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プロローグ

 あるひー(あるひーー)

 もりのなかー(もりのなかーー)

 クマさんにー(くまさんにーー)

 ――――――――襲われたー……少女が。


「きゃあぁあああッ!!」


 喉も張り裂けんばかりの大声が、薄暗い森の中に虚しく響いた。


 これから少女は無知で無謀な行動への代価を支払うことになる――奇跡でも起きない限り。


 サントーノ森林の奥地には、熟達した冒険者でさえ一人で入ることはない。奥に行けば行くほど凶暴、強大な魔物が潜んでいるからだ。

 たとえ誰にも頼ることができなかったとしても、軽装備でこんな森に入るべきではなかった。


 強ければ生き、弱ければ――熊さんに襲われる。


 熊さん――アーマーベアは、獰猛(どうもう)にして残忍、タフネスさとスタミナを持ち、毛皮の材質が鉄のように硬い。

 右腕だけがバランスを無視して発達しており、長い爪を木々や地面に突き刺して()()の原理で素早く動き、少女を追いつめていく。


「グォアアアアア!!」

「ひぃあぁ……。あ、足が……。来ないで、お願いだからあっち行って……」

 

 アーマーベアの咆哮。少女の心をへし折るには充分だった。

 腰が抜けて立ち上がれず、少女に出来ることは体を後ろに下げることだけ。


 一方のアーマーベアは、久しぶりに食い()のある獲物を前にして、溢れるよだれが止まらない。


「がふっがふっ、がふっがふっ」


 怯えきった少女に、嗜虐的な笑みを浮かべながら距離を詰めていく。どこからかじろうか、泣き顔は最後まで取っておきたい。


「ひぃいいいい。……っ!」


 背中に木の根を感じ、少女の鼓動が早くなる。


「ガゴォアァァァ!!」


 まずは右足をいただきます! 丸太のような右腕を大きく振りかぶってからの振り下ろし!!


『うおおお!? ちょ、こんなときこそ状況整理!! ……信号が青になった。一歩、進んだ。戦闘シーンが始まった。……うん、なんじゃそりゃぁ!?』


 森に()()男の声。ただし、口元は動いていない。

 高速回転する思考だけがどばどば漏れている。


『えと、顔が涙ですごいことになってる女の子に、でけえ獣の太腕が……オゥ、こいつはマジでスプラッタする五秒前ぇえええ!? 夢なら助ける、なんか出ろ! 夢じゃないなら女の子諦めてぇ!! あ、目からなんか出たあ? あはは、これ夢だわ絶対』


 ……奇跡が起きた。


 少女よりも明らかに軽装備――汗染みのついたよれたワイシャツに、ノービンテージの色褪せジーンズ、片手にスマホというなんとも安そうな男が〝七色の怪光線〟を目から出すという奇跡が。


 怪光線が真っ直ぐ伸び、アーマーベアに届いた刹那――


 ――パチュンッ!


 水分を含む何かが潰れ、少女の顔に飛沫がかかった。


「……あれ? 痛くない……?」


 少女の想像する痛みはなく、むしろ顔にかかった液体がじわっと垂れるのがむず痒い。


 少女は恐るおそる目を開ける。


 涙でぼやけた視界が、ゆっくりと時間をかけて晴れていく。となれば目の前に迫る獣がどうなっているのかも、しっかりはっきりくっきりとなった。


「ひいっ!」


 少女は思わず息を呑んだ。


 眼前には半分ほど口を開けたまま固まった大熊の顔。

 ほの暗い眼孔からぼたりぼたりと赤黒い液体が垂れていて、全身からはうっすらと湯気が出ていた。


「……きゅうぅぅ」


 そうして少女は意識を手放した。


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