差別
「はぁ……はぁ……」
ハビエルさんはかなり苦しい様子で、顔からは油汗が絶えず噴き出す。
すぐに応急処置を施したとはいえ、かなりの猛毒は既に身体を蝕み始めている。
村でも極まれに出没するが、基本、なんとか追い払う事でやり過ごすが、中には噛みつかれて、応急処置を施しても血清を打たない限り大抵は命を落としてしまう……。
なので家によっては血清を所持しているが、決して安い物では無いので、かなり重宝される。
「早く血清を打たないと……」
とにかく町に着いたら直ぐに病院に連れて行かなければ……このままじゃ間違いなくハビエルさんは死んでしまう。
「ハビエルさん!私が見えますか!?今私は指を何本出しいるかわかりますか!?
そういって私は3本指を開き、ハビエルさんに問いかける。
「さ、さん……ふ」
まずい、呂律も回らなくなってきてる……。
「運転手さん!町まであとどれくらいですか!?
あと私は町の地形がわかりません!町に着いたら病院まで案内してください!」
「わかった!あと町までは5分位で到着する!ハイヤァ!」
運転手さんは鞭を更に強く打ち、馬車の速度を速める。
私はハビエルさんの、噛まれていない方の手を両手で握り、間に合うように祈り続けた。
あと5分……もうすぐだけどとても長く感じる……。
「ハビエルさん!もう少しです!もう少しで町に着きます!病院に行けば血清を打ってもらえるので、それまで耐えてください!」
「あ、あぁ……」
ハビエルさんは力なく答える、お願い、どうか間に合って……!
「嬢ちゃん!町に入ったぞ!」
「ありがとうございます!このまま病院まで走らせてください!」
「わかった!」
町は人が多くて馬車を飛ばすのは危ないが、今はそんな事を気にしている場合ではない!
「よし!病院が見えてきた!」
「ありがとうございます!
ハビエルさん!病院に着きました!起き上がれますか!?」
ハビエルさんはどんどん憔悴しきり始めてる……うなされてもう私の声も聞こえてなくなり始めてる。
「運転手さん!ハビエルさんを病院に運びこむのを手伝ってください!」
「わかった!」
運転手さんはそう言うとすぐにハビエルさんの元へ来て、担ぎ上げた。
「私は先に病院に入って事情を説明してきます!」
私は勢いよく病院のドアを開けると医師は驚いた顔をしたがすぐに眉間にしわをよせ私を睨む。
「その恰好……めかしこんでる様だがお前貧民層の人間だろ、それになんだその破れたボロスカートは、あいにくうちはそんな輩を診察するつもりはないし、処方する薬がもったいない、さっさと帰んな」
医者はしっしと手を払って私を追い返す仕草をした。
「誰も私を診察してくださいなんて頼んでません!」
「はぁ?じゃあなんでこんな所に来るんだよ、あぁ、身内が病気になって薬を貰いに来たのか?でもあいにく貧乏人に買える薬は置いてないんだよ、悪いが帰んな」
同じ人間なのに、育った環境でここまで扱い、態度を変えるのか……この人は命を救う為に医者になったのではないのか?
私の様な貧民層はこの人にとって、人間とみなしてないのか?
私はわなわなと怒りを覚えつつ、こぶしを握っていると、運転手さんがようやくハビエルさんに肩をかし、ゆっくりと病院に入ってきた。
ハビエルさんは呼吸も乱れて、ギリギリ生きている状態だ。
まずい……どんどん症状が悪化している……。
「は、ハビエル様!?一体どうなさったんですか!?」
私への態度と全く違う反応をし、心底腹が立ったが今はそんな事を気にしている場合ではない。
「へ、へひにはまれた……」
ハビエルさんは虚ろな目をしながら答えた後、運転手さんからも力が抜けて床に倒れこんだ。
呼吸も口呼吸になってペースも乱れてる……本格的にまずい!
「ウッドイエロースネークに噛まれたんです!早く血清を!」
私は医師に怒鳴りつけた。
「ウッドイエロースネークだと!?あいつは山や森林にしか生息してないぞ!なんで噛まれたんだ!
それよりハビエルさん、とにかく横になってください!
奥にベッドがあります、そちらへどうぞ!」
医師はとても焦った様子で血清を探しに行ったのか、奥へと引っ込んだ。
「お待たせしましたハビエルさん!今血清を打ちます!」
そういって医者はハビエルさんに血清を打った。
血清を打ったとはとはいえ、まだ油断は出来ない、毒がかなり回っているので血清の効果が追い付くかどうか……。
「麻酔も打っておきますね。出来ればあまり身体を動かさないようにしてください!」
「あぁ……その娘に感謝を伝えておいてく……れ」
良かった、ハビエルさんは呂律は戻り、なんとか喋れてる。
血清はこんなにも効果が早いのか……。
「はい?」
医者はハビエルさんの言った事がよく分からないような形で首を傾げた」
「……それにしても応急処置は完璧だ……歯が口から抜けて刺さったままにしないように蛇を追い払い、毒を素早く傷から吸い出し、上腕は毒の回りを遅くするため布で強く圧迫し、おそらくアルコール消毒もして、傷口を除菌をしている……。
そしてなにより二次感染を防ぐために傷口を熱してある……。
加えて身体を横にして腕を下げ、血の巡りも傷口より下に下げていたみたいだ……。
知識が豊富じゃなければとっくに死んでいる……流石貴族様だ。完璧な応急処置を瞬時に施していらっしゃる」
医者は「ふぅ」と額の汗を拭うと感心した様子でハビエルさんの様子を観ている。
「おい、そこの貧乏人、お前はもうさっさと消えろ!病院の空気が悪くなるだろうが!」
この医者は応急処置は私が瞬時に施したとは思っていないらしく、罵声を浴びせる。
「あの!」
私が怒りで唇をかみしめると運転手さんが恐る恐ると口を開いた。
「応急処置は、ハビエルさん自身が施していないッス。
全部この娘が手際よく瞬時にやってくれましたんスよ。
俺は知識がないので見ている事しか出来ませんでしたし。
それはハビエルさんも同じで、俺もハビエルさんも何もしてないッス。
彼女はこれから大切な用事があって、しっかりとした服も来てたのに、迷う事なくスカートを破ってハビエルさんの腕を圧迫したんスよ、この娘のスカートとハビエルさんの腕の布、同じなのわかりませんか?
彼女が居なければその……多分ハビエルさんはここに着くまでに死んじまってるんじゃないかなって」
運転手さんは私を庇い、全てを医者に話した。
「なんだと?この見るからに田舎臭い貧乏娘がそんな知恵を持っていたという事か?」
「ええ、その『田舎臭い』環境で育ち、培った知恵で私はハビエルさんをここまで運びこめたんですよ。
確かに、大きな病では薬などが調達出来なくて死んでしまう人はいます。
ですが、あなたの言う通り『田舎臭い』為に、害獣や害虫、そう類に怪我をさせられた場合の知識は町の一般人よりは長けているんです」
私は目を細め、皮肉交じりに答えて自分の頭をトントンと指でつつく。
「……」
医者は分が悪そうに私から目をそらして黙り込む。
まさか私が施したとは思ってもいなかったのだろう。
「ところで嬢ちゃん、その……これから屋敷に行くんだろ?スカートの一部、思いっきり破いちまってけど大丈夫なんか?」
運転手さんに言われて、ヤバイと思った。
「確かに……でも洋服を買う時間もお金も無いし……」
「屋敷に着いたら俺が正直に出来事を話すから安心しろ」
私が悩んでいるとハビエルさんが奥からよろよろと歩いてきた。
「は、ハビエルさん!ダメですよまだ安静にしてないと!
それに麻酔を打ったんです、30分程は寝ていないと……」
医者は慌てた様子でハビエルさんに告げた、しかしハビエルさんはそれに従う事もなく。
「うるせぇ、深い事情も知らねぇで、貧民だからと言って一方的に罵るクソみてぇな奴が居る所で大人しく寝てられぇよ。
俺も俺で仕事があるんだ。ちんたらしてらんねぇんだよ。
それにどうやらお前は自分が何の為に医者になったのか心得てねぇようだな。
どんな人間でも平等に接し、命を助ける事が医者としての本来の在るべき者だと思ったが、どうやらお前はちげぇみたいだな。
まぁ、この町には他にも数件医者は在るが、どうやらここの医者は何か勘違いしてるんだな、悪いが俺は今後病院に世話になる時は他所に行く、もう二度とここに来ることはないだろう」
ハビエルさんはドスの効いた声で医者を睨み。
懐からお金を幾つか取り出すと、バン!と机に叩きつけて「行くぞ」と告げると、よろよろと出口へ向かっていった。
その様子を見た運転手さんはハビエルさんに駆け寄り、肩を貸して歩いて行った。
医者は顔がサーッと青くなり、金魚のように口をパクパクしている。
私でも分かる、ハビエルさんは今とてつもなく怒っている……。
私の為に怒ってくれてる……と捉えてもいいのだろうか?
私もハビエルさんに続き外に出ようとした時。
「嬢ちゃん……その……悪かった」
医者はそう小さく呟いたが、私は無視して病院を後にした。
「悪い、少し行儀悪いが横にさせてくれ」
ハビエルさんはそう言うと馬車の椅子に寝転んだ。
「ハビエルさん、その……さっきはありがとうございました……私、医者にボロクソ言われて、かなり頭に来てたんですけど、ハビエルさんが来てくれて良かったです。
「……さっきも言ったがあいつは医者としての尊厳を失ってる、医者はあくまでも『人の命を助ける』事が使命だ。
薬の種類によっては渡す金が左右されるが。
どんな環境で育った人間でも、同じ命である事は変わらない。
それなのにアイツは人を選んだ。仮にエミリア一人で体調が悪くてあそこに行ったら門前払いだっただろう。
俺から言わせればアイツは医者の風上にもおけねぇ、儲けがいいからとりあえず医者をやってます。って言ってるようなもんだ。
だからアイツが言ってた事は気にするな」
ハビエルさんはまだ息苦しそうな様子だが、淡々と述べていく。
「そしてエミリア……お前が居なければ俺はとうに死んでいただろう、改めて礼を言わせてくれ」
「そんな!私はただ当たり前の事をしただけですよ」
私は手をブンブンと振った。
「当たり前、か……フッ、お前は優しい心の持ち主だな。
一切の躊躇いもなく誰かの為に行動を起こす。言うのは簡単だがそれを即座に行動できるか出来ないかは大きく違うもんだ。
例え優しい心を持っていたとしても、実際に目の前に問題が起きても自分のリスクを考えて行動できない人間もいる。
それでもお前は自分のリスクを考えずに、すぐに俺を助ける為に行動を起こした。
結果、そのリスクはあのクソ医者に入った時にボロクソに罵声を浴びせられた。
自分の立場を関係なく、俺の命を救うためにお前は自分の身分も気にも留めず。
そしてお前のそのスカート、貧民が貴族の館に上がるんだ。第一印象が一番大事なのに、お前はそのスカートを破った。
恐らくその容姿で屋敷に行ったら第一印象も最悪なものに違いないのにも関わらずだ」
ハビエルさんはそういうと少し微笑んんだような顔をした。
私の行動が評価された……私は当たり前だと思って行動した事に感謝された。
いったいいつぶりだろうか、この感覚は……胸の奥が凄く温かくなる、そんな感覚。
お礼を言いたいのは私こそだ……嬉しい……。
「さっき病院でも言ったが、スカートの事は気にするな。
何があったかかは俺の方から説明する、その方が説得力があるからな。
こう見えても俺はそれなりの立場での人間だ……ってお前なんでないてんだ?」
ハビエルさんは驚いたのか、思わず上半身を上げた。
「え?私……ほんとだ……」
「おいおい……自分で気づかないってどういうことだよ……」
「多分……久々に私の行動が大人の人に評価されて……感謝されて、思わず涙が流れたみたいですね。所謂うれし泣きって奴でしょうか……何年も両親に評価や感謝をされてなかったので」
私は涙を拭うと笑顔を作るとハビエルさんは「そうか」と一言述べて優しい顔で私を見てくれた。
「旦那ぁ!着きましたよ!立てますか~?」
馬車はゆっくりと速度を落とし、完全に留まるとハビエルさんは「なんとか大丈夫だ、ご苦労さん」
ハビエルさんはまだおぼつかない足取りだが馬車から降りると、運転手にお金を渡した。
「病院にまで運んでもらった追加賃金も少し足しとく、ありがとうな」
「あらら、そんな気を使わなくてもいいんスけどねぇ、まぁ此方こそどうも!」
運転手さんはハビエルさんからお金を受け取ると、ハビエルさんの後ろにいる私に笑顔を作って。
「嬢ちゃん!これから頑張るんだぞ!」
(頑張れエミィ!負けるなエミィ!)
一瞬……運転手さんの笑顔とフレンの笑顔が重なって見えた気がして私は自分で自分を鼓舞した。
よし……頑張るぞ!
「行くぞ、エミリア」
いつの間にか屋敷の入り口に手よろよろと歩いていくハビエルさんの元へ私は小走りで向かった。
この先、何が待ち受けているだろうか……。