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馬車道


「うぅ~~気持ち悪いです~~……」


 馬車に乗り込んで10分程、人生で一度も乗ってない生まれて初めてのガタゴトと揺れる馬車に乗り物酔いをしてしまい、ぐったりしてしまった。


「……辛そうだな」

「辛いです……」


 顔色がどんどん悪くなる私に冷たく声をかけるのは、先程対面に乗り込んだスーツの男。


「はぁ……おい、悪いが少し止まってくれ」

「はい!」


 男がそう言うと馬車は止まり、扉を開けた。


「少し外の空気を深呼吸しろ、あとこれを飲め」


 私はよろよろと扉の方へ移動すると、男が手渡してきた水筒をグイと飲む。


「ッ!?ブフッ!!ゲホッゲホ……な、なんですかこれ!?」


 私は得体の知らない未知の味に思わず吹き出し、むせこんでしまった。

 喉の奥も少しあつい……。


「あ、すまん間違えた、こっちだ」


 男はそう言うともう一つ、別の水筒を差し出した。

 私は思わず奪い取るようにサッととり、それを少しちびりと飲むと中身は水だと確認できたので思いっきりゴクゴクと喉に流し込んだ。


「あーそんな一気に……もったいねぇ」


 男はそういいつつ「まぁ、俺が悪いなこれは……」と言って水筒をしまった。


「あの、最初のアレはなんだったんですか……」


 プハァ、と水をひとしきり飲むと、私は最初に渡された液体について問う。


「これは『ウィスキー』つってな、まぁ簡単に言えば酒だ、アルコール」

「じょ、上流階級の人たちはこんなものを飲んでるんですか……?私はお酒はリンゴ酒くらいしか知らないんですけど……」

「まぁな、俺らが暮らしてる領地じゃこいつもそれなりの値段だし、貧民層には縁のない酒だ」

「なんとも言えない味ですね……」

「まぁリンゴ酒は全く別物だからな、所で少しは気分は落ち着いたか?」


 そう問われると、ウィスキーとやらの驚きか、水のおかげかで酔いはいくらかマシになった気がした。


「……まぁあと5分くらいは休むか」


 男は懐中時計で時間を確認すると、馬車から降りてタバコを吸い始めた。


「そういえば自己紹介がまだだったな。

 俺は『ハビエル・コロネスク』ハビエルと呼んでくれて構わない」

 

 煙をふかしながらそう名乗った。

 普通の平民……町で暮らしている者ですらそれなりの地位を保っていないと姓をつけることが許されない、そして彼は姓があり、身なりや酒やタバコといった嗜好品も嗜んでいる様子なのでおそらくそれなりの地位の人物なのだろう。


「えっと、私はエミリアです!」

「んなこたぁ知っとる」


 思わず私も名乗ってしまったが、普通に考えて雇われた時点で私の名前は知っているに決まっている事に気が付き、少し恥ずかしくなった。


「そういえばハビエルさん、あのー……なんか、さっき私の村に居た時と今でなんというか……こう、態度が全然違いますね」


 先程村で私の両親と話していた時はもっと礼儀正しかったように見えるが、今は口調も良く無いし、なんというか、すごく素っ気ない印象だ。

 私がそう問うと、ハビエルさんはタバコ片手にウイスキーを一口飲み、答えた。


「あれは仕事モードだ。立場関係なく、町に出て人と話す時は基本敬語を使ったり、紳士らしく振舞うのも仕事の内なんだよ。

 まぁ中には傲慢な性格で常に自分より下の地位の人間には礼儀もクソも使わない奴がいるが……」

「ハビエルさんはどっちなタイプなんですか?」


 私はなんとなく聞いてしまい、発言してから「しまった」と思った。

 案の定ハビエルさんは良い顔をするわけもなく、私はギロリと睨まれた。


「村でのやり取りを見てなかったのかこの生娘が」

「きっ!きむす!」


 『生娘』と呼ばれた私はムッとしたが、そんな事はおかまない無くハビエルさんは続けた。


「ま、お前の想像に任せるとするさ……で、気分はどうだ?初めての馬車ってのもあるかもしれねぇけど、多少の緊張もあって酔ったのかもしれないな」

「あ、お陰様で気持ち悪いのは少し落ちついたかも……。

 まぁ……確かに多少緊張してますね……これから未知の世界に行くわけですし……」


 私は苦笑いをしながら答えるとハビエルさんは鼻で笑い「そうか」と一言だけ言って、タバコの火を消した。


「まぁ人生なるようになるさ、今からそんな身構えてたら屋敷まで持たねぇぞ」


 ハビエルさんは大分私を気遣ってくれているようだ。

 口調はあまり良くはないが、根は意外と優しいのかもしれない。


「よし、じゃあ行くぞ、待たせて悪かった、出してくれ……あとスピードをさっきより少し遅めにして出来るだけ揺れないようにしてくれると助かる」

「はい!」


ハビエルさんの合図と共にゆっくりと馬車が動き出した。


「さて……今は揺れてるから今読むとまた酔うかもしれないが、これを渡しておく、メイドとしての基本の立ち振る舞い、仕事内容……まぁ基礎的な事が掛かれてる資料だ。

 後で軽く目を通しておけ」


 ハビエルさんはそういって薄い本を私にさしだした。

 受け取った私は、中身が気になったのでサクッと目を通そうと思いページを捲ったが、思わず手が止まる。


「ハビエルさん……」

「あん?」

「私……その……簡単な物なら解るんですが……この資料……読めない文字が多い……です……」


 正直、貧民層には学とは縁が遠い為、簡単な読み書きや軽い計算しか解らない。

 なので、この資料に書いてあることは随所随所わからなかった……。

 私が申し訳なさそうに話すと、ハビエルさんは一度目を大きく見開いて、頭を抱えた。


「おいまじかよ……」

「す、すみません……」

「計算は?」

「簡単な物でしたら……」

「はぁ……クッソ、多分仕事が増えるな……」

「あぅ……」

「まぁできねぇもんはしゃあねぇ、何とかするから気にするな」


 そう言うとハビエルさんは再びタバコを取り出し咥え、火をつけようとしたが、軽く舌打ちをしてタバコをしまった。

 きっと臭いを気にしたのだろう。

 私はもう一度「ごめんなさい」と謝罪をすると「大丈夫だ、もういい仕方ねぇ」と言って、ズルリと背もたれに寄り掛かり、私は肩身が狭い思いになって縮こまり、車内は少し張り詰めた空気が流れ、馬車のガタゴトという音だけが大きく響く。

 

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