違和感
「お風呂あがったよ」
お風呂から上がるととても懐かしい私の大好きな匂いがした。
「え?」
私は思わず速足で母の方へ駆け寄る。
「やっぱり……クリームシチューだ……」
呆気に取られて立っていると、私に気づいた母は「食器を並べなさい」と手をしっしと払った。
態度はいつもと変わらなく素っ気ない……凄く違和感があって頭の処理が追い付かない……。
私今日誕生日だっけ?いや、誕生日はもっと冬だからありえない……。
そもそもクリームシチューを作るにあたって、今の季節はミルクの入手が難しい。
と、言うのも。私たちの村では牧畜をしている家は無く、主に農作業を中心としている。
貧民層区域では各地域によって一定の特産品を作るようにして、貴族の領地に収め賃金を入手する。
そして、余った特産品は別の村に行き、その村の特産品と交換する。
例えば私の村は主に穀物や野菜を主に育てている、なので漁業や牧畜を主にしている村へと足を運び、魚や海藻、ミルクやお肉、動物の毛皮等を僅かなお金と共に交換している。
しかし今の季節はまだ私たちの村には牧畜の副産物は周ってきていない……。
そうなると多少金銭が掛かってしまうが、町の方へ赴き購入するしかない。
しかし私たちのような貧民が町へ出ると町の人々は皆あからさまに嫌な顔をしたり、差別的な目で見られ、場合によってはお金はあるのに『貧乏人に売れる品など無い』と言われ、購入させて貰えない事だって珍しくない。
それなのに今の季節にクリームシチューを作れるということは、わざわざ町へ出てミルクを購入してきたという事になる。
「さぁ、食べるよ」
「……あぁ」
「い、いただきます……」
相変わらず両親は素っ気ないままだ……。
私は熱々のシチューを息で冷まし、一口頬張る。
「美味しい……」
間違いない、昔からの母の作る私の大好きなシチューだ……。
楽しかった頃の記憶が一気に頭に流れ涙がこぼれそうになる……。
「美味しい……美味しいよお母さん……」
私はそういいながら夢中でシチューを食べる。
「まだまだあるから、好きなだけ食え」
父もぶっきらぼうな口調だが、こんな事言われたのは久しぶりだ……。
「ありがとう……お母さん……でも、なんでいきなりシチューなの……?今の季節じゃミルクだって買わないと……それにミルクって結構高いし……」
私が訪ねると母は一瞬スプーンを止め私を見る訳でもなく「……なんとなくよ」と素っ気なく流す。
「そ、そっか……」
私は嬉しい反面違和感を覚えながらシチューを平らげた。
大好きなシチューをおなか一杯に食べた私は食器を洗おうと空の食器に手を伸ばそうとすると私よりも先に母が慣れた手つきでささっとまとめた。
「お母さん、洗い物は私がやるよ?」
戸惑いながら母に尋ねると。
「今日はあなた川で冷やしちゃったんだからいいの、また指が冷えて痛くなるでしょ」
「え……うん……ありがとう……」
することが無くなった私はどうしようと思いつつ、とりあえず布団を家族分、3つ広げた。
なんだろう……凄く変……急にどうしたのだろうか……。
広げた布団に潜り込み、今日の一日を振り返る……もしかして今日の昼間、実はフレンに見られていた事に気づいて気を使ったのだろうか……。
「わからない……」
私は思わずボソッと声に出してしまった。
「何?」
家の灯りを消そうとした母には聞こえていたらしく私を見た。
「な、なんでもない……おやすみお母さん……」
「ええ、おやすみ……」
明日も頑張ろう……。
胸の中のもやもやは消えないままだったが目を閉じ暫くしている内に私は眠りへ落ちた。
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「エミィ、今まで酷く当たってごめんなさいね」
「お父さんも悪かった……でもな、これからはもう大丈夫だ!」
座っていた父は軽々と立ちあがった。
「ほら!もう腰がすっかり良くなったんだ!」
「これからはお父さんも一緒に働けるからエミィの負担は減るからね」
母はそう言って私を抱きしめる。
「そうだ!エミィ、とってもいい物を用意したのよ!」
そういうと母は炊事場から私のもう一つの大好物、母特製のタルトを持ってきた。
私は戸惑いながらも母が切り分けたタルトを頬張る。
間違いない……これも私の好きなタルトだ……。
相変わらず酸っぱいけど、それでいて甘い。
「どうだ、久々のタルトは美味いだろ?」
そう言って父は私の頭を優しく撫でる。
母もその様子を優しい笑顔で見守っていた。
そんな両親に挟まれた私は暫く無くしていた笑顔で涙を流しながら喜んでいた。
何年ぶりだろうか、こうして家族みんなで笑顔の笑顔を見るのは……。
あれ……?私はどうして笑ってる私が見えてるの……?
あぁ……そうか……これは夢なんだ……。
諦めた世界を……未来を……夢で見てるんだ……。
未練も何もかも捨てた筈なのに……こうして夢を見るという事はまだ心の奥底のどこかで諦めきれていない、些細な期待と希望があるんだ……。
団らんとしている私達が徐々に私の視界から遠ざかり、小さくなっていく。
その幻の周りは真っ暗で何も無い。
上を向いても、暗闇だ……。
私は一歩踏み出したが留まる。
どうせこれは夢なんだ……。
「シチューのせいだ……馬鹿馬鹿しい」
私はそう吐き捨てると踵を返し歩き出すと、ふいに足場の感覚が無くなり、声も出せず暗闇に落下していった。
落ちて、落ちて落ち続けていると、誰かの声が聞こえ徐々に周りが明るくなっていく気がした……。