りょうしん
コーン!
秋の昼下がり、乾いた薪が綺麗に二つに割れる音が響き渡る。
私たちの村は皆冬支度の仕事をしていた。
そんな中、若い爽やかな青年の声が澄んだ空気に大きく響く。
「じぃちゃーん!薪割り終わったよー!」
「お~、お疲れフレン、ありがとなぁ~」
「これくらいへっちゃらだよ!」
フレンは私の家の近くに住む年齢の近い幼馴染。力強くて、体力も一杯ある男の子だ。
小さい頃はお互い体力も力も同じ位だったが、今ではすっかりフレンの方が身長も高いし、肩幅も大きくなっている。
「う……えい!」
ガスッ!
私が振り下ろした斧は見当はずれの薪を置く土台にザックリと刺さる。
私もいつもこの季節になると薪割りをするのだが、薪割りだけは何年やっても不慣れで苦手だ。
「ん~~やぁ!あっとと……うわぁああ!……あうぅっ!」
力いっぱい振り上げて下した斧は、土台に刺さるどころか、盛大に空を切る勢いで空振りしてしまい私は尻もちをついてしまった。
「いったぁ……」
その様子にフレンは気づいたのか、タオルで額の汗を拭いながら斧を担ぎ私の方へ歩み寄ってきた。
「大丈夫かエミィ、手伝おうか?」
私は少し迷ったが、疲れている事もあり、素直に頼む事にした。
「あ……うん……じゃあお願いしようかな……ありがとう、終わったら私の家の横に積んでおいてもらっていいかな……」
少し申し訳なさそうに頼むとフレンは「わかった!」と言って手慣れた様子で薪を割っていく。
私なんかが割るよりも全然早い……、やっぱり力も全然違うんだな……。
「このくらいよゆーよゆー!薪割りは俺が全部やっとくから、おじさんかおばさんに言って、何か他の作業手伝ってきなよ!」
「うん……そうする……」
「……なぁエミィ」
その場を後にしようとした時、フレンに呟くような声で名前を呼ばれる。
「なんていうか……ここ数年……お前……」
凄く言いにくそうな雰囲気で目を合わせない……。
私、何かしたかな……。
そう思っていると、薪を綺麗に割った直後爽やかな笑顔で私の顔を見て。
「おっぱい全然大きくなってないよな!」
……は?
「ッ~~~……!!」
バキャ!
「グエッボッ!!」
私は思わずフレンに走りながら脇腹に肘鉄を打った。
フレンの身体は『く』の字になって1メートル程は吹っ飛んだだろう。
「バッカ!おま!斧持ってるのにあぶねぇだろ!」
「ハァ……ハァ……あんたがバカな事言うからでしょ!バカはどっちよ!バカ!」
私は肩で息をしながらポカポカとフレンを殴り続ける。
「あっはは……」
フレンは作り笑いをした後私の両手を受け止めて少し悲しそうな顔をして言った。
「エミィ……ここ数年、お前が笑った顔全然見てないぞ……もっとさ、気楽に生きようぜ」
私は俯いて少し沈黙した後、力強くフレンの手を振り払い、怒鳴りつけた。
「あなたに何がわかるっていうの!?別に私は元気よ!余計なお世話よ!!」
「あ、ちょ……エミィ!待てって!」
ヒステリック気味に私は怒鳴りつけ、フレンの声を無視し、唇をかみしめ両手を強く握り……重い足取りで家へ戻った。
「……ただいま……」
「遅い!」
戻るや否や父から怒声を浴びせられる……。
こんな事は日常茶飯事だ。
こっちは手伝っている身なのに……。
「薪割り程度で一体どんだけ時間かけてるんだ!」
「……ごめんなさい……実は薪割はまだ終わってなくて……今フレンがやってくれてる……」
「はぁ!?」
炊事場で家事をしていた母が包丁をまな板の上に乱暴に叩きつけるとツカツカと私の方に歩み寄り鋭い目つきで睨みながら。
バチーン!!
私の顔に大きく平手打ちをした。
痛いなぁ……。
その手は私を叩くためにあるんじゃないだろうに……。
「ご近所さんにまで迷惑かけて……あんたはどんだけのろまなのよ!この役立たず!」
私は俯きながら平手打ちされた自分の頬をさする。
「もういいわ、次あれ!川で洗濯してきなさい!!」
そういって洗濯カゴを指さす。
「でも……今日は寒いから川の水凄く冷たいだろうし、昨日雨降ったから増水してて危ないよ……」
私は諦めながらも反論する。
「いいから洗ってきなさい!」
これ以上反論しても無駄だと思った私内心ため息をつき、素直に従う事にした。
持ち上げた洗濯カゴは思っていたより重く、持ち上げた私は体制を崩し倒れてしまい、洗濯物を床に散乱させてしまった。
「てめぇ!いい加減にしろ!」
横になっていた父はよろよろ立ち上がると散らばった洗濯物を適当に手に取ると私に投げつけてきた。
「ごめんなさい……」
「それしかいえねぇのかどんくせぇなこのグズ!」
今の家には昔の両親の面影は微塵も無い。
数年前に父がイノシシの突進を腰に直撃してしまい、命こそ助かったものの、杖を使ってようやく家を歩く程度しか出来ない程の身体になってしまった。
それから全てがおかしくなっていった……。
私が父の代わりになろうとどれだけ手伝いをしても、元々成人男性の仕事など到底出来るはずもなく、出来る事は限られる、それでも私は一生懸命に働いている。
それでも褒められない……感謝されず労いの言葉一つすら言われた事が無い。
昔私が『お母さん』と呼んでいた母、『お父さん』と呼んでいた父は、容姿を纏っただけの別の人間になり、何処にもいないのだ……。
理不尽に激昂した父は私の髪の毛をぐしゃりと掴み、ガクガクと上下に揺らしながら耳元で大きく怒鳴る。
私もいい加減我慢の限界が近いが必死に堪える。
抵抗しても今後もっと苦しくなるだけだ……。
大丈夫、暫くすればお互い気が済む……私が我慢すればいいだけ……。
「ッ……」
「いいから行ってこいつってんだろうがっ!」
私はそのまま突き飛ばされ壁に背中を打ち付けた……痛い……なんて言ってられない……。
ゆっくりと立ち上がり、洗濯物をかき集め、洗濯カゴを抱えて慎重に歩きだす。
「行ってきます……」
私はぐしゃぐしゃの髪を戻す事もせず川へ洗濯をしに行った。
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案の定水量多くも流れも強い……。
足を滑らせたら命は無いだろう……。
私は肩手を川に入れながら水面に移る自身の顔を見る。
「……フッ……酷い顔……」
流れの強い川に映る私の顔はぐちゃぐちゃで、まるで今の自分の人生を映しだしているように思えた。
「……このまま川に流されれば死ねるかな……」
バカみたいな独り言を呟きつつ、洗濯を始める。
「ッスーッ……」
痛い……冷たい……。
水は指を切り落とす様な冷たさで痛みすらも感じる。
「うーわ!つめってぇ!!」
「……そうだね……冷たいね…………ってフレン!?」
「おう!」
いつからいたのだろう、気がついたらフレンが私の隣に居てバシャバシャと顔を洗っている。全く気が付かなかった……。
「いや、おう!じゃないわよ!なにしてるの!?」
「洗顔」
「いや見れば分かるわよ!そうじゃなくて!……はぁ……もういいわ」
私は呆れて洗濯を再開する。
暫くすると、視界の左片隅に肌色らしき物が見え横を見る。
……まさか。
「んよいしょ……」
案の定、今度は突然フレンはシャツを脱いで川で濯いだタオルで体を拭き始めた。
上半身とは言えど、唐突に異性の裸を見せられた私は流石に思わず顔に熱を帯びる。
「ッ~~~~!!あんたには羞恥心って物がないの!?」
「ん~~……」
フレンは唸りながら空を見上げ……。
「無い!」
と、私に笑顔で振り向いた。
「はぁ……」
私は呆れてため息をつくと洗濯を再開した。
……横ではフレンが上半身裸であぐらをかいて座りながら空を見上げてボーッとしている。
「なぁエミィ……」
暫くの沈黙……川の水流の音と私の洗濯物を洗うジャブジャブという音の中フレンはポツリと私の名前を呼ぶ。
「なに?またおっぱい?」
私は洗濯の手を止める事なく素っ気なく返す。どうせまた下らない話だろう。
「違う」
今まで聞いたことないトーンで返事をされたため驚いて手を止めてしまった。
「悪い……俺……さっき薪割りの時、斧交換するの忘れたからお前の家に斧を取りに行こうとしたんだ。そん時にその……おばさんが怒鳴ってるの聞こえちゃってさ……。
良くないと思ったんだけど、窓からこっそり見ちまったんだ……。
『お前がお前じゃなくなった』きっかけとかは多少知ってたけど……まさかお前の家族があんなにも変わってたなんて気づかなかった……。
何年も近所に住んでるのに……おばさんとおじさんは俺とか近所の人への態度は変わってないからさ……さっきは『気楽に生きようぜ』とか言って悪かった……」
淡々と話すフレンに対して私は自分の心臓の鼓動が早くなり、その音がどんどんと大きくうるさくなり、フレンの言葉すらも遮り、やがて目の前がチカチカとし始める。
どうしよう……全部バレた……これだと今後もっとフレンに迷惑をかける、心配もかける……親にこの事がばれたらまた……いや、私だけだったらまだいい……最悪フレンにまで何かあったら……。
額から気持ち悪い汗が一気ににじみ出て頬へと伝って流れてくる……。
だめだ……息がまともにできなくなってきた。
「ハァ……ハァ……ハァ…ハァハァハァハァ……」
視界の焦点もブレて思わず両手を胸に当て、必死に冷静になろうとするが、思えば思うほど身体はブルブルと震えだしてくる。
「おいエミィ?聞いてる?」
フレンが何か喋ってる……だめだ、何を言ってるのかわからない……。
「おい、ちょっとエミィ!大丈夫か!?おいエミィ!」
ダメだ……目の前がどんどん暗くなってきた……平衡感覚もおかしい……。
そう思った瞬間、全身に刃物が刺さるような痛みの直後に冷たさを感じた。