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009 見えない捕食者


 伝えよう。

 心の声がすごく情熱的に自分を口説いていると。

 いやらしい言葉とともに視姦しないでくださいと。

 ロゼがどういう気持ちでいるかは定かではないが。


『――@ロゼ:ロゼ、それ以上はいけないよ。もし、君の心の声がマスターに全部伝わっていたらどう思う?――』


 エルマがロゼにだけ音声を送る。普段とは違う真面目なトーンだ。


(どうって……。頭の中で考えてる事がずっと外に出てるなんて)


『――@ロゼ:そしてもしも()()()()()()()()()()()()()()()()()?――』


 ロゼの返事を待たずにエルマが問いかける。

 自分の考えが周囲に知られている人生。そのことを認識していないデンパがどれだけ幸せか。


「はっ! す、すみません!! 私ったらなんてことを……」


 自分なら生きていけない気がした。ある意味で死刑宣告に近い事実。


 誰もいない島であれば暮らすこともできるだろうが、それは果たして幸せなのだろうか? ロゼは自分がやろうとしたことはそういうことだと理解した。


「ん? 急に黙ってどうした?」


「あ、いえ! え、えーとその、デンパ様はこういっては失礼ですが、結構分かりやすい表情をされていらっしゃるので……あ、でも隠密なら表情も分からないんですよね。あはは、やだ私ったら何言ってるんだろう、あはは」


 ロゼは早口で誤魔化すことにした。


 このときロゼに〝周波数〟という概念があれば『周波数を絞れば心の声は聞こえないのでは?』と踏み込んだ指摘ができたのかもしれない。


『はあぁぁ、また天然ロゼたんが炸裂してるぜ! さては俺を殺しに来てるな!? 出会ってから今までロゼたんが可愛いを更新してくるんだけど!?』


 デンパの目尻がよく見るとだらしなく下がっているのだが、ロゼには表情よりも正直な心の声がストレートに刺さっているため気づかない。


「っ! いえ、私なんて! 決してそんな……」


「え? もしかして今のも顔に出ちゃってた? 元の世界では、何考えてるか分かりにくい、無表情の陰キャだって言われてたんだけどなぁ」


 顔を青くしたり、赤くしたりで忙しいロゼを見てデンパは首を傾げた。


「そ、そうなんですね。でも、デンパ様をしっかり見てれば分かっちゃいますから、その、ほどほどに?」


『ほどほどに考えないか、って今この考えてることを止めることを考えないようにするには、無の境地に至らねば……無だ、無。無、無だ、無だ……無駄無駄無駄無駄っていかん、違うそっちじゃない、考えを――』


 とりあえず考えるのを止めるには、永遠に宇宙空間を彷徨うような事がなければ無理なのだと、デンパが悟りの境地に至るまで、あと数分。


「夕方……そうだ! 夕方の混み合う時間に戻りましょう!」


 ロゼが名案だと言わんばかりに声を上げた。

 雑多な人混みのなかで、デンパの電波は人声に紛れて気づかれにくいはずだ。


 さっと町に入って、ささっとデンパの冒険者ギルドで身分証明書を作り、さささっと……。


(その後どうしたら……あれ? えと……)


 世間知らずのロゼにとって予定は未定だった。



 サントーノ森林近くにあるセガイコの町は、北側の山から流れる川が町中を縦に分断しており、川の西側が平民区、東側が貴族区と分けられている。


 ロゼの祖母や町長の屋敷は貴族区の南部にある。

 北西から北東まで町の外はサントーノ森林が広がっているため、比較的安全な南部の土地は価値が高いのだ。


 なお、平民区から貴族区に渡る橋の先には守衛所が設置され、貴族区への立ち入りの際に、身分証明書がないと通ることは出来ないとされている。


「デンパ様、あの門をくぐって左手の大きな建物が冒険者ギルドです」


「おお、石造りの門で上には見張り台がある。んーファンタジー!」


 北西に建てられた石造りの門に無骨な木の扉。

 門の前と見張り台の上には、それぞれ兵士が一人ずつ立っていて、狩りや採取を終えた冒険者たちや、無事に町に到着したことを喜ぶ商人たちのなかに紛れる不審者がいないか確認をしている。

 夜は篝火を焚き、サントーノの森林を睨む。


 過去に魔物が町まで押し寄せたこともあり、気が抜けない仕事である。


(……どうしよう。思ったより厳重でした)


 早くも最初の計画が根本からぽっきり折れてしまい、北門を前にしてロゼの足が動かなくなる。


『――とりあえず人混みに紛れて入っちゃえ~!――』


「……おい、エルマ、この隠密効果は出てるんだよな? 何人かこっちを気にしてるんだが?」


 夕暮れ時、この世界では光の神が闇の神にシフト交代で業務を引き継ぐ時間帯であり、人の世では不思議な現象が起こりやすい時間とされている。


 例えば石ころと雑草しかない空間から、誰かの話し声が聞こえてきても、


「なあ、今あの辺でぼそぼそ誰か呟いてるのが聞こえないか?」


「いやもう、そういうのいいから! ほら、さっさと町に入らねえと締め出されちまうぞ! ほらほら」


 と、流されてしまう。

 それでもデンパからすると隠密効果のレベルも知らず不安になるというもの。


『顔とか手とかコートからはみ出てる部分も含めて見えないのがファンタジーの相場だよな。じゃないと顔と手だけ浮いてるモンスターになる。……見つかってる感じではないが、なぜかコッチを向くやつがいるのはなぜだ』


 隠密効果の一部を自らの電波で破っているデンパが首を傾げる。


「……夜になると門が閉まっちゃうみたいですし、とにかくこっそり入りましょう」


 エルマの無責任な後押しと、通りすがりの人の会話で聞きかじった夜の北門は閉鎖されるという知識により、ロゼはデンパを先導する。

 厳密に言うと、完全閉鎖ではなく小さな出入り口からの行き来は許されているのだが、夜に出歩くことのないロゼには平民区のルールは分からなかった。


(あの馬車の後ろについてこっそり……)


 ちょうど馬車が門の前で止まっている。


 さて、デンパが無駄に心配しているエルマお手製の隠密コートには抜かりはない。

 アーマーベア素材であろうとも、魔物の臭いはなく、しっかりとした防臭加工がなされている。


 しかしサントーノの森で魔物たちは臭いの元から全力で逃げていた。


 ――なぜか?


 魔物も逃げる強烈な臭いの元は、ロゼの髪や皮膚についた熊さんの水分があるからだ。

 とある部位を除いてあどけない美少女も、風呂に入らなければ臭う。


 つまり、何が言いたいかというと、そんな臭い美少女が馬車に近づけば――


「うわっ!」

「おい、危ないぞ! 逃げろッ!!」


 鋭い笛のようないななき。

 ガタガタと荷台を激しく揺らしながら門に突入する暴れ馬車の出来上がる。


 見知らぬ町で、夕方の人が混む北門で緊張しているお馬さん。

 手綱は杭に軽めに巻きつけられ、何もなければじっとしているお馬さん。


 ご主人がいないと少しだけ不安。そんなおセンチな感情を持つお馬さんの鼻孔を突然襲う熊さんの臭い。臭いの元に顔を向けたとき、誰かと視線が交差した気がした。


 ――見えない捕食者(プレデター)の存在。


 動物の本能として、全力で逃げなければならないと判断するも、重たい荷台や手綱に縛られて動けない。

 それはもう焦る、暴れる、背後に迫る恐怖から全力で逃げる。


「……とりあえず入れたけど、これはまた――」

「すみません、私のせいで……」


 捕食者(ロゼ)の顔が曇る。

 馬車に近づくとき、お馬さんと目が合った気がした。

 そのあとの惨状がこれであり、自分の顔や皮膚に残るアーマーベアの臭いが悪さをしたという結論にたどり着いた。


 町に入れたことで安堵をしたが、この大惨事に目をつぶって冒険者ギルドに向かうほど、ロゼの心は太くはない。


 荷台に積まれた衣料品や織物が道端に散乱し、門の近くでは兵士にぺこぺこと頭を下げる馬車の持ち主の姿。

 こっそりと落ちた衣類を持ち去る泥棒もいれば、せっせと集めて荷台に戻す町人、馬をなだめ落ち着かせる冒険者。


 野次馬が集まり始め、現場は騒然としている。


『――一度しっかり洗わないと臭い取れないかもだねぇ。あ、マスター、ドロップアイテムは回収するぅ?――』


 エルマが人差し指を曲げて、くいくいとデンパを誘う。


「いやドロップアイテムじゃないから。それ捕まるやつだから! ロゼ、俺らも手伝おう」


「はっ! はい! ご、ごめんなさい拾います」


 倫理的なデンパの言葉で我に返ったロゼは、落ちた衣類を手に取り、丁寧に荷台に戻す。

 ロゼが馬車に近づけば、馬は恐慌状態に陥るが、幸いにして腕っぷしの強い冒険者が手綱をしっかりと持っていたおかげで二次災害は起きなかった。

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