多くの者の目にもそのように映っていたそうだ。
ジャックジャーは彼女の熱烈なファンだった。その熱量は尋常ではなかった。彼が狂気じみた妬みをオレに抱いていると、知らせてくれた者も少なくはなかった。
いまオレが牢にいるのは、ジャックジャーの嫉妬によるもの……。ガキの頃から親友だった分、憎悪も余計に大きかったのだろう。だからといって、こんな酷い仕打ちってあるかよ。
このあとオレはどうなるのだろう。
オレは握りこぶしで床を叩いた。
そして絶望の溜息を吐いた。
そのときだった――。
小窓にもう一つ、顔が現れた。
とても美しい顔立ちだった。こっちを見ている。
彼女はあのベッサーリリィだ!!
だけど何故ベッサーリリィがここに?
この牢へ何しに来たんだ?
この第一話をお読みくださり、ありがとうございます!!
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