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絶望


「……ィ」

「……ミィ!」


 誰かが呼んでいる気がする……。


「レミィ!」


 ゆさゆさと身体が揺らされようやく眠気眼を開く。


「ん……おかあ……さん?」

「起きなさいエミィ!」


 目を覚ますとお母さんは町へ出る時にしか着ない一張羅(いっちょうら)を身にまとい、私をゆすり起こしていた。

 町にでもでかけるのだろうか?そんな予定あったっけ?

 そんな事を考えながら目をこすり、起きるとお母さんは「これに着替えて早く外に来なさい」と言って枕元にある私の服を指刺した後、家の外へと出て行った。


「……これも私の一張羅だ……」


 疑問に思いつつもせかされていた私は急いで着替えようとした。

 肩から胸にかけてヒラヒラの薄いレースが着いている白いブラウスに水色のロングスカート、私のお気に入りの服だ。


 姿見の前で着替えているとあることに気づいた。


「うそ……」


 腰のくびれまで上げるスカートのファスナーが腰の肉に引っ掛かり、全て上げきることができない。


「ち、小さい時に買ってもらった服だもん……しょうがないよね……」


 そう言いつつも何とかファスナーを上げようとするが全く動かない……。


「あぅ……」


 私は太ってない、太った訳じゃないと必死に自分に言い聞かせた。


「エミィ!早く!」


 父親の声でハッとしてなんとかしないとと思うが服がちゃんと着れないのでおろおろしてしまう。




 ふと、裁縫セットの存在を思い出し、私はそこから安全ピンを一つ取り出すとファスナーが引っ掛かった部分を安全ピンで無理やり留め、髪も寝ぐせがあったが梳かしている暇がないと思い、ヘアゴムですべて後ろへ括り、外へ出た。


「ご、ごめん、遅くなっちゃった……」


 私は親に謝りつつ顔を上げると私の目の前には馬車……と高そうなスーツを着た男性が一人馬車に寄りかかり、腰から下げている懐中時計をしきりに気にしていた。。

 村の皆も何事だろうと思ったのか、見知った顔がちらほら伺える、その中にはフレンも居る。


「えと……どうしたの?」




「この娘でいいのですね」


 誰も私の疑問に答える事もなく、スーツの男性は両親に問いかける。


「はい、のろまで使えない娘ですが、どうかお願いします」


 父は杖でよろよろしながら立ちながらも頭を下げる。

 一体どう事なのだろう、何をお願いされるのか……話が全く読めない……。


「お母さん、何!?どういう事なの!?」


 私は少し強めの口調で問いただす。


「うるさいわね、あんたはうちじゃ役に立たないから今日から貴族様の所でメイドの仕事をするの!」

「や、役に立たないって……私はこれでも凄い頑張ってたんだよ!?ごはんだって……本当はもっと食べたかったけど我慢してたし……なんで!?……ねぇ!答えてよ!!」




 バチン!




 母は昨日以上の力で私の頬を叩いた……。最早茫然とするしかなかった。




「いいからあなたはお父さんとお母さんの言った通りにすればいいの!メイドの仕事の方がお金が手に入るし、安定して仕事が出来るの!お母さんじゃ出来ないからあなたに代わりに働いて給料を貰ってくる!それだけでいいのよ!それがあなたのこれからやるべきこと!『ここには要らないの!』」




 『ここには要らないの』……なにそれ……そんなのってないよ……じゃあ今まで私がやってた事は誰がやるって言うの?どれだけ私に求めているの??




「ッ!」


 私は悲しみよりも憎悪が両親に芽生え思わず母の胸倉に掴みかかった……こんな事は産まれて初めてだ、全身が震え声も震えながら母に反論する。


「じゃあ私がいままでやってきた事はこれからどうすんのよ!!アンタ一人でお父さんを支えていけるって言うの!?自信過剰すぎじゃん!バカじゃないの!!」


 私が反論する事など想像もしていなかったのか、母はとても驚いた様子で私を見たが、すぐにまたビンタをした。


「親に向かってなんて口の利き方してるのよ!ここまで育てて貰って、仕事も見つけてきてあげたんだから感謝するべきよ!」

「そうやってまた私を叩いて!叩けば私が言うことを聞くとでも思ってるの!?大概にしてよ!!第一私は仕事を探してきてなんて一度も頼んでない!」


 沸点が限界に来た私は思わず母にこぶしを握り上げた。

 しかしその腕は誰かにがっしりと掴まれた。……フレンだった。


「フレン……っ!放して!放してよ!!放しなさいよ!!!あなたには関係ないでしょ!!!」


 母を殴ろうとする私の手をフレンは決して離さなかった。


「エミィ、どんな理由があっても親を殴っちゃ駄目だ……気持ちは分かる……でも駄目だ」


 フゥ!フゥ!と鼻息紛れに興奮している私とは裏腹にフレンは至極冷静に私を諭し、私の力が抜けた事を確かめると振り上げた腕をそっと離す。そしてフレンは私の隣に来て母と父を見ながら冷静に口を開いた。


「……他人の俺がいう事じゃないかもしれない、でもおばさん、おじさん……エミリア本人の気持ちを酌くまずに勝手にこうい事をするのは良く無いと思う……俺……エミリアがすげぇ頑張ってるの見てきたし、これ以上望むのは流石に可哀そうだよ」


「うるせぇ!よそのガキは引っ込んでろ!」


 父さんは怒鳴るがフレンは気にも留めず続ける。


「おばさん、エミリアが居なくなったらどうなるか、ちゃんと考えた?エミリアが居なくなったらおばさん一人で炊事洗濯、おじさんの世話までしなくちゃいけないんだよ?

 エミリア合意の上だったら俺は二人の面倒を少しは助けたよ……。

 でも、自分の娘をこんな風に勝手にしたなら俺は許さないし納得しない。悪いけど二人が困ったことが起きても俺は何もしない、手伝わない。畑も俺の家の分しかやらないから」


 いつもの眼差しは今まで見たこともない、微かに怒りに満ちた瞳だった。

 フレンの威圧に押し負けたのか、私の両親はフレンから目を逸らす。

 まさにぐうの音も出ない、と言った所だろうか……。


「フレン……」


 私が呟くとフレンは私の方を向いて頭を下げた。


「ごめん……俺にはエミリアがメイドに行く事を止めることは出来ない……決まった事っぽいから……でも……強く生きてくれ……お前なら大丈夫……辛くなったら空を見上げるんだ……」

「フレ……ン……」


 私は泣きそうになった。今すぐにでもフレンの腕の中で泣き叫びたかった。『行きたくない』そう言いたかった……でも、きっとそれは『私の敗北』を意味するだろうと思った。


 暫く静寂が続くとパンッパンッ!と手を叩く音が響いた。皆驚いて音のなった方を見るとスーツを着た男がしかめっ面で私達を見ていた。


「もういいですかね?時間の無駄です。私はこんな演劇を観に来た訳じゃあないんですよ」


 『演劇』と言われてイラッとしたが私は黙ったまま彼の方へ歩いて行った。


「乗ればいいんですね?」

「はい、物分かりが早い人は好きですよ、あぁ靴は履いたままで結構です」


 私は馬車に乗り込むと「ふぅ…」と軽いため息をついた。

 これ以上私が何を言っても、何を望んでも無駄なんだ。

 大人しく従っていよう……。


私が馬車に乗りえるや否や、父は男にへこへこと頭を下げている。


 プライドも無いのか……。


「では、契約金としてこちらをお渡し致しますね」


 男はそういうと懐からお金が入っているのであろう小さな袋を父に渡す。

 それを受け取った父はそそくさとその袋を覗きだした。

 しかし父は一度袋を除くと少し驚いたような顔をして、男と袋の中身を交互に見る。


「あの……これ……だけですか?」

「えぇ、何かご不満でも?」


 男はジャケットからタバコを取り出し、一本咥えると高そうなライターで火を着け、『ふー』と面倒くさそうに答えた。


「こんなド田舎の底辺の人間をこっちはわ・ざ・わ・ざ・賃金を出して雇わせて貰ったんです、これでも多めに見積もったくらいですよ。

 最も、不満があるのでしたらこの話はなかった事にもできますけど……どうします?」


 淡々と話す男に父と母は顔を見合わせ、落ち込んだ様子で「ありがとうございます」と頭を下げた。


「おいエミリア!給料を貰ったら家に帰ってこい!お前がうちに戻ってきていいのはその日だけだ!わかったな!」


 弱い犬程なんとやら……男には萎縮していた父は私の顔を見るなり突然強気で声を張り上げる。

 呆れすぎて私は物も言えず、馬車の上から蔑んだ目で親を見るしか出来なかった。

 そんな中、卑しい両親とは裏腹に、フレンは私を鼓舞するように、いつもと変わらない笑顔で大きく手を振っていた。


「エミィ!お前の家に戻らなくてもこの村はお前の村だ!

 俺たちはいつでもお前の帰りを歓迎してるからな!

 嫌なことがあったら空を見上げるんだ!頑張れエミィ!負けるなエミリア!」


 フレン……。


「ありがとうフレン!私、頑張るからね!行ってくるね!」


 タバコを吸い終えた男は吸い殻を小さなポーチに入れた後、馬車に乗りこんできて私の対面に座った。

 男からはタバコのなんとも言えない臭さに思わず眉をひそめてしまった。


「あぁ、タバコくさかったか……悪い」


 あれ?さっき両親と話してた時と打って変わって口調が変わった気がする。


「出せ」

「はい!」


 男が合図を出すと馬車はゆっくりと動き出した。

 私は最後にもう一度だけ後ろを振り返るとフレンはまだ大きく手を振っていた。

 そんなフレンに私は微笑みながら小さく手を振り返した。


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