第35話「紐解く違和感、触れる無架のしょうたい」
天袖が告げた疑念。それは、とある証拠と共に提示される。深まる無架への疑念。一体彼女は何者か。それはそうと――天袖のほっぺたは、よく伸びる。
「今までに作ったことがなかったんだ」
ラスノマィの作ったゲートを潜り、二人が拠点とする階層に帰還。ラスノマィに手を引かれながら、天袖は呟くように言った。
転移してしまえば、レッテルの探索も打ち切られる。次元を跨ぐ移動法の追跡技術構築は理論上不可能とされていた。
やっと、一息つける――そう思っていたところに投げ込まれる天袖の一言。
なんとなく嫌な予感を感じ取りながら、ラスノマィは振り返る。
「……何を?」
そして天袖が放つ一言は、彼女のいやな予感を外れることはなかった。
「【エニモミスト】」
衝撃。それは物理的な効果を伴うものではなかったが、ラスノマィは殴りつけるようにして飛び込んできたその情報のあまりの重さに、思わずむせた。
「……おっ、おまえ! いつそんなもんを作った!?」
「えっと、最初のデートの時?」
「その宝石はどうした!」
「無架にあげた」
「なんでだああああっ!」
うがあ、と吼えるラスノマィ。周囲に人がいたら近所迷惑だが、幸いなことに誰もいない。存分に吼えていた。
「『時価数百億どる』とかそんなレベルじゃねえぞ!? 国家規模にも収まらない! 最低でも大陸をどうこうできる値段だ! それをなんで……っ!」
「……だって、規模が大きすぎて使いきれないし。〝王様〟ならなんとかできるかもしれないけど、お金にする方法もないし……」
「碌亡んとこならやれただろーっ!」
「ほにゃへひゃあああああっ!」
他人に顔を変えてしまう変身を経験したことによる影響か、もちぃーん、とラスノマィの引っ張る天袖の頬はつきたてのお餅よりもよく伸びた。
ラスノマィが存分に天袖の頬の柔らかさを楽しんだ後。
「……かねかねかねがあ……」
「んゃ?」
二人が歩く先、彼らの自宅の玄関ドアが開く。そして、そこからマグカップ片手に出てくる人影。いま、彼らの帰る家にいるのは――たった一人しかいない。
「おー帰ったか。……どうかしたのか?」
廻我碌亡。たった二人の人間のために、都市の区画一つを丸ごと独り占めした男だ。
ぶつぶつとなにかを呟くラスノマィ。ゲートをくぐった時とは逆の形、天袖がラスノマィの手を引きながら歩く二人に碌亡が手を挙げて声をかける。彼はコーヒーの入ったマグカップを手に、帰ってきた天袖達を出迎えに来たのだ。
「碌亡」
「おう。……どうしたんだ、こいつは」
碌亡は萎れた葉野菜よりも元気のなさそうな、というか「取り返しのつかないことをしてしまった」顔をしているラスノマィの様子に気づいた。
「天袖とラスノマィのどちらがより深刻そうな顔をしているのか」と訊かれたら、碌亡は間違いなくラスノマィの方を指差すだろう。
今にも吐きそうな顔をしている彼女の様子を天袖に尋ねる碌亡に、天袖が「えっと」と言いかけて、ラスノマィが口を開いた。
「……こいつ、無架を吸血した時に【エニモミスト】を作ってやがった」
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「あー、そうなの。そうなのか」
深刻そうに打ち明けるラスノマィに対して碌亡は何でもなさげ、というかあまりダメージを受けているようには見えない。それはそうだ。殺傷力を持たない「たかが言の葉如き」が、物理的に存在している人間サマを傷つけようなんてそれはあまりにも、
「……ごほっ、ふふぁ!? ……えにゅもにゅすとだとっ!?」
彼が空にしていた、咽喉の奥へと消えていったはずのコーヒーが、逆流した。
「どういうわけだっ!」
「えっと……」
詰め寄る碌亡に、天袖が答える。……先程と、同じように。
「うんにゃあああああああああああああああああああっ!!」
天袖のほっぺたは、ラスノマィの時よりもよく伸びた。
△◯
先日解体した域物の何億倍以上もの利益を生み出す機会を灰にされた。というか利益にならなくても「星宝」級超えは確実の純物質を他人にプレゼントすること自体があり得ない。「次に人から吸血をさせてもらう時は絶対に言うこと」「いやそもそもボクだけどわたしだって以外から血を吸うな!」……二人からお説教を受けた天袖は、随分と小さくなっていた。
そんな天袖に碌亡は訊く。
「……で、結局何が言いたいんだ」
「らすのみの血を吸った時も、おいしかったけど、あそこまでの大きさのやつは作れなかったんだ」
「……? ラスノミの時って、どんな大きさだったっけ」
碌亡の質問にラスノマィは「野球ボールくらいだった」と答える。
【エニモミスト】の材料は天袖が吸血をしたときに出る余剰エネルギーを使って作られる。それは主に被吸血者の血液、そして被吸血者から分けてもらう精神力が成分の大半を占めていて、天袖はその余剰エネルギーを成形しているだけだ。つまり、よほど潤沢な力を持つ者以外から吸血したとしても、結晶になることはない。
無架の血から天袖が作ったというのも、それほどに無架の持つ力が凄まじいものだったというだけで、天袖の力は何も関係していない。
「なんであんなにきれいなのを作れたんだろうって、思って」
「ボウリングサイズにでもなったか?」
碌亡がそのサイズを例えるも、天袖は首を傾げる。
「ぼうりんぐ」
やったこともない、見たこともない。聞いたこともないそのサイズに天袖が混乱していると、たとえが悪かったか、と碌亡は自分の頭を指差した。
「……俺の頭くらいの」
天袖は碌亡の顔を見上げ、じぃ、と見つめる。
「えーと、うん」
たっぷりと見つめた後、天袖はしっかりとうなずいた。
「――」
マグカップが碌亡の手から滑り落ちた。
ありえない、とラスノマィも冷や汗を垂らす。
碌亡が例えで出した「ボウリングサイズ」だが、それは絶対にありえないのだ。
今まで天袖が血を吸ってきた中で最高の素質を持つラスノマィが、野球ボール程度。
ラスノマィは少し人間の枠組みをオーバーしているところもあるが、そんな彼女でさえその程度の大きさなのだから、それ以上のサイズを生み出せたとなると、素となった無架は、明らかに――
「久那無架は、本当に人間なのか……?」




