田舎の知恵
ガタゴトと揺れる馬車に私はようやく慣れてきた。
きっと先程ハビエルさんが運転手に出来るだけ揺れないようにと気を使ってもらったからだろう。
「そういえばエミリア、お前年齢は幾つなんだ?
俺はあくまでも上から迎えに行く命令しかされてないからな、あまり細かい事までは知らないんだ」
そういわれて私は記憶をたどる。
私の家の生活が壊れてから当然私の誕生日祝いなど程遠いものになっていた。
あくまでも覚えている限りでは冬に生まれた事……。
「えっと……正直な話、明確に覚えてないです……。
さっき、ハビエルさんが見た通り、私の両親は歪んでます。
それでも昔はとても優しくて、温かい。自慢の両親だったんです……。
素材を手に入れるのも大変なのに、私の大好きな食べ物を作ってくれて……」
私は苦虫をかみつぶしたような顔で頭を下げ、両手はスカートをキュッと握りしめた。
過去の楽しかった、明るい思い出と。
今の変わり果てた両親の思いがグルグルとよぎる。
「それで……最後にお祝いしてもらったのが、貴族に収める特産品が増える前の年だったと思います……。
特産品が増えたせいで村の仕事も大分増えて、そんな時に丁度父が事故で仕事が出来なくなって……それから今の歪んだ両親になりました
なので、確か最後にお祝いしてもらったのが14歳程だったと思います。
自分の年齢すらわからないなんて、ほんと馬鹿げたはなしですよね……あっはは……」
私は自嘲しながら受け答えするものの、話せば話す程過去の記憶が蘇り、涙がでそうになるが私は必死に堪えた。
「そうか、ふむ……納税が上がったのは丁度3年前だな、となると17歳か」
「メイドの年齢的に17歳は若いんでしょうか?」
イメージ的に、メイドというのは大人の気品のある女性がする仕事だと思っていたので、私は興味本位で聞いてみた。
「いや、他所は分からないがうちの屋敷で働いてるメイド達の年齢はピンキリだな。
若い奴は10歳くらいから働いてるやつもいれば、50のばぁさんまでいる。
そして基本的には50でメイドの仕事は満了なんだ。
働いてた年数、そしてこなした質的なもんで屋敷を跡にする時に、労いの金を渡される。
まぁ細かい事はその資料に載ってるし、後々俺が教えてやる。
ただ上下関係がかなり厳しいからな、お前の何歳年下でも、仕事をこなせる奴はお前よりも格段に上の人間だ。その辺はしっかりとわきまえておけ」
「わ、わかりました」
上下関係か…村じゃ皆平等で、同じように接していたから、すぐに適応出来るかどうか少し不安だな……。
「ま、とりあえずお前は暫くは誰にも頭を上げる事は出来ない。言われた事を素直にやってりゃ問題ないさ」
「そうですね、ありがとうございます。
所で気になるんですけど、屋敷で働いてる人達ってメイド含め何人くらいなんでしょうか?」
これから働く職場だ、顔と名前だけはしっかりと憶えておかないといけないだろう。
「全体通してか?だとしたらメイドだけでも確か30人程はいた気がするが」
「さ、30人!?」
流石にそんなに覚えられるか不安だ……名前を間違えて呼んでしまったりしたらとても失礼だろうし……とはいえ、一気に覚えられる自信がない……。
村の人達ですらたまに忘れて、間違えて呼んでしまう事もあるというのに、短時間でそんなにたくさんの人達の顔と名前を覚えられるだろうか……
私がそんな事を思っている間にも、ハビエルさんはさらに淡々と話していく。
「んで、執事は10人、騎士が50人程度だったか……」
「そ、そんなに沢山の人達の名前と顔を短時間で覚えられる気がしないです……」
私が萎縮してそういうとハビエルさんは軽く鼻で笑った。
「大丈夫だ、意外と何とかなる。俺だって全員の名前と顔なんて覚えてない、同じ屋敷とはいえ仕事の担当が同じだとしても、主な役割や担当場所が違うと関わる人間なんて限られる。
だから意外となんとかなるもんだ」
「成程、そうなんですね……」
「ま、今からそんなに考えこんでたら疲れるぞ」
やっぱりハビエルさんは優しくていい人なのかもしれない。
目つきは少し鋭いけど。こんな私にも色々教えてくれる。
そんな事を思っていると馬車が急にガタン!と大きく揺れ、馬がヒヒンと鳴き、ブルルと鼻息を上げ馬車が止まった。
「どうした?」
ハビエルさんは運転手に声をかけると。
「すんません、大きい蛇が道を塞いでて、馬が怯えて止まっちゃいました……」
丁度ここは森林が多い……そして割と大きな蛇……私はその蛇の正体を瞬時に理解した。
「もしかして顔が大きい黄色い蛇で、キーキー鳴いてませんですか!?」
「あぁ、そうだね、こんな蛇初めて見たよ……邪魔臭いしまいったなぁ」
運転手がそう言うとハビエルさんはため息をつき、馬車から降りて道端に落ちている棒切れを持って蛇の方へ歩みよっていった。
「ハビエルさん!ダメです!近づかないで!」
「蛇なんて枝で脅せばどくだろ」
ハビエルさんはそう言うとツカツカと蛇の方へ歩みだす。
まずい!あの蛇は『ウッドイエロースネーク』……猛毒を持った蛇だ!
「ハビエルさん離れて!」
「あ?」
そう言った時には遅かった、蛇へかなり近づいたハビエルさんに向かって蛇はハビエルさんに向かって奇声を上げてとびかかった。
「うっ!」
突然とびかかった蛇にハビエルさんは身構えたが、腕にかみついた。
まずい!!
「くっそ、なんだこいつ!離れろ!」
ハビエルさんは蛇の首根っこを掴んで引っ張るが一向に離れない。
「無理に引っ張っちゃダメです!
そうだ!ライター!ハビエルさん!ライターの炎を蛇に当ててください!」
私は焦ったが、冷静に状況を判断し、指示をだした。
「ッチ!このクソ蛇が!」
ハビエルさんは私が言った通り、空いてる片方の手でライターを取り出し、蛇に炎を当てると奇声を発し、ハビエルさんの腕から離れ、草むらに逃げて行った。
「なんだったんだ、あのクソ蛇は!」
私は急いで馬車を降りハビエルさんの元へ駆け寄った。
「ハビエルさん腕をまくって、蛇に噛まれた所を見せてください!」
「あ、あぁ」
ハビエルさんは私の言われた通り、袖をまくって噛まれた傷を露出した。
上下に噛まれた跡が合わせて6つ、やはり私の思った通りだ、普通の蛇は牙が上下で2本、噛まれたら4つ傷口がある、しかしウッドイエロースネークは上下で3本ずつ牙がある。
噛み痕が6つあるという事は間違いなくウッドイエロースネークだ……。
私はハビエルさんのうでの傷口を迷うことなく咥え、毒を吸い出す。
「お、おい!何やってるんだ!」
「噛まれた場所から毒を吸い出してるんです!あの蛇は猛毒を持ってるんです!」
私は数回傷口から血を吸い出し、吐き出す。
「あの蛇は猛毒で、さらに厄介な性質を持っているんです。
ハビエルさんは無理やり引きはがそうとしてましたが、あの蛇は無理やり引きはがすと牙だけ嚙みついた対象に残して離れる習性があるんです。
そうなるとかなり厄介なんです!」
ハビエルさんは呆気にとられた表情で応急処置を施す私を見ていた。
「布!何か布はありませんか!?」
「ハンカチなら持ってるが……」
「ハンカチではだめです!……仕方ないこうなったら!」
ビリリ!と私はスカートの裾を少し破いた。
「お、おい!何してるんだ!」
「噛まれた腕の少し上をきつく縛ります!応急的な施しですが、血管を圧迫すれば体内に入り込んだ毒が腕以外に流れるのを防ぐんです!」
馬車の運転手はあわわときょどきょどしてる横で私は額から流れる汗を拭わずに応急処置を続ける。
「ハビエルさん、先程のウィスキーを貸してください!」
「ば……馬車の黒いバッグの……銀色の……水……筒だ……」
まずい、ハビエルさんの意識が混濁し始めてる。
腕をきつく縛ったのに、思っていた以上に毒の周りが早い!
「これだ……ハビエルさん!少し沁みるかもしれませんがこれから応急処置をします、我慢してください!」
私は傷口にウィスキーをかけ、疑似的なアルコール消毒をした。
続いて私もウィスキーで口を濯ぐ、毒が混ざった血が口の中に残り続けると、逆に私が毒に侵されるからだ。
「ぐ、あぁっ!……はぁ……はぁ……」
呼吸も乱れ始めてる……。
次は二次感染の予防をしないと……。
「運転手さん!何か金属はありませんか!?」
「えっと、ちょっと待ってくれ!」
運転手さんは馬車の修理箱からドライバーを取り出した。
「これで大丈夫かな?」
「ありがとうございます!十分です!」
私はハビエルさんが蛇を離す時に使ったライターを拾い、ドライバーを炎で熱くし、噛まれた傷跡に少しずつ当てていった。
「ぐっ……アァッ!!」
「ハビエルさん!意識はありますか!?出来る限り手を握って開いてを繰り返してください!毒の回りを確認するので!」
「うっ……あぁ……」
ハビエルさんはゆっくりとだが、なんとか動かせてる。
「ハビエルさん、馬車に乗って横になってください!噛まれた腕は下にぶら下げる形にして!
運転手さん!全速力で町へ飛ばしてください!」
「わ、わかった!」
運転手さんは「ハイヤ!」と勢いよく馬車を走らせ町へと走らせた。